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猫な彼女

作者: 三堂いつち

きっかけは何だったか。はっきりとは覚えていない。

それくらい昔からこの関係だったのだから。







「サク、起きろサク。朝だぞ」

「ん……」


眠気が消えない中、自分を呼ぶ声に意識を揺り起こされる。

俺の朝は、いつも同居人に起こしてもらうことから始まる。


「早く朝ご飯作るニャー」

「んー」


ボサボサの頭をかいて、体を起こすと布団の上に三毛猫が乗っている。


「いつもはニャーなんて言わないだろ」

「早く朝ご飯作れ」

「……はーい」


三毛猫は俺の顔にフニフニの前足をペチっと乗せる。肉球パンチというヤツだ。

この三毛猫が、いや、この猫妖怪が俺の同居人。小さい頃からよく遊んでいて、一緒に暮らし始めたのはつい最近からだ。


「お腹ペコペコニャー」

「分かりましたよー」


俺がベッドから立ち上がろうとすると、ミケはピョイっと飛び降りる。さすが、猫なだけあって身のこなしは軽やかだ。


「んじゃあ飯作るから、着替えとけよ」

「了解ニャー」


そう言ってミケは、ボワンと煙を巻き上げる。俺は慌てて部屋を飛び出してドアを閉める。


「おまっ!?いつも俺が出てから変化(へんげ)しろって言ってるだろっ!!」

「ゴメーン。じゃご飯作っといて」

「ったく」


まったく。毎朝こうだと心臓が持たない。

しかし、今ので完全に目が覚めた。俺はまた頭をかいて、朝メシに熱いスープでも付けてやろうかと台所に向かう。





「サク、今日はバイトないんだろ?」

「ああ」

「じゃあ今日は一緒に帰れるニャー」

「ニャーなんていつも言わないだろ」


嬉しそうにくすくすと、隣で()()で歩くミケが笑う。


そう二足で。


人型に変化したのだ。今のミケの姿はどこからどう見ても女の子。髪は三毛猫の時の毛の色と同じで、白地に茶と黒の模様が混じっている。そして、俺と同じ学校の制服を着ている。

俺たち通う逢刻(おうとき)高等学校は人妖共学の学校で、ミケ以外にもさまざまな妖怪が通っている。むしろ妖怪の方が多い位だ。

妖怪に馴染みのない地域の人には良く驚かれるが、慣れてしまえばどうってことはない。


「おはよーサク、ミケ」

「おはようイッチー。今日も速ぇな」


俺たちの横をヒュッと鎌鼬が通り抜ける。アイツも同じ学校の生徒だ。


人妖共生政策が発布されてから、きっかり十年。その試験都市として、妖怪と関わりのあった逢刻町が選ばれた。政策内容は簡単に言ってしまえば、「妖怪にも住民登録をさせる」というモノで、人と相違ない生活が出来る代わりに妖怪を人のルールで縛る、今まで自由だった妖怪側にとっては得の無い政策だ。

そもそも、妖怪だって昔から暮らしていたのに、なんと勝手かと、反対運動もあったりした。妖怪が権利を持つのは怖いと反対運動もあった。しかし、今ではその活動も(なり)を潜めている。


『素晴らしいことではないか』と、誰か言えば、


『妖怪は危険だ。危ない』と、誰かが言う。


そんな状態でほっぽり出された逢刻町のなんと平和たることか。

議論では出せない答えを逢刻町は示しているハズなのに、どういうわけか国会での議論は辿り着くべき場所を知らない。


そして、人妖共生政策の中で世間で一番注目されているのは「人と妖怪の結婚」を認めるか否か、だ。色恋沙汰というのは人の興味を大いに惹き付けるものらしい。しかし、これには政策推奨派にも慎重意見が多い。

俺としてはさっさと可決してほしいものだが。


「サク」

「ん?」

「さっきから難しい顔してる」

「ああ、ちょっと考え事(説明)してた」


とにもかくにも、この逢刻町は何年も、何十年も、何百年も前から、人と妖怪が分け隔てなく暮らしている。

それだけの話だ。


「ミケ」

「んー?」

「今日は帰りにドーナツでも買おうか」

「りょーかいニャー」


いつもはニャーなんて言わないくせに。

ミケは眩しい笑顔をこちらに向けてくる。あの頃のまま、変わらない笑顔。


「機嫌いいな」

「なんのことかニャー?」


はぐらかすように、くすくす笑うミケを見て、やっぱり今日は機嫌がいいなと思う。

はて、何かあったのだろうか。


「……」


じっとミケを見つめる。

うむ、やはりいつも通りのミケだ。変わった様子もない。


「見つめられたら照れるニャー」

「……そう」


女の子が考えることはよう分からん。例えそれが付き合っている子だとしても、10年以上前からの馴染みだとしても。






キンコンカン。鐘が鳴ったら昼休み。

俺とミケとはクラスが離れている。俺がA組でミケがE組。


「サクー、おひるー」


けれど、ミケは昼休みになると俺のクラスにやってくる。お弁当を食べるためだ。

なぜお弁当を食べるために、わざわざミケは俺のクラスにやってくるのか。


理由は簡単だ。お弁当の管理は俺がしているから。


これは、決してミケの食い気を心配した俺がお弁当を管理しているのではない。ミケがそうしてくれと言ったからだ。その理由(わけ)を聞いたら、


『サクに会う口実になるから』


と。

好きな相手からのこの言葉を、断れる者は果たしてこの世にいるのだろうか。

俺は断れないし、実際に断らなかった。二つ返事で了承した。

そんなことがあって、ミケは俺のクラスにお弁当を食べにやってくるのだ。


「相変わらずおアツいねぇ」


と、クラス連中からからかわれたりもするが、こんなことは日常茶飯事。もはや慣れっこだ。

俺は机にかけている自分の鞄から、自分の分とミケの分のお弁当を取り出して、俺の方に近寄ってくるミケに片方を渡す。


「おっ昼っだニャー」

「なんでそんな機嫌いいんだよ……」


手近にいる生徒から椅子を借りて、俺の席に2人で向かい合って座る。


「いただきます」


俺たちはとりとめのない話をしながら、お弁当をつつく。


「その卵焼き美味しそう」


思いついたようにミケが俺のお弁当を覗きこんでそう言う。


「同じだろ」


俺が作っているのだ。俺たちのお弁当の中身は一緒だ。だから、その卵焼きはミケのお弁当にも入っているはずなのに、どういうわけか俺のお弁当の卵焼きが美味しそうと言う。


「あー」


ミケは少し前屈みに、口を開けて俺をじっと見てくる。

……これは、そういうことなんだろう。

察した途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。クラス連中の(はや)し立てもまた、(こた)えるモノがある。

きっと、今の俺は耳まで真っ赤なんだろうな。


「あ、あーん」

「ん」


箸でつまんだ卵焼きをミケ口に持っていくと、ミケは口でしっかり受け取る。


「……ハズい」

「ほら、サク。あーん」

「まじですか」


ミケの差し出す卵焼きを、恥ずかしさを処理する時間だけ間をとって、覚悟を決めて口でむかえにいく。

こんな気分で自分の料理を食うのは初めてだ。それと、今までバカップルって馬鹿にしてた奴ら、ゴメンな。


「さすがにちょっとやり過ぎちゃったね」


ミケの顔も少し赤くなっているところを見るに、コイツも恥ずかしかったんだろうなと分かる。


「お前なんでそんな機嫌いいんだよ……」

「……ニャハハ」


笑って誤魔化しやがった。






「ただいまー」

「おかえり。ただいま」

「おかえり」


ミケと一緒に玄関をくぐる。

俺とミケは一緒に帰ったら、お互いに「おかえり」と言うのがいつの間にか当たり前になっていた。

靴を脱いで伸びをするミケ。コイツはいつも、帰ったらすぐに猫に変化して制服を脱ぎ(?)散らかす常習犯だ。


「変化するならちゃんと、制服かけて変化しろよ」

「今日はもうちょっと人型でいるからいいニャー」

「そうか。にしてもなんでそんな機嫌いいんだ?」

「ニャー」


結局、分からず終いか。そう思って諦めようとした時、ミケが急に抱きついてきた。


「ちょっ!?」

「サク、誕生日おめでとう」


『おめでとー!!』

「ええっ!?」


バンッと後ろのドアが開いて、聞き覚えのある声がミケ言葉を復唱する。

待った。脳が追いつかない。


「誕生日?」

「まさか自分の誕生日忘れたのか?」

「いや……、ああ今日だったのか」

「まあ色々あったもんな」


色々。その言葉だけで思い出したくないことがいっぱいだ。いや、ミケが折角濁してくれたのだから、気にしないようにしよう。

それに、今はそれ以上に気になることがある。


「イッチー、ロクヨ、カベジにククギ、リョンさんまで、皆どうして?」

「水くさいぜサク、みんなお前を祝いに来たんだよ」

「あ……」


俺を祝いに、人と妖怪がこんなに来てくれた。胸にジンと、何かが確かに響いた。


「……ありがとう」

「泣くなよ」

「泣いてない」


断じて俺は泣いてなどいない。


「じゃあパーティーと行こうか」


イッチーを先頭に、みんなが部屋のなかに上がり込む。しかしガンっと大きな音が鳴って、皆で玄関に振り返る。


「この玄関狭くない?」


ぬりかべのカベジ体が、玄関よりも大きいせいで入れなかったようだ。


「外でやるか」


俺たちはそのまま近所の公園で青空パーティーを開いた。

屋外で大声で「誕生日おめでとう」コールをもらった時は流石に恥ずかしかったけど、でもとても嬉しくて胸が詰まりそうになった。





「ただいま」

「おかえり。ただいま」

「おかえり」


二度目の帰宅。

日はギリギリ暮れる前、ゴミは一番家の近い俺たちが持ち帰ることになった。まあ妥当だけど、みんなの押し付けるような物言いは忘れられない。


今日は疲れた。幸せ疲れだ。

そう思ってため息を吐くと、ミケが伸びをしているのが目に入る。


「ちゃんと制服かけろよ」


この脱ぎ散らかし常習犯は、最後まで油断ならない。

いつも元気なミケは、ちゃんとハンガーにかけるにせよ、脱ぎ散らかすにせよすぐに返事をくれる。けれど、俺の忠告に返事を返さず、ミケは俺の方に振り向いて俺をじっと見つめてくる。


「サク」

「ん?」


パタンと扉が閉まる音がしても、ミケは俺を見つめてくる。それから少し近づいてきて、俺の首に手を回す。


「私はサクがいてくれて本当に嬉しい」

「……おう」

「ね、誕生日おめでとう」

「ん……」


ミケが背伸びして、口を合わせる。

……そして、



ぼうん、と煙を焚いてミケが猫に変化する。


「脱ぎ散らかすなって……」

「ニャハハ」

「笑って誤魔化すなよ」







……いつからこんな関係だったか。キッカケはなんだったか、なんて覚えていない。

けれど、俺は……

もっといいタイトルないかな

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