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第五話 封印〜前編〜

 ギニアスはゴーレムを追い、よろよろよたよたと歩いていた。まるで全身を引きずるようだった。手にはその辺に転がっていた木の枝を杖代わりに持ち、前を見据え足を踏み出す。体中が痛い。そのまま倒れてもおかしくない重症患者のような有様だが、足は止めない。なぜなら彼には、ゴーレムの鹵獲と言う任務があるからだ。

 だがしかし。

「おのれぇ、リアンめぇ、ゴーレムめぇ……」

 呪詛のようにぶつぶつと呟き、ギニアスは歩いていた。もはや彼には任務の事などどうでもいいのかも知れない。リアン。そしてゴーレム。この二人に何としてもこの苦痛を分け与えたい。いやそれ以上の苦痛を与えたい。鋭く光る眼光にはその思いが宿っていた。ように見えた。

「リアンめぇ、ゴーレムめぇ……」

 ギニアスは、一歩ずつ、一歩ずつ、リアンの家に向かう。この後に待つ悲劇の事など何も知らずに。


「えー? やだよー、そんなの」

 リアンの家では、キリアが全身全霊を以てリアンの『妙案』を拒んでいた。

「他に誰がいるのよ」

 その場には、リアンとキリア、そして重症患者よろしくソファに寝ている村長がいた。

「まさか、村長にやらせるわけにはいかないでしょう?」

「んー。リアンもダメだしなぁ」

 リアンがこの家から一歩でも外に出ようものなら、ゴーレムはまっしぐらに向かって来るだろう。

「『倍速能力ディブルド・エイクド』は、まだ使えそう?」

「そうだなー。体力的には後一回か二回かな」

「一回だけでいい。後はその辺で寝ててもいい」

「ゴーレムに踏み潰されちゃうよ」

「その時はしょうがない。骨は拾ってあげる」

「いや、拾われてもさ。俺は嬉しくもなんともない」

 キリアはいくら一時的とは言え、あのギニアスとゴーレムと対峙するのは気が進まない。と言うか嫌だ。

「どうやら、わししかいないようだな」

 村長が弱々しい声で口を挟んだ。

「アイツをおびき出せばいいのだろう?」

「いやいや村長。動けないでしょう?」

 キリアの言う事はもっともだ。左足はキリアが『狙わないで』投げた短剣が刺ったおかげで動かすのやっと。右足は、キリアが倍速モードで引っ張り回してメタメタ。その上リアンの暴走により家具の下敷きになって、そこから引っ張り出した際に右肩を脱臼。応急処置をしたものの、満身創痍とはこの事だ。

「杖使って歩くくらいなら何とかなる。後は任せるがな」

 村長はよいしょ、と上半身を起こした。体中の苦痛で顔が歪んだ。それを見たリアンは、一言。

「……うーん、確かにキリアより適任かも」

「リアン!」

「ゴーレムは人間には反応しない。ヤツが反応するのは『神の力(ルアナス)』を持つ者。人間はそれを持っていない。だからキリアは微妙と言えば微妙かな。大人しくしてれば気付かれないとは思うけど……」

「村長がこれ以上怪我したら、消えてなくなっちゃうよ」

「これこれ、勝手にわしを消さんでくれんか」

 村長の抗議は無視された。

「キリアの倍速移動が一回でも使えるなら、計画は実行可能。村長を安全な場所に移すだけでいい。後は私が何とかする」

「何とかするって……」キリアは目だけで村長を見た。あまり乗り気ではなさそうだった。

「ホントにやるの?」

「他に方法はない。ゴーレムが勝手に起動した。これは一大事なのよ。他の連中(神々)に見つかったらもっと面倒な事になる。今んとこは大丈夫だけど……」

「まぁ、あんなデッカイの放って置いても大変だしね」

「でしょ?」

「でも、リアンの結界解いたから、少なくとも大陸側の神様連中は知ってるんじゃないの?」

「それは大丈夫」

「何で? 結界がないなら筒抜けでしょ?」

「あーそれも大丈夫。結界にも種類があってね。私がさっき解除したのは、対人・対魔法の結界。私の境域テリトリーは解除してない」

「……? と言う事は?」

「他の連中には気付かれてないって事」

「……逆に言えば、その境域テリトリー内で何とかしなきゃいけないって事だね?」

「う……」

 キリアの鋭い突っ込みに、リアンは言葉に窮した。

「いやー、その。ほら、定期点検メンテナンスしなきゃでしょ?」

 言葉遣いが変だった。

「リアン? 何か俺らに隠し事してない?」

「んー……まぁ、いいか。あのゴーレム、リミッター付きで動いてんのよ」

「は? リミッター?」

「私の計画。さっき言った、額の水晶コアクリスタルがあるでしょ?」

「うん、動力源なんだよね、ゴーレムの。で、リミッターって?」

「コアクリスタルはね、動力源の他にも機能があってね」

「他?」

「そう」

 リアンは、目を閉じた。

「そもそもゴーレムは単体で行動可能な破壊兵器なんだけど、人が神を見限って争いが意味をなくした時、ゴーレムも不要になった。ただ、簡単に壊れるモノじゃないから、制御装置リミッターを埋め込んだの」

「そりゃまた、何でそんな事を?」

「壊すのが大変だからよ。完全に機能停止させるには、それこそ何百年もかかる。そんな手間も余裕がなかったのよ、当時は」

「手っ取り早く動きを封じたって事か」

「そう。あのゴーレムはコアクリスタルに制限されて、休眠状態スリープモードになってるはずだった」

「でも、動いてるよね?」

「後付けだからねクリスタルは。元の本体にはそんな機能は備わっていない。一度稼働したら、自身が破壊されるか、破壊対象がいなくなるまで動き続ける。そう言う代物なのよ、アレ」

 物騒だなぁ、とキリアは思った。口には出さなかったが。

「それが、リアンの暴走によって目覚めたと言うのかね」

 村長がやっと口を挟んだ。

「んー暴走とか言われちゃうと……まぁいいや。そう。五百年前はちゃんと動作確認はした。でもその時は暴れてないからなぁ」

 ポリポリと後ろ頭を掻くリアン。

「私の力で変な反応したみたいね」

「みたいね、って他人事みたいに」

「仕方ないじゃない。今まで機能していたのに。こんなの、取扱説明書マニュアルに載ってないし」

 神様ってのは皆こうなのかな。キリアの中で神様の格がワンランク落ちた。

「……とにかく闘う相手はいないけど、定期的に点検(メンテナンス)だけはしないといけないって事は理解した」

「五百年に一回なんだけどねー」

「何で五百年なのかな。長すぎるんじゃないの?」

「まぁ、それは創ったのは私じゃないし。残ってるのは取扱説明書メンテナンスマニュアルだけだし……」

「……破壊するとか、解体するとか出来ないモン創るからだ」キリアは口の中だけでごもごもと文句を垂れた。

「ん? 何か言った?」

「いーえ、何にも」

「じゃ、確認。これから村長は家の外に出る。タイミングはギニアスが到着直後。キリアはすぐに村長を安全な場所に移動させるため、玄関で待機。私は全力出さないとヤツの防御結界を破れないから、ここで精神集中して待つ」

 リアンはここで一息間を開けた。

「で、ギニアスにゴーレムの関心が逸れたら、即、コアクリスタルを破壊する。これでリミッターが無効化されて同時に動力源も失う。ゴーレムはただのデカイ粗大ゴミになる。これで本作戦は終了」

 めでたしめでたし。リアンはにっこりと笑った。

「で?」

 キリアは、素朴な疑問を口にした。

「その後は?」

「ん?」

 リアンは笑顔を貼り付けたまま、疑問を返して来た。

「その後?」

「いやだから、その『粗大ゴミ』になったゴーレムをどうすんのさ」

「……湖に沈めとく?」

「なんで俺に聞く?」

「それでゴーレムはもう動かんのだろうな?」

 村長が訊く。もっともな質問だ。後付けのクリスタルの誤動作だけでこの大騒ぎだ。何かの間違いで再稼働したら今度こそ手がない。

「わしが聞く限りでは、ゴーレムの動力源はクリスタルだけとは思えんのだが」

「ぐ……、さすが村長。鋭いわ」

 リアンの笑顔が引っ込んだ。

「村長の言う通り、動力源はクリスタルだけじゃない。でも大丈夫なのよ。昔とは違うから」

 リアンの顔に寂しさのようなものが浮かんだ。

「昔は私たちがいたから。ゴーレムは私たちの持つ神の力(ルアナス)を動力源にして動いてた。でも今はいない様なものだし、私にもそんな力はない。だから大丈夫」

 人間が神々と決別しゴーレムも姿を消した。人間の時代に神の力は不要なのだ。

「さて。ギニアスがやっと着いたみたいだし。作戦開始といきますか」

 キリアもギニアスの気配を察知した。窓からそっと外を伺うと、立ち竦むゴーレムとその向こうによたよた歩くギニアスが見えた。村長より酷い有様だった。

「大丈夫かな、あいつ」

 ギニアスが作戦の成功の鍵を握っている。あんな状態で術を使えるのか甚だ疑問ではあるが。


 ギニアスはやっとの思いでゴーレムの足元に辿り着いた。

「……私は、ここで何をすればいいのだ?」

 辿り着きはしたが、このゴーレムをどうしたらいいのか。少なくとも、抱えられるような大きさではなかった。

「跳ぶにしても、ここは海から離れすぎている。何回かに分けて『跳ぶ』にしても……」

 じっと手を見る。血みどろだった。

「私の命が尽きるかも……」

 それにリアンもいる。今リアンと対峙する余力はない。ギニアスは途方に暮れた。

 と。

「ギニアス殿」

 自分を呼ぶ声がする。顔を上げると、そこには自分と同じような状況の男——村長がいた。

「何だお前か。何の用だ。私に用はないぞ」

「あんたになくてもこっちにはある。あんた、そのデカブツをどうする気だ?」

「お前に答える義務はない」

 ギニアスはにべもない。だが村長は怯まない。少なくともこちらの方が年嵩だ。体力勝負ならいざ知らず、舌戦ならこちらに分がある。伊達にリアンの元で村長をしていない。

「魔法で運ぶにもその怪我じゃ無理だろう? 例のほれ、何と言ったかな」

 村長はわざと焦らしながら会話の焦点をぼかした。

「何が言いたい?」

 ギニアスはイライラして来た。それが村長の策とも知らずに。

「ああ、思い出したわい。『ラーズ』だったかねあんたの神様は。そいつに頼んだらどうかね」

「……貴様、我が神を蔑称で呼ぶなど……」

「それとも、あんたの神様はここまでは力が及ばんか。ここはリアンの境域テリトリーだしなぁ」

 土気色だったギニアスの顔がわずかに紅潮した。怒ったらしい。

「そもそも、今のあんたに力が使えるのかね? 見たところ『わしと一緒』で動くのもやっとの『ようだが?』」

 村長は「わしと一緒」「ようだが?」を強調した。齢七〇の片田舎の村長と、まだ四〇かそこらの自称高位な魔導師ギニアス。いかに満身創痍とは言え、同列の扱われるのはギニアスのプライドが許さなかった。

「貴様……私を愚弄するのか?」

「愚弄? わしは見たままを言ったまでだが……。はて? 『どの辺』が愚弄した事になるのかね?」

 村長は徹底抗戦の構えを見せた。

「たかが人間の分際で、よくもこの私を……」

 ——もう一押しかの。

 村長は切り札を使った。

「人間の分際と申されるが、ギニアス殿。あんたもそうではないのかね? ああ、魔導師でしかたな? それにしても『リアン』に傷一つ付けられないとは、これまた残念な」

 『リアン』の名前を出した。途端ギニアスはぶちキレた。

「こぉんのクソジジイ! そんなに消されたいのか? 消されたいんだな? ようし分かった、消してやる。塵一つ残さず消してやる!」

 ギニアスは、体を支える杖にしていた棒きれを放り投げた。

「我が誓約せし神よ! その力貸し与え給えアビニアス・ボロニア・ワナド!」

 ギニアスが神の言葉ルアラニス・ダ・ワーズを口にした。彼の中での最大級の魔法、雷光を束ねし数多の刃エイラニア・ダクス・ソドニアスだ。

 ギニアスの頭上で、凄まじい放電現象が生じ巨大な球を形成したが、その大きさは前回の比ではなかった。どうやら限界まで怒り狂ったらしい。

「まずはクソジジイっ! お前だぁっ!」

 その時だった。今まで身動き一つしていなかったゴーレムが、重い音を立てギニアスに体を『向けた』。目に昏く赤い光が宿った。ギニアスが神より力を借り、その神の力(ルアナス)を感知したからだ。ここまではリアンの計画通りだった。後はキリアが村長を安全な場所へ移動させ、リアンがゴーレムのコアクリスタルを破壊する手筈だった。

 ところが。

 キリアが村長の下に駆け寄る間で、ギニアスが仰向けにぶっ倒れた。体力やら精神力やらその他諸々の限界を超え、ギニアスは意識を放棄した。目を見開いたまま。

「は?」

「へ?」

 キリアと村長はそれを見て固まった。その場には村長、キリア、リアンがいた。計画通り(・ ・ ・ ・)だからだ。だが、その計画の中心人物たるギニアスが早々に脱落した。ゴーレムは当然、ギニアスからリアンに関心を戻した。元々の標的はリアンだ。ギニアスが唐突に神の力(ルアナス)を使ったので、一瞬そちらに関心を示したのだが、今目の前にいるのは借り物ではなく本物の神の力(ルアナス)だ。リアンそのものだ。

「やっばい」

 キリアは、とりあえず村長を抱えて充分安全な距離まで離れ、ポイと村長を放り投げて戻って来た。倍速能力ディブルド・エイクドを二回使ってしまった。

 ——ギリギリ後一回かな。

 キリア肩で息をしながらリアンを見た。リアンは転がっているギニアスを見ていた。

「この根性なしめぇ」

 そしてゴーレムを見た。

「ええと」

 リアンは困った。計画がすっかり台無しだ。今更ゴーレムに何かを仕掛けても、弾かれるか無効化される。わざわざ隙を作るようなものだ。

 ズン。

 ゴーレムが、リアンに向け一歩足を踏み出した。重い振動と大地の苦痛がリアンに伝わる。

「……こうなりゃヤケだわ」

 リアンの目が赤く染まる。周囲の空気が渦を巻いた。

「力ずくでねじ伏せてやる。覚悟しろ」

 リアンははるか頭上のゴーレムの目を見据えた。

「地に這わせてやる」

 そう言い放ち、ゴーレムに向け足を踏み出した。


 ゴーレムの巨大な右足が、リアンを踏み潰そうと大きく振り上げられた。リアンは、両手を頭上で交差させ『受け止める(・ ・ ・ ・ ・)』準備をした。両足を踏ん張り、ぎりっと奥歯を噛みしめる。

「リアン!」

「来るな!」

 リアンは鋭くキリアを制した。キリアがリアンを抱えて逃げたところでゴーレムの追撃は止まらない。この局面で逃げは許されない。

「くそ、俺はどうしたら……」

 その場で立ち尽くすキリア。ゴーレムの足がリアンに迫る。

 ——動け、俺の足!

 キリアは、ゴーレムの足に向け突進した。

我が内なる刃よ(ウェイズ・ダグ・ソド)!」

 短剣が光を帯びる。

「うりゃあああ!」

 光の刃を振り下ろす。だがゴーレムの表面で光の剣は弾かれた。

 見えない壁。ゴーレムの防御結界だ。同時に短剣を覆っていた光が消えた。

「な……これは?」

 呆然とするキリア。その間に、リアンにゴーレムの足が『乗った』。

「リアン!」

 リアンは腕を頭上で交差させ、それを受け止めていた。いや、正確には受け止めていない。リアンも防御結界を張り、結界同士が激しく干渉し合い火花を散らす。リアンの足が大地にめり込んだ。

「どりゃあ!」

 リアンの怒号と共にゴーレムの足が押し戻された。ゴーレムはその巨躯ゆえゆっくりと地に倒れた。凄まじい振動が周辺を襲った。

「まだだ!」

 リアンは追撃の手を緩めない。倒れたゴーレムの左足首を抱え『持ち上げた(・ ・ ・ ・ ・)』。そしてその場で一回転。ゴーレム宙にをぶん投げた。とんでもない馬鹿力だった。

 数瞬の後、再び轟音と振動が大地を揺さぶった。ゴーレムは自重と落下による加速が加わり、仰向けのまま大地に半分めり込んだ。

「リアン!」

「キリアはどいてなさい! 邪魔になる!」

「いや、でも」

 キリアは反論しようとしたが出来なかった。ゴーレム対神。そこに人間が入り込む余地はない。

「キリア、あんたの力はコイツには通じない。全部弾かれて吸収される」

 リアンはキリアに見向きもしない。起き上がりつつあるゴーレムを睨んだままだ。

「とりあえず、ギニアスをどっかにやって。このままじゃ踏み潰される」

「わ、分かった」

「それと」

「何?」

「私が呼ぶまで、絶対に近付くな」

「……分かった」

 キリアはギニアスを肩に担ぎその場を後にした。後はリアンに任せるしかない。自分に出来る事はない。ただ見ている事しか出来ない。

「……くそ」

 キリアは奥歯を噛みしめ、リアンとゴーレムの動きを目で追う。そしてゴーレムの額に目を移す。ゴーレムの額にあるコアクリスタル。近場で見ると大きい。ぱっと見で人の大きさくらいある。

「あれさえ壊せればいいんだけどな」

 だがそれを壊すにはヤツの防御結界を突破し、さらにクリスタルを突き破る何かが必要だ。今の自分にはその力がない。キリアは自分の無力さを思い知った。


「このぉ!」

 リアンが立ち上がりかけたゴーレムの右足に拳を叩き込んだ。ゴーレムの表面がヘコんだ。リアンの拳がゴーレムの防御結界を突き破ったのだ。悲鳴なのか、声ともつかない咆哮が響いた。

「まだだっ!」

 リアンは、同じ場所を繰り返し殴りつける。一点集中だ。何度目かでゴーレムの表面装甲をぶち抜いた。体液らしいどす黒い液体が流れ出た。リアンはそこで一旦退いた。

 ゴーレムの右足はその穴を中心に歪み、バキ、ミシと折れ曲がった。ゴーレムはバランスを崩し片膝をついた。

「右足、もらったぞ」

 リアンは息一つ切らしていない。ゴーレムは片膝立ちの姿勢のままリアンに右手を伸ばした。リアンはその手に蹴りを見舞う。重い音と共に火花が散った。ゴーレムの右手が弾き飛ばされた。

 ゴーレムとリアンを比べれば体格差どころではない。人間とアリみたいなものだ。それを互角かそれ以上の『()』を以て、リアンが優位に立っている。

「これが、神の力……」

 リアンとはよくケンカをするが、その時に使われる力の比ではない。圧倒的な暴力とはこの事を言うのだろうか。何者をも寄せ付けない『()』を纏い、相手を圧倒する。かつての神々の闘い。

 世界を滅ぼしかけた壮絶な闘い。

 リアンはその事についてあまり話したがらない。なのでキリアは村長から聞かされていた——村長が知っている限りの事だが。それを実際に見知っている人間などいない。全てははるか過去の話だ。伝承として残っているに過ぎない。それゆえキリアには実感が湧かなかった。普段の退屈そうなリアンを見る度にそう思った。

 だが今は違う。

 目の前で起きている事。これは紛れもなく現実だ。

 リアンが拳を振るう度に巨体が揺らぐ。リアンが蹴り付ける度に火花が散り、ゴーレムが咆哮する。リアンがキリアとは違う存在なのだと実感する。

 キリアは怖くなった。

 この闘いが終わった後、自分はリアンを笑顔で迎えられるだろうか?

 キリアは、はっと我に返った。

「……俺は一体何を考えて……あれ?」

 キリアは周囲の異変に気が付いた。

 ——なんだ、これ?

 木々が枯れていく。大地が黒く染まっていく。草木が変色し朽ちていく。ゴーレムの体液を被った大地が黒く染まっていく。

「これは……一体……」

「代償だよ」

 突然声がした。

「!」

 キリアは機敏な動きで辺りを見回した。だが誰もいない。気配も感じない。いるのはキリアが担いでいるギニアスだけだ。

 だが『声』はまた聞こえて来た。

「驚かなくてもいいだろう? 僕だよ。『ラーズ』だよ」

「『ラーズ』?」

「今、ギニアスを通じて君に話している。このバカ魔導師(ギニアス)が迷惑かけたみたいだね。とりあえず下に降ろしてくれる?」

 ギニアスはキリアの肩の上で白目を剥いたままぐったりしていた。キリアは周囲を警戒しながら、ギニアスをそっと地面に降ろした。降ろした途端、ギニアスのお腹の上に少年が現れた。ボワンとか効果音やら煙が出て来そうだった。

「やぁ、久しぶり」

 それは(・ ・ ・)ギニアスのお腹の上に足を組んで腰掛け、場にそぐわない明るい声で片手をあげていた。

 ラーズ——群島の神(エイラーズ・ルーア)だった。

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