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第一話 リアンと王様と魔導師と

 その日はよく晴れていた。

 流れる雲が美味しそうなパンの形になり空を漂う。

 リアンは窓辺で頬杖をつき、それを眺めつつ呆けていた。

「退屈だわねー」

 村から離れた森の中にある古い一軒家と広い庭。一人で住むには大き過ぎ、まともな手入れが出来ていない。

 おかげで庭は草木が生え放題荒れ放題だ。

 だが(あるじ)たるリアン本人はそれを気にしている様子はない。

 風が舞い、くすんだ茶色の癖毛が退屈そうにひらひらと揺れていた。

 傍目には可愛らしい少女が物憂げに外を眺めている、そんな風に見えるかも知れない。

 だがぶつぶつと「退屈だ」と連呼する彼女に応える者はいない。

 やがて雲に見飽きたリアンは立ち上がり、大きく伸びをした。

「こんなに退屈になるんなら、キリアを使いに出すんじゃなかったなー」

 ──と。

 小さな男の子が、開いたままになっている門扉(もんぴ)(錆びていて閉まらない)から小走りに入って来た。

「おや? こんにちは、ウル」

 ウルと呼ばれたその子供は、村に住むガーデリック夫妻の今年で七歳になる一人息子だ。週に一回リアンが開く読み書き教室の生徒でもあった。

「こんにちは。リアン先生」

「はいはい。一人でこんなとこに来てどうしたの? 途中で魔物に襲われたら危ないでしょ?」

 魔物と言うのは冗談だ。この森はリアンが守護している。魔物どころか人間すら入って来られない。

 だがウルはその結界を破って入って来る。リアンが結界を欺く方法を教えたからだ。教えたとはいえ、それを実践出来る人間はそうそういない。そういった意味では、ウルはリアンにとって将来有望な弟子候補だった。

「回覧板。持って来たよ」

 ウルは年相応の生意気そうな口調で、回覧板をリアンに突き出した。

「おー、ありがとう」

 リアンはそれに和やかに応じた。普段村の大人達に接している態度とは大違いだ。

「それとさ」

「んー? 何?」

「村長が、話があるって」

「村長が?」

「うん」

「ふうん……」

 リアンは一瞬考える素振りをした。きっと知らない方が退屈から抜け出せる。そう思ったに違いない。

「何の用だって?」

「知らない」

 そうだろうねぇ。リアンはそんな表情で、面白そうにウルを眺めた。

「ぼ、僕だって聞いたんだ。何の用ですかって」

「そうよね。ウルが聞かないわけがないわよね」

「でも、オトナの話だからって教えてくれないんだ。僕だってもう読み書き出来るし、リアン先生の結界だって破れるんだよ? オトナだって出来ないのに」

 リアンはうんうんと頷きながら「そうそう。ウルは私が教える事をすぐに覚える。優秀な生徒なのよ」と応じた。

「へへ」

 ウルは満足そうに相好を崩した。

「そう言えばキリア兄ちゃんは?」

 ウルは辺りを見回しその姿を探した。

 いつもならリアンの目の届く範囲にいるはずのキリアがいない。

「ああ、キリアはね」

 リアンはよいしょと小さくかけ声を発し、窓枠から飛び降りた。意外に身軽だった。

「先生、お行儀が悪い」

「あら、失礼」

 全然悪いと思っていない口調でそう言い、纏っているローブのついてもいない埃を払った。立ち上がると、七歳のウルよりも頭一つ大きい程度の背丈だ。ウルが言う『オトナ』には見えなかった。

「キリアは、ちょっとお使いに行ってる」

「パシリだね」

 リアンの眉間に皺が寄った。

「そんな言葉、どこで覚えたの?」

 ウルは黙ってリアンを指差した。

「ほう……」

 リアンは半眼になり、ウルを()め付けた。

「そんな事を言う口は、これか?」

 リアンが指を鳴らすと、ウルの口が『強制的』に閉じた。

「むがむがむむ!(何すんだよ)」

「私がそんな言葉を教えたって?」

「むむーむがむが!(そうだよ!)」

「いつ、誰が、そんな言葉を、教えたって?」

 リアンはウルに顔を近づけ、一語ずつ区切って問い質した。

「……むーむがが(ごめんなさい)」

 ウルは折れた。

「分かればよろしい」

 リアンが再び指を鳴らすと、ウルの口が自由になった。

「……何も言ってないのに……」

 ウルは口元をさすりながら、悪態をついた。

「何か言った?」

 ウルはぶんぶんと首を振った。これ以上何かされてはたまらない。

「ちゃんと伝言、伝えたからね」

 逃走の準備をしながら、ウルは口早にそう言った。

「はいはい。村長のトコに行けばいいのね」

「ちゃんと行ってね。でないと、僕が叱られるから」

「それはそれで面白そうね」

「リアン先生!」

「冗談よ、冗談」

 そう言うリアンの目は笑っていた。どこまで本当なのか分からない、そんな目だ。

「でも、ちょっと面倒ね」

「オトナは、すぐに面倒がるよね」

「そうね」

「なんで?」

「それはね」

 リアンは、んふふと笑った。今度は目は笑っていなかった。

「きっと面白くないからよ」


「それで? 話って何?」

 リアンは村長の家にいた。

 リアンが通された客間には、村の長の家らしいそれなりの調度品が並んでいた。

 村自体は貧しいがリアンがいるおかげで様々な人物が訪れる。その都度対応するのは村長なのだ。客間くらいは見栄を張りたいと思っても誰も責めないだろう。

 さて。

 話自体きっと面白くないだろうが、教え子であるウルが自分のせいで叱られるのはもっと面白くない。リアンはさっさと『面倒な』用事を済ませようと、勧められてもいない椅子に座った。

「わざわざ済まないな」

 村長はリアンにお茶を出しつつ、畳まれた紙をテーブルに広げた。リアンはそれに何の関心も示さなかった。

 村長はため息をついた。リアンに『説明』しなくてはならないからだ。

「今朝、王宮使いの者が来てな」

「へぇ」

 そう答えるリアンは上の空だ。

「税金を上げると、一方的に言って来た」

「それがその通達書?」

 リアンはテーブルに広げられた紙をちらりと見た。面倒そうな細かい文字がびっしりと書かれていた。

「あのハナタレ小僧がねぇ」

 リアンは通達書の署名の主、つまり自国の国王を『ハナタレ小僧』呼ばわりした。

「リ、リアン……今は誰もいないからいいが……」

 村長は禿げ上がった額に汗をにじませ周囲を見回した。齢七〇。村一番の年長者である村長も、さすがに自国の国王を侮辱する言葉を聞いては平静ではいられない。

 そんな村長の態度を見ても、当のリアンはそれを気に留める様子はない。

「まぁ理由はきっとこじつけね。アイツは昔から屁理屈をこねくりまわすのが上手かったからねー」

「そ、それはともかくだな」

 村長は何とか『本題』を説明しようと、話の方向の修正を図った。

「通達書には、周辺国の脅威から本国を守るため、守備兵団の増強とそれに伴う軍事予算の拡充を……」

「要はケンカを買いたくないから、守りを強固にしたいと?」

 リアンは、細々(こまごま)とした『通達書』の要件をばっさりと要約した。

「ま、まぁそうなんだが……」

「村長」

 リアンは、まだ冷や汗が引いていない村長に向き直った。

「まだ何かあるでしょ? 伝言か何かが」

「なに? いや……何も、これ以上は聞いていないが?」

「あ、そう」

 リアンはその『通達書』をテーブルの上からつまみ上げ、右手をかざした。途端、紙に文字が浮かび上がった。

「下手な仕掛けね。興ざめだわ。まぁーたロクでもない魔導師雇ったな」

 そう言いつつ浮かび上がった文字を一瞥し「ちっ、もうバレたか」と舌打ちした。

「リ、リアン? 何がバレたと?」

「いいのいいの。村長は気にしないで。これは私の問題。大丈夫だってば。そんな顔しない」

 村長は顔面蒼白でリアンを凝視していた。何をやらかしたんだ。目がそう言っていた。

「私は悪い事はしてない」

 リアンは、その目に抗うかのように言い切った。

「悪いのはあっち」

「リアン……今度は何をしたのだ」

 村長はがっくりと落ち込み、力なく椅子に座り込んだ。一気に一〇歳ほど老けたように見えた。


「そんな事してただで済むはずがないだろう?」

 一〇歳ほど老けてしまった村長はリアンから事情を聞き、急ぎ王宮に出向くよう説得を試みていた。

 言っても無駄な事かも知れない。しかしこの村を守る身として、厄介事はごめんだった。

「ただでさえ作物の出来がよくないと言うのに、増税などされたらどうなるか」

「まぁ、嫌がらせか、私を呼び寄せる口実か、そのどっちかでしょうね」

「嫌がらせなんぞで増税されてはたまらんよ」

「じゃ、私が行くしかないか、やっぱり」

 リアンはゆっくりと腰を上げた。とても重そうだった。

「おお、行ってくれるか」

 村長は一〇歳若返った。

「なんとか増税の件を無かった事にして来て欲しい。無理なら半分でもいい」

 それほどまでに村の財政状況は切迫していた。主要な作物である麦が不作で、例年の半分も収穫出来なかった。額面通りの増税をされれば越年出来なくなる。備蓄も僅かだ。

 もちろん気まぐれなな天候のせいで、何もこの村だけが不作なわけではない。それは王宮も承知しているはずだ。

 にもかかわらず、国防のためと言う名目で増税を通告して来た。近隣諸国の状況を鑑みるに、それは正統な理由とも言える。

 リアンが気に入らないのは、不作である事を分かった上での『通達書』であり『増税』だと言う事だった。

「まぁ、誰かの入れ知恵だわね。アイツがこんな手の込んだ事を思いつくわけがない」

 リアンは国王の知能すらもばっさりと切って捨てた。

「だ、誰かって、宮廷の……」

「新しく雇った魔導師かしらね。私をこんなので試すなんて命知らずだわね」

 リアンはにたりと笑った。見るからに面白そうだった。だが村長ははらはらし通しだ。こんな会話を誰かに聞かれでもしたらタダでは済まない。村長はすがるような目でリアンを見た。

「分かった、分かったから。そんな目で見ないでよ」

 リアンは居心地悪そうに席を立った。

「とにかく。これ以上悪化させなきゃいいんでしょ?」

「あー、出来れば『穏便』に出来ないかね?」

「それはあっちの出方次第。私はいつも穏便です」

「リアン……」

 村長がリアンを見るその目には、信頼のカケラもなかった。

「まったく。用があるならこんな小細工しないで直接来ればいいのに」

 リアンはそう毒づき、パチンと指を鳴らした。途端、リアンの姿は掻き消えた。

 それまで圧迫されていた雰囲気が消え、村長はやっと緊張から解き放たれた。

「──分かってはいるのだが、どうにも慣れんな──元・神様と話をするのは」

 そう。

 リアンはかつて神と呼ばれていた。だが今は片田舎に暮らす偏屈魔女だ。

「お茶が無駄になってしまったな」

 村長がリアンに差し出したカップを手に取ろうとした瞬間、その中身が一瞬で蒸発した。リアンの『悪戯』に違いない。

「……ダメだ。不安ばかり大きくなる」

 村長は、カップはそのままに、寝室に直行した。

 寝よう。寝て心を落ち着けよう。

 とかく苦労の絶えない村長だった。


「さてさて」

 リアンは自宅に着くと、首を回した。ゴキゴキと音がした。

「見つからないようにやったんだけどなぁ」

 再び指を鳴らした。突如、リアンの目の前の空間にぽっかりと穴が空いた。向こう側は黒一色——漆黒の闇だ。

「面倒な事はさっさと済ませる。ついでだからキリアも回収するか」

 リアンは穴に向かって歩を進め、闇の中に姿を消した。


「ルーデシアス。来たわよ」

「は?」

 リアンは王宮にいた。しかも玉座の間に。

 当然そこには国王——テューア王国当主、ルーデシアス・トゥル・テューア一二世が鎮座していた。その脇の机には書類の束が山と積まれていた。何かの決済書類らしい。

「それが増税とやらの書類ね?」

「は? え? リアン? 何で?」

 ルーデシアスは王だ。王だが、今ここにリアンがいる状況が把握出来なかった。威厳もどこかに吹っ飛んでいた。傍に控えていた近衛兵や文官たちも同様、ポカンとしていた。

 リアンが現れる少し前。

 山のように積み上がった決済書類に印を押す。ルーデシアスが一番得意とする仕事だ。判子でもサインでも電光石火。即断即決。それがどんなに国にとって重要であっても、その紙一枚で村一個吹き飛ぶくらいの予算が動くとしても。

 今回、リアンを王宮に呼ぶためだと新しく雇った魔導師に言いくるめられ、最も穏便な方法を採ったつもりだった。『あの』リアンをここに呼ぶにはそれなりの理由やら準備が必要だったのだ。まず増税に関しての通達書を送る。リアンのいる村だけに送るのは不自然なので、国内の全自治体に向けた書類を決済しなければならない。

 えらい遠回りな手段だった。

 ところがその準備の真っ最中にリアンが現れた。何の予告もなく、それも玉座の間にだ。

「はっ! ああーっと、え、衛兵!」

 やっとの事で我に返り、事の重大さに気付いた近衛兵が兵を呼んだ。一個小隊が即座に王とリアンを取り囲んだ。

 テューア王国は軍事国家ではない。だが、数あるバルランド大陸の国家の中でも随一の資源国家だ。水、鉱石、作物。どれをとっても近隣諸国から見れば垂涎の代物だ。そんなわけで国防意識は高かった。平時においても訓練を欠かす事はない。何事も積み重ねだ。これは近衛兵の隊長の言葉だ。

 その声でルーデシアスはやっと平静を取り戻した。王の威厳もちょっとだけ戻って来た。

「あー……ゴホ、ゴホン」

 わざとらしく咳き込んでみたりした。

「リアン殿。ここへ来られるならそれなりの手続きと言う物がある。そもそもここは玉座で——」

「ご託はいい。面倒だから」

 リアンはルーデシアスの言葉を遮り、かつ敬意のカケラもない口調で言い放った。

「新しく雇った魔導師はどこ?」

「リアン殿」

「ルーデシアス。あんたいつから私に口答え出来るようになったの? 今? さっき?」

 仮にも相手は一国の王だ。それをリアンは呼び捨てにするばかりか、完全に見下していた。

「ああもう、分かったよ。分かったからちょっとこっちに来てくれ」

 ルーデシアスは口調を変え、髪を掻きむしりつつ、リアンの腕を引いて部屋の隅に移動した。

「……リアン頼むよ。これでも僕は国王なんだよ。立場ってのがあるんだよ」

 ひそひそ声だった。間もなく四〇になる男の態度でもセリフでもなかった。

「あんな子供ダマシみたいな手を使わなくたって、あんたが直接来ればいいでしょう?」

「そんな事言ってもね、国王が直接特定の村を訪れるってのはそれなりの理由が要るんだよ。簡単に出来ないんだ」

「ったく、あんたはガキの頃からそう。頑固だし。頭固いし。ハナタレだし」

「……最後のは余計じゃないか?」

「とにかく。黒幕をとっとと連れて来なさい。私の用事は——」

「おやおや。どなたかと思えば。リアン殿ではありませんか」

 玉座の間に響き渡る低い声。その男は漆黒のローブを身に纏い、さも魔導師でござい的な杖を片手に持ち、両手を大げさに広げてにやにや笑いながらリアン達に近づいて来た。仕草の全てがオーバーアクションで、本来の主人たるルーデシアスよりも国王らしい風格だった。

「お前か、新しい魔導師ってのは」

「ご明察です。さすがは西の大陸にリアンありと称されるだけの事はある」

「ふん」

 リアンの目が半眼になった。ルーデシアスはそっとリアンから離れた。こんな時のリアンが一番アブナイ。それこそハナタレ坊主だった頃から身に染み込まされた行動だった。

「色々準備はしたのですが、無駄になってしまいましたかな?」

「そうでもない。村長の髪がごっそり抜けたかもね。ただでさえ少ないのに」

「はは、そうですか。それでは育毛剤でも調合して差し上げましょうか?」

「要らない。世間話なんて面倒。とっとと用件を言いなさい」

 どこまでも居丈高なリアンだった。

「……分かっておられるのでしょう?」

「そうね。アレを返せって言うわけね」

「ああよかった。『伝言』はちゃんと伝わったようですね」

 黒い魔導師は大げさに胸を撫で下ろした。リアンの目の奥に凶暴な光が宿ったが、魔導師は気付かなかった。

「で?」

「で?」

 魔導師はニヤニヤしながら、リアンは半眼のまま、同じ言葉を言い合った。

 話が前に進まなくなった。

 その間に、ルーデシアスと兵士達はこっそりと玉座の間を抜け出した。巻き込まれてはたまらない。そう思ったからだ。

「このままでは埒があきませんね。私の部屋でお茶でも如何ですか?」

「断る」

 リアンはにべもない。魔導師はリアンから視線を外し、天井を見上げた。綺麗なフレスコ画が描かれていた。

「それよりもよく『結界』を打ち破りましたね」

「結界? そんなモンどこにあった?」

 魔導師の片眉がピクリと動いた。

「それより、いい加減名前を名乗りなさい。レディに失礼ではなくて?」

 字面では柔らかく見えるが、実際に放たれた口調は相当きつかった。

「……ギニアス。ギニアス・エニアと申します。これで宜しいですかな?」

 ギニアスはまだ平静を保っていた。が、きっと時間の問題だ。

「ギニアス……エニア……『島々の末裔(シーナリア・ルース)』か」

 ギニアスの目の色が変わった。

「……! 貴様、なぜそれを?」

「答える義務はない」

 リアンは敵対モードのままだ。その言葉で、ギニアスは余裕たっぷりの態度を取り戻した。

「今貴女がここにいると言う事は、私の術中にいる事と同義だ。結界を破ったのは見事だが、自分の置かれている状況を冷静に見極めた方がいい。これは忠告ではない、警告だ」

 リアンはその警告とやらを一切合切無視した。

「先に言っておく。アレは返さない。アレは人間が持っていい事なんか一つもない」

「リアン殿、貴女が希代の魔女である事は、この大陸の隅々まで広まっていますよ。ですが世界は広い。自分より上の存在を認めた方がいい」

「何の上だ? 魔法か? 下らない」

 リアンはギニアスの論拠をばっさりと切って捨てた。

「言いたい事は言った。久しぶりにルーデシアスにも会えた。一応用件も聞いた。ここに用はない。帰る」

 リアンはそう言い放ち、ギニアスに背を向けた。

「させません」

 ギニアスが杖を頭上に掲げた。紫色に発光する曲線が幾重にも放たれ、部屋全体を覆った。

「アレは我々の物だ。どこに隠した。言え、その場所を。さもなくば——」

「さもなくば『魔法の刃(サザナウス・ソドス)』で切り刻む——バカかお前。そんなモン効くか」

 ギニアスはぶち切れた。

「うがぁああ! んじゃあ死ねえぇぇっ!」

 無数の光の刃がギニアスに周囲に出現し、複雑な光跡を描きながらリアンに襲いかかった。無駄な光跡のせいで、光の刃のいくつかがやたらと意匠に凝った石柱に突き刺さり、粉々に砕け散った。

 そして——。

 リアンに刃が届く。だが光の刃は、リアンに突き刺さる寸前掻き消えた。

「な……」

 ギニアスは言葉を失った。

「ば、ば」

「馬鹿な、と言いたいのだろうが、私は先に言った。そんなモン効くかってね」

「い、一体どうやって」

「答える義務はない」

 リアンはすがるような目で見るギニアスに背を向け、指を鳴らした。空間に穴が出現した。

「……私の結界内で術を使う……だと?」

 ギニアスは信じられない、そんな表情になった。もう当初の余裕はなくなっていた。

「お前の言う力の上下関係だけで説明出来るものじゃない。じゃあね、漆黒の魔導師さん」

 リアンが穴の中に消え、その穴も閉じた。かつて玉座の間だった空間は、瓦礫の山と化していた。

「そんな馬鹿な……」

 ギニアスがそう呟いた瞬間。

 無数の光の刃が頭上から降り注ぎ、玉座の間は書類ごと粉々に砕け散った。


「王自ら、快く増税を取り下げて下さったわ」

 リアンは村長の家にいた。

 村長は、リアンのその言葉を素直に受け止める事が出来ずにいた。リアンの埃まみれな姿を見れば、真実の半分くらいは想像出来る。

「しばらくは何もして来ないって。大丈夫。国王はご無事ですからね」

「リアン……わしの心配は消えておらんようだよ」

 村長は歳の割に目がいい。その目には、窓越しに勢いよく走り来る早馬が見えた。乗っているのはどう見ても王宮関係者だ。

「あり? 書類ごと消したんだけどな」

「何を消したって?」

「いやだから、ルーデシアス……じゃなかった、国王陛下がせっせと決済してた増税の書類を消した」

「それだけで早馬が駆けて来るのか?」

「あー……実は玉座ごと消しちゃった……」

「リアン……」

「ごめんなさい……」

 結局、玉座の間の改修費の半分は村が負担する事になった。

 リアンの悪名がさらに高まったのは言うまでもない。


 夜になり、リアンは自宅に戻ってきていた。

 色々大騒ぎになったが、本来の増税分の半分とほぼ同額の負担で済んだのだから、村長との約束は一応果たした事になる。

 窓から見える風景は、月が照らす冷たく柔らかい光で幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 リアンは言う。

「これでいい」

 リアンは思う。

 ——アレは人の手に余る。アレを持っていても知っていても、不幸になるだけだ。

 神々が争った時代。アレは神が創り出した最悪な存在だった。

「昔の事って、中々帳消しにならないのよねーって、ああっ!」

 リアンは横になっていたいたベッドから跳ね起きた。

「キリアの事忘れてた」

 哀れキリアはすっかり忘れ去られていた。

「……ま、いいか。どうせ戻って来るし」

 リアンはそう自分に言い聞かせ、ベッドに倒れ込み目を閉じた。それが決して、深い眠りに誘われることはないと分かっていても。

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