弱者
何もなく永遠に静寂が続いている。
何も感覚がない。
だが、何故か安心感が沸いてくる。
フルはその暗視間に浸ろうとした瞬間━━腹に激痛が走った。
その痛みにより、奥深くにあったフルの意識が一瞬にして現実へと引き戻されてゆく。
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目が覚めると意外なことに、そこには尻があった。
フルは驚いたが、一瞬にして平常心に戻り考察を始める。
(まず一つ目の問題だが、この尻は誰のなんだ?確実に嫁のものでは無い。絶対にない断じてない!嫁のはもっと大きかったはz〔以下自主規制〕)
フルは意味の解らない事(尻)を考えつつさらに、深く考察しようとした瞬間。
「…?……!起きたよ!起きたよ!」
元気な男の子の声がする。
そうヴォートの声だ。
「あなた!起きたの!?」
綺麗でとても透き通った声がする。
彼女はシキチーナ、フルの嫁だ。
状況から察するにフルは医療室で眠っていたのだろう。
「あぁ…おはよう。取りあえず、こいつをどかしてくれないか?そろそろ、死にそうなんだが。」
ヴォートは降りるのを嫌がったが、本当にフルが苦しそうにしていることに気づき、素直に降りた。
ヴォートがフルの事を心配そうに見ている。
最低限の治療は受けたとはいえ、フルの体は満身創痍だった。
腕もまだ自由に動かすことができない。
だがフルは、何事もなかったかのようにこう告げた。
「あ、そういや…次の試合まであとどれぐらいだ?」
「……は?…え?バカなの?」
シキチーナも、流石に驚いたのだろう。
なんかもう…すごい顔になっている。
怒りと驚きと呆れが混ざったような顔だ。
ヴォートですら、実の母であるシキチーナの顔を見て一歩離れるぐらいには怖い顔をしている。
「いや、だってさぁ…せっかく優勝候補のハーク倒したんだし優勝目指そうかなって。」
「はぁー、もういいわ。勝手にしなさい。ただし、死んだら許さないからね?」
シキチーナは天使のような悪魔の笑顔でフルにそう告げると医療室から出て行った。
いつもは可愛いのにああいうときは、本当に怖くなる。
シキチーナは帰ったが、ヴォートはまだ部屋に残っていた。
ヴォートはまだフルを心配そうに見ている。
「ん?どうした、ヴォート。」
ヴォートに声をかけてみるがただ、うつむいているだけで話そうとしない。
フルはヴォートの事を心配に思い起き上がろうとする。
すると、ヴォートはいきなりこっちに向いて問いかけてきた。
「なんで、お父さんはそこまでして戦うの?なんでそんな危ない事をするの?」
父が死闘を繰り広げ、すごいと思う反面、怖かったのだろう。
父が、フルが死んでしまうかもしれない事が。
「………」
もしかすると、どう言葉を返すかによって、自分の子の人生を左右するかもしれないのだ。
言葉が詰まるのも当然だろう。
覚悟を決め、フルはこう告げた。
「勿論、勝ちたい優勝したいっていうのもある。けど、それだけじゃない。お前に知ってほしかったんだ。弱者でも、強者に勝てるって。」
ヴォートには意味が解らなかった。
というのもすでに記した通り。彼は村の中の同年代では一番強いのだから。
弱者がどうだこうだと、言う意味が解らなかったのだ。
「今はまだ解らなくてもいい。だが、いずれ解ることになる。」
こう言ったフルの顔はどこか悲しそうに、そして申し訳なさそうに見えた。
「…お父さ
ヴォートがしゃべりだそうとした瞬間広場から大きな声が聞こえた。
『このままフルが来なった場合、不戦勝となり。マイルが勝利となります!』
魔法によって声量を上げているのだろう、かなり距離があるここまで聞こえてきた。
「…え?マジで?…やべぇ!じゃあなヴォート!応援してくれよ!」
フルはそう言い残して広場へと走っていく。
ヴォートは一人、医療室でさっきの父の言葉の意味を考えていた。