逃走
21話目です。
私は魔物に食べられた……訳ではなく前に行った池の場所に転移してから魔力の供給を止め、魔道具はアイテムボックスにしまった。
隷属の首輪をしているのに自由にできているのは、「時空障壁」のおかげだ。
メイド長が、首輪をつける前に自分に薄く展開させていたのだ。
「時空障壁」は空間を隔てているので隷属の首輪は効かなかった。
私は約束を果たすため、再び転移した。
――シュン
{来たか待ちわびたぞ。一体何を……}
不自然に止まった言葉に、私はドラゴンを見上げた。
{?……あの、鎖と隷属の首輪を破壊しますね}
そう伝えて私は魔力を高め、破壊して効果を無効にするイメージを固め魔力を放出した。
「『完全破壊』」
――バキッ!ガシャン!
私とドラゴンの枷は破壊され、自由になった。
しかしドラゴンは動かず無言で私を見ていたが、顔を私に近づけ目を細めた。
{何故……お前まで枷をされていたのだ?昨日はしていなかったではないか}
ドラゴンの静かな問いかけに、私は枷をつけられてから見た家族の光景、父親に言われたことを思い返し我慢していたものが溢れ出した。
「っ……うわ~ん!……ヒック……グスッわ~ん!」
{おい!?何故泣くのだ!」
「わっ……私だってっヒック……こんな…… グスッ……」
{何を言いたいのだ!?しょうがない記憶を見るぞ……これは……人間とは何と愚かなのだ}
ドラゴンが泣き続ける私を見て目を閉じると、その体が光に包まれた。
そして、私は誰かに抱き上げられた。
「ふぇっ……」
私が抱き上げた者を見ると、襟足だけ伸ばした綺麗な黒髪、切れ長の琥珀の瞳をした美形の男が困ったように笑っていた。
男は私を抱き締め背中を擦りながら、優しく話し出した。
「泣きたいだけ泣くといい……我慢し過ぎだ。君はまだ子どもで守られるべき者……僕も転生者と言うだけで頼ってしまいすまなかったな。捉えられた獣人を助け……そのまま去ることも出来たのに、危険な魔道具を調べるために戻るとは……よく頑張ったな。僕はそのお陰で君に会えた……君がいてくれて良かったよ……ありがとう」
私は男――ドラゴンの首に手を回し再び泣き出したが、次第に意識が遠退いた。
眠りについたのを見届けたドラゴンは琥珀の瞳を剣呑に光らせた。
数時間後、目覚めた私の目に映ったのは木だった。
(あれ?木が見える……私どうしたんだっけ……それにしても暖かいな)
私は起きようとしたが、何故か出来なくて慌てていると、笑い声が聞こえた。
(え?起きれない……金縛り!?)
「クスッ……起きたのかい?」
「え?」
声の方へ向くと昨日の美形がこちらを見て微笑んでいた。
私が心臓がドキドキして顔を赤らめると、今度は心配そうに覗き込んできた。
「顔が赤いね……熱でもある?」
「だっ、だだ、大丈夫です!」
「そう?」
そう言って嬉しそうに笑ったのを見て、またドキドキした。
(も~!何でドキドキするのぉ!静まれ~)
「あの!ドラゴンさんなんですよね?」
「あぁ自己紹介をしなくてはいけないね。僕は黒龍のフィアフルだよ」
「私は……」
(名前……まだ考えて無かったな……もう小夜でいいかなぁ)
「名がないなら僕が名付けてもいいかい?」
「え?」
「嫌かな?」
「いえ!……嬉しいです」
私が顔を赤らめ答えると、フィアフルは頭を撫でてくれた。
「そうか!君の名前は……フェリーチェだ」
「フェリーチェ……フフっ」
私は嬉しくて自然と笑っていた。
それを見たフィアフルは私を抱き締めた。
「そうフェリーチェだ!普段はフェリと呼ぶことにしよう。僕の事も好きに呼んでくれ」
「えっと……じゃあアルって呼んでいいですか」
「アルか……いいね!これから宜しく!」
「はい!……ってこれから!?」
どうやらアルは私に着いて来るつもりのようだ。
「そう……ダメかい?」
アルが切なそうに私を見てきたので、否定した。
「ダメじゃないです!びっくりしただけで……ところで、アル……どうやって此処まで来たんですか?もしかして……」
私が不安げに質問すると、アルは微笑みながら答えた。
「安心して……あの屋敷の人間には手は出してないよ。あの魔道具を研究していた部屋だけ粉々にしてきた」
「そうなんですか?どうして……」
「あの屋敷の人間に手を出せばフェリは気にするだろ?魔道具にしても同じ……あんな奴等のために苦しむフェリを見たくないからね」
「ありがとうございますぅ……」
(多分、私の顔は真っ赤だろな……恥ずかしい)
「今度フェリを苦しめたら只ではすまさないけど」
恥ずかしがってた私には続いたアルの言葉は聞こえて無かった。
「ところで、これから何処に行くつもりなんだい?」
「ディアネス共和国に行くつもりです」
「ふ~ん……ねぇ敬語じゃなくていいよ」
「……うん!アルはドラゴンの時と、しゃべり方が違うね」
私はずっと思っていたことを聞いてみた。
アルは頬を指で掻きながら、バツが悪そうに答えた。
「ああやって話した方が威厳あるからね」
「……そうなんだ」
何とも言えない理由に苦笑していると、アルが出発を促した。
「そろそろ出発しよう。歩きじゃきついだろ?飛んでもいいけど、見立つし……街道に出て馬車が通りかかるのを待つのはどうかな?」
「アル、此処ってどの辺りなの?」
「ここは帝国の外で、ちょうど共和国に向かう街道の近くだよ。フェリが使ってた魔法を真似して門を抜けてきた」
サラッと笑顔で言ったことに驚いた。
「見ただけで真似出来るの!?アル凄いね!」
「そうかな?伊達に長生きしてないからね。何年か人間の国でも生活した事あるから、安心してよ!魔法も得意だしね!」
アルは得意気に胸を張り、嬉しそうに答えた。
「長生きってどれくらい?」
「う~ん確か……1000年は生きてるかな」
「1000年……」
私が唖然としていると、アルが頭を撫で聞いてきた。
「フェリはどんな生き物が好きだい?」
「生き物?……モフモフした生き物が好き!」
私の答えにアルはにっこりと笑った。
「……好きなの?」
「うん!大好き!」
私が大好きと言うと、アルは笑みを深め今度は抱き締めてきた。
「アル!?どうしたの?」
「何でもないよ……さてちょっと離れててね」
アルはそう言うと、私を放し少し離れた所に移動した。
「アル?」
アルは答えず集中しているようだったので、静に見守った。
すると、アルの体が光だした。
(眩しい!……何が起きてるの?)
光が収まりアルの方を見ると、そこには黒い毛並みの大きな狼が座っていた。
「狼……アルなの?」
{そうだよフェリ}
狼の姿のアルが近付いてきて私の頬を舐めた。
{フェリ乗って。馬車に会うまでこれで移動しよう}
「うん……フカフカだぁ」
私がアルの背に乗り、その毛並みを味わっているとアルが笑いながら注意してきた。
{クスクス……フェリ楽しそうだけど、しっかり掴まるんだよ}
「はぁ~い!」
私がぎゅっと抱き付くとアルは地を蹴り走り出し、
暫く走るとアルがスピードを緩め、歩きに切り替えた。
{フェリ、左を見てごらん街道が見えるだろ?この道を行けば共和国だよ。流石にまだ距離があるから馬車がなければ、このまま向かおう}
「でも、アルが疲れちゃうよ」
{僕は大丈夫さ!ドラゴンだから、これくらいじゃ疲れないよ}
「うん……途中で休憩しようね」
{ありがとうフェリ}
私たちは街道に出て、他愛ない話をしながら道の端を歩いていた。
途中で休憩をしつつ、アルの毛皮に埋もれて昼寝をしたり食事をしたり、夜は人型のアルに抱き締められながら眠り少しずつ移動していた。
ちなみに食事は、私が非常食を取り出して食べようとしたら、人型に戻ったアルが止めて、‘此処にいて’と言うといなくなったが、暫くして沢山の果物と熊みたいな魔物を狩って戻ってきた。
魔物はアルが解体し毛皮など売れる物や、食べ切れなかった肉と果物はアイテムボックスに納してある。
そんな穏やかで楽しい日々を過ごし3日がたった頃、変化が起きた。
{フェリ、一度降りて。何か近付いてきた}
確かに、「探索」にも反応があったので私はアルに従い降りた。
アルが直ぐに人型に戻り私と手を繋いだ。
少しして、馬車2台が近付いてきた。
「どうやら行商人みたいだね。僕が話すからフェリは話さないようにね」
「うん」
私は久しぶりの対面に緊張して、アルの手をぎゅっと握った。
アルは握り返して笑いかけた。
そうこうしているうちに先頭の馬車が止まり、恰幅のいいおじさんが、ニコニコと話しかけて来た。
「こんにちは、こんな所でどうされました」
「こんにちは、実は妹と旅の途中なのですが、荷物を持ち逃げされてしまって、歩いて共和国を目指していたんですよ」
おじさんが私を見てきたので、頭を下げた。
それを見ておじさんは申し訳なさそうに話し出す。
「それは大変でしたね……乗せてあげたいのですが、この通り商品がありますし、後ろの馬車も一杯でして……申し訳ない」
「いいえ!気にしないで下さい。ゆっくり進みますので、心遣いありがとうございます」
アルが笑顔でお礼を言うと、おじさんは一度頭を下げ、出発した。
馬車が見えなくなった所でアルに話しかけた。
「ねぇアル……後ろの馬車って荷物じゃなくて人だったよね?」
そう、私の『「探索」《サーチ》には人の反応が出ていたのだ。
「そうだね。御忍びかな?今日は念のためにこのまま進もうか」
「そうだね」
「疲れたら言うんだよ。あのスキル、今は停止してるんだから」
「はぁい」
アルに手を引かれ歩き出した。
あのスキルと言うのは、ユニークスキル「生命吸収」の事で、私のHPとMPが減ると自動で貯蓄している分から補充する事が出来るスキルだ。
しかし、自動で補充するのでMPなど訓練して増やす事が出来ないとアルに言われ、詳しくスキルを見ると、自動補充は任意で切り替える事が出来たので、今は停止している。
MPは使いきるのを繰り返す事で、少しずつ最大量が増えるらしい。
この数日は、アルに習いながら魔力操作を重点的に練習していたお陰で、私のMPは1100になったがHPは相変わらずなので体力はない。
私の歩調に合わせゆっくり進んでいると、争う様な声が聞こえて来た。
「アル『探索』に敵対反応が出てる……中心にいるのあのおじさんの馬車だよ!?」
「盗賊かな……まったく人間というのは」
アルは琥珀の瞳を剣呑に光らせ吐き捨てるように言った。
私がビクッと反応すると、アルは慌てて私を抱き締めた。
「ごめんねフェリ、怖かったね」
いつものアルに安心して首に手を回し抱きついた。
「……大丈夫だよ……アル、あのおじさんたち助けたい」
「はぁ~フェリならそう言うと思ったよ。僕が背負うから動かないでね」
「ありがとうアル!」
アルは私を背負うと、かなりのスピードで走り出した。
直ぐに盗賊らしき人間が見えてきた。
盗賊たちは馬車を取り囲み襲っていたが、革の鎧を着た素手の男と、斧を持った小柄な男、弓を持った男に、鉄の鎧を着た剣を持った男の4人で防戦していた。
「これはまた、彼等は強いね……けど馬車を守りながらあの人数の相手は大変かな」
「アル……」
「大丈夫だよフェリ、ちゃんと助けるさ……跳ぶよ、掴まって!」
アルは高く跳んで一気に盗賊を飛び越えて馬車の側に着地して、驚く4人に笑いかけた。
「やぁこんにちは。助太刀するよ」
「「「「はぁ!?」」」」
引き続き読んでくれてありがとうございます。
次回、「盗賊」です。




