引っ越し
46話目です。
時は少し遡る、ファウスト家のパーティの翌日、ディアネス共和国の国王エヴァンは頭を抱え唸っていた。
「エヴァン様……いい加減諦めて、王妃様に話してください。遅くなればそれたけ問題が起こる可能性が大きくなりますよ」
「……それは分かっているが」
「そうやってぐだぐだ悩んだあげく、結局昨日も話さなかったじゃないですか」
「分かった分かった!今から話に行く!」
ルイスに口煩く言われ、エヴァンは重い腰を上げて王妃の元に向かった。
朝早くに訪ねてきたエヴァンを、王妃は不思議に思いながらも招き入れた。
「エヴァン、こんな早くにどうしたんだ?」
「いや……話があってな」
「話?」
「実は――」
エヴァンはトラスト王国に行ったこと、フェリーチェとフィアフルのことを順に話していった。
「誘拐……魔道具……禁忌の子か……帝国は何を考えているんだ!しかも、黒龍を捕らえるなど!戦争でも始めるつもりなのか!」
「さあな……だが、このまま何もせず見ているわけにもいかんからな。トラスト王国と連携して内密に探っている。フィアフル……今はアルベルトだったな。アルベルトとフェリーチェにも話してはいない」
「そうなのか……しかし、そのフェリーチェという娘はよくそれだけの事を成し遂げたな。獣人の解放に魔道具の奪取、なにより黒龍の解放……息子たちが4歳の頃など親にべったりで、とてもじゃないがそんな事はできなかっただろう。本当に、ただの子どもなのか?」
アンドリアの言葉に顔をしかめながらも答えた。
「正直……フェリーチェに接した者は同じ疑問を持っているだろう。恐らく、隠している事……話せない事があるのも分かっている」
「それでも、この国に住むことを許し、クロードの養子にした。何故だ……疑念が残る中で何故、一国の王や側近がそこまで肩入れした?黒龍か?」
アンドリアのエヴァンを見る目は厳しくなっていく。
エヴァンは苦笑しながら、目を伏せ自分の思いを話した。
「黒龍……か、確かにそれはあっただろう」
「黒龍の力を利用する気なのか?それでは帝国と同じではないか!」
詰め寄るアンドリアに、エヴァンは静かに答えた。
「そうではない。黒龍の‘力’ではなく、‘思い’が理由だ」
「思いだと?」
「黒龍は強大な力を持つ、その気になれば人間の娘を守るすべなど、いくらでもある。例えば、自分の住みかに連れて行き、誰にも会わせず2人だけで生きる……とかな」
「だが、黒龍はそうしなかった」
「そうだ、フィアフルはフェリーチェに必要なものが、フェリーチェの望みが何なのか分かっていた。だから、人間である我々に接触した」
「それは、龍の己より人間の娘を優先したという事か?」
「フィアフルはフェリーチェを何より優先している。あいつは、口では‘自分たちの力を利用するなら容赦はしない’と言いながら、フェリーチェが望めば手を貸してくれる」
「ではその娘しだいでは、やはり危険ではないのか?」
「フィアフルが言っていた。‘フェリーチェは、死ぬしかない道を自分の力で切り開いた。だけど、どんな力を持っていても、まだ子どもなんだ。あの子は誰からも愛情を与えられず、憎しみや怒り……負の感情に晒されながらも、それに染まることはなかったし、そういったものには敏感になってる。そんなフェリーチェが君たちには無意識たけど警戒していない。だから、僕は君たちに話した’と」
「何故、警戒していないと分かる」
「帝国を抜け出してから、何日か2人で旅をしていたらしいが、フェリーチェが眠った時に結界を張って少し離れたらしい。戻ってみると……寝ながら声も出さず泣いていたそうだ。本人は知らんらしいが、何度か試したらフィアフルが離れたら無意識に泣いていたみたいでな。我々といた時も一度離れたがフェリーチェは泣いていなかったそうだ。フィアフルに聞くまで知らなかったがな」
「成る程な。その娘は無意識にエヴァンたちの本質を感じていたわけか。しかし、ワタシとしては黒龍の力がどれ程なのか把握したいのだが」
アンドリアの言葉にエヴァンは呆れたように溜め息を吐いた。
「はぁ~お前はただ戦いたいだけじゃないか。止めておけ、いくらS級のお前でも無理だ」
「そう言われるとますます――」
アンドリアの言葉を遮るようにノックが聞こえ、ルイスが入って来た。
「失礼します。話は終わりましたか?」
「いや、まだ途中だが何かあったのか?」
エヴァンが来た理由を聞くと、ルイスは笑いながら話した。
「クスクス……実は王宮内が、ある噂で騒がしくなっていまして。報告しておこうかと」
「何だ、面白い噂か?」
「えぇ……なんでも、常に冷静沈着で近寄りがたいオーラを纏うクロード宰相殿が、見かけない幼い2人の子どもを抱えあげ移動していたとか」
噂の内容を聞いて、エヴァンは驚いた。
「なんだ、2人とも来ていたのか。クロードの奴、何で教えないんだ!」
「貴方が仕事をサボらないようにでしょう」
「ぬぐっ……あっちがその気なら――」
――バン!
突然、響いた音に驚きそちらを見ると、アンドリアがテーブルを叩いた格好のままブルブルと震えていた。
「今……黒龍がいるのだな?まさか、これほど早く機会が訪れるとは!」
そう言ってアンドリアは部屋を飛び出した。
状況に追い付けないルイスと、今後の展開が分かり頭を抱えるエヴァンを残して。
(頼むからフェリーチェに怪我させるなよぉ)
そして現在、アンドリアは正座をしてルイスに説教されていて、ついでにエヴァンが話す予定だったアンジェラについて説明されていた。
その間、エヴァンはアルと私に謝っていた。
「すまんな。あいつは頭は悪くないんだが、曲がった事が嫌いで、強い相手と戦うのが好きで暴走する事があってな」
「それ、本人も言ってたけど一国の王妃としてどうなの?」
「本人も分かってはいるが、なかなか治らんのだ。これで、少しは懲りて欲しいのだが……はぁ~」
「それにしても王妃様は強い方ですね」
「まぁ人間にしてはいい動きしてたよ。オースティンと同じ位かな」
「ワタシはこれでも、S級冒険者だからな」
どうやら、ルイスによる説教と説明が終わったようで、アンドリアが話に入って来た。
「冒険者なんですか!?」
「元な。ワタシは辺境伯家の3女で家を継ぐ予定も無かったし、戦うのが好きだから家を出て冒険者になり旅をしていたんだ。気付けばS級になっていた」
「何で王妃になったの?はっきり言って、そんなタイプじゃないでしょ?エヴァンと結婚したのは何で?」
「アルって、デリカシー無いよね」
「え?」
私がアルを咎めるように言うと、アンドリアは笑いながら言った。
「アルベルトの言う通りだフェリーチェ。長年、冒険者をしていて口調がこうなってしまってな。公式の場では頑張ってはいるが、なかなか治らん。結婚したのは……騙されたからだ」
「「騙された?」」
私とアルがエヴァンを見ると、バツが悪そうに目を反らした。
「私が冒険者をしている時にオースティンのパーティーと組んだ事があってな。そこに、エヴァンも
いたんだ。一緒にいるうちに惹かれていたが、ワタシは一時的に組んでいただけたから別れの時が来た。その時にエヴァンが‘お前と離れたくない。全てを捨てる事になるかもしれんが、俺と結婚してくれ’と言われたから承諾して、連れて来られたのは王宮だった」
「じゃあエヴァンさんが王様って知らなかったんですか!?」
「その時はまだ王子だったがな」
「よく、結婚したね。騙されてたのに」
「こら!人聞き悪いこと言うな。俺は第3王子だったから、王宮を出るつもりだったし、これでもA級なんだ!ただ、結婚する前に家族に報告したかっただけで……なのに」
「「A級?……本当に?」」
「何だその反応は!」
「そんな事より何があったんだい?」
「そんな事!?」
ショックを受けるエヴァンを気にせず話を進める。
「……まぁいい、結婚することは皆、喜んでくれて結婚式も王宮でやればいいと言ってくれたんだ。だが、それは罠だった」
「罠って……何されたんですか?」
「いざ、結婚式が始まり次第におかしいと思い始めたんだ。家族だけだと思ったのに貴族や友好国も参加していた」
「ワタシの家族も来ていてな。家を出てから、あまり連絡もしていないのに不思議に思った」
「そして、最後の父上の発言で全て分かった。父上は参列者の前で、‘我が国の王太子が婚姻を結んだ。これからも2人を見守ってくれ’と言ったんだ!」
「ワタシもエヴァンも唖然として、正気に戻ったのは参列者が返った後だった」
「それは……でもエヴァンさんの上にお兄さんがいるのに何でそんな事に」
「それは私から話しますよ」
そう言って、当時の事をルイスが話してくれた。
「前々から、‘王太子にエヴァン様を’という意見はあったんです。何より兄2人も望んでました。しかし、エヴァン様は放浪癖があり冒険者でもあるから望まないだろうと、本人には話さなかったんです。無理に話を進めても、家族以外で王宮に近寄らないエヴァン様には味方は少ない。せめて、何があってもエヴァン様と共に歩める味方がいればと考えていた時に、アンドリアの存在は渡りに船でした」
「確かに、アンドリアは裏切りとかしないだろうしね」
「えぇ、私たちも2人が惹かれ合ってるのは知ってましたから、直ぐにアンドリアについて調べました。本人の事はもちろん、家族やその周辺について。適正がなければ本人たちの望む暮らしを、あれば国や国民のために王宮での暮らしをと」
「最初に聞いた時は、家族や仲間に裏切られたと思って怒鳴りちらしたさ‘俺がアンドリアと結婚したのは平凡でもいいから、家族として幸せに成るためで、王族として窮屈な思いをさせるためじゃない!’ってな」
「私たちも、騙した事に変わりはないので反論せず聞いていたんですけど……」
「「けど?」」
言いにくそうなルイスの変わりにエヴァンが答えた。
「殴られたんだよ」
「殴られたんですか!?」
「父上かい?」
「いや、隣で静にしていたアンドリアにだ。‘ワタシが何を幸せとするか、お前が勝手に決めるな!’って言って、かなり強く殴られた。もう少しで逝くとこだった」
思いがけない事を聞き、アンドリアを見ると殴った理由を話した。
「同然だ!先代たちが自分たちの事だけを考えての行動なら、ワタシは命をかけても抵抗したが、彼等は自分たちの事より、国と国民を優先して考えての行動だった。それに、ちゃんとエヴァンの事も考えていた。なのにエヴァンは自分とワタシの事しか考えず、家族と仲間を責めるだけ、確かに冒険には出られないし、今までのような自由もなくなるだろうが、ワタシはエヴァンが側にいてくれるなら、それで良かったのだ」
「アンドリアに殴られて、冷静になれた。確かに俺の意思を無視するつもりなら、‘王になれ’と命じればいいだけだ。だが、父上はそうしなかった。それに、アンドリアがああ言ってくれたし、ルイスも側にいる事になりクロードも手助けすると言ってくれて、決心したんだ」
「ワタシは王太子を殴ったから処罰を覚悟していたが、何故か皆が喜んでいてな」
「あれは、‘これならエヴァンの手綱を握れる’と喜んでいたんですよ」
「ああは言ったが、その後も大変だった。エヴァンは王としての教育、ワタシは王妃としての教育。ワタシがこうだから貴族の令嬢の嫌がらせもあった。ワタシからすれば可愛いものだったがな。だが、不愉快ではあった。だから、フェリーチェ……アンジェラの件は本当に感謝している。戦う事しかできないワタシには、アンジェラの苦しみを癒す事はできなかった。ありがとう」
アンドリアにとって、アンジェラの事は他人事ではなかった。
アンジェラと小さな命を守れなかったのを、アンドリアも悔いていたのだ。
「いいえ。アンジェラさんが諦めずにいられたのは、アンドリアさんや皆さんの支えがあったからだと思います」
「そうだろうか?それならいいのだが」
「それに、まだ始まったばかりだよ。今後、アンジェラと赤子を守るためには君の力も必要だろう」
「そうですよ!赤ちゃんが生まれた後だって、子育てのアドバイスとかもできますし」
「そうか……そうだな。まだこれからだ」
その後、‘いったい訓練所で何をしていたのだ’と、エヴァンがしつこく聞いてきたが、のらりくらりと誤魔化して、メイソンと別れ屋敷に戻った。
数日後、オースティンとアンジェラがファウスト家に越してきた。
ブレイクとメイソンも一緒に荷物を持ってきたらしい。
「今日から宜しくお願いします」
「宜しく頼む」
「はいはい、挨拶はそれくらいでいいから、荷物を運んでしまいましょう。部屋はフェリーチェの隣よ」
いっせいに使用人たちが荷物を運び、私たちは談話室に移動した。
読んでくれてありがとうございます。
次回、「初めてのプレゼント」です。




