終話 リアンの退屈な日々
1
その日はよく晴れていた。
流れる雲が美味しそうな果物の形になり空を漂う。
それをリアンは眺めつつ呆けていた。
「退屈だわねー」
村から離れた森の中にある、古い屋敷と広い庭。庭は草木が整然と切り揃えられ、広い庭を散策出来る遊歩道が整備されている。
遊歩道の脇にはハーブ類が植えられ、きちんと手入れされているのが窺える。
風が舞い、くすんだ茶色の癖毛が退屈そうにひらひらと揺れていた。
やがて雲を見飽きたリアンは立ち上がり、大きく伸びをした。
「こんなに退屈になるなら、キリアとアリシアを一緒に行かせるんじゃなかったなー」
と。
キッチンから爆音が聞こえた。
「……またアイツか」
リアンは立ち上がり、面倒そうにキッチンに移動した。
「ギニアス、あんた魔法使えないんだから、下手にルーデシアスに貸した道具使わないでよねー」
「いや、これは陛下の命でだな」
ギニアスは、冷や汗を浮かべながら必死に言い訳を考えていた。ギニアス・エニア。一連のゴーレム騒動に深く関わり、今はルーデシアスに事務処理能力を買われ、宮仕えの身だ。
「で、その用ってのは?」
「これだ」
差し出されたのは一枚の書状。リアンはそれを斜め読みした。が、最後に書かれていた文字で目が止まった。
「ありゃりゃ。勢揃いってわけね」
「そうなるな」
「でも困ったな。今キリア達留守なのよ。先週の大雨で堤防が決壊したの知ってるでしょ?」
「ああ。その補修物資の手配をしたのは私だからな」
「……あんた、意外に有能だったのね?」
「意外とは失敬な。私は陛下にその才能を見いだされたのだよ」
どうだ、と言わんばかりに胸を張るギニアスだった。
2
「おお、来たかリアン」
ルーデシアスは杯を左手で持ちリアンを呼んだ。王宮の庭園。そこではささやかながらも披露宴が行われていた。
集うのは関係者のみ。周辺各国には諸事情のため文書のみでの案内となる旨と、その非礼については事前に承諾をもらっていた。神様やら何やらが出席するのだ。『事情』を知らない人間がいては、せっかくの宴が台無しだ。
「しかし落ち着かんのう」
リアンの住まう村の村長が、滅多に着る事のない一張羅で窮屈そうにしていた。
「こんな席、滅多に呼ばれないでしょ?」
リアンが声をかけるが、村長は上の空だ。すっかりお上りさんな村長だった。
「おーいリアン!」
ラーズがリアンに声をかけた。
「おお。そう言えばあんたの名前もあったわね」
「ひどいな。でも神様が二人も出席するなんて、なんと贅沢な」
「それにしても、よく手加減したわね。ギニアスの件」
「ああ……まぁあれは、命を奪うにしても……ここだけの話、足りなかったんだよ」
「え?」
「だけど魔力だけは無駄にあったからね。そっちを使わせてもらった」
「そう言う事だったのね……本人には内緒にしといた方がいいわね、この話」
「そうだねー」
給仕の役を仰せつかったギニアスは、グラスをトレイに乗せ飲み物を配っていた。なぜか様になっていた。
リアンはグラスを受け取り、ルーデシアスの元に歩み寄った。
「しっかしあんたがねー。あのハナタレ小僧がねー」
「あははっ。いい加減ハナタレは止めて欲しいね。一国の王に失礼では?」
「誰が誰に失礼なの?」
「いやいや。それよりキリア君は?」
「災害救助活動中。なーんかやたら張り切ってたし。まったく、ちょっと力が使えるからって一緒に行かなくてもいいのに」
リアンはぶつぶつと文句を言い出した。
「ご機嫌斜めだね?」
「誰が?」
「……自覚なしかい」
ルーデシアスはため息をついた。
と。
急に空が暗くなった。場内が俄に慌ただしくなり、衛兵が駆け込んで来た。
「何事だ」
「は。空をご覧下さい」
「何?」
「空でございます」
衛兵は笑っていた。ルーデシアスが空を見上げると、キリアとアリシアを乗せたガーゴイルが旋回していた。
「何とか間に合ったー」
着地するなりガーゴイルはその身を縮め、キリアの肩に乗った。そこが定位置らしい。何とも便利な神の遺産だった。
「ご苦労だったね、キリア君」
「いえ。思っていたより被害が少なかったのでよかったですよ」
「そうか。ところでアリシア君。その格好は……」
アリシアは真っ白なドレスを着ていた。災害救助活動帰りとは思えない出で立ちだ。
「一旦村に寄ったら、これを着ろと」
「ああ……なるほど」
「わしが言っておいたのですよ。どうせろくな服もってないから、イリアの時のドレスを着せろと。それにしてもサイズが合ってよかったのう」
村長が得意そうに口を挟んだ。
「うん。似合ってるじゃないか。なぁキリア君?」
ルーデシアスはキリアの肩に手を回しながらそう言った。
「え? ええと。まぁそうですね」
キリアは照れた。見るとアリシアも照れていた。それを見ていたリアンは、不機嫌そうに「まぁ今日くらいは大目に見るか……」とボヤいた。
「ところで、本命がいないけど?」
「ふふふん、知りたいかい?」
ルーデシアスは、不敵な笑みを浮かべた。
「皆様お待たせしました」
ギニアスが声を張った。一人で何役こなす気なのか、やたらと張り切っていた。
「エキシミューラ国キシミラ・オルラ・エキシミューラ女王、いやテューア王国王妃様のお成りでございます!」
庭園の端から突如白い煙が上がり、キシミラが恥ずかしそうな笑みを浮かべて、その姿を現した。どうにも派手な演出だった。ルーデシアスもはにかみながら、がそれを迎えるように歩み寄る。
ふと。
リアンはルーデシアスが冠しているのが王冠ではない事に気が付いた。それは、かつて『神殺し』のサークレットと呼ばれた、前王ラルバルドの形見だった。
3
かつて神々がいた時代。
その時代は終焉を告げ、人間の時代が訪れた。
人々は助け合い、時には諍い、あるいは寄り添い、世界を創っていく。
それを見守る、かつての神々。
何も与えず、何も求めず、ただ見守る。
この世界は、今日も退屈なのかも知れない。