誕生祭~やっぱりトラブル~
66話目です。
アルは受付をすませ、次の試合に出ることになった。
待ってる間に野球のルールやボールの投げ方と、バットの振り方を教わっていたが、手加減の方に気をとられていた。
時間は進み、試合が始まりアルの番が来た。
アルはバットを構え、投手を真剣な目で見つめていたが、内心は‘手加減、手加減、手加減’と唱えていた。
「アル~頑張れ~!」
「打てよ~アルベルト!」
「「頑張れ~!」」
「ボールをよく見るんだ!」
「アルなら出来るよ~!」
私たちの声援に、こちらを向き上機嫌に頷いたが、それがいけなかった。
一度、集中を切ってしまったアルはさっきまで唱えていた言葉を空の彼方に飛ばしてしまい、向かって来た球を何も考えずに打った。
その結果、打ち上げられた球はグングン遠ざかり、ついに見えなくなった。
沈黙があたりを支配する。
「あっ、当たった!球が落ちてこないから……ホームラン?だよね!」
アルは周りの空気に気付かず教えられた通りベースを回り戻ってきたが、誰も反応しないので不思議そうにこちらに近付いてきた。
「ねぇ、みんなどうしたの?何か固まって動かないんだけど」
「アル……たぶんやり過ぎだよ」
「えぇ~……逃げた方がいいかな」
「そうだね……ミゲルお兄ちゃん」
私が隣にいたミゲルの服を引っ張りながら呼びかけると、ハッとしてこちらを見た。
「逃げた方がよさそうだよ」
「そうだな。ネイサン、アー君にディー君とグレーも逃げるぞ」
「分かりました。フェリ、おいで」
「は~い」
「何で逃げるんだよ。アルはすごいじゃないか」
「兄さん、そういうことじゃないんですよ。グレーは私と行こう」
「お願いします」
「アルは私とだ」
「うん」
ミゲルはアルをネイサンは私を、ディランがグレースを抱えてかけ出した。
その後にアダムが続きその場を離れた。
「何かごめんね。やっぱり手加減は難しいよ」
「まぁ少しずつ慣れていけばいいさ。さっきのは勉強だと思えばいい」
「うん、ありがとうミゲル兄さん、みんなも」
それから祭を楽しみながら歩いていると、店をしているルーカスとクレアを見かけたので話しかけた。
「ルーカスさん、クレアさんこんにちは!」
「こんにちは~」
「こんにちはフェリーチェ、アルベルトも久しぶりだな」
「こんにちは、元気そうね2人とも。そちらの人たちは?」
恒例のバグをして、ミゲルたちとは初対面だったので、互いに自己紹介して店のことを聞いてみた。
「2人は何のお店をしてるんですか?」
「薬草や薬を売ってるわ」
「傷薬やポーションもあるよ」
「2人は薬師なの?」
「そうよ。家は代々、薬師の家系で小さいときから叩き込まれたわ」
「しばらくは露店で売って、上手くいけば店を構えるつもりなんだ」
「そうなんだ~」
「フム……では傷薬2個とポーションを4本もらえますか?」
「はい、お待ちください」
「ミゲル、ポーションはともかく傷薬は使うか?治癒師がいるだろう?」
「治癒は魔力を使いますからね。魔力切れを起こした場合や、魔法が使えない状況になる可能性もあるからですよ」
「さすが、ミゲルですね。兄さんも少しは見習って下さいよ」
「嫌だ!そういうのはミゲルがやるからいいんだよ」
「兄さん……ミゲルがいないときはどうするんですか?」
「何を言ってる?ミゲルが一緒にいないわけないだろ?」
アダムが不思議そうに言ったことにミゲルは無表情になり、ネイサンは面白そうに笑みをうかべ、ディランは口元をひきつらせた。
「ミゲルにはミゲルの生活があるのですから、常に一緒にはいれませんよ」
「そんなことは分かってるさ。だが、俺のことを一番理解しているのはミゲルだし、ミゲル以外は考えられんからな」
「……それはつまり、兄さんをパートナーとして考えていると思ってもいいんですよね」
「もちろんだ。ミゲルはパートナー……パートナー?」
「まぁお兄様、ミゲルと結婚するんですか!?お祝いしなくては!」
「え?」
「何気に凄い告白だったね、アル」
「僕、告白なんて初めて見たよ」
「いや……ちょっと」
「兄さんが婚約話を断っていたのはそういうことだったんですね」
「違う!側近、右腕としてだ!」
「違うのか……私のことは遊びだったんだな」
「遊びって何だ!?お前、分かってて言ってるだろ!仕事のパートナーだ!それに、好きなのは女の子だ!女の子が大好きだ!」
アダムが叫ぶと、近くにいた人たちがこちらを見てヒソヒソいってる。
それを感じて、アダムはしゃがみこんで動かなくなってしまった。
「お兄様、大丈夫ですか?」
「グレー、今はそっとしてあげよう」
「まさかこんな人が多い場所で‘女の子大好き’発言をするとは……さずがだアー君」
「思った通りの反応で些かつまらないですが、まぁいいでしょう」
「ネイサンお兄ちゃんて……アー君、気をしっかり持ってください」
「ねぇねぇ、次はどこに行くの?」
それぞれアダムに声をかける中、祭を楽しむ方を優先したアルが尋ねると、クレアとルーカスが出てきた。
「アル、少しは気にかけてあげなさいよ」
「クスクス……お待たせしました。ポーションが4本で銀貨8枚と傷薬が2個で銀貨2枚です」
料金を支払い、動かないアダムを放置して次に何処に行こうか相談していると、騒がしい声が聞こえた来た。
「本当にこっちにいるんだろうな!」
「はい、確かにこっちに走って行くのを見ました!」
「あれは逸材だ!絶対、手に入れるぞ!」
声がだんだん近付いてきて、3人の男が見えたかと思うと、こちらを見てアルを指差しながら声をあげた。
「いました!」
「見つけたか!」
「あの黒髪のガキだ!」
すかさず、ミゲルとネイサンが前に出て男たちを牽制するが、構わず近付いてきた。
「おい、邪魔だ!そこをドケ!」
「おら!旦那様に従わんか!」
「早くしろ!」
怒鳴る男たちを不愉快気に見ながら、ミゲルが低い声音で聞いた。
「まず、あなた方はどこの誰ですか?私の弟に何のようです」
「弟?ずいぶん似てねぇな。まぁ、そんなことよりそのガキを渡してもらおうか」
「「はぁ?」」
ミゲルとネイサンが男を睨み付けるが、男はなおも話続ける。
「さっきのバッティングはすごかったからな。私が面倒を見てやるからついて来い」
「ふざけているのか?この子には私たち家族がいる」
「貴方に面倒を見てもらう必要はありませんよ」
「貴様ら旦那様に逆らう気か?旦那様はこの国一番の野球チームを所有しているゲロス様だぞ!」
「ゲロス?聞いたことはないが」
「アレですよ兄さん。数々の反則を繰り返して出場停止になってるチームです」
「あぁ……オーナーはゲロじゃなかったか?」
「ゲロスだったみたいですね」
「とにかく、貴様らに弟を渡すつもりはない」
ミゲルがキッパリ断ると、ゲロスの顔が怒りに染まり怒鳴ろとしたが、何かに気付いたようにニヤニヤしだした。
「フン!そういうことか。お前たちが言いたいことは分かった。金だろう?貴様ら貧乏そうだからな。いくら欲しい?」
「「……あ゛ぁ?」」
ゲロスの発言にミゲルとネイサンの怒りメーターが上がっていき前に踏み出そうとしたとき、それを止める者がいた。
「待てミゲル、ネイサン」
「「何故止めるんですか!」」
「いいから、ここは私に任せろ」
止めたのは漸く動いたアダムだった。
ミゲルとネイサンは不満そうにしながらも、アダムに従った。
「ゲロスだったな。この子に才能があるのは同意するが、スカウトするにもルールがあるだろう。この子はまだ庇護されるべき子どもだから、親の承諾もいるだろうし出直してみてはどうだ?」
「何を言ってる?承諾など必要ない!さっさと渡せ!ん?まだ2人子どもがいるな。……よし、その2人も買い取ってやる!」
「「「「「「……あ゛ぁ?」」」」」」
穏便に説得しようとしたアダムの言葉に耳をかさず更なる爆弾が投下された。
「今のは僕の可愛い妹のことですか?」
「ちょっと!今のは聞き捨てならないわよ!」
「さっきから聞いていれば子どもに対して何だ!」
「我慢する必要はないだろアー君」
「私は我慢するつもりはありませんよ」
「どうやら俺が間違ってたようだ」
「貴様らごときが何と言った?只では済まさん!」
泣きそうなグレースを庇うディラン、アダムより前に出るクレアとルーカス、冷たい笑みをうかべるミゲルとネイサン、無表情になるアダムに龍モードに入ろうとするアル、アルを止めようと抱きつく私。
(何でこうなるの~!どうしよう……お父様……はダメだ……ルイスさんたちもダメ!護衛さん仕事してくださ~い!)
焦る私をよそに、アルたちが今にも突撃しそうになったときのんびりした声が聞こえた。
「おやおや、これは何の騒ぎですか?せっかくの誕生祭だというのに」
読んでくれてありがとうございます。
次回、「誕生祭~乱入者~」です。




