第七話 玉座で勢揃い、そして……
1
「今度はちゃんと手続きしたからね」
リアンとキリアと『少女』は、玉座の間にいた。
王との謁見の許可を『ちゃんと』取り、極めて穏便に『手続き』したからだ。
ルーデシアスは玉座に座り、興味深げにリアンとキリアの後ろに立つ『少女』に見入っていた。リアンのお古なのか、白いその服は少々小さいようで丈が合っていない。真っ白な足まで届く長髪が時折吹く風でなびき、赤い目からは感情が読み取れない。
「そのようだね。でも出来れば、事前に予約は取って欲しいな」
「予約ぅ? あんたそんなに忙しいの?」
三人は、王を目の前に跪くとか、そういった礼節は一切無視した。
「これ、陛下の御前であるぞ。頭を下げぬか」
側近が注意を促すがそれは無視された。
「随分直ったみたいじゃない」
リアンは塞がった天井を見上げながらそう言った。丁寧に石を組み合わせた素っ気ない造りだった。以前あったフレスコ画はなかった。
「まぁね。シンプルでいいと思うのだが、絵をはめ込むのだそうだよ」
「もったいない。そこにかけるお金があるなら、助成金とか、国の発展に回すべきだわ」
「僕もそう思うよ」
「陛下……」
ルーデシアスは側近の困り果てた声を無視した。リアンがいる時点で王と国民の関係はこの場には存在しない。それを理解出来ない側近達はリアン達の行動を無礼極まりないと非難するのだが、ルーデシアスを含めその非難をこぞって無視するので困り果てていた。
「あー、ゴホン」
ルーデシアスが咳払いした。この妙な雰囲気を追い払うかのように。
「お前達、下がりなさい。人払いだ」
「陛下、それはなりませぬ。万が一の事があっては」
側近の気持ちは分からなくはない。何せこの玉座の間を木っ端微塵にした張本人がいるのだから。その『張本人』は、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「『陛下』の命に背き、その上『万が一』。私が何かするとでも?」
「いや、そんな事は」
リアンは薄笑いを貼り付け、一歩前に出た。
「『また壊される』ってお思いになりませんでしか?」
「いえいえ、そのような事は!」
手を叩く音がした。
「そこまで、そこまで」
ルーデシアスが手を打ち、止めに入った。
「私は人払いを命じた。そうだな?」
「は、はい」
「ではそのように。何大丈夫だ。何も壊しはせんよ。なぁリアン殿?」
「もちろんです」
リアンはニコっと微笑んだ。
側近達にはきっと悪魔の笑顔に見えたに違いない。
2
「だからさ、あまりいじめんでくれよ」
「私は何もしてない」
「まぁ、いいさ」
ルーディアスは椅子に深くもたれかかり、足を組んだ。家臣の前では見せられない格好だ。側近がいたらきっと小言を言うだろう。
「で、説明。してくれるんだろうね?」
「どれからして欲しい?」
「そうだなぁ。まずは、一個師団を待機させてそれをドタキャンした所からかな。いや、それよりその『女の子』が気になるね」
リアンはキリアの後ろに突っ立っていた女の子を見た。
「うーん。長くなるよ?」
「いいとも」
「それに、ちょっと驚くかもよ?」
「まあ、それでもいいよ」
リアンはため息をついた。説明は必要だが、あまり言いたくない内容だった。
「じゃまずあの子から。あの子はゴーレムが変化した姿。色々あって、ゴーレムの全機能はあの子に封じてある」
ルーデシアスはずるっと椅子から落っこちた。
「何だって?」
「もう一回言う?」
ルーデシアスは、椅子に座り直した。
「いや……大丈夫だ。と言うか、そんな事が出来るのか? 王族の口伝にはない情報だぞ、それは」
「私もびっくりしてんだけどね」
「は?」
「ゴーレムと一戦交えた結果なのよ」
「誰が?」
「私が」
「……」
ルーデシアスは黙り込んでしまった。色々な情報が頭の中を駆け巡っているのか、時々「うーん」とか「ああ」とか呟いている。
「順を追って話した方がいいかな?」
「……そのようだね」
「じゃ、始めから。まず最初に……」
リアンは、事の顛末を『かいつまんで』説明した。ルーデシアスは終始しかめっ面でそれを聞いていた。
「……と言うわけなのよ」
ルーデシアスは、深く、深くため息をついた。
「とにかく島々の末裔の連中がちょっかい出して、キリア君がそれを黙らせて、それでケンカになったのは分かった。しかしゴーレムの暴走が分からない。原因は何だ?」
「ああ……ええとそれは」
リアンは口ごもった。そこに、キリアが口を挟んだ。
「リアンが結界を解いたからですよ」
「あ、こら余計な事を」
「ギニアスの力を試すのに、付近一帯の結界を解いたんですよ。で、その状態のまま俺たちがケンカ始めて、ゴーレムがリアンの神の力を感知した。多分、それがきっかけかな」
「定期点検するんじゃなかったのか?」
「いやー、その前に『覚醒』しちゃったみたいで……」
「一個師団、そちらに送り込まなくて正解だったな」
ルーデシアスはちらりとリアンを睨んだ。珍しくリアンが小さくなった。それを見たルーデシアスは、ふっと頬を緩めた。
「まぁ人的被害は、ギニアスとそのお仲間連中。それと村長か。村長は表彰しなきゃいけないな。何せ神々の争いに巻き込まれたんだからね」
村長の怪我は無駄ではなかったようだ。
「大地の力を使ってしまったのは痛いけれど、そこは国として補償しよう。後で使者を出すから、村長に伝えておいて」
「ああ、うん」
「で、次だ」
「次……」
「次と言うか、いっぱいあるが……まずは、ギニアスとそのお仲間の事だね」
「ああ、それなら」
リアンが説明を始めようとした時だった。突如、空気が渦を巻き帯電した。バチバチッと派手な音がして、それが止むとラーズとギニアスが姿を現した。ギニアスはあちこちに包帯を巻き、杖を突いていた。立っているだけで命が尽きそうな様相だった。
「やぁ」
ラーズが軽く手を挙げた。
「あんた、いきなり来るわね」
「まぁ、さすがに他の国の迷惑かけたんだ、挨拶するなら早い方がいいだろう? なぁルーデシアス?」
「これはこれは。群島の神殿。御自らのお出ましとは」
ルーデシアスは、苦笑しつつ「リアンの時のように爆発はしないんだね」と応じた。
「爆発? ああ、そう言えば僕の『力』貸したっけな。さすがに本家のようには上手く使えないだろうさ」
「悪かったわね、不器用で」
「そこまでは言ってない」
リアンはぶすっとしたまま、黙り込んだ。
「元はと言えば、そこのバカ魔導師が私の対抗結界なんか張るからよ」
「何か言った?」
「いいえ!」
リアンはギニアスを睨み付けた。ギニアスは「ひぃ」と言う声と共にラーズの後ろに隠れた。隠れたと言っても体の大きさが違う。中腰でラーズにへばりついただけだ。何とも情けない格好だった。
「……ギニアス? お前は自分が信奉する神を盾にするのか?」
「ひっ? い、いえいえそんな事は」
どっちにしても弄られるギニアスだった。
3
「聞いてない!」
キリアが叫んでいた。全身全霊を以て叫んでいた。あまりの大声に近衛兵が駆けつけた程だ。
「あー、大丈夫だ。下がって下がって」
ルーデシアスは手を挙げ、近衛兵を追い払った。
「キリア君も落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか? 自分の寿命の半分を削られたんですよ?」
「まぁ……人生これからだ。頑張れ」
慰めにもなっていなかった。
「慰めになってないですよっ! それが国家存亡の危機に立ち向かった国民に対する言葉ですかっ!」
「僕に言われてもなぁ」
ルーデシアスは困ったようにリアンを見た。リアンもまた困ったようにラーズを見た。ラーズはため息をついた。
「リアンはその時の事——神の御技を行使した事を覚えていないそうだ」
「んな無責任な!」
「そう言うがなキリア。あの時お前が躊躇しなければ、こんな事態にならなかったんだぞ?」
「……ラーズ、俺があの時どんだけ葛藤したか。頭で分かってても体が動かないんだ。普通迷うだろう?」
「だからさー、覚悟はいいかと聞いたじゃないか」
覚悟——人を殺せるか。ラーズがキリアに求めたのはその覚悟だ。躊躇ではない。
「神は無情だ」
「当たり前だ。僕達は自分以外の事は基本的に無関心だ。勝手に信奉しても何してもいいが、何かを求められたって困る。それとも何の犠牲もなしに問題を解決したかったのか? 分かってたんだろう?」
「……」
キリアは無言で応じた。それは肯定だ。あの局面の一瞬の迷いがリアンの力の発動を促した。その結果は受け入れなければならない。
キリアは『少女』を振り返った。赤い目が、真っ直ぐにキリアを見ていた。相変わらず感情は読み取れない。キリアは皆に向き直った。
「……俺には出来なかったよ。無理だよ。あの時、水晶を見た瞬間、その中にこの子がいた。人間がいたんだ。それを打ち砕くなんて俺には出来ない。なぁ王様、俺はどうすればよかったんですか?」
ルーデシアスはラーズとキリアの会話を黙って聞いていた。キリアの問いはもっともだ。だから自分が言うべき言葉は分かっていた。
「キリア君は我が身を犠牲にこの国を救った。それは間違いない。公には出来ないがね。先ほどは失礼した。国を代表して礼を言う——ありがとう」
ルーデシアスに頭を下げられては黙るしかない。しばし沈黙が辺りを支配した。
「まぁ、私も理性がぶっ飛んでやっちゃったらしいけど、この子も無事だし、怪我したのはギニアスと村長だけだし、一件落着じゃない?」
あの時。
リアンが使った神の御技。それは、ゴーレムの額にはめ込まれた水晶の覚醒だった。リミッターとしての機能を最大限に引き出し、ゴーレムを封じる。それには器が必要だった。水晶には人間の少女が封じれていた。リミッターの原型として選別された『人間』が。
発動した神の御技は、彼女を器としリミッターの覚醒を促した。
一旦発動した神の御技は、意思があるかの如く目的を遂行する。だが、発動主たるリアンの『力』は既に尽きていた。術の完成には圧倒的に『力』が不足していた。そこで対象物にもっとも近くにいたキリアに目を付けた。その生命力を以て不足分を補おうとしたのだ。結果、キリアは寿命の半分を失い、少女にゴーレムを封じる事に成功した。
「それにキリア。あんた、この子を助けたかったんでしょ?」
リアンは敢えて「殺したくなかったんでしょ?」とは言わなかった。
「……」
キリアは不承不承頷いた。
「それに寿命が減ったとは言え、あんたは神の力を授かりし者なわけだから、人より頑丈だしちょっとは寿命も永い。私が守護してるからね」
だからそんなに気を落とすなとリアンは言いたいのだろうが、キリアの心中は複雑だった。そっと少女を見る。赤い目がじっとこちらを見ていた。見た目で言えば、背格好はキリアとほぼ一緒。白く長い髪。赤い目。一風変わった容姿だが、それはキリアが躊躇した理由の一つでもあった。
「……キリア?」
一〇秒ほど見つめていただろうか。不審に思ったリアンがキリアに声をかけた。
「は、いや、何?」
キリアは理由もなく慌てた。
「どしたの?」
「何でもない」
「何で顔が赤い?」
「いや、それは……さっきまで怒り狂ってたからだよ」
そのやりとりを見ていたラーズとルーデシアスは顔を見合わせ、「神様は無関心じゃないのか?」「リアンが自覚してないだけだよ」と言い合いため息をついた。
4
「さて。漫才じみた話はさておき」
「誰が漫才師なのよ」
ルーデシアスはリアンの抗議を無視した。どうもこのメンツで会話を進めるためには、どこかで会話を切らないと進まないようだ。
「ギニアスと徒党を組んでいた連中の目的を教えて貰うかな」
「ああそれは、直接コイツが」
ラーズは、後ろに控えていたギニアスの鳩尾に肘を入れた。
「んぐぅ……」
「まず最初に謝罪を。テューア王国に多大な迷惑をかけた。済まなかった」
ラーズが頭を下げた。
「い、いや頭を上げて下さい。神に謝られるのはリアンだけで充分だ」
「何ですって?」
リアンが気色ばんだが無視された。話が進まないからだ。
「ありがとう。本来なら、僕——いや我々は人間の営みに関知しない。ただコレの」
ラーズは裏拳をギニアスの頬に叩き込んだ。
「んぐはっ」
「このギニアスが属する宗派が勝手にやった事なんだ。とは言え、群島の神たる僕の信者だからね。一応責任者として来たわけさ。後はこのバカ魔導師が」
ラーズの後ろ回し蹴りがギニアスの延髄にヒットした。ギニアスは杖にしがみついて何とか耐えた。
「……まだ足りないか」
「群島の神殿、どうかその辺で」
見かねたルーデシアスが助け舟を出した。話が進まなくなったからだ。
「ああ、僕の事は『ラーズ』で。真の名で呼ばれるのは苦手なんだ」
ラーズは神らしからなぬ態度を表明した。
「……ではラーズ殿、ギニアスから説明を」
「おう。ほれギニアス、説明だ」
「は、はい〜」
ギニアスはよろよろっと前に進み出た。傷口が開いたのか、額に撒いた包帯が赤く滲んでいた。
「大丈夫か? 必要なら医師を呼ぶが」
「大丈夫だよ。少なくとも説明が終わるまではな。な?」
ラーズが、バン、と背中を強打しギニアスは咳き込んだ。とことんギニアスに厳しいラーズだった。
5
「我々の活動目的は、ここにおられる群島の神の復権でした」
ギニアスはふらつきながら、自分が犯した罪の告白を始めた。
「組織は階層化され、私はその最下層にいます。魔導師としての力関係、人間関係がその階層を決めています。恐れながら、お聞きになった事はございませんか? 『神々の時代への回帰』の名を」
「悪いが、知らん」
ルーデシアスはズバッと言い切った。
「は?」
「聞いた事もない」
「ご冗談を」
「僕がお前に冗談を言ってどうする? まぁ、そう言う動きがある、くらいはリアンから聞かされていたが」
「はぁ……」
ギニアスは落ち込んだ。まさか自分の属する組織が、大陸随一の国家であるテューア王国の国王の耳に入っていないとは思っていなかったからだ。
「な? ギニアス、お前が言うほどお前らの組織は大きくないんだよ。活動自体が全然、全く、誰にも伝わっていない」
ラーズは、ギニアスの組織の存在をばっさりと切って捨てた。
「僕を神輿にしても、人間はもう誰も崇め奉ったりはしない。いつまでも懐古主義に拘ったって、いい事なんてないぞ? せいぜいこうしてバカにされるのがオチだ」
「……左様で」
ギニアスはさらに落ち込んだ。
「とにかく話を続けてくれ。その組織がどんなものにしても、世界の秩序を乱すようならこちらも手を打たなきゃならない」
テューア王国は、バルランド大陸で最も大きな国家だ。肥沃な大地を有し資源も豊富だ。国力といった観点から見ても、周辺国のそれは足元にも及ばない。
それには理由があった。
ゴーレムが封印されていたのは偶然ではない。安定した国家体制の元、リアン——西の大陸神を据え、ゴーレムを封じる。地力をもって負の遺産を封じ込めていたのだ。
全ては古の時代に仕組まれた事だった。
かつて神々が君臨した時代から数千年。今現在、神は人間の営みに関知はしないが、世界の安定は自らの存在理由でもある。
神々が表舞台から退いた後、大地の末裔が根付いた。それらが国家として成立するまでは小さないざこざはあった。だが、徐々に境界を定め、大小様々な集団が発生し、国家が生まれた。テューア王国の建国にはリアンも立ち会っている。
そして今。
大陸に属する国家は表向き安定はしている。神の介入なしで、人間は安定した世界を構築しかたのように見える。
だが、安定し始めたのはここ二〇〇〜三〇〇年程前の事だ。
そこに五〇〇年に一度のゴーレムの定期点検の時期が来た。
これは世界の主役たる人間側としては未曾有の出来事だ。
ゴーレムは神の負の遺産として語り継がれる殺戮兵器だ。それをテューア王国が保有していると知れば、各国の首脳は心中穏やかではないだろう。
「リアンが『秘密裏』に動かしたゴーレムは、結局『定期点検』どころか『覚醒』しまった。まぁ、そこの少女に封じされているとは言え、この情報は公に出来ない。ギニアスが属していた弱小な……っと、失礼」
ルーデシアスはわざとらしく咳払いをした。
「組織立って動く妙な連中がちょっかいを出して来る事が考えられる。そのためには、まず分かる範囲での情報収集が必要だ」
「だとさ、ギニアス。洗いざらい吐き出せよ?」
「は……」
ギニアスは観念した。
「我が『神々の時代への回帰』は、テューア王国にゴーレムらしきモノがある事は存じておりました。例の『神の山』です。ただ、それを動かす手段が分からない」
「ちょっと待った!」
リアンが慌てて口を挟んだ。
「あの『どう見ても山』がなんでゴーレムだと断定した? あれの偽装は完璧だったはず」
「はぁ……しかし、あれはどう見ても伝承の通りの形状でしたが……」
「……リアンの大雑把さには恐れ入るよ。俺は各国を巡って色んな情報を集めたけど、ちょっとでも力のありそうな人物やら魔導師を名乗る人物に聞けば『ゴーレムが動き出した』『神々の時代の再来だ』『また破壊の時代が来る』とか言う話題で持ちきりだったよ」
キリアはため息交じりにリアンを非難した。
「……前にも言ったと思うが、文化遺産登録の申請も上がってきていた。リアンの言う『完璧な偽装』って何だい? ゴーレムをドンと置いて土を被せて木々を植えただけなようだが……」
ルーデシアスが申請書類をめくりながら「ああ、これこれ」と、風景画を見せた。そこには、どうみてもゴーレムが座り込んだ形をした物体から木々が生えていた。全員の目が資料に集中したが、少女だけは無関心だった。
「これじゃバレますね」
「そうだろう?」
「もうちょっと上手い隠し方なかったのかよ」
口々に出た文句がリアンに集中した。
リアンは、口の中でごもごもと「私は充分だと思ったんだけどなぁ」と文句を垂れた。誰も聞いていなかったが。
「とにかくだ」
ルーデシアスは国王らしく仕切り直した。
「ゴーレムを発見したが動かせない。その続きは?」
ルーデシアスの目がギニアスに向けられた。続きをとっとと話せ。そう言う事らしい。
「は? ええ、まず動かせないなら現状を維持しようと、先に潜り込んだ仲間が文化遺産の申請を提出しました。それは陛下もご存じでしょう。その資料です」
「ああ」
「そして、突然その『文化遺産』が消失したのです。轟音と共に」
「ああ……」
「そんな事が出来るのは、少なくとも人間の技ではない。そう致しますと、容疑者が浮かび上がって来るわけです。——この国には、偏屈な魔女がいると」
「偏屈?」リアンが口を挟むが相手にされなかった。
「そしてその魔女は何者にも縛られない、自由奔放で突飛な行動を取る事が多々あると」
「なんだとおー!」リアンの抗議はここでも無視された。
「そこで、私が宮廷付きの魔導師としてここに送り込まれたわけです。動かす事が出来るのなら、何か方法があると思ったのです」
「それが神の『力』で行われたと知らずにか」
「はい」
「やれやれ」
ルーデシアスはこめかみを押さえた。眉間に深い皺が寄っていた。
「その結果、リアンとキリアが大ケンカして、こっちは一個師団を待機させられてそれをドタキャンされたってわけか」
「一個師団?」ギニアスは目を丸くした。「どこかと戦争でもなさるおつもりで?」
「まぁ、それはこちらの話だ。大体の事情は分かったよ。ギニアス。ご苦労だった」
「は」
ギニアスは説明責任やその他諸々の義務を果たし、力尽きた。
「おーい、誰か」
ルーデシアスは手を叩き、側近を呼びつけた。
「医者を呼んでくれ。たぶん重傷だ」
ギニアスは数人の近衛兵に担がれ、玉座の間から運び出された。
6
「さて、事の顛末は分かった。後は次善の策を検討しないとな」
ルーデシアスは玉座から立ち、少女に歩み寄った。
「君は、自分が何者か理解はしているのかな?」
少女はゆっくりと口を開いた。
「はい」
涼やかな凜とした声だった。
「名前は?」
「アリシア」
——ふうん。この少女がゴーレムだなんて、誰も気付かないだろうな。
「はい」
「!」
ルーデシアスは目を見開いた。
「き、君は人の心が読めるのか?」
「はい」
「リアン、聞いてないぞそんな事!」
「聞かれてなかったからね」
「そんな事を言っているんじゃない。いや、ここまでどうやって来た? 街中を歩いて来たわけじゃないだろうな?」
「どして?」
「どうしてって……彼女は心が読めるんだよ? 城内では、色んな機密扱いの情報が飛び交っている。そんな中を歩いて来たのか?」
「そうね」
「ちょっと待った!」
キリアが口を出した。顔が真っ赤だった。
「心が読めるって、俺も聞いてないぞ!」
「あのねー。ゴーレムの制御装置の基本機能考えてみなさいよ。私達がいちいちそこを殴れとか、それを踏みつけろとか言わないと動かないんじゃ、兵器として運用出来ないでしょ?」
「……言われてみれば、意思伝達による制御が可能と聞かされていたな……」
ルーデシアスは、うむむと唸った。
「リアン、その機能だけ停止出来ないのか?」
「無理」
即答だった。
「うーん……」
「本来は神の意志伝達機能しか備わってなかったんだけど、覚醒・封印の際にキリアの寿命が混入したから、その機能範囲が拡大されたって事だと思う……ってキリアどしたの?」
キリアは肩を震わせぶつぶつと呟いていた。「バレてたんだずっと読まれてたんだ……」
「コレ、どうしたの?」
リアンは、ルーデシアスとラーズに尋ねた。
ルーデシアスとラーズも肩を震わせていた。二人は笑いをこらえているようだった。
「ねぇ、何がどうなってんの?」
「ぶは! あはは」
「くっ、くははっ」
二人はこらえきれず、大声で笑い出した。
「ねぇ、何なの?」
「いや、あはははは、本人に聞いてみれば? あーおかしい」
ラーズは笑いながら、アリシアを指し示した。
「アリシア、どう言う事?」
「私には分かりません」
「キリアはどうしたのかな?」
「キリアは私を好いています。ずっとその思考を拾っていました」
「は?」
「わーーーーーーーっ!」
キリアは大声を出し、リアンとアリシアの会話を止めに入った。
「と、とにかく、次善の策とやらを練らないと。ね、王様?」
「くくくっ。若いってのはいいなー。こちとら、もうおじさんだからね」
「王様!」
「あー面白かった。いいもの見せてもらったから、僕はこの辺で」
ラーズは手を叩いた。周囲の空気が渦を巻いた。
「ギニアスはどうする?」
「まだココの宮廷付きの魔術師なんでしょ?」
「うん? まぁまだ解雇してないから、そう言われればそうだが……」
「なのでよろしくー」
ラーズは火花を散らして掻き消えた。残されたルーデシアスは困り果てた。リアンは不機嫌そうだし、アリシアはぼーっとしていた。そしてキリアは「読まれた……読まれた……」と繰り返し呟いていた。
この三人の扱いは身に余る。
「面倒だなぁ」
ルーデシアスは、自分が置かれた状況と裏腹に暢気に呟いた。