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第八話 存在意義の半分と守るべきもの

 玉座に座るルーデシアスは、ぼーっとしていた。だが実は、傍目にはそう見えるだけで、色々と考えていた。

 最近色んな事が立て続けに起きているので、割と困っている。困っているが表に出ない。王家の血を引く上、大地の末裔(ランダリア・ルース)でもあるルーデシアスは、色々面倒事に巻き込まれる。これは先代、先々代と、はるかな過去から連綿を続く宿命のようなものだ。

 ルーデシアス自身それを苦にした事はないが、父王は違ったようだ。ルーデシアスが一人前(と勝手に決めつけられた)になると、とっとと隠遁し行方をくらませた。時折各地の名産物やら絵はがきやらが届くので、元気ではいるようだ。

「あの親父殿にも困ったものだ」

 父王——ラルバルトは、国家予算を使い各地を旅している。名目は外交費だそうだが、何の外交をしているのかさっぱりだ。

「陛下」

 外務官が玉座にやって来た。山のような書類を持って。

「それは?」

「請求書でございます」

「父王の、かな?」

「左様でございます」

 ルーデシアスはため息をついた。今はどこにいるのか。王宮宛てに送られて来る請求書でその動向を追う事は出来る。これ以上無駄な費用をかけたくなければ、とっ捕まえて王宮に幽閉出来なくもない。

 とは言え各国の情報は貴重だ。ラルバルトは人当たりのいい人物なので各国との人脈が豊富だ。

 ルーデシアスはそんな事を考えつつ、差し出された書類に手を出した。

「外交の予算は?」

「少々不足気味でございます」

「補填は?」

「今年度予算の余剰分を回します」

「分かった」

 ルーデシアスはどこからともなく印を取り出した。いつでもどこでも即決済。ルーデシアスの特技の一つだ。

「真新しい情報はあるかな?」

「特には——表向きは、でございますが」

「着々と進行中って事か」

 印を猛スピードで押しながら、ルーデシアスは思いを馳せた。

 ——世界の平和ってのは、案外面倒かも知れないな。


 村長はご機嫌だった。不作で困っていた麦や野菜の農産物の補償を受ける事が出来たからだ。大怪我を負った甲斐があったと言うものだ。

「リアンには振り回されっぱなしだが」

 村長は、まだ癒えぬ足を恨めしそうに見ながら杖を突いて立ち上がった。壁に掛けられた額縁に入れられた賞状。王の直筆のサインが入ったものだ。片田舎の村の村長にか過分な報償だ。勲章と言ってもいい。思わず頬がゆるむ。国内外問わず、ここまでテューア国王に目をかけて貰った村長いないだろう。

「お前にも見せたかったのう」

 亡き婦人の写真を手に取り、思わず涙ぐむ村長だった。

「村長、いるかい」

 不躾ぶしつけに扉がノックされた。誰かが来たらしい。

「誰だね?」

「俺だ、グレンだ」

 グレンは村の消防団の長をしている若者だ。

「入りなさい、鍵は開いている」

 グレンは背が高い。なので扉をくぐる時、気をつけないと頭を打つ。よほど慌てていない限りそんな事はないのだが、今回は違ったようだ。ゴン、と鈍い音がして家が揺れた。

「いちち」

「どうしたね、グレン。お主らしくもない」

「らしくない? ああ、らしくないとも。大変なんだよ!」

 グレンは体の大きさ通り、声も大きかった。

「……こんな狭い家で大声出さんでも聞こえるがな」

「あん? 声の大きさは生まれつき……ってそんな事より!」

 ドン、テーブルが叩かれた。

「あの娘は、一体何者だ?」

「あの娘?」

「リアンのトコに来た、新しい娘だよ!」

「……ああ」

「ああ、じゃないって村長」

「何を、やらかしたんだ? 今度は?」

 アリシア(ゴーレム)が村に来てから、日々何か事件が起きる。今日はグレンが被害者らしかった。

「何をやったとかそんなモンじゃない。何とかしてくれ」

「だから何を……」

「いいから早く!」

 村長はグレンに引きずられ、家を出て行った。出がけに立てかけた亡きご婦人の遺影がカタンと傾いた。


「これだよ」

 グレンが案内した先には古井戸があった。古い井戸なので、苔生こけむし、誰も使っていない井戸だ。だがグレンは消防団員だ。水源の確保と確認は日常業務の一つだ。

「この古井戸がどうしたのだ?」

「いいか村長」

 グレンは村長の顔に自分を顔を近づけ、説明を始めた。

「この井戸はこの村で一番古い。だから水の出がよくねぇ。それを聞いたあの娘がなにをしたと思う?」

「はて……?」

「井戸を掘り始めたんだよ! よりにもよって俺の畑のど真ん中に! しかも素手で!」

 ——ああ……。

 村長は心の中でため息をついた。アリシアには悪気はない。きっとグレンにこの古井戸を見せられ、それならば、と井戸を掘ろうとしたのだろう。しかし場所が悪かった。よりによってグレンの畑のど真ん中とは……。

「リアンはどうした?」

「あそこにゃウルしか入れない。そのウルは見つからない。もう村長に頼るしかないんだよ」

 村長に頼るしかない。

 この言葉は、村長にとって何ものにも替えがたい言葉だ。村民から信頼されている証だ。単に他にアリシアをどうにか出来る人物がいないからなのだが、村長はそう捉えなかった。

「うむ。では案内しなさい」

「案内するも何も」

 グレンは、古井戸を半分覆い隠している藪を掻き分けた。

「このザマだよ!」

「……」

 村長は絶句した。

 畑の真ん中どころではなかった。ほぼ全域穴だらけだ。今が休耕期なのが救いだった。作物があったりしたらグレンは怒り狂っただろう。今もそれにほぼ近い状態だが。

 アリシアはと言えば、畑のまだ穴を開けていない部分を狙って拳に力を貯めていた。

「これ! アリシア!」

 アリシアの動きが止まった。体勢はそのままで、首だけが村長を向いた。

「これ以上畑に穴を開けるのは止めなさい」

「……穴じゃない。井戸」

「いいから、その井戸を掘るのを止めなさい」

「……分かった」

 アリシアは素直に村長に従い矛を収めた。畑に穿かれた穴を見る限りアリシアの拳はまさに『矛』だ。

「リアンはどうした?」

「家にいる」

「キリアは?」

「家を直してる」

 村長は状況を理解しため息をついた。

 ——いくら少女の姿をしているとはいえ、ゴーレムを放置するなぞ……。

「……グレン、顛末を話してくれんか」

「さっき言っただろう? あそこの」

 藪で覆われた古井戸を指し示した。

「あの井戸の水の出が悪いと教えたら、いきなり畑でボコンボコンと穴を開けだした。俺は止めようとしたんだが、水脈があるとかで穴開けるのを止めようとしない。で村長のトコに行ったわけだよ。大体、拳一つで大穴開けるなんてどう言う娘なんだ? リアンと同じく魔女なのか?」

「まぁ……そのようなものだ」

 村長はしたり顔でうむうむと頷いた。

「アリシア」

「はい」

「ここに水脈があると言うのは本当かね?」

「ええ」

 村長は穴の一つを覗き見た。深い。底が見えなかった。

「よしんば水脈があったとしてもだ」

「水脈はある」

「とにかく聞きなさい」

「はい」

 どうにもやりにくい。

「どんな理由であれ、他人の畑に穴を開けるのは感心しない。とりあえず、今度井戸を掘る時はわしに相談してからにして欲しい」

「はい」

 基本的にアリシアは素直だ。だがベースが人間とは言え、ゴーレムとして活動していた期間が永かったのか感情に乏しい。きっと井戸を掘り当てればグレンが喜ぶと思ったのだろうが、行動がその善意に見合っていない。これでは破壊活動だ。

 とは言え。

「水源不足は確かに村としての課題の一つだ。本当に水が出るのかね?」

「村長! これは俺の畑だぜ?」

「グレン。お主とて水が豊富に出る井戸が自分の畑にあれば色々楽だろう?」

「ま、まぁそりゃそうだが」

 グレンはかつて畑だった土地を見た。この穴を埋めるのにどれだけの時間がかかるかと思うとげんなりした。

「有望なのは、あそことあそこ」

 アリシアはそんなグレンの思いなど無視して二つの穴を指し示した。

「ほう……」

「こっちのは、後『一撃』で出る」

「ほほう……」

「ほほう、って村長!」

「まぁ待てグレン。のうアリシア。それで水が出なかったら、この『畑』を元に戻せるかね?」

「はい」

「なら決まりだ。いいかアリシア。『一撃』だけ許そう。ダメならグレンに謝って畑を元に戻す。グレン、それでいいかね?」

 グレンは仏頂面で頷いた。

「どれ……それでは、とくと拝見しようかの」

 村長は一歩後ろに下がった。

「もっと離れて」

 村長とグレンは揃って五歩後ろに下がった。

「まだ足りない」

 一〇歩下がった所でやっとアリシアが頷いた。

「大丈夫なんだろうな? 村長……」

 グレンが心配そうに村長に言いかけた時。

 バゴン。

 大地を揺るがす轟音と共に大量の土砂が降って来た。土砂は村長とグレンの目の前まで降り積もった。

 そして。

 一筋の噴水が地に立った。瞬く間に水が穴を満たし畑に溢れだした。

「出た」

「あ、ああ、そうだな、確かに水は出たが……」

 畑だった土地は、その半分が水で満たされていた。井戸と言うより池だった。

「村長」

「何だ」

「畑一個分」

「うん?」

「この『井戸』は村の共有財産にしていい。その替わり俺の畑を返せ」

「……」

 村長は頭の奥に鈍い痛みを感じ、大きなため息をついた。


 キリアはリアンの家の再建をしていた。資材はリアンの協力で確保出来た。

 しかしだ。

 ——何で俺が大工仕事をしなきゃならないんだ?

 屋根に登り金槌で釘を打ち付けながら、ぶつぶつ文句を言っていた。文句を言いつつも仕上がりは上々だ。金槌を掌でくるくる回し、口の端に咥えた釘を的確に等間隔に打ち、みるみる屋根が出来上がっていく。本職顔負けの仕事ぶりだった。

「おっと、資材が足りないな」

 一旦下に降りて抱えて登るのは面倒だ。

「おーいリアン!」

 返事がない。どうせ無視しているか寝ているかのどちらかだ。

 キリアは金槌をくるくるっと回し腰のベルトに差した。なぜか様になっていた。

 立て掛けてあるハシゴを使わず、直接地面に飛び降りた。

 リアンは案の定、窓辺でぼけっとしていた。

「そこにいるなら返事しなよ」

「はーい」

「何もする事がないんなら、ちょっと手伝ってよ」

「ほほー、キリア。あんたにはそう見えるわけね?」

「違うのかよ」

「大間違いよ」

 リアンは窓辺から動こうとせず、相変わらずぼけっとしていた。キリアは肩を竦めた。

「では何をしてらっしゃるのかお教え頂けませんかね、我が主?」

「アリシアの監視」

「あん?」

 キリアは周囲を見渡した。アリシアはいなかった。冷や汗が流れた。

「ア、アリシアがいない……!」

「だから監視しているって言ったでしょ」

「い、今どこにいる? 放っておくと何するか」

「今村長の家にいる。ちょっとやらかしたみたいね」

「やらかした?」

「ちょうどいい。キリア、迎えに行ったら? 『そんなに』気になるんならね」

 リアンは『そんなに』を強調した。

「い、いや、その、気になるだろう? ゴーレムだろう? 姿形は違ってもさ」

「私にはキリアがそう言う目でアリシアを見てるようには思えない」

 何やらリアンの機嫌が悪そうだ。キリアは難しい選択を迫られていた。リアンの機嫌は、一旦損ねると回復するのに途方もない労力が必要だ。ここ最近は特にそうだ。

 アリシアは基本的には素直で、村長の言葉に従うように言い含めてある。彼女が村長の家にいてリアンが慌てていないのなら大丈夫だと思っていいだろう。

 ——どうしたモンかな。

 結局キリアはアリシアが何かをやらかす心配に傾いた。

「……ちょっと手が足りなくてさ。リアンに頼むのも気が引ける。アリシアに手伝って貰うよ。力仕事ならアリシアの方が頼りになるしさ」

 言ってからしまったと思った。

「……キリア、あんた私よりアリシアを頼りにするってのね?」

 リアンの目の色が朱に染まった。

「いやいや、そうじゃなくてだな。屋根がもう少しなんだよ。その資材の運搬にだな」

「そのくらい私でも出来る。それをわざわざアリシアに頼もうと言うのだな、お前は」

 口調が変わっていた。

 ——なんでこんな事でバトルモードになる?

「じゃあ、リアンに頼もうかなぁ、なんて……」

「『じゃあ』? 随分だな」

 ——ダメだ、何言っても揚げ足を取られる……。

 キリアは途方に暮れた。


「アリシア」

「はい」

 村長の家にはアリシアがいた。井戸、と言うか水脈を掘り当てたのはいい。問題はその後だった。

「グレンの畑がダメになってしまったよ」

「そうですね」

「まぁ、こんな事をお前に言っても仕方がないのだが……」

「リアンに頼んで、別の土地を用意させる」

「……わしはまだ何も言っていないが……?」

「リアンから聞いていない?」

「何をだね?」

「私は一応『魔女』と言う扱いになってる。でも実体は知っていると思う」

 ——ああ、そう言う事か。

 アリシアも『魔女』だと言う事にしておけば、普段のリアンの傍若無人な振る舞いからアリシアがどんな行動を取ったとしても、大抵の事は言い訳が成り立つ。

「そう言う事です」

「……おまいは心が読めるのか?」

「はい」

 どうにもやりにくかった。

「では行くか」

 リアンの家に。

 アリシアは「はい」とだけ答えた。


 一方王宮では、ルーデシアスが父王の請求書の処理を終えた所だった。腕が痛かった。

「……親父殿め、自分の金じゃないからと豪遊しやがって……」

「何か申されましたか?」

 外務官が書類の角を揃えながら、ルーデシアスの言葉尻を聞き咎めた。

「いや、何でもない。それよりギニアスを呼んでくれ」

「畏まりました」

「ついでにこの印を渡しておくから、今後親父殿の——いや父王の請求書に関しては君が決済したまえ」

「それは致しかねます」

 即答だった。

「そうだろうとも」

 ルーデシアスは椅子に頬杖を突いた。

「陛下?」

「何でもない。どうしてこう、皆のんびりと暮らせないものかなと思ってな」

「それは理想でございます」

「分かってるよ。いい、下がりなさい」

「は」

 外務官が姿を消すと、ルーデシアスは大きなため息をついた。

「……僕にはこの仕事は合ってないと思うのだがなぁ」

 とても一国の王とは思えない発言だった。

「とは言え、そうも言ってられないか」

「陛下」

 ギニアスだった。

「おう来たか。まぁ座れ」

 ギニアスは玉座の周囲を見渡した。椅子など何処にもなかった。

「陛下……?」

「冗談だよ。ちょっと野暮用があってね。リアンの所に連れて行って欲しい」

「リアン……殿の所でございますか?」

 ギニアスは心底嫌そうな顔をした。この男は世渡りが下手だなとルーデシアスは思った。

「例の件、さすがに放置は出来ない。かと言って島々の末裔(シーナリア・ルース)に渡す気もない」

「はぁ」

「先に言っておくが、正式に王宮付きの魔導師となったからには守秘義務が発生する。お前が島々の末裔(シーナリア・ルース)だろうが、その辺の倒木だろうが、それは絶対だ」

「……倒木?」

 ギニアスはルーデシアスの冗談を受け止められなかった。

「……その上で、これから話す事は外部に漏らすな。もちろんリアンにもだ」

「それはまた、何故です?」

「絶対に抵抗するからだ」

「? はぁ……」

「お前はもうちょっと賢いかと思っていたのだが……」

「……申し訳ありません……」

「ちょっと寄れ」

「は?」

「いいから。どこでリアンが聞いているか分からん。この玉座はな、あらゆる力を遮断する。神々の遺した素材から作られているのだよ」

 ギニアスは恐る恐るルーデシアスに近付いた。ひそひそ話が始まった。

「……で、……となる。だから……」

「はぁ、それでは……なわけございますか?」

「ああ、そうだ。で、……を……してしまえば」

「ああ、なるほど!」

「声が大きい」

「申し訳ありません」

「まぁ、以上だ。質問は?」

「ございません」

「宜しい。では行こうか」

「はい」

 リアンの家へ。


「で、なんで雁首揃えて全員集合なわけ?」

 リアンは不機嫌そのものだった。まず村長がアリシアを連れて来た。まぁ、村で起きた事はアリシアを通じて知っていたのでそれはいい。ルーデシアスも、玉座に仕掛けられた術のせいで会話の内容がほぼ聞き取れなかったが、ギニアスを呼んだ時点でこっちに来るだろうなとは思っていた。

 ただ、なぜ今なのか。

 リアンは、テンポよく打ち響く金槌の音にしかめっ面をしつつため息をついた。

 全壊したリアンの家は、何とか屋根と柱までは修復した。ただ、壁がなかった。話をするにもキリアの修復活動に伴う音がやかましい。

「どうせなら村長の家に行きましょう」

「いや、出来ればここで」

 村長は頑なだった。家にいればグレンの催促が来る。ここなら村人は来ない。それとアリシアを押しつけられる。理由は後者が大きいが。

「ルーデシアスも何で今日なのよ」

「思い立ったが吉日と言うだろう?」

「特定の村を訪れるのは手続きが面倒なんじゃなかったの?」

「大丈夫。今日の仕事は終わらせて来たし。今日はお忍びなんだ」

 仕事とは父王の請求書の山の事だ。

「ったく、一気に来なくてもいいだろうに……キリアー! お茶!」

「今、手が離せない!」

 上からキリアの声が響いた。

「……いい度胸だわ。神自らにお茶汲みさせるとは」

「何だってー? 聞こえないよー?」

 絶対わざとだ。リアンはそう確信した。

「仕方ない」

 リアンは重い重い腰を上げた。それを見たアリシア以外の全員が、同じ反応をした。

「別に僕は、お茶を飲みに来たわけじゃない」「わしもだ」

「そぉ?」

「時間もないんだ」「わしもだ」

「ふーん?」

「話、始めてもいいかな?」「わしも」

 リアンは唯一残った椅子に座り直した。国王や村長を座らせる気はさらさらなかった。

「で、どっちが先なの?」

 ルーデシアスと村長は、目を見合わせた。一瞬火花が散ったように見えた。

「ここは国王としての特権を使わせてもらいたい」

「いえ、こちらも喫緊な案件ですので」

「国王の命令だぞ?」

「お忍びでいらしたのでは?」

 二人の論争は終わりそうもなかった。


 しばし後。リアンの我慢が限度を迎えた。

「うるさーいっ!」

 二人は言いかけた言葉を飲み込み、黙り込んだ。

「面倒だわ。まず近場から。いいわねルーデシアス」

「いやしかし」

「何よ、文句あんの?」

 ギロリ。ルーデシアスはその目に逆らえなかった。

「……ああ、それでいい——この頑固ジジィめ」

「わしも異論はないよ——この頭でっかちめ」

 お互い了承はしたものの、火種は残ったままなようだ。

「いいから話を進めるわよ。ちゃっちゃとね」

 リアンは村長を見た。ほぼ睨んだ表情と同じだった。

「グレンの畑の事はアリシアを通じて知ってる。畑があった北に藪があったわね。あそこを整地・開墾して畑にする。作業はキリアとアリシアがやる。期間は二日くらい。何を蒔くのかはグレンに任せる。これでいい?」

 一気に決めに入ったリアンの提案に村長は頷くしかなかった。

「で、ルーデシアス。話ってのは? どうせアリシアの事でしょ?」

「! 聞こえてたのか!」

「聞こえてないわよ。ただ、ここに誰がいるのか——分かるでしょ?」

 ルーデシアスは口の中で「しまった」と呟いた。アリシアがいたのだ。せっかくギニアスと密談した内容が無駄になってしまった。

「アリシアはここに置きます。ゴーレムが変態してヒトガタになるなんて聞いた事ない。ルーデシアスもそうでしょ?」

「ああ、そうなんだよ。『口伝』にはそんな事は一切触れられていない。定期点検メンテナンスの件も聞いてなかったしね」

定期点検メンテナンスはこっちの都合だから隠してたのよ。まぁそれはいいとして。今のアリシアは安定している」

「安定じゃと?」村長が口を挟んだ。「グレンの畑を滅茶苦茶にしたのに安定じゃと?」

「あれは、アリシアなりに手伝いをしようとしたのよ。水不足なんでしょ?」

 その『手伝い』の結果村は豊富な水源を得た。これはまごう事なき事実だ。

「とにかく今は安定している。でも明日は分からない。これはアリシア本人も分からない」

 アリシアは、ただ「はい」と小声で呟いた。

「と言うわけでどんな取引も無効。どんだけの補償を積まれても、村の作物を他の村の倍で買い取るとしても、これは譲れない」

「それは譲って欲しいのだが……」

「村長は黙ってて、と言うか村長の用事は済んだでしょ? 何でまだいるの?」

「アリシアの今後があるだろう? それは村の長として聞いておかないと」

「ああ! もう!」

 リアンは勢いよく立ち上がった。

「アリシアを封印なんてさせない。私の神の御技(レイ・ルアナス)でこうなったけど、その上にさらに封印を施すなんて」

「何ぃ! アリシアを封印だって!」

 キリアが『せっかく直した天井』を突き破って降りて来た。

「そんなの俺が許さないぞ! アリシアは俺の寿命の半分なんだ。それを封印するなんて、神が許しても俺が許さない!」

 リアンは頭を抱えた。

「キリア、あんたが入るとややこしくなるから黙ってて」

「黙ってられるかよ! アリシアはちょっと前まではゴーレムだったかも知れないけど、今は普通の女の子じゃないか!」

「畑に素手で穴掘るのは普通とは言わん」と村長。キリアはその言葉を無視した。

「王様も王様だよ。アリシアは一応、国民でしょう? それを封印するって事はいない事にするって事と同じですよ!」

「いやいや、キリア君。それは違う」

「何が違うんですか!」

「いいから落ち着きなさい」

「何を落ち着けってんですか!」

「やかましいっ!」

 リアンがキレた。

「これ以上ぐだぐだ抜かすと、全員切り刻んであの世に送ってやるっ!」

「リアンっ!」キリアが噛み付くが、リアンのイライラは収まらない。

「だーまーれーっ!」

 リアンの髪がざわざわとうごめいた。目の色が変わりつつある。その場にいた全員(アリシア以外)は凍り付いた。

 と。

「リアン」

 アリシアが抑揚のない声でリアンを呼んだ。あまりに唐突で平然としたその声は、その場の険悪な雰囲気を削ぐのに充分だった。

「……はい?」

「私が原因?」

「あーいや、原因と言うか、別にそう言うわけじゃ……」

「私がもう一度眠りに就けば解決する?」

「いや、そうじゃなくてね」

 アリシアの物言いは殺戮兵器の微塵も感じさせない。ただ、どこか寂しさが垣間見えた。

「俺は断固反対!」

「あんたは黙れ!」

「私は——」

 アリシアは、リアンとキリアの会話を無視した。アリシアも会話の区切りを待っていたのでは発言の機会を失う——つまり、前後の会話を無視して割って入る事を学習したのかも知れない。

「闘う事しか知らない。でもこの姿になってから、どうしていいのか分からない。それでもキリアは私を好きだと言う」

「わーーーーーっ」

 キリアが喚くがやっぱり無視された。

「——リアンは私を封じないと言う。王様は封じた方がいいと言う。村長は私の扱いに困ってる」

「わ、わしはただ、グレンの」

「畑を滅茶苦茶にした。私は役に立っていない。でも決められない。リアン。教えて。私はどうしたらいいの?」

 沈黙がその場を支配した。誰も答えられない。答えなどないからだ。

「半分だ」

 キリアが突然妙な事を口に出した。

「半分?」リアンが首を傾げた。

「そう。アリシアは経緯がどうであれ、俺の命の半分を使ってここにいる。だから半分。で、俺はリアンの弟子みたいなモンだ。それでこの村にいる。そしてこの国に属している。俺がここにいられるなら、アリシアも同じ扱いじゃないかな」

 ——詭弁、だよな。

 キリアは自虐的な笑みを浮かべた。さぁ詭弁だぞ? 誰か反論してみろよ。そう言っているかのようだった。

 だが、誰も反論しなかった。

「キリア君。君の言う事はある意味正しい。僕は『アリシア』と言う少女より『ゴーレム』と言う脅威を論拠に話していた。でも違うんだな。アリシアは『人間』なんだね」

 ルーデシアスは、静かにアリシアに歩み寄った。

「済まない。君の尊厳を無視していた。許して欲しい」

「いいえ」

 素っ気ない返事だった。

「ありがとう。我が国の民よ」

 ルーデシアスのその言葉が全てを表していた。同時に、ルーデシアスはある覚悟をした。

「ギニアス」

「あ、はい」

 今まで、いるのかいないのか不明だったギニアスが返事をした。いたらしい。

「帰るぞ」

「は、はいー」


 玉座ではルーデシアスが膝を組んで座っていた。そして、王冠を片手でもてあそびながら、呟く。

「この国にいてはいけないモノがいる。でもそれは、僕らが守るモノでもある……か」

 夕闇が迫り、玉座の間は徐々に暗くなる。

「それでも世界の秩序は守らなければならない。そのために支払う代価がどれほどであっても」

 ふっと光が消えるように玉座が闇に覆われた。その一瞬。王冠だけが瞬くように輝いた。

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