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第二話 リアンと王様と魔導師再び

 薄い茶髪が目立つ、長身の青年。

 腰には短剣やら何やらがぶら下がっている。

 彼こそ、何を隠そうリアンが『お使い』に出しているキリアだった。

 そんなキリアは、テューア王国から遠く離れた田舎町で唖然としていた。

 リアンから『周辺国の状況を偵察して欲しい』と言う言いつけを無理矢理押しつけられたのだが、そもそもが無駄だった。

「あのバカリアン、何が『秘密裏』だよ」

 キリアが偵察の対象としていたのは、各国の諜報員や魔道士教会の連中だ。

 だが、彼らの話題は『ある出来事』一色だ。

 曰く、テューア王国が軍事国家となるその布石ではないか。

 曰く、魔道士教会の人間を受け入れないのも、実は『ソレ』を保有しているためなのではないか。

 とにかくきな臭い噂でいっぱいだ。

 そんな話が剣も魔法ない田舎町まで広がっていた。

「とにかくリアンに早いトコ伝えないと」

 キリアはガシガシと頭を掻き。

 ゆらりと残像を残し。

 ふっと掻き消えた。


 当のリアンは先日木っ端微塵に砕いた王宮の修繕費についての書簡を、突きつけられては突き返していた。あれは宮廷付きの魔導師がやった事で、自分ではないと言い張る。それを持ち帰った使者は、王であるルーデシアスに伝えようとするのだが、件の魔導師で報告が止まる。結果、再びリアンの元へ向かう事になる。

 彼と書簡は、盛大な無限ループに陥っていた。

「あなたも大変ねぇ」

 リアンは窓枠にもたれかかりのんびりとねぎらいの声をかけるが、それならこの書面を受け取って欲しい。使者は切にそう願った。使者は、リアンが魔女である事くらいしか情報を持っていない。そして自分はただの平民出の王宮に従事する人間だ。魔法使い同士のやりとりなんてとてもじゃないが口を挟めない。ただ、これだけは思うのだ。

 ——どっちでもいいから、認めてくれないかな。

 責任の所在を。

 使者は閉ざされたドアを前に、大きくため息をついた。


「どうしたんだリアン。こんなに朝早く」

 村長が驚くのも無理はない。週一の読み書き教室を除いて、滅多に自分の家から出ないリアンが訪ねて来たからだ。

 そんな時のリアンは大抵は不機嫌だった。多分に漏れず今日もそうだった。

 リアンはずかずかと村長の家に入り、どっかと勧められてもいない椅子に座り、例の書簡をテーブルに投げ出し、開口一番挨拶抜きでこう言った。

「あの大した力もないクソ魔導師からの使い、どうにかしてよ」

 村長は絶句した。宮廷付き魔導師を『クソ魔導師』呼ばわりしたからだ。

「全く、毎日毎日毎日毎日同じ使者がやってきて、王宮の修繕費をどうだこうだとうるさくて。一応王宮からの使いだから仕方なく結界を通しているんだけどね。何度同じ返事してもまた同じ書簡を持って来る。もう面倒で面倒で」

 リアンはくどくど文句を垂れた。文句を言う相手が違う。村長はそう思った。が、口にはしない。巻き込まれては『面倒』だからだ。

 とは言え、一体いくら請求されているのかは興味があった。

 聞くだけなら。

 そう思った村長はすぐに後悔する事になる。

「で、いくらなんだね、その修繕費は?」

 リアンは目を輝かせた。

「村長はやっぱり頼りになるわぁ。交渉の窓口を買って出てくれるなんて、近隣の村々に教えてあげたいくらいだわ」

「い、いや交渉ではなく、いくらなのか聞いただけなのだが……」

 リアンは村長の弁を無視した。

「これで一件落着ね。あ、金額はそこに書いてある。王都の技術者は優秀だわ。積算に無駄がない」

 机の上には、王の蜜蝋で封がしたままの書簡が乗っていた。蜜蝋を開けずに中身をどうやって見たのかは、聞かない事にした。

 そっと手を伸ばす村長。これを見てしまえば、リアンの言う『交渉』とやらが我が身に降りかかって来るのは明白だ。

 村長の心の中で凄まじい葛藤があった。村長としての責務と好奇心。その後に訪れる絶望。

 根が小心者な村長は、リアンの期待の籠もった眼差しに勝てなかった。

 封を破りがさがさと請求書を取り出す。

 そして卒倒した。

 リアンは、ひらひらと舞う請求書を引っ掴んだ。

「……まぁ、倒れるわな、この額見れば……」

 リアンは、村長が目覚めるのをのんびり待つ事にした。


「リアン! なんだねこの修繕費は! 村の収入に換算して一〇年分はあるぞ! こんなのとても払えるものではない!」

 村長は起き上がるやいなやまくしたてた。声が大きかった。リアンは耳を塞いたが無駄だった。

「交渉と言っても、せいぜい二〜三割値切るとか分割にするとか、その程度だ! 無理だろうこれは!」

「まぁ無理だわね」

「無理だと分かって受け取ったのか? この書類を受理したと言う事は契約と一緒なんだぞ? 誰がどうやって払うのだ?」

「受け取りはしたけど、開けたのは村長。私は封すら開けてない」

「うぐ……」

 村長は思わぬ反撃に遭い、言葉に詰まった。

「私は『金額がそこに書いてある』としか言ってない。だからその額を知っているのは村長だけ。私はさっき知った」

 村長は再び卒倒しそうになった。のを、辛うじて踏みとどまった。ここで意識を失えば事態はきっと悪化する。その思いが村長の意識をつなぎ止めた。

「大丈夫? 顔色、真っ青よ?」

 村長はテーブルに手をつき、何とか椅子に座り直した。

「リアン……」

 村長は絞り出すような声でリアンに向き直った。

「わしの顔色などこの際どうでもよろしい。問題はこの修繕費をどうするかだ」

「そうねぇ」

 リアンは、涼しい顔で応じた。村長は、一瞬殺気がみなぎった。

 ——確か、後ろの壁に手斧ハチェットが掛けられていたな……。

 物騒な事を思いついた村長だった。

「……村長?」

 リアンが怪訝そうな声色で村長を呼んだ。その声で我に返った。目の前の少女(魔女)は、手斧ハチェットごときでどうこう出来る代物ではない。

 村長は深呼吸した。

「いや——さて何だったかな?」

「修繕費」

「ああ……そうだったな。ああ、どうしたものか。いや、これはリアン宛てだ。リアンが払うものだろう? それを村が肩代わりするのは筋違いではないか?」

「でも、私はこの村に属している魔女だし。村長に相談するのは、筋は通っていると思わない?」

「ぐ……いや、それはそうなのだが」

「それに、何も私は払わないと言っているんじゃないのよ」

 村長は心底ほっとした。

「何だ、それを始めに言って貰わんと」

「でも、払いたくない」

「……」

 村長は再び殺気に襲われた。

「そこでね、村長にお願いがあって来たのよ実は」

 村長はこれまでのやりとりが、全くの徒労と茶番である事を悟った。酷い疲労感が両肩にすしりとのしかかった。

「……リアン……」

「お願いは三つある」

 リアンは手を突き出し、指を三本立てた。そして村長の気苦労などお構いなしに話を進めた。


 キリアは急いでいた。

 情報は全て収集した。後はリアンに報告するだけだ。周辺国の不穏な動きは、全て、リアンが『アレ』を隠した事が原因だ。リアンは秘密裏に事を運んだつもりだろうが、あの大雑把な性格で『秘密裏』なんてのは、無理な話だ。事実、各国の魔導師連中は対抗手段を検討しつつある。

 まぁ、いくら人間が束になっても、リアンには傷一つ付けられないだろうが、その替わりに周辺に被害が出る。そうなる前にリアンに知らせなければならない。

 それはたった一言。

 『バレているぞ』と。

 何ともバカバカしい報告だった。

 それでもキリアはまっしぐらにリアンの元へ向かう。

 目の前に木があればぶった切り、谷があったら飛び越え、藪があったら突っ切った。

 とにかく急いでいた。

 ──あの偏屈魔女リアンのご機嫌を損ねたら大変だ。


「さて。また王宮に行かなきゃ」

 リアンは自宅に戻り、部屋の中央で指を鳴らした。

 ところが。

 空間に『ゲート』が開かない。もう一度指を鳴らしてみる。が、結果は同じだった。

「ほほう。あのバカ魔導師、私の系統を調べたな」

 リアンは目を閉じた。部屋の空気が渦を巻き、帯電した。

「ラーズ、ちょっと借りる(・ ・ ・)からね」

 刹那。バチっと言う音と共にリアンは姿を消した。


 王宮では、木っ端微塵になった玉座の間の仮復旧工事を終え、とりあえずルーデシアスが座れるようにはなっていた。だが天井はまだない。青い空が綺麗だった。

「雨など降ったら大変だろうな」

「左様でございますな」

 ルーデシアスは暢気にそんな事を呟いたが、その呟きに律儀に反応する側近もどうかしている。テューア王国は今日も平和だった——のは、リアンが現れるまでの、ほんの束の間の出来事だった。空気が爆ぜる音がし、衝撃波が床の埃を舞い上げ周囲を覆い尽くした。ルーデシアス達は盛大に咳き込んだ。

「がほ、げほ……何事だ?」

「ルーデシアス!」

 埃が晴れると、リアンがルーデシアスの胸ぐらを掴んでいた。

「んなっ! リアン?」

「んなっ! じゃないわよ。あのクソ魔導師を呼びなさい! 今すぐ!」

 一瞬遅れて、事態を把握した側近の一人が声を上げた。

「おわ、リア……え、衛兵!」

「衛兵、じゃない! 兵隊呼んだって邪魔だ!」

「何を申される! あろうことか陛下の胸ぐらを掴むなど言語道断! 無礼ですぞ!」

「ほう」

 リアンはルーデシアスから手を離さず、リアンに『口答え』した側近を見据えた。

「この私に、楯突こうってのね」

 リアンの口元が、にへら、と歪んだ。

「ヤバイ……じゃなくて、いかん。お前! 直ぐに下がれ!」

「し、しかし陛下! この者は」

「いいから。お前だって命は惜しいだろう? 先月子供が生まれたばかりだろう? な? ここは私に任せて、すぐにここから出るのだ。いいな?」

「……は」

「分かったのなら、下がるのだ。ほら他の者の同様だ。人払いだ、下がりなさい」

 側近達は、しぶしぶ退室した。

 仮設玉座の間は、ルーデシアスとリアンだけが残された。ただ、リアンの手はまだルーデシアスの胸ぐらにあった。

「教育がなってないわね」

「リアン……あまり苛めないでくれよ。僕の周りは、僕と違って真面目な連中ばかりなんだ」

「昔っからホントにバカ正直ばかり。冗談も通じない」

「とても冗談には見えなかったが……」

「何か言った?」

「いや?」

 ルーデシアスはすっとぼけた。

「それより、ギニアスに用があるのだろう?」

「そう! あのバカ魔導師、私が『魔女』として使ってる力の系統調べたらしくて、結界貼り直しやがって、ゲートが開かなかった。で、やむなくギニアスの同系統の島々の末裔(シーナリア・ルース)側の力を使わせて貰った」

島々の末裔(シーナリア・ルース)? ギニアスが?」

「上手く隠したんでしょうけど、私を誤魔化そうったってそうは行かない」

「うーん。まぁ王国側の都合から言えば、魔導師がどの系統かどうかは関係ないしなぁ」

「問題はそこじゃないのよ。ギニアス・エニア。エニアラーの名を冠する。つまり彼は群島の神(エイラーズ・ルーア)の信奉者なのよ」

「何だ、群島の神(エイラーズ・ルーア)殿の縁者か」

「どんな関係なのかは分からないけどね。ただ、こんな大陸のど真ん中に島国の魔導師がやって来る事自体が不思議でしょう?」

「そうかい?」

「暢気だなぁ、もう。これを聞いてもまだその態度を貫けるかしら? 群島の神(エイラーズ・ルーア)を信奉する連中の中に、人間を根絶やしにして神の世界を取り戻そうって考えてる組織がある」

「ほう」

「まだ島々の神々(シーナリアーナ)の境域の外での活動は見られないそうだけど……」

「何だ、キリアの受け売りか」

「ぬ……なんで断言する」

「今『見られないそうだ』って言った」

「む……」

「しかし、そりゃ困るなぁ」

 ルーデシアスはどこまでも暢気だった。

大地の末裔(ランダリア・ルース)は暢気だわ」

「まぁそれが我々の美徳だからね」

「そうも言ってられないかも」

「それはつまり?」

「ギニアスが気が付いたからよ」

「何に?」

「それは今は秘密」

「ゴーレムの事かな?」

 ルーデシアスはニヤリと笑い、リアンは絶句した。

「神々の時代に創られた殺戮兵器。その一体がこの地に封じられている。リアン、掘り起こしたね?」

「う……。いやそれはその」

 珍しくリアンが言い込められていた。

「増税を餌にしてリアンを呼び出して欲しい、と申し出て来たちょっと前かな。ギニアスが王宮の書庫に頻繁に出入りするようになった。司書にそれとなく訊いてみると、神々の時代の文献や巨人に関する資料をご所望されておられたそうだよ」

「まさか、あんたが教えたりしてないでしょうね?」

「まさか」

 ルーデシアスは、ご冗談を、と肩を竦めた。

「忘れられればいいのだが、授けられた記憶力だけはどうにもならない」

 一般に大地の末裔(ランダリア・ルース)は暢気だと揶揄やゆされる。

 それには理由がある。生を受け死に至るまでの出来事が克明に刻まれる。悲しみも、別れも忘れる事が出来ない。ある意味残酷ともいえる能力だ。その反動が、ルーデシアスのような暢気さとして現れる。

 全ては神々の都合だった。

 ゴーレムを封じた大地の、有事の際のフェイルセーフ。

 そのための民なのだ。

 そんな神々の思惑は遠い過去の出来事となり、血は薄れ、一般の民のほとんどはそんな能力とは無縁だろう。だが、王族ともなれば、その能力は未だ色濃く受け継がれている。それが、ルーデシアスが王たる所以だった。

「ゴーレムの記録は、代々王族の直系にのみ口頭で伝えられる。だから、書庫にギニアスが出入りしても無駄なんだ。ゴーレムの事を記述した文献なんて何処にもないからね」

「じゃ、なんで気が付いたのかしら?」

「それは、リアンが掘り起こしたからじゃないのか?」

「……バレないように『慎重』にやったんだけどなぁ……」

「慎重、ねぇ」

 ルーデシアスはリアンから顔を背け、明後日を向いた。視線の先には国境を隔てる高い山々があった。

「あの山々の中で一つだけ変わった形をした『山』があってね。それが先月の初め、突然消えてなくなった」

「……目撃者がいたのね?」

 ルーデシアスはそれを聞いて、あははと笑った。

「山一個削ったんだよ? どれだけの音が鳴り響いたか。その後に、文字通り()のように大きな物体が空を飛んでいった。こっちは目撃証言が多数あったね。まぁ酔っ払いの戯言だと言い切ったがね」

「うう……闇夜を選んだのに……」

「うん。闇夜だったんだけどね。数百年前と今じゃ、人間の数は比べものにならない。夜はもう星の光だけじゃないんだ。人が灯した光で、その物体ははっきりと見えたよ。本当、リアン——西の大陸神(ウェイザー・ルーア)は大雑把だなぁ」

「ぐぬ……ルーデシアスも見たのね」

「まぁね」

「何でこないだ来たとき黙ってた?」

 リアンの、胸ぐらを掴む手に力が入った。

「僕は——この件は、リアンが『秘密裏』に事を進めたいと思っていた。そう考えた。だからギニアスにも黙っていた。空飛ぶ山なんてバカバカしいってね」

「……」

「でもギニアスは別ルートから情報を得て、この国にいる唯一の魔女、リアンの存在を知った。これは隠せなかった。だから正直に言ったよ。この国には少々偏屈な魔女がいるってね」

「……偏屈は余計だ」

 そう言うリアンの言葉にはもはや力がなかった。

「それに消えた『山』には色々噂があってね。どことなく人間の形をしている巨大な岩山。どんな噂か知ってる?」

「……知らない」

「そうだろうね」

 リアンが半眼になった。

「ルーデシアス?」

「おっと、別にリアンをバカにしているんじゃないんだよ。知らなくて当然だし、リアンもまさか、その『山』に変な噂が立っているなんて気にしてなかっただろう?」

「まぁ、そうだけど……で、その噂って?」

「うん? ああ、形と年代から、貴重だと主張する連中がいてね」

「へぇ?」

「へぇ? まぁ神様御自らすれば、気にもならない些細な発想なんですけどね」

「何か、嫌味に聞こえるのは気のせい?」

 ルーデシアスはリアンの苦言を無視した。

「発想——と言うより、人間の文化ってヤツかな。人間は神を本能的に畏れる。いくら暢気な大地の末裔(ランダリア・ルース)でもそう言う輩はいる。で、『神の山(・ ・ ・)』として、文化遺産の登録に向けた運動が起きててね。それが一晩で消えてなくなった」

「……は?」

 リアンは開いた口が塞がらない。ゴーレムが封じてあった場所は、そもそも人間が簡単に入り込める場所ではない。その上破壊の象徴たるゴーレムを、文化的な象徴として遺産にしようなどとする人間が現れるんて、考えもしなかった。

「人間はね、どんどん変わっていくんだよ」

「悪かったわね。神様は進歩がなくて」

 リアンがぶすけた顔でぶすけた声を出した。

「さて、話を戻そうか」

 ルーデシアスは口元を歪め頭を掻いた。この無邪気な神様のご機嫌を取るのは難しいようだ。

「文化遺産の団体の動きと、ギニアスの動きが一致しているんだ」

「一致?」

「そう。先月、まだ『山』が消える前。遺産登録の申請書類が僕の所に来た。何のこっちゃと思って放っておいたら、翌日にギニアスが来たんだ。宮廷付きの魔導師として雇ってくれってね」

「……って事は『山』の噂、ゴーレムの情報を知っていたって事?」

「まぁ、そうだろうねぇ」

「あんた何を暢気に」

「正確な情報は僕の頭の中だけど、伝承はね。どこに行っても残ってる。今思えば、それが目的だったのかも知れないね」

「……あんたはそれを黙って受けれたわけね。私に黙って」

「神はかつての争いのため人から見放された——忘れてはいないよね」

「それは……」

「ああ、勘違いしないで。僕は何もリアンを責めているんじゃないんだ。ただ、人間の営み——今回の場合は、宮廷付きの魔導師の選定だけどね。まさか島々の末裔(シーナリア・ルース)とは思わなかったが、それを元・神様に報告する義務はないって事だ」

「……干渉はしない。約束だからね」

「そう言う事」

「でもね、ルーデシアス。アレは危険なの。定期的に点検(メンテナンス)しないと、暴走の恐れがあるの」

「え? それは初耳だ」

 ルーデシアス急に真顔になり、リアンに向き直った。今度はリアンが顔を背ける番だった。

「こっちの都合だからね」

「それならそれで、なんで事前に僕に相談しない? そうすれば『秘密裏』に出来ただろうに」

「……悪かったわ」

 ルーデシアスは天を仰いだ。

「済んだ事は仕方がない。とにかくギニアスを呼ぶ。話を聞かないと」

「そうね」

「その前に」

「何?」

「その手、離してくれないかな」

 リアンはルーデシアスの胸ぐらを掴んだままだった。

「おっと、これは失礼——陛下」

「うむ。無礼は許そう。そなたと私の仲だ」

「恐れ入ります。ってさっさと呼びなさいよ」

「はいはい」

 ルーデシアスは呼び鈴を鳴らした。程なくギニアスが姿を現した。

「陛下にはご機嫌麗しゅう」

 ギニアスはルーデシアスに一礼すると、リアンに目を向けた。が、その目はリアンに焦点を結んでいなかった。

「来客ですかな? それでは私はお邪魔ではございませんか」

「いや……来客って、先日会っているだろう?」

 ルーデシアスが問うが、答えは返ってこなかった。リアンは「もしかして」とつぶやき、ギニアスに質問を投げかけた。

「あんた、誰?」

「ギニアスと申します」

「私は誰?」

「存じ上げません」

「ふぅん……」

 リアンはちょっと考えて、小声で「ラーズの大馬鹿野郎」と呟いた。

「何か申されましたか?」

「ルーデシアス」

「うん?」

「やられた」

「うん?」

 リアンは右手をさっと横に薙いだ。途端、ギニアスは掻き消えた。

「!」

 ルーデシアスは、玉座から立ち上がった。

「幻影ね。ただでさえ紙切れみたいな結界が弱まってるなぁと思ったら……」

「ギニアスはリアンの家か」

「一応手は打っておいたけど、ギニアス本人をあの村長が相手できるかな……」

「僕に出来る事は?」

「一個師団。すぐ庭園に並べて待機」

「分かった——衛兵!」

 即座に分隊長が参集し、師団長に命令が伝達される。

「じゃ、私は先に行ってる」

「ああ、分かった」

 リアンは指を鳴らし、爆音と共に掻き消えた。


 キリアは、やっとの思いでリアンの家に辿り着いた。が、そこにはワケの分からない連中がいた。見える範囲で四〇名ほど。全員が黒塗りの短剣を帯刀していた。とりわけ、漆黒のローブを纏い、くくくと嗤っている男が不気味だった。

「何だコイツら?」

 こんな時、手入れされていない庭は便利だ。キリアは物音一つ立てず、生い茂った草木に身を隠し家に近づいた。近づくにつれ、ワケの分からない連中の声が聞こえて来た。

「本当にここにあるのか」

「ギニアス様が仰っているのだ。間違いあるまい」

「しかし、こんな小汚い家のどこに『ゴーレム』がある? そんなに小さいのか?」

 ——『ゴーレム』!

 この連中は『アレ』が『ゴーレム』である事を知っている。だが『ゴーレム』がどこにあるのか、まだ分かっていない。

 ——こりゃ早いトコ、リアンと合流しないとなぁ。

 だが肝心のリアンが見当たらない。そもそもリアンがこんな怪しい連中を放っておく筈はない。

 と。

 見覚えのある顔がいた。

「そ、村長?」

 村長は、揉み手をしつつ漆黒のローブの男——ギニアスに近づいた。

「ギニアスさん、これで約束は果たしましたよ。後は——」

「分かっている。修繕費はチャラだ。ご苦労だった」

 ——修繕費?

 キリアは首を傾げた。またリアンが何か壊したんだろうか?

「案内、ご苦労だった。後は——」

「はいはい」

「消えて貰う」

「は?」

 ギニアスの右手に光の刃が出現した。

 ——ヤバ!

 キリアは咄嗟に短剣を投げつけた。短剣は見事にギニアスの右手を外し、村長の太腿に突き刺さった。

「ぎゃあああああ!」

 もんどり打つ村長。そして数刻経たず気を失った。

「誰だ!」

 ギニアスは、キリアがさっきいた辺りに光の刃(ライザルナ・ソドス)を投げつけた。もちろんそこにキリアはいない。いつの間にかギニアスの後ろに回り込んでいた。

「動くな」

 手には村長から引き抜いた短剣。それは、ギニアスののど元に突き付けられていた。

「この距離なら『外さない』」

「いいのかな?」

「何がだ?」

「私は『取引』をしたのだよ。村長ならリアン殿の結界を欺ける。我々を案内して頂いたのだよ。その替わり、修繕費を——」

「その修繕費って何だ」

「リアン殿が木っ端微塵にした王宮の修繕費だ」

 キリアは、こめかみに鈍い痛みを感じた。

 ——あのリアン暴走魔女めぇ……。

「まず、この短剣を引っ込めてもらおう。話はそれからだ」

 キリアはしぶしぶ短剣を収め、ギニアスから一歩離れた。

「名を聞こうか」

「名乗る名はない」

「リアン殿との関係は?」

「答える義務はない」

 キリアはもう一歩退いた。後一歩で村長の足に手が届く。

「それより、先に名乗ったらどうだ? さっきの術を見るに、さぞ高性能な杖を持っているか、本当に魔導師としての能力があるのか。もしかしたら前者かなぁ?」

「……小僧、あまり無礼な事を口にしない方が身のためだぞ?」

 キリアはじりじりと後退した。村長の足に届く範囲に入った。

「無礼? 俺はあんたに礼儀を持って接する理由がない。いきなり光の刃(ライザルナ・ソドス)を投げつけるような輩には特にそうだ」

 ギニアスはブチ切れた。

「くぉのおおおガキがぁああ! 言わせておけばぁああっ!」

 ギニアスの手に、再び光の刃(ライザルナ・ソドス)が出現した。

「んなモン当たるかよ。じゃな!」

 言うが早いか、キリアは村長の片足をむんず、と掴んだ。

「お前よりましだぁあああ!」

 ギニアスは光の刃(ライザルナ・ソドス)をキリアに向け放った。

 魔力で出来た光の刃がキリアに突き刺さる。

 ──いや。

 正確にはキリアの残像を貫いて地面に突き刺さり、そして爆ぜた。

「……なん……だと」

 ギニアスは慌てて回りを見渡したが、キリアと村長の姿はどこにも見当たらなかった。

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