第六話 封印〜後編〜
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「代償って……どう言う意味ですか?」
キリアは、地面に転がっているギニアスの腹の上に足組して座っている少年に疑問を突き返した。その少年——ラーズ——群島の神は、辺りの木々が枯れ、草木が朽ちていくその有様を『代償』と言った。それが何を意味するのかキリアには理解出来なかった。
「神の力は、どこから得ていると思う? 神の力を授かりし者よ?」
静かな声で質問を返された。
——神の力を得る?
神々が使う力をどうやって得ているかなんて考えた事もなかった。
神が力を使えば、それが神の力だ。それ以前の話が存在する事自体、頭になかった。
「……分かりません」
「敬語はいいよキリア。僕の事もただの『ラーズ』で」
「しかし……」
「二度同じ事を言わせる気かな?」
『ラーズ』はキリアを一睨みした。キリアは肩を竦めた。
「——分かったよラーズ。で、代償ってどう言う事さ」
「リアンは大陸神だ。大地を統べ、大地を従わせる者だ。はるかな昔はね」
ラーズは空を見上げた。
「この辺一帯は、リアンそのものだったと言ってもいい。そんな時代もあった。でも僕達は存在を拒絶された。なぜかな?」
「無茶なケンカしたからだろ?」
「その通り。僕達は大地や海がどうなってもよかった。そこに住まう生物、人間にも関心がなかった。そしてこの有様さ」
ラーズは自虐的な笑みを浮かべた。
「世界は神なんてのを必要としてない。もう人間の時代なのさ」
神々が去った後、力を失った大地は永い時間をかけ今に至る。そこにあったのは人間の努力の積み重ねだ。奇跡などではない。
「……ラーズ」
キリアはかける言葉がない。神を慰めた事などない。罵倒(主にリアンに)はしているが。
「で、話は戻るけど」
ラーズはキリアに向き直った。
「そんな神様が力を使おうとしたら、その源はどこにあると思う?」
「え?」
「もう自らの力は自分のものじゃない。それでも僕達は『神の力』を行使する。自分のじゃないなら借りるしかない」
「え……まさか」
かつて大地はリアンそのものだった。リアンが傷つけば大地が裂ける。リアンが『力』を欲すれば、大地は我が身を裂いてでも『力』を与えようとしただろう。
だが今は違う。
キリアは枯れ行く木々を見て呟いた。
「……じゃあ、リアンが今使っているのは……」
「そうさ。リアンの『あの力』は大地から『借りて』いるんだ。相手がゴーレムだからね。君とのケンカで使うような力じゃ太刀打ち出来ない」
「でも、それじゃあこの土地が……」
「そうだね。リアンは覚悟したのかな? 境域の地力を使い切るかも知れないね」
「そんな事したら村だってタダじゃ済まないじゃないか」
「この国は他国に比べて肥沃だ。村一つくらい消えてもそう大きな問題にはならないんじゃないか?」
「ラーズ!」
キリアはラーズを睨み付けた。ラーズの言葉は村に生きる人間の営みを無視した言葉だ。かつての神の考え方だ。
「……すまん。これだから神様ってのは救い難いんだ。いつまでも、はるか昔から変わらない」
「神を救うなんて誰も出来ないよ」
「そうなんだよなぁ。それでちょっと困っている」
「困ってる?」
「これがやらかした事、これは僕の意思とは関係ないんだ」
「へ? ラーズの意思じゃないのか?」
「その辺、詳しく話すと長くなるから後でね。それよりまずいな」
「話を逸らすなよ……って」
キリアは、ラーズに促されその視線を追った。その先には『肩で息をしている』リアンの姿があった。
2
「……しくじったか」
リアンは、目の前で起きている事を半ば予想はしていた。
自己修復。
ゴーレムは、ほぼ無尽蔵に『力』を振るう神々を相手にする事を想定して創られた。破損箇所の修復機能が備わっていても不思議ではない。ただそれがリアンの予想より早く発動してしまった事が問題だった。歪み、折れ曲がったはずの右足は今や完全に修復され、ゴーレムは再びリアンを見下ろしていた。
「ええい厄介な。旧きモノめ……」
大地の力はほぼ使い切った。
その上ゴーレムが自己修復のために搾り取った。
この境域にはもう、リアンを助ける余力はない。
木々は枯れ、草木は朽ち、大地は黒く染まっていた。
短期決戦を狙ったリアンの思惑は大外れとなった。
「……この力を貯めるのに何百年かかったと思ってんだ、このウスノロめぇ……」
ゴーレムが動いた。いや、動いたなどと言う形容には当て嵌まらない。スピードが違いすぎる。リアンは一瞬で間合いを詰められたのを目で追えなかった。
「!」
空気が振動した。
ゴーレムは踏み込んだ足に重心を移し、拳を振るう。
「ぐっ!」
咄嗟に腕でガード。だがガードごと吹っ飛ばされ、ちょうど後ろにあったリアンの家に突っ込んだ。家はその衝撃で一瞬のうちに破砕された。
「あーっ! お気に入りのダイニングテーブルが!」
と言いながら、慌ててリアンは家から這い出た。ゴーレムが跳躍し、その上に豪快に着地した。家だったモノは、基礎ごと陥没した。
「ちっ、点検待機状態が解除されたか」
ゴーレムのスピード、判断力が、先ほどとは桁違いだ。ゴーレムの本来の機能が解放されたと考えていい。原因は分からない。リアンとの戦闘の衝撃か、自己修復を発動させた時か。
「素手じゃ分が悪いな」
リアンは纏っていたマントを外し、ばさっと振るった。それは一瞬で長剣に変化した。
「出来れば刻みたくなかったんだけどな」
リアンは長剣を構え、ゴーレムを睨み付けた。
3
「おいこら、ラーズ、何だよあの動きは!」
「僕だって知らないよ。実際にゴーレムと闘った神様は眠ったままだし、創った連中ももういないし。ただ言えるとすれば」
「すれば?」
「完全覚醒した、としか」
「完全覚醒?」
「あのスピードと再生能力。周囲から『力』を吸い上げているのか、蓄積していた『力』を使ったのかは分からないけどね」
ラーズは厳しい表情でゴーレムを見据えていた。
「どちらにしても、リアンの『力』がどこまでもつかだな」
「『力』って、この辺の大地の力か?」
キリアはそう言って辺りを見渡した。木々も草木の姿を消し、もはや大地に生命の息吹を感じない。
「……もしかして、もうないんじゃないのか?」
「ああ。数百年かけて溜め込んだ地力が底を尽いた。後はリアン自体がどれだけ溜め込んでいるかだ」
「リアンが?」
「耳に水晶石があるだろう?」
キリアがリアンに目を向けた。両耳のピアスに小さな水晶石がぶら下がっていた。
「え? ああ、あれの事か?」
「ああそうさ。あれが今のリアンの全てだ。あれが尽きればもう手がない」
「そんな……」
キリアはリアンを凝視した。
リアンの耳の水晶が、淡い燐光を放っていた。
「あれっぽっちで何が出来るんだよ」
「まぁ片耳だけで、数十年分の『力』は溜め込んであるは思うけど……心許ないな」
「どれくらい持ちそうだ?」
「そうだなぁ」
そう言ってラーズは腕を組んだ。
「後一撃か、でも剣を出したからもうちょっといくかな」
「曖昧だなー」
「仕方ないだろう? ここから見てるだけなんだから」
そう言っている間にゴーレムの一撃がリアンを見舞った。リアンは長剣でそれを受け流す。お互いの防御結界がぶつかり火花を散らす。リアンの右耳の水晶の光がふっと消えた。
それを見たラーズが一言。
「前言撤回。本当に後一撃食らったらもう手がない」
「えええ? 何とかなんないのかよ」
「僕にはどうにも出来ないよ。僕が使える『力』はここにはない」
ここは大陸の真ん中だ。島々の神々のラーズが借りる事が出来る『力』はここにはない。
「なら……俺に出来る事はないのか?」
「お前にか……」
ラーズは黙り込んだ。しかし「ない」と即答しない。
「何かあるんだな?」
「あるにはある。でも、それには条件が必要だ」
「何だその条件て」
「お前、人を殺せるか?」
——ヒトヲコロセルカ?
「何だと?」
「詳しくは言えない。言えば絶対君は躊躇する。でも、その覚悟がないと『アレ』は止められない。リアンも助からない。他の神の介入を許す事になる。そうなれば、この大陸は神々の時代に逆戻りする」
「そんな……」
「その条件——いや覚悟があるのなら、今回だけ手を貸す。こいつの迷惑料だ」
そう言って、ラーズは気絶したままのギニアスを小突いた。ギニアスは起きなかった。
「……」
ラーズは、ギニアスを見た。一向に起きる気配はなかった。
「とにかくこいつが色々事を大きくして」
ゴン。
「この辺一帯の地力がそれに使われて」
ゴン。
「この有様だ。どうしてくれよう」
バキ。ギニアスは起きなかった。
「……死んでんじゃないのか?」
「大丈夫。僕に殺されるなら本望だろうし、そん時ゃそん時だ。それより覚悟は出来たか?」
「ぐ……」
「言っておくけど、時間はないよ?」
ずずん、と地響きがした。キリアが振り返ると、リアンがゴーレムの拳を間一髪で避けていた。まだ左耳の水晶は光を失っていない。
「防御に『力』を使えばもうお終い。でも攻撃をする距離まで近づけない。そこで作戦。ちょっと耳貸して」
「?」
こうして、多分、非道な作戦が決まった。
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リアンは間合いに踏み込めずにいた。高速移動する巨大な物体。まず足を止めない事にはその先がない。
「くそぅ。ここで止めないと……」
リアンはそう呟くと、大きく息を吸い込んだ。わずかでも大地からの『力』を。そんな動作だった。
「リアン!」
キリアが呼びかけるが、リアンにはそんな余裕はない。隙を見せたらその一瞬で間合いに踏み込まれる。
「何だ!」
リアンは、ゴーレムから目を逸らさず声だけで応じた。
「これからラーズが、そいつの気を一瞬だけ逸らす。その隙で足をぶった切ってくれ!」
「ラーズが? その後は!」
「俺が突撃して額のクリスタルを砕く!」
「無駄だ!」
リアンはそう言いつつ、ラーズが立てた作戦を想像・理解した。
——いけるか?
「タイミング、いい?」
「いつでも!」
「じゃ、三、二、一!」
カウントゼロで、リアンとキリアは倍速能力でゴーレムに近接した。リアンは剣の間合いに。キリアは少し距離を置き跳躍の準備。手には水晶を連ねたネックレスが握られていた。
「それは?」
リアンは、一瞬だけゴーレムから目を逸らした。
「ギニアスから」
「……そう言う事ね」
「そう」
短い会話だが、それで作戦の全貌はリアンにも理解出来た。
ゴーレムは自ら飛び込んで来たリアンに向け、両拳を組み合わせて振り下ろそうとした。
そこに何かが放り込まれた。
ちょうどゴーレムとリアンの中間。ゴーレムの目の高さに『ソレ』がいた。ギニアスだった。白目を剥いたままだった。
ゴーレムは両手を振り上げたまま、その昏く敵意が込められた目でギニアスを追った。
一瞬だが隙が出来た。
──今だ!
「我が内なる刃よ!」
リアンが持つ長剣が、これまで以上の輝きを放った。
そしてリアンは、気合いと共にそれを横に振るう。
音もなく防御結界ごとゴーレムの両足が切断され、重い地響きの後ゴーレムは仰向けに倒れた。
そこにキリアがゴーレムの頭部の直上に跳躍した。
後は——。
キリアがギニアスのネックレスを巻き付けた右拳をクリスタル《リミッター》に叩き込む。防御結界同士が干渉して火花が散る。だが、キリアの拳には、倍速能力の勢いが物理的な攻撃力として上乗せされている。
数瞬の後、ゴーレムの防御結界は乾いた音を立て砕け散った。
後付けされたが故、リミッターであるクリスタル周辺の防御結界が本体に比べて脆い事を知った上での攻撃だった。
そしてキリアの手がクリスタルに『直』に触れた。後は短剣に発動させた刃でクリスタルを打ち砕くだけだ。
だが。
そこでキリアの手が止まった。
——覚悟が必要ってのはこの事かよ!
キリアの目の前には、人間大のゴーレムの制御装置兼動力源である水晶がある。それは少々青みがかっていたが、中が透けて見えた。
そして。
そこには『少女』が封じられていた。
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「あー、やっぱり手が止まるか」
遠巻きに一連の流れを見ていたラーズは、ため息をついた。
「人間は同族を殺すのに躊躇いがあるからなぁ」
ギニアスから魔力が込められたネックレスをいくつか引きちぎってキリアに渡し、クリスタル部分の脆弱性を教え、ギニアスをぶん投げて隙を作った。後はキリアの『覚悟』次第だった。
「まぁ、半分は期待していなかったけど、最後の詰めで手が止まるかぁ」
ラーズは、空を見上げた。
「さて、どうしたもんだか」
他人事のように呟くラーズだった。
6
リアンはゴーレムの頭の上で固まっているキリアを見てため息をついた。
「……先に教えておくべきだったか」
目の前のゴーレムのリミッターは初期型で、ゴーレムの機能を制御するために『人間』が使われていた。この後に作られたリミッターは、これをベースにフィードバックされた技術を用いたため『人間』は使われていない。
両者の機能は、基本的には同じ物だ。
問題なのは、キリアがそれらを同じだと思うかどうかだ。
リアンを含めた神々は人間を蔑ろにして来た。取るに足らない生命体と考えて来た。永きに渡って人間と接して来たリアンでさえ、キリアがこの局面で躊躇すると思っていなかった。
クリスタルを打ち砕き、ゴーレムは機能停止させ、その後湖に沈める。ラーズの計画の後半はそんな所だろう。そこにキリアの『人間』としての『覚悟』が含まれていたのか、『覚悟』をさせたつもりだったのかは、リアンには分からない。
だが時間は待ってはくれない。
キリアが躊躇している間で、ゴーレムは組んだ拳を解きキリアを掴まえようとしている。掴まればその場で引き裂かれるだろう。
リアンはその光景を想像した。キリアが死ぬ。この世界から消える。いずれその時は訪れる。だがそれは、今のこの瞬間ではない。
——キリアが死ぬ!
リアンの頬を何かが伝った。頭の中が真っ白になった。
「キリア!」
リアンは思わず叫んでいた。
「汝は自らの命を捧げる覚悟はあるか!」
突然問いかけられたキリアは一瞬考え、答えた。
「応!」
「ならば、水晶に剣を突き立てよ!」
「応!」
今度はキリアは迷わなかった。リアンにきっと何か考えがある。信じていい。そう直観した。
硬質な乾いた音が響き、クリスタルに亀裂が入った。その亀裂は瞬く間にクリスタル全体に拡がり、そして——。
リアンが両手を広げる。リアンの額から光が溢れ出し水晶のような物が出現した。
風が渦巻く。空気が変質する。リアンを中心に神の力が満ち溢れる。
「古に創られしモノ、旧きモノよ。汝、封じられしその命を解き放ち、再び世界へ降り立たん!」
水晶の亀裂から、一筋、また一筋と光が放たれる。それらの光は徐々に強くなり周囲を満たした。白い輝きが世界を覆った。
そこから浮き出るように、人間が姿を現した。キリアだ。
そしてもう一人。
水晶に封じられていた少女が姿を現した。
二人は意識がないのか、目を閉じたまま身じろぎ一つしない。二人は白一色の空間を滑るように動き重なった。二人が一つになった。
刹那。
世界が弾けた。
7
「じゃ、僕は一旦帰るよ」
ラーズは肩にギニアスの成れの果てを担ぎ、しゅたっと手を挙げた。
「あらあら、お構いもしませんで」
「リアン、その言葉遣い気持ち悪いよ」
「ぬ。こっちはこっちで気を遣ったのに」
「そんな余計な気の遣い方するくらいなら、頑張って境域の回復に尽力したまえ」
「……ラーズ?」
リアンは、ラーズを睨み付けた。
「そもそもこんな状態のなったのは誰のせい?」
「コレ」
ラーズは、肩の上の物体を指差した。
「とは言え、組織的な問題もあるしね。僕にも責任はある。済まなかったと思ってるよ」
「おや、群島の神ともあろうお方がしおらしい」
「リアンだって責任は感じてるんでしょ?」
ラーズは、最早原型を止めていないリアンの家、そして辛うじて残ったソファに横になっている村長を見やった。疲れたのか、力尽きたのか、村長が目を覚ます気配はなかった。
そして。
奇跡的に無傷だったリアンのベッドに視線を移した。そこには、すやすやと『二人』が眠っていた。安らかな寝顔だった。
「まさかあんな手段を思いつくなんてさ。久しぶりに見たよ。神の御技を」
「実は私も驚いてる」
「そうなの?」
「あの時は、何だろう? キリアがマズい! と思った後は、よく覚えてないのよねー」
リアンはそう言い、あははーと笑った。
「……自覚なしかい」
「ん? 何か言った?」
「いいえ、何も申しておりません」
「なーんか引っ掛かるなぁ」
「いいんだよ。君が気にしなければいいだけの話。とにかく、僕達は一旦根城に戻る。ルーデシアスにそのうち挨拶にいくから宜しく言っておいて」
「はいはい」
「じゃねー」
突如空気が渦を巻き帯電した。そしてバチっと言う音と共に、ラーズとギニアス他四〇名は、その場から掻き消えた。
8
「どれどれ。とりあえず見かけだけでも直しとくか」
リアンは、未だ光を失っていない左側の水晶を耳から外し、大地へ置いた。
「……解き放て!」
その声に呼応するかのように、水晶を中心に光の輪が幾筋も走り、草花が芽吹き、木々は緑を取り戻した。
「あーあ。また一からやり直しだ。村長にも悪い事したわ。少なくとも数年は凶作だし」
「なんだと!」
村長が突然目を覚ました。村を預かる身として『凶作』と言うキーワードだけは聞き捨てならない。
「リアン、今何と言った?」
「あ、村長。おはようございます」
「ん? ああ、おはよう」
「とりあえず、喫緊の問題は解消した。中長期の問題は山積している。以上」
リアンは状況と結果を端的に報告した。
「……あのゴーレムは、どうなったのかね?」
「それが問題なのですよ」
「? 意味が分からない。もう少し分かり易く説明して欲しいのだが」
リアンはそれに答える替わりに、後ろのベッドを指し示した。
「キリアはいいとして、もう一人おるが……?」
「ゴーレム」
「は?」
「そのキリアの隣で寝てる女の子がゴーレムなの! 分かった?」
リアンは『神の御技』を使い、水晶に封じられていた少女を解放した。ゴーレムは砕け散ったクリスタルと共に少女に吸収され、封印された。つまりその少女はゴーレムそのものだった。
「……あんなバカでかいのが、この女の子だと?」
「あによ。私を疑うっての?」
リアンはギロリと村長を睨め付けた。
「いや……疑っているわけではないが、その、俄には信じ難いと言うか……」
「疑ってるじゃないの!」
リアン、キリアの尽力により、ゴーレムは封印された。それが果たしてどんな結果になるかは分からない。少女が目を覚ました時、また暴れ出すかも知れないし、そうではないかも知れない。
だが少女の寝顔を見る限り、とりあえず今回の騒動は終息したと言ってもそれを疑う人間はいないだろう。
リアンはそう思う事にした。村長は多少異なる印象を持ったようだが。
「……あの凶暴凶悪なゴーレムがこの女の子……? と言う事はこの村に……? ああ、頭が痛い……」
「頭痛薬、調合します?」
「……いい。とりあえずわしは帰って休ませて貰うよ」
と、上半身を起こした所で、満足に動かない体だと言う事を思い出した。
「送るわよ?」
「……」
村長は大分迷った。だが、どう頑張っても自力で自宅に辿り着けそうにない。
止むなく、リアンの助けを借りる事にした。
「じゃ済まんが、頼も」
「ほい」
リアンが指を鳴らすと、村長の姿がふっと消えた。ちゃんと家に着いたはずだが、どんな格好をしていたかは、村長だけの秘密だ。
ただ。
一ヶ月程の間、村で村長の姿を見た者はいなかった。