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マッチ売りの転生者

作者: 桜桜桜


『マッチ………マッチはいりま………せんか?』


年の瀬も迫った冬のある日のこと、少女がマッチを売ろうと声を出しながらウロついていました。


少女がどんなに頑張っても、マッチは売れません。年の瀬特有の忙しない様子の通行人は少女に興味を持つ事もなく、通りすぎます


『マッチ………マッチは、いりませんか?』


少女は、駅前、大通り、公園と場所を移しながらマッチを売り歩きました。街を歩く人は多いのに、マッチは売れません。知りあいのロイゼさんが1箱買ってくれただけでした。



『あぁ、このままじゃ、またお義父さんに怒られてしまうわ』


連日、マッチを売ることが出来ない少女に、ついに義父がキレました。今朝は『マッチを売りきるまで帰ってくるな』と追い出されました。


少女は重い足取りで家へと帰ります。しかし家には鍵が掛かっていて入れません。扉をドンドンと叩くと義父の声がします。


『アンナか?マッチは売れたのか?』

『1箱しか売れませんでした』

『今朝、俺は何て言った?売り切るまで帰ってくるなって言ったよなぁ。とっとと残りを売ってこい』

『わかりました』


アンナは父親に再び追い出されました、仕方なく残りを売りにいこうと家に背を向けます


『待て、1箱分の金は置いていけ』

『パパ、早く~』

『クレア、今行くよ』


アンナは義父のところまで戻るとお金を渡します。義父の連れ子と叔母がアンナを汚物でもみるかのように見てきますが、アンナは気にせずマッチを売りに出かけます。早く売らないと暗くなり、人通りが少なくなると売れる物も売れなくなるから、時間との戦いです。



『もともと売れなかったんだから、時間との戦いでもなかったわね』


辺りはすっかり暗くなっています。籠には、まったく売れなかったマッチがたくさん残ってます。


夜になり辺りには人もいないので家に帰ることが出来ません。アンナは公園まで戻ります。


『水場は確保ね』


公園にある、風避けもできる滑り台付きの遊具に陣取りました。


横には中に入るための穴がたくさんありましたが、途中にあったスーパーから無料段ボールを持ってきて2ヶ所を覗いて塞いでいきました。


『ようやく完成ね』


ひととおり塞ぎ終わって、最初よりマシになりましたが冬の寒空の下で、一晩過ごすにはだいぶ辛いです


『売り物だから、本当はいけないんだけど………こんなにあるんだから………少しぐらい使っても、良いわよね』


寒くて眠ることが出来ないアンナは、籠いっぱいのマッチの箱をひとつ手に取るとマッチをすり、火を灯します


『あぁ、暖かい………えっ!?』


頼りなく揺れるマッチの火を見つめていたアンナ、気づくと目の前に大きな箱がありました。


『コレは、なにかしら?』


目の前に現れた箱を触っていると上部にスイッチがあったらしく、温かな風が流れてきます


『なにコレ、なにコレ!?』


温かい風を出す箱にアンナが混乱しているうちに、マッチが燃え尽きました。謎の箱も目の前からかききえました


『………』


アンナはごくりと唾を飲み込むと、今起きた現象を整理します


『もう一回、試してみましょうか』


震える声で呟くと、同じく震える手で次のマッチに、火を灯します


今度はお皿に乗った鳥の丸焼きや、湯気の立ち上るスープなどが出現しました。


『美味しい………』


出現した鳥の丸焼きに、手を伸ばします。一口食べ、スープを飲みました。ちゃんと食べた感じもします。温かく美味しい食事を楽しみましたが、マッチの火が消えると食べ物も消えてしまいました。


『食べた感じは残ってるし、夢ではないのよね』


今度は朝まで過ごせるようにと、一本ではなくたくさんのマッチをすっていきます


『アンナや』

『お婆ちゃん!?』

『そんなとこいないで、こっちにおいで』


アンナの大好きな、亡くなったはずのお婆ちゃんが遊具の外で手招きしています。アンナはフラフラと遊具の外に行き───


『って、ダメよ』


───かけたところで、マッチの籠につまずきそうになって我にかえり急いで火を消しました。


『今のは死亡フラグよね………亡くなった人が現れるのは、まずいわ』


アンナは遊具の外に出て、周りに誰もいないことを確かめると水分を補給して遊具の中に戻ります。


『ん?………フラグ?………フラグってなに?』


冷静に考えると、何かがおかしかったのです。


『えっと、()は、アンナ(安達菜月)。どこにでもいる普通の女の子(サラリーマン)


『(………)』


アンナの頭の中に誰かの声が聞こえました。


『あなた、誰よ』

(ちょい、待ち………整理するわ)



アンナの中で覚醒したのは、安達(あだち)菜月(なつき)。『へいせい』という未来からきたサラリーマンのようでした。『はいじん』というらしく、待望のふるだいぶ型ぶいあ~るとかいうげ~むを買って、年の瀬に1週間休みをとり、ずっと遊んでいたことは覚えているみたいでした。



(たぶん、安全装置が働かずに、そのまま死んだんだな………こういう展開はラノベで読んだことあるぞ)


『なんで、頭の中で声がするのよ』


(フルダイブ中だったから魂だけ転生したとかかなぁ)


『迷惑な、はなしね』


(そういう、お前は誰よ?)


『私はアンナよ』


(あぁ、なんかわかった)


アンナが説明するよりも、今までの事が走馬灯のように流れ込んできます。


(つまりマッチ売りの少女だな)


『えぇ………マッチは売れなかったけど』


(って詰んでんじゃん!!、マッチすって暖をとってたらお婆ちゃんが迎えに来るぞ)


『よくわかったわね、お婆ちゃんならさっききたわよ。すぐ火を消したからいなくなってしまったけど』


(あっぶねーな、でもこのまんまじゃ、いずれお迎えがくるな………覚醒したのに、すぐなくなるのは勘弁だな)


『人も、もう通らないし、売れないでしょ?マッチを売らないと家に帰れないわよ』


(お前なぁ、この次期にマッチなんか売れるわけないだろう。ヤツラはお前を始末するために無理難題押しつけて家乗っとる気まんまんだろうが)


アンナの両親はすでになくなり、遺産目当てでやってきた叔母と親が必要だからと叔母が連れてきた義父、アンナがなくなれば遺産は叔母の物になる。菜月に流れ込んできた情報を整理すると、そのようにしか考えられないと言います


(俺がなんとかしてやるよ)


『売れないって言ったじゃない』


(普通に売ったら、売れないだろうよ)


『普通じゃなければ売れるの?』


(伊達に未来から転生したわけじゃないぜ!!死にたくないしな)


『安達さんっ』


(菜月でいいぜ、俺もアンナって呼ぶから)


『わかったわ、菜月………よろしくね、それで、どうすれば良いの?』


(そうだな、まずは───)



少し大通りからハズレた薄暗い路地に一人の少女がいた。夜の蝶のような派手な衣装ではない、どこにでもいるような普通の少女だ。


こんな時間、こんな場所にいるなんて、けしからん。親はいったい何をしてるんだ、そう思い少女に近づいてくる、決して少女に手を出すわけではない、そんな人物がターゲットらしい



菜月が指示したのは、興味を引きやすい仕草と遠くからマッチを売ってる事がわからないように籠を持つなってことだった。どうしても上手くいかない演技は、菜月が身体の主導権をとり、動かす事で解決した。



『俺の身体でもあるんだよな』


(まさか、本当に入れ替われるなんてね、人がきたわよ後はお願いね)


『任せておけ』



『君、こんなところで何をしてるんだ?早く家に帰りなさい』

一応、少女の事を心配してるような男性。身なりは良いしターゲットをゲットするためにアンナ(菜月)の作戦が始まる


『わたし、今夜は帰れないんです』


『帰れない?』


『ね、そんなことより………わたしとイイコトしませんか?』


『イイコト?何を………言って………』


注意をしようとした紳士が固まる、上目遣いの潤んだ瞳。少し線が細いような気がするが、服の上からでもわかる形の良い胸。計算されつくされたかのように男の視界に完全に入らないよう、もう少しで見えるようなワンピースのスカート。


時代が変わろうが男は妄想の生き物である。完全に見せるのではなく、先を想像するような魅せ方の前に紳士はあっけなく墜ちた。


『チョロいな』


固まっている紳士に近づいていく


『おじさんっていうほど、老けてはないですよね?私はアンナ、あなたのお名前は?』


『トマス』


『トマス様ね、いきましょうか』


蠱惑的な仕草で名前を素早く聞き出すと、トマスの手をとりマッチの籠を反対の腕にかけて路地の奥へと進んで行く。


『ここで、良いかな?』


手を引かれるまま歩いてたトマスが路地の奥で止り、アンナ(菜月)の呟きにようやくフリーズから復帰した。


『良いかな?って………』


薄暗い路地の奥、大通りまでは距離があり大きな声を出しても聞こえないだろう、イイコトしないかと誘ってきた少女にいけないと思いつつも、ほんの少し期待もしてる。頭の中がごちゃごちゃであろうトマス


『実は、私はマッチを売るまで家に帰ってくるなと追い出されたのです』


『ん?』


期待してた展開と違う、アンナのきりだしにおやっ?と思うトマス


『それでトマス様にマッチを買っていただきたいのですが──』


籠の中の大量のマッチを見るトマス。話的には酷いとは思うがマッチを買えと言われて買いますとは言えない量に一気に冷静となる


『──、ただ買っていただくには多いでしょうから付加価値をつけますわ』


『付加価値?』


逃げ出しかけたトマスを翻弄するかのようにコロコロと変わる


『えぇ、付加価値ですわ。トマス様の身なりからすると、どこかのお屋敷で働いてはないですか?またはここら辺の有力貴族にコネを作りたくないですか?』


『ここら一帯を治めている貴族様のお宅で働いているが………』


『あら、ちょうど良いですわね………』


アンナの記憶も共有してる菜月は、マッチを売る為の付加価値に酵母の作り方を選んだ。アンナの記憶からこの時代のパンは種なしの堅いパンが主流なことを知ったから、手軽に柔らかなパンが食べれるようになれば売れる事を確信した。



『本当に酵母を使えば柔らかくなるのか?』


『えぇ、後は水以外の水分を忘れないで』


実は卵とバターを使えばふっくらするということは教えずに、あくまでも天然酵母の作り方に付加価値をつけた説明をしました。


『もし、本当なら売れる、間違いなく。主の覚えもよくなるだろう』


試してみてからだと言うトマスにマッチの一部を買ってもらい、そのお金を叩きつけるように義父へと渡すと、アンナ(菜月)は家へと帰らずにトマスと共に貴族様のお屋敷へと転がり込みました。


アンナの家を乗っ取ろうとした叔母さんと義父が児童虐待で捕まったり、柔らかいパン作りに成功した貴族様の発言力が増したり、王子さまに気に入られたり、菜月が自重なしに知識チートで成り上がったりするのは、また別のお話です。



~数年後~


『マッチ、マッチはいりませんか?』


籠いっぱいのマッチを抱え、年の瀬の迫った寒空の下、大通りでマッチを売る少女がいた。通行人はチラリと見るがすぐに興味をなくし通り過ぎて行く。まったく売れる様子がないまま、少女の声が繰り返されます。


『マッチ、マッチは『あなた、そんなんじゃ売れないわよ』………アンナ様!?』


数年前に、いちマッチ売りの少女として、マッチ業界に多大な貢献をしたアンナはマッチ売りの少女達の間で伝説と化していたのでした。その生きた伝説が目の前に


『どうすれば、売れるんですか?』


『付加価値をつけなくちゃ!!』


(この間は、握手だったしなぁ………そろそろ散歩いっとく?散歩っちゃう?)


『(菜月、散歩って本当に人気なの?効率は悪そうなんだけど………今回も握手でいいんじゃないかな?)』


アンナが合図をすると、王様からアンナの護衛につけられた者達が慣れたように、通行人の整理、説明をしていき、あっと言う間に列が出来上がった


『さぁ、あなたは、こっちよ』


『これから、握手会をはじめます。マッチを買った人は順番に握手していって下さい、前の方を押したりすると怪我のもとなのでやめて下さい』


アンナが所定の位置に少女を連れて行くと、護衛がマッチを売りはじめた。飛ぶように売れるマッチに目を白黒させながら握手をしていく少女。


(お散歩は、まだ早いのかぁ………今年でアイドルグループは結成出来るんじゃないのか?マッチ売り少女隊にするか?)


菜月の思惑はともかく、今年もアンナによって一人の少女が救われるのでした。


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