第十三話 神々の残したモノ
1
「無駄じゃよ。わしに魔法は効かん」
ダリダングルの攻撃魔法を尽く無効化し、ラルバルドはダリダングルに詰め寄った。
「そのサークレット『神殺し』か!」
「お主が神の力に頼る限りわしは倒せん。素直に諦めたらどうじゃ」
ラルバルドはダリダングルの前に立ちはだかった。
「く、くくく……」
「何じゃ? 気でも触れたか?」
「手間が省けたよ。王家の人間は真っ正直だからな」
「む? 何を企んでおる?」
次の瞬間、ダリダングルは大きく飛び退った。
「む!」
「教えてやろう。そこは『中心』だ!」
「何と!」
ラルバルドは瞬時にダリダングルの意図を理解した。だが遅かった。床に赤色の魔法陣が浮かび上がり、赤色の光がラルバルドを絡め取る。
「む……ぐ……なんと」
「動けまい。『神殺し』の力をもってしても、神そのものの力には逆らえまい」
「ゴーレムは……神などではない……!」
「我々にとってはほぼ等しい存在なのだよ。貴様が動けないのが何よりの証明になる」
「ぐ……」
「我々は待っていたのだよ。貴様がここに来るのをな。追っていた? 仕向けたのだよ。貴様がここに辿り着くようにな」
ダリダングルは勝ち誇ったように高笑いをした。
「……そのまま、ゴーレムに吸収されるがよい。それで我らのゴーレムは完成する。貴様の血肉でな」
「お主の言う通りになぞ……」
ラルバルドは魔方陣に逆らい、懐から四角い金属製の何かを取り出した。
「……? 何だ、それは?」
「わしが……ただ放浪していたと思ったか? 世界は広いのだ。魔法など使わずともコレを打ち砕く手段はあるのだ」
ラルバルドはその物体に付いていたボタンを押した。
「まさか……『爆弾』か!」
ラルバルドは、ニヤリと笑った。
「共に参ろうぞ、旧き友よ」
「なぁあああ!」
ダリダングルは情けない声を上げた。
「わしの目的は達した。後は任せたぞ、ルーデシアス!」
数瞬の後。山間にあった建造物はいくつもの轟音と共に崩れ去った。ラルバルドが仕掛けた『爆弾』に誘爆したのだ。
だが。
その爆発は皮肉にも、地下に眠る『モノ』の覚醒を促してしまった。
瓦礫と化した魔導師協会の拠点に動くモノがあった。
それは巨大な手。
ソレは手を支えに上半身を引きずり出した。
頭部には怪しく昏く輝く二つの目。そして山ほどの巨躯。
神々の負の遺産──ゴーレムだった。
2
アリシアは白い光に包まれ、静かに床に降り立った。ゆっくりと目を開ける。
「……私は……一体……?」
呟きながら自分の手を見た。
「これは……」
「アリシアっ!」
リアンが、アリシアに抱きついた。
「よかった、よかった、よかったーっ!」
「リアン?」
アリシアはまだ実感が湧いていない。自分は自己消滅したはずなのになぜ、と言う表情だ。
「アリシア」
そんなアリシアにラーズが声をかけた。
「君は再生したんだ。もう大丈夫だ」
「再生、した?」
「そうよっ! 今度やったら承知しないからねっ!」
抱きついたままのリアンがアリシアを叱りつけるが、笑いながらでは効果はないだろう。
「さて、感動のご対面もそこまでだ。時間がない」
「そうね」
リアンは、アリシアから離れた。
「アレもどうにかしないとね」
光の球に包まれ、火花を散らすキリア。キリアが叫ぶ度に大穴が開き、その都度、瞬時に再生する『ガーゴイル』。アリシア達のほのぼのムードとは対極を成していた。
「試しに呼んでみなよ、アリシア」
ラーズが悪戯っ子のような表情で言った。
「え?」
「多分あいつは反応する。そこから先は僕達に任せてさ」
「キリアを?」
「そう」
「私が?」
「そう」
アリシアはキリアを呼んだ。
「……キリア」
「もっと大きな声で、ほら」
アリシアは大きく息を吸い込んだ。
「キリアーっ!」
その声が届いたのかどうか。キリアを包んでいた光球がふっと消えた。キリアは支えを失ったかのようにばったりと倒れた。
「キリアっ!」
アリシアが駆け寄る。
「……アリシア?」
アリシアに抱き起こされたキリアは、信じられないと言った顔をし、大声でアリシアの名を呼び、大泣きした。
「……まぁ今回は大目に見てやるか」
リアンはその二人の姿を見て、嬉しそうに呟いた。
3
闘う相手を失った『ガーゴイル』は、リアン達に体を向けた。翼を拡げ威嚇する。やる気満々だった。
「さて、コイツを何とかしないとね」
リアンは指をバキバキと鳴らした。
「ラーズ、アレはどうなってもいいんでしょ?」
にっこり。ラーズにはその笑みが悪魔に見えた。
──憂さ晴らしかよ。
ラーズは、リアンに気付かれないようにため息をついた。
「まぁ、あると困るからね。こんなのはない方がいい」
「そうと決まったら、行くわよー」
リアンはどこか楽しそうだった。
「リアン」
アリシアがリアンを呼び止めた。
「っと、何、アリシア?」
「あの子、壊すの?」
「アレがこの世界にあっていい事なんてない」
「私もかつてはそうだった」
「……っ」
リアンは言い返せなかった。
「ちょっと時間が欲しい」
「は? 何をするの?」
「話し合い」
リアンは自分の耳を疑った。
「アリシア、今なんて言った?」
「人間は話し合いで物事を解決すると聞いた」
「え、うんまぁ、そうね」
「私とあの子も、きっと出来る」
リアンは、再び自分の耳を疑った。
──ゴーレム同士が話し合いをする……。
想像したが無理だった。
「ええとね、アリシア」
「はい」
「あなたはアレとは違う。アレは神々が残した負の遺産。私にはアレを無に帰す義務がある」
「あの子からメッセージが入った。ちょっと待って」
「は?」
アリシアは目を閉じた。
「我に命ずる者は誰か」
明かにアリシアの声ではなかった。
「……再度問う。我に命ずる者は誰か」
「コイツ、制御者を……」
ラーズは妙案を思いついた。
「キリア、返事してみな」
「は? 俺?」
「僕とリアン、そしてアリシアじゃ制御者になれない。君しかいない」
「……面白がってんじゃないよね?」
「違うよ。大真面目さ。島の神が創ったゴーレムは、制御者を求める。今ここにいる神の力を授かりし者は、誰だっけ?」
「……分かったよ」
キリアは不承不承、承諾した。
「で、何て言えばいいんだ?」
「俺だ、でいいんじゃない?」
──コイツ、絶対面白がってる。
先ほどまで繰り広げられた壮絶な闘いの雰囲気はどこへやら。どこかのんびりムードが漂い始めていた。
「あー、汝に命ずるのは俺だ!」
キリアは大声でゴーレムの問いに応じた。
「キリア」
アリシアがキリアの袖を引いた。
「何?」
「言語が違う」
「は?」
ラーズが、ポンと手を打った。
「ああ……言語体系が違うのか。ゴーレムは神の時代に創られたからなぁ」
「何だよ、それじゃ俺には無理じゃないか」
「ちょっと待って」
アリシアが、何事かを『ガーゴイル』に語りかけた。聞いた事もない言葉だった。
──これが神様が使っていた言葉かぁ。
言葉の響きに何となく神聖さが感じられた。
程なくして、アリシアがキリアの袖を引いた。
「……キリア。一応翻訳したけど……聞く?」
珍しくアリシアが戸惑っていた。新鮮味があった。キリアも何となく戸惑った。
「え? ああ、いいよ」
「じゃあ……こほん」
アリシアが可愛らしい咳払いをし、口調を変えた。
「このクソガキが我の制御者だと? さっきまで我をボコボコにしてたヤツだぞ?」
4
「まずはお詫びをさせて頂きたい」
エキシミューラ国の女帝、キシミラ・オルラ・エキシミューラは、ルーデシアスに会うなり謝った。
「浅ましく『力』に魅入られ、痴態を演じてしまった。伏してお詫びを」
キシミラは頭を深々を下げた。
「いえその、何で?」
ルーデシアスは戸惑った。はて。親書の書き方が悪かったのだろうか? それともリアンが何かしたのだろうか?
リアン達はエキシミューラでの一件を片付け、テューア王国へ戻っていた。その際キシミラが是非同行させて欲しいと強く申し出られ、やむなく連れて来たのだ。その結果が謝罪合戦だった。
「いや、こちらこそ、無礼な輩を預け申し訳ない」
「いや、無礼を働いたのは私だ。リアン殿らに非はない」
「いや、リアンのような粗暴な連中をお預けしてご迷惑だったのでは……」
「コラ待てルーデシアス。無礼とか粗暴とか一体誰の事だ」
「まぁ粗暴と言えばそうかも」
「ラーズ、あんた殴り飛ばされたいの?」
それを見ていた、キリアの肩に乗っているガーゴイルは、こっそりと耳打ちした。肩に乗っているのは、ガーゴイルの機能の一つ『縮小化』を使っている。なんとも便利な機能だ。ついでに『言語同調』され、キリアとの意思疎通も可能になっていた。
「……なぁガキ、このバカ共はいつもこんななのか?」
「……そのうち慣れる。気にするな」
「……慣れる……我にはない概念だな」
島の神のゴーレムである『ガーゴイル』は、口調はともかくキリアを主と認めていた。
対話が可能なのは、個体としての自我があるわけではなく、遠隔による動力伝達と思考制御の時間差を埋めるため、簡易的な思考能力が備わっているに過ぎない。
「何をこそこそ話している?」
リアンが朱い目を光らせ、キリアとガーゴイルを睨み付けた。キリアとガーゴイルは器用にブンブンと頭を振った。
「喫緊の案件は『新たなゴーレム』ですね」
リアン達は放置され、話は勝手に進んでいるようだ。
「そうです。周辺国には事前に知らせてありますが、どこまで協力してもらえるかどうか。何せゴーレムなんて代物は、人間は見たことがない」
神々の時代。ゴーレムはその『力』をもって、大地を破壊し島を砕いた。その破壊の象徴たるゴーレムが時代を超え蘇った。人間とっての最大の脅威。とは言え、周辺国を含め実感が伴わないのはやむを得ない。
「今は瓦礫と化した魔導師協会の拠点に留まっているようですが……動き出したらどこまで被害が及ぶか……」
ルーデシアスは、王家の力である『影』を現場に張り付かせている。状況は、ラルバルドが改造した玉座から映像として投影されていた。
「ラルバルドは器用だったからなぁ」
リアンが妙な感想を述べた。ルーデシアスへの気遣いなのかも知れない。
「親父殿もたまには役に立つ物を残したね」
応じるルーデシアスも言葉が崩れている。やはり精神的なショックは隠せないようだ。魔導師協会崩壊の第一報がもたらされた時、ルーデシアスは全てを悟った。ラルバルドが魔導師協会と相まみえる直前の対話で覚悟はしていた。だが、いざ目の前でその残骸を見るとつい探してしまう——父の痕跡を。
と。
それはほんの一瞬だった。
『影』が送って来た映像に何かが映った。
——あれは!
「『影』よ! もう一度今の場所を映せ!」
「ルーデシアス?」
リアンが訝しげな表情をするが、ルーデシアスは必死だった。
——あれは、親父殿が持っていたサークレットだ!
『影』はルーデシアスの命に従い、先ほどと同じ場所へ視点を戻した。
──あった。
「……親父殿」
ルーデシアスは映像を拡大し、生前ラルバルドが言っていた『神殺し』のサークレットであること確認した。
「『神殺し』の装備品か」
ラーズが苦々しくつぶやいた。かつて人間が創った、神に対抗出来る武具の一つだ。
「テューア王国が持っていたとはね」
「まぁ、一番古い国だからね。色々とね」
ルーデシアスは軽い口調で応じるが、目はサークレットに釘付けだった。
「回収、出来ない?」
これもリアンの気遣いだろう。ラルバルドの形見とも言えるサークレットだ。自分たちの力を拒絶、無効化する道具だが、ルーデシアスがそれを自分たちに向けるとは思えない。
「……『影』だからね。持てないよ。残念だけどね」
『影』はその名前の通り、何かの影にしか存在出来ない。書簡程度ならともかく、サークレット程の重量物を持ち帰るのは不可能だった。
その時だった。
「な! ぐおおおっ!」
ルーデシアスが突如、右腕を押さえ苦しみ出した。
「ルーデシアス?」
「ぐぅう……『影』が……ヤツに」
突如、映像が乱れ明滅した。
「ルーデシアス! 今直ぐ『影』を切り離せ!」
ラーズが叫ぶ。途端、ふっ、と映像が消えた。ルーデシアスは右腕を押さえ、肩で息をしていた。
「くそ……『影』にすら反応するのか、ヤツは」
「傷を見せなさい」
リアンが神妙な面持ちで、有無を言わさずルーデシアスの右腕を掴んだ。服が焼け焦げひどい火傷を負っていた。リアンが癒やしの力で応急処置を施すが、まさに付け焼き刃だ。しばらくはルーデシアスの右腕は使い物にならないだろう。
「熱線砲か」
ラーズがつぶやく。
「動きがないと思っていたら『力』を貯めこんでいたのか」
その言葉にキシミラが疑問を持った。
「自我がないんじゃないのか?」
「あれは反射行動だろうね。『影』が持つわずかな『力』に反応しただけだ。でも動き出したら大変だ。人間に反応し始めたらもう手に負えない」
「幸いなのは、あの場所周辺に人が住んでいない事くらいか……」
ルーデシアスは痛む右腕に顔をしかめた。
「とにかく、周辺国と連絡を取らなくては。どこまで危機感を持ってもらえるかは分からないけどね」
「『影』はまだ使えるのか?」とラーズ。
「右腕をやられたから、残り三体。その替わり僕はここから動けなくなる」
王家の力である『影』は、ルーデシアスの四肢の分身だ。影から影へ移動するので、気付かれにくいのと移動速度の速さが特徴だ。だが、先ほどのゴーレムからの攻撃で防御力のなさが露呈してしまった。『影』へのダメージはその主に跳ね返る。前線に送り出すなどとても出来ない。
「今の攻撃で、あの子の動きは私が把握出来る」
アリシアがルーデシアスの前に進み出た。
「あの子の波長は特徴的。動けばすぐに分かる」
「作戦が必要だな」
キシミラが壁に寄りかかり腕を組んだ。
「ヤツが動くの待っていたのではダメだ。動けない今を好機とすべきだ」
「僕も同じ考えだ。ヤツは危険だ。命令を書き込まれないまま起動している。近付くモノ全てを攻撃対象にする。あるいは──」
「あるいは?」
ルーデシアスが、言葉を切ったラーズに尋ねた。嫌な予感がした。
「これは仮説になる。ゴーレムは神々の闘いに投入された殺戮兵器だ。極端な事を言えば、動くモノ全てを攻撃する。その逆に、周囲に動くモノがいなければ大人しくしている、と言うわけではない」
「それはつまり?」
「探し始める」
その言葉の意図をその場にいた全員が理解した。
「攻撃対象がいないのなら探して攻撃する。そうだろうアリシア」
全員の目がアリシアに向けられた。アリシアはゴーレムの仮の姿。その特性をよく知るのは彼女をおいて他にない。
「そうです。命令がなければ対象を探し出します。そして破壊します」
一同は静まりかえった。アリシアは目を伏せた。かつて自分がそうであったように、ゴーレムの本質は『殺戮兵器』なのだ。
「そうか」
ルーデシアスは決断した。
「もうこれは作戦とは呼べないかも知れない。だが、この危機を乗り越えないとこの世界に未来はない」
全員の意識がルーデシアスに集中した。ルーデシアスは一呼吸おき、話を続けた。
「時間がない。僕は『影』を使って、各国の村や集落の単位でこの危機的状況を伝える。国境はこの際無視する。同時にこの国の騎士団を派遣する。行軍なんて待っていられないから、そこはリアン、転移でも何でもいい、すぐに人材を送り込んで欲しい」
「でもそれだと、私の『力』を感知して、ヤツが動き出す」
ルーデシアスは「ああ、そうだ」と応じ、話を続けた。
「リアンの言うとおり、その時点で『神の力』の動きをヤツは察知するだろう。そこで作戦だ。いやもうこれは作戦じゃないな」
ルーデシアスは苦笑した。これから自分が言い出す事は、もはや単純な行動力に頼るものでしかないからだ。
「キリア君とガーゴイル、君かな? 君たちは先行してゴーレムの意識を逸らしておいて欲しい」
「陽動か」
「時間が欲しいんだよ」
わずかでもいい。人々が少しでも遠くに逃げる時間が欲しい。そこにいた全員が同じ意見を持った。
「ハナタレ国王にしては上出来じゃないか。我が主よ、そう思わないか?」
「ハナ……まぁでも、それしかないな」
キリアは苦笑するしかなかった。
「そしてその後は西の大陸神殿と群島の神殿にお任せする。とてもじゃないが、人間じゃ何も出来ない」
「そうだね」
ラーズが軽い口調で応じた。
「リアンも鬱憤が溜まっているだろう? いい機会じゃないか」
「なにおう?」
「僕は海洋神だ。大陸神のリアンなら、大地の力を使い放題やりたい放題でしょ?」
「……何だかひどくバカにされた気がするのは気のせい?」
「仕方ないさ。僕に出来る事はあの場所だと限定される。そこは理解して欲しいなぁ」
「あんたそれでも神? 男ならもうちょっと根性見せなさい!」
「精神論と来たか。根性じゃアレは倒せないよ」
「その減らず口を閉じろ」
リアンは、ラーズに食ってかかった。
「私も闘う」
アリシアが、その口論に割って入った。
「リアン、私を元の姿に」
「それはダメ」
リアンは即答した。
「なぜ? ゴーレムに対抗出来るのは、ゴーレム。理屈は通っている」
「ぐむ……」
リアンはなぜか口ごもった。
「リアン?」
「……戻し方、忘れちゃった」
リアンは、ぺろっと舌を出した。
「おお、西の大陸神ともあろうお方が嘆かわしい」
キリアが大げさに失望した。もちろん冗談だ。アリシアを前線に出すなんて、そもそもキリアは考えていない。
「キリア?」
リアンの目が怪しく光った。
「とと。ここでケンカしてもしょうがない。ケンカなら相手がいるでしょ? デカイのがさ」
——ケンカか……。
その言葉に、ルーデシアスは苦笑するしかなかった。
5
「デカイなー」
ラーズが素直な感想を述べた。ゴーレムが足を踏み出す度、大地が揺れる。
「アリシアより大きいんじゃないの?」
「そうね。一回り大きいかな。第二世代かな?」
「それに熱線砲を装備している。改良型だよ。いや改悪かこの場合」
二人の神様は、元の大きさに戻ったガーゴイルが、上空を縦横無尽に飛び回りってゴーレムの意識を掻き乱しているのを遠巻きに見ながら、のんびりと感想を言い合っていた。
「二人とも、危機感がないのかよ」
その後ろには、キリアとアリシアがいた。
「……あーあ。結局総力戦なのね」
リアンは嘆くが、その目はアリシアに向けられていた。出来れば巻き込みたくなかった。一度失った悲しみを知ったリアンは、最後までアリシアの同行を拒否した。だがルーデシアスの一言で折れた。
「アリシアには別行動を取ってもらいたい。僕の私情になるけど、親父の形見なんだアレは」
『神殺し』のサークレット。その回収をアリシアに委ねたのだ。ルーデシアスは『影』の制御のため玉座から動けない。リアンとラーズは『それ』に触る事が出来ない。キリアはガーゴイルの制御でその場を動けない。残るはアリシアしかいない、と言うのが理由だ。
「あの場所から充分に引き離したとは言え」
ガーゴイルは巧みに接近、離脱を繰り返し、サークレットが放置されている魔導師協会の跡地からゴーレムを遠ざけていた。
「大丈夫。多分、あそこ以上に安全な場所はこの大陸にない」
アリシアは気休めを言った。そう言われてはリアンも折れるしかない。
「後は出たとこ勝負か。まぁ私らしいかな?」
と。
背後に何者かの気配を感じた。ルーデシアスの『影』だ。
「各国の反応は?」
『テューア王国の騎士団が誘導してはしているが……鈍いな』
『影』はルーデシアスの言葉をそのまま伝えて来た。
『見た事もない脅威は、現実味がない』
「まぁ、見た事がある人間なんていないでしょうけど」
『出来るだけの事はするよ』
「じゃあこっちも出来るだけの事をしますか」
リアンは首を回した。ゴキゴキと音が鳴った。
「コナゴナに砕いて大地に埋めてやる」
6
一撃目はガーゴイルだった。
直上からの急降下。ゴーレムの眼前で向きを変え、蛇行しつつ離脱。ゴーレムは額から熱線砲を照射するも、ガーゴイルにはかすりもしない。
「いいぞ、やるな」
キリアがはしゃぐ。
<この程度ではしゃぐから、クソガキなんだよ>
ガーゴイルからの思念が伝わって来た。
「んだよ、褒めてんだぞ?」
<そんな事より、次だ。次の指示を寄越せ、クソガキ>
そんなキリア達のやりとりが功を奏し、ゴーレムの足元に隙が出来た。もちろん、リアンがそれを見逃すはずはない。幾層もの防御結界を中和しつつ、リアンは雄叫びを上げた。
「どりゃーっ!」
自分の背丈の倍程もあるゴーレムの足を抱え、思いっきり引っ張った。ズズン、と大地が揺れ、ゴーレムがひっくり返った。
「ラーズっ!」
「あいよー」
ラーズは気の抜けた返事をしつつ、双眸を見開いた。
「──押し潰せ!」
見えない力がゴーレムを大地に押しつけた。大気中に含まれるわずかな潮風から得た『力』、そしてラーズが持つネックレスに蓄積した『力』を一気に解放したのだ。ゴーレムもろとも、大地が派手に陥没した。
「後一回くらいしか使えないからね」
「上等!」
リアンは生き生きとした表情で、大地にめり込んだゴーレム目掛け飛び込んだ。
7
「あ、あった」
アリシアはルーデシアスの言葉に従い、ラルバルドの形見である『神殺し』のサークレットを見つけた。
ゴーレムからの距離を測る。
大地にめり込んでいるゴーレムが起き上がって跳躍したとしても、時間的な余裕は充分にある。
アリシアはサークレットを手にした。
ゴーレムでありながら人間を象るアリシアは、サークレットを持った瞬間、その『力』の源を知った。
──これは、人間……?
以前に聞いた、リアンとラーズの会話。
『親書さ。あの封印、リアンも僕も解けない。神が触れない、人間の念が込められた封だった』
神に触れない、神に解けない。その時は人間の念と言うのは凄いのだと単純に思っただけだった。
だがこのサークレットに込められた念はその比ではない。数百、数千の人間の思い。それが込められている。
──これは人間の感情? 神に対する憎悪?
アリシアはサークレットを手に取った瞬間から、その『力』に飲み込まれていた。
8
「ルーデシアス殿、何かご不便がありましたらお申し付けを」
キシミラは、身動き一つ出来ないルーデシアスの傍に控えていた。
「いやいや。一国の王である貴女に、僕が何を申しつけると? そんな権限はありませんよ」
「いえ。今のルーデシアス殿は、テューア王国の王にあらず。世界を憂う指導者とお見受けする」
「……」
「我が身を犠牲にし、仲間を気遣い、それでいて自らが動く事が出来ない。僭越ながら、そのわずかでもこの私で和らげる事が出来ればと」
「……すまない」
ルーデシアスの目から涙が溢れた。
「大変申し訳ないがこの涙をぬぐって頂けないか」
「……お安いご用です」
「はは……面目ない。大の大人がこれしきの事で泣くなど」
「いいえ」
キシミラは毅然と言い放った。
「その涙。それは世界が流すものと等しい。恥ずべき事などありませぬ」
9
「ええい厄介なっ!」
リアンは仰向けに倒れたままのゴーレムをドカドカと殴りつつ、悪態をついた。人間サイズの攻撃範囲などたかが知れている。ゴーレムはリアン周辺に集中的に防御結界を張り、リアンの攻撃力を削いでいた。これではリアンの拳は届かない。殴る度に結界を砕くが、新たに結界が張られるだけだ。
「私が巨大化でもすればいいのか!」
出来るはずはない。
「うをっと!」
ぶううん、と物凄い風切り音がし、咄嗟にしゃがんだリアンの頭上をゴーレムの手が通過した。
「危ないな、もう」
「リアン、そこどいて!」
キリアの声が飛ぶ。
「なっ!」
リアンは反射的にその場から飛び退った。そこへガーゴイルがきりもみ状態で上空から突っ込んで来た。派手な金属音。互いの防御結界が、ガリガリと音を立て火花を散らす。その上ガーゴイルは、上空からの落下速度、そして回転力を加えている。
<クソー! 貫けっ!>
ガーゴイルが喚く。
ゴーレムが咆哮した。耳障りな金属の軋むような音がし、ゴーレムの防御結界に『穴』が開いた。
「今だ、リアン!」キリアが叫ぶ。
「おおう!」
リアンは拳にあらん限りの力を集中させ、その『穴』に叩き込んだ。再びゴーレムが咆哮した。
「しめた! 防御結界が緩んだ!」
リアンは出来た隙から、拳で殴りつける。何発目かの攻撃で、リアンは手応えを感じた。
——届いたっ!
ゴーレムの胸部外装に亀裂が走った。だが、ここまでだった。ゴーレムは身をよじり、バランスを崩したリアンを手で払い落とした。
「わーーーーっ」
リアンは吹っ飛ばされ、ゴーレムから離れてしまった。
「しまった!」
即座に距離を縮めるが、そのわずかな間で、ゴーレムは胸部外装の亀裂を再生した。そして上半身を起こす。
「まずい! 立ち上がられたら面倒臭い!」
確かに面倒だが、やはり面倒な事になった。
ゴーレムは再び大地に立ち上がった。
10
アリシアは自身の異変を感じた。自分の中から何かが出てこようとしている。それは巨大で、凶悪なモノ。
──ああ、戻る。
バキン、と何が弾け、アリシアの体が一回り大きくなった。その後は、ミシ、バキと弾ける音が連続し、その度に、アリシアが落とす影の形が変化した。アリシアはその姿を大きく変え、元の姿——ゴーレムに戻った。ルーデシアスはサークレットに込められた『力』を見誤ったのかも知れない。
しかし。
──これでいい。これが私。
アリシアは、自分がゴーレムである事を忘れた事はなかった。常に過去の罪に苛まれ、苦しんでいた。それを和らげてくれたのは──キリア。だがキリアを始め、リアン、ラーズ、そして世界は、ゴーレムによって破壊されようとしている。ならば自分が出来る事は何か。
アリシアは、ゆっくりと『ゴーレム』に視線を向けた。
倒すべき相手。
相手はリミッターのない完全体だ。自分では敵わないかも知れない。
──でも。
仲間がいる。
アリシア・ゴーレムは、ゆっくりと足を踏み出した。
11
<おい、クソガキ!>
「何だよ」
<アリシアがゴーレムに戻ってるぞ!>
「な——えええええっ?」
キリアが振り返ると、そこに見覚えのあるシルエットが映った。額にある水晶。リミッター付きのゴーレム——アリシアだ。
「ア、アリシア……何で……」
「お、おいキリア。あれってアリシアだろう?」
ラーズが確信をもって聞いて来た。
「……アリシア以外に誰がゴーレムになれるんだよ」
「……そりゃそうだ」
会話がおかしかった。
<キリア>
「アリシア! お前何でゴーレムに戻ってんだよ!」
<私も闘う>
「そんなの作戦にない!」
<見て>
アリシア・ゴーレムの指し示す先には、立ち上がったゴーレム。それを仁王立ちで睨み付けるリアン。体格差を比較する意味がない。まるで人間と蟻だ。
<リアンが苦戦してる。助けが必要だと思う>
「そ、それは認めるけど……でも!」
<キリア>
「な、何だよっ!」
キリアは泣いていた。悲しく悔しく愛おしいからだ。
<ごめんなさい。私は償わないといけない>
「何を償うんだよ! それはアリシアのせいじゃない! アリシアを……ゴーレムを作ったヤツらのせいじゃないか!」
<でも、事実は変わらない。過去の私も、今の私も同じモノ。全ては償えないけど、せめて……>
アリシア・ゴーレムは、ゴーレムに向け足を踏み出した。一歩、また一歩。遠ざかるアリシアを、キリアは止められない。
「……違う……今のお前と昔のお前じゃ違うんだ……」
キリアは力なくそう呟いた。
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リアンは驚いた。いきなり『何か』が、目の前のゴーレムを弾き飛ばしたからだ。ゴーレムは突然の特攻を避けられず宙に浮き、次いで轟音と共に倒れた。大地はその巨体を受け止め、陥没した。
「な、何?」
リアンの目の前に立つモノ。
「お前! アリシア!」
アリシア・ゴーレムが体当たりでゴーレムを弾き飛ばしたのだ。
<リアン、後は私が>
「バカ言うな! アレは私の獲物だ! 横取りするな!」
<ゴーレムを倒すにはゴーレムが必要。私達は闘うために創られた。だから後は私が>
「な……! そんな事は許さない! 西の大陸神たる私の言葉が聞けないのか!」
<……聞けぬ。我が倒すべき相手がそこにある。ならば我はそれを全うする>
アリシアの口調が変わった。何者も寄せ付けない断固たる意思。リアンは何も言い返せなかった。リアンは、アリシア・ゴーレムと一度闘っている。その際に感じた『破壊衝動』と同じ物を感じ取ったからだ。
何かが軋む音がした。ゴーレムが再び立ち上がろうとしていた。
アリシア・ゴーレムはその隙を逃さない。一瞬で間合いを詰め、ゴーレムを蹴り飛ばした。ゴーレムは再び地に伏した。
一回りは違う体格差は、スピードと先手で補う。
意思を持つモノと持たないモノの差だ。
アリシア・ゴーレムは倒れたゴーレムに馬乗りになり、頭部を狙い拳を振るう。互いの防御結界が削られ火花を散らす。
拳に体重を乗せている分、アリシア・ゴーレムが物理的に有利だ。何度目かの攻撃で、ゴーレムの頭部外装に亀裂が走った。
だがアリシア・ゴーレムは失念していた。相手が熱線砲を装備している事を。
13
ルーデシアスは驚きと後悔で言葉を失った。前線にいる『影』から送られて来る映像。そこには、ゴーレムが二体映し出されていた。
「……まさか、アレはアリシアか?」
額にある水晶。リアンが定期点検だと言い起動させてしまい、今回の騒動の発端となったゴーレム。
ルーデシアスは直接アリシア・ゴーレムを見ていない。
人間の姿になったアリシアしか知らない。
失念していたのか、見誤ったのか。
いずれにせよ、ラルバルドの形見の回収——『神殺し』のサークレットが何らかの影響を及ぼした事は明白だった。
「ルーデシアス殿、アレはもしや……」
「ああ、多分そうだ。僕がしくじった結果だ」
ルーデシアスは映像から顔を背けた。
だが。
「いけませぬ」
キシミラが、ルーデシアスの顔を強引に映像に向けた。
「何を……」
「アレがアリシアであるのなら」
キシミラは強い意思をもって、ルーデシアスに言い放った。
「ルーデシアス殿には、それを見届ける義務がある」
「義務?」
「左様。サークレットの回収を命じ、その結果がアレであるならば尚の事。どのような結果になったとしても、貴方にはそれを受け止める義務がある。それが指導者たる者の努め。違いますか?」
ルーデシアスとキシミラの視線が重なった。
「……貴女の言う通りだ。キシミラ殿。僕には何があったとしても、この闘いの結末を見届ける義務がある。そして受け止め、次の世代に受け継がせる。ありがとう、キシミラ殿。僕は自分を見失うところだった」
「い、いえ。申し訳ない。一国の主に他の国の者が偉そうに……」
「いや、もう貴女は僕達と一緒だ。命運を共にする仲間だ」
そう言うルーデシアスの目は優しかった。
「共に見届けて下さいますか? この闘いの行く末を」
キシミラの答えは決まっていた。
「承知した。共に見届けよう——この結末を」
14
ゴーレムの熱線砲が火を吹いた。
アリシア・ゴーレムは咄嗟に上半身を捻り直撃を避けたが、左腕を根元から切断された。片手ではゴーレムを押さえ付けられない。ゴーレムは体格差を活かし、アリシア・ゴーレムを振り払った。片や『リミッター』のない完全体のゴーレム。一方のアリシア・ゴーレムは左腕を失い、体格も一回り小さい。圧倒的に不利な状況だった。
「くそっ!」
リアンは距離をおいて二体を眺め、自分の力のなさを嘆いた。
力で勝ったとしても、大きさでは敵わない。
乱戦ともなれば、アリシア・ゴーレムの邪魔になる。
やり場のない怒りがリアンを衝動的に突き動かした。リアンが地に拳を振り下ろし、大地が大きく陥没した。
「何が神だ! 結局見ているだけじゃないか! この力は何のためにあるんだっ!」
リアンは何度も何度も大地を殴る。自らを殴るかのように。
「リアン、自分を責めても事態は好転しないよ」
「そんな事は分かってる!」
ラーズが諫めるもリアンは収まらない。これは自分自身に対しての怒りなのだ。
その時。
キリアが、陥没した大地を見てある事に気が付いた。水だ。水がリアンが開けた大穴から滲み出ていた。それを見たキリアはある作戦を思いついた。
「なぁ、ガーゴイル」
<何だ>
「お前は俺の力を動力にしている。ここまではいいよな」
<ああ。それどうした、ガキ>
「もし、だぞ? 俺が我が内なる刃で増幅した『力』をお前に付与したらどうなる?」
<……我には分からん。だが、それが制御者の意思ならば従う>
キリアは、リアンとラーズに声をかけた。
「一つ妙案があるんだ」
「……下らない案だったら、お前の口をもぎ取ってやる」
「まぁ聞いてみようよ。キリアに何か勝算があるんだろ?」
「勝算と言えるかどうか、正直微妙」
「おいこらその口もぎ取るからこっちに寄越せ」
「いいから聞くだけ聞こうよ。ね?」
15
アリシア・ゴーレムは防戦一方だった。残された右腕を取られたら勝ち目はない。せめてもの救いは、ガーゴイルが上空から援護のために急降下し、隙を作ってくれる事くらいだ。スタンドでは勝ち目はない。どうにかしてグランドに持ち込むしかない。
初撃は不意を突いたが、相対している今、体当たり程度で倒れるとは思えない。
──これじゃ、皆を守れない。
アリシア・ゴーレムは焦っていた。
焦りは隙を作る。
その隙を逃さず、ゴーレムの熱線砲が火を吹いた。狙いはアリシア・ゴーレムの足。
咄嗟に跳躍するが、ゴーレムは矢継ぎ早に空中にいるアリシア・ゴーレムに熱線を放射。いかにゴーレムと言えども、空中では身動き出来ない。アリシア・ゴーレムは、なす術なく右の膝から下を切断された。落下し、片足立ちになるアリシア・ゴーレム。これで機動力が削がれた。
──ここまでかな。
額に埋め込まれている水晶の中で、アリシアは歯噛みした。
──結局、償えなかった。
と。
「アリシア!」
すぐ側でキリアの声がした。思わず当たりを見回す。視界にガーゴイルが近付いて来るの映った。
──キリア!
キリアはガーゴイルに乗り、アリシア・ゴーレムの肩に止まった。
<……何だ>
口調は崩さない。これはアリシアの覚悟だ。
「聞けアリシア。これから総力戦を実施する。お前は俺の指示に従え!」
<我はお前に従う義務はない>
「いいから聞けよ! 多分これが最後だ! 俺はお前を助けたいんだ!」
<お前も、意地張らずにこのガキの言う事聞けよ。これを逃すと二度とこのガキと話せなくなるぞ?>
キリアとガーゴイルの説得でアリシアは折れた。
<……何をするの?>
「まぁ見てなって」
キリアはニッと笑って、ガーゴイルと共に飛び立った。
16
「話はついた。作戦始動だ!」
キリアが上空からリアンに声をかけた。
「大丈夫かな」
「誰が? どっちが?」ラーズが茶化す。
「……ラーズ、失敗したらお前の責任だからな」
リアンの目が朱く染まった。
「海水じゃないから、成分が違うしどこまで出来るか。まぁ根性とやらを出してみるよ」
「おい! 作戦開始だってば!」
「分かったよ!」
リアンは大きく息を吸い、大地の力を極限まで吸い上げた。
「西の大陸神、参る!」
リアンは最大速度でゴーレムに突進した。ゴーレムはその『力』の大きさに、アリシア・ゴーレムから目標をリアンに移した。その隙でアリシア・ゴーレムは、後方に飛び退った。
「この辺かっ!」
リアンはゴーレムの足元手前で止まり、両手を組み、力一杯大地を殴りつけた。大地は盛大に陥没し、ゴーレムはバランスを崩してその穴に滑り落ちた。これでゴーレムは下半身が使えなくなる。移動出来ないなら使う武器は一つ。
「行くぞ、ガーゴイル! 我が内なる刃よ!」
キリアが乗るガーゴイルは、巨大な光の刃となった。
<ぐうう、結構キツいぞ、ガキよ!>
「我慢しろ!」
<お前を制御者にしたのは我の最大の失敗だ!>
「いいから突っ込め!」
<おおおおおっ!>
ガーゴイルはゴーレムの上半身めがけ突撃した。ゴーレムの防御結界が阻むが、これは奇襲だ。ガーゴイルの突入速度と前面に集中させた防御結界がそれに勝った。ボゴン、とゴーレムの胴体中央がヘコみ外装に穴が開き、ガーゴイルがゴーレムを貫いた。「アリシア! 今だ! ラーズも!」
上空に舞い戻ったキリアの指示が飛ぶ。アリシア・ゴーレムは、身動き出来ないゴーレムに向け片足で跳躍した。ゴーレムの額にある熱線砲がアリシア・ゴーレムを狙う。
「ラーズ!」
「おう! ──水よ!」
ラーズが根性を上乗せして、陥没した穴から滲んでいた水を強制的に吸い上げた。アリシア・ゴーレムとゴーレムの間に水巨大なの壁が出来た。同時にゴーレムの熱線砲が火を吹く。だがそれは水の壁に阻まれ、アリシア・ゴーレムに届かない。盛大な水蒸気が周囲を覆った。
「アリシア!」
作戦も指示もない。ただ号令が飛んでいるだけだ。だがその意図は不思議と理解出来た。アリシア・ゴーレムは、ゴーレムに馬乗りになり、残された右腕に防御結界の全てを集中させゴーレムの顔面を殴りつけた。ゴーレムの頭部はその衝撃に耐えられず、首から上がもぎ取られ吹っ飛んだ。
「おおし! 後は私が!」
リアンが跳躍。組んだ両手をゴーレムに叩き込んだ。ゴーレムの上半身が変形した。
「どおりゃああああーっ」
着地したリアンは、ゴーレムの右手に取り付き根元からへし折った。
「じゃ、トドメね」
ラーズが手を天にかざす。
「──押し潰せ!」
ゴーレムはなす術なく神の力にひれ伏した。
外装に無数の亀裂が走り。
バキバキバキと嫌な音を立て。
ゴーレムはコナゴナに砕け、大地に埋もれた。
17
「終わった……?」
ガーゴイルは地上に降り、キリアも大地に立っていた。
「言った通り。コナゴナ。これでお終い」
リアンが明るい声で言った。
「ラーズもやれば出来る子なのねー」
「いーや。僕はこう言うのに向いてないんだよ。あー疲れた」
「でも上手くいった。これで万事解決!」
<おいガキ、一つ残ってるだろうが>
ガーゴイルが、サイズを縮め、キリアの肩に乗った。
<アリシア。アイツをどうするのだ?>
キリアは、片足で立ち尽くすアリシア・ゴーレムを見た。
「リアン、アリシアを戻せないか?」
リアンは、首を振った。
「アリシアはアレが本来の姿なの。元に戻ったのよ」
「俺の命を使っても?」
「あれは、咄嗟の事だったから……多分二度と出来ない」
「そんな……」
<いいの。ありがとうキリア。私はこのままでいい>
「いいわけないだろう! せっかく出会えたのに!」
<リアン。先に謝っておく>
「? 何で?」
<約束>
リアンは、はっとした。
「まさか、自壊プログラムを使う気?」
<そう。もうこの世界に私のような存在は必要ない。それなら消えるしかない。それに>
「それに?」
<リアンに殴られて壊されるのは痛そうで嫌>
「……バカ」
その時だ。アリシア・ゴーレムの額にある水晶が淡く輝いた。
「あれ何なの?」
「何だろう……何か別の……『神の力』じゃない『力』を感じる」
リアンもラーズもそれが何なのか分からない。
「見て来る!」
言うが早いか、キリアは、アリシア・ゴーレムを駆け登った。水晶の中には、固く目を閉じ、膝を抱えて漂うアリシアがいた。
「アリシア……」
<勇敢なる者よ>
「は?」
突然、キリアの頭に『誰か』の声が響いた。
「な、何だぁ?」
<何だとは失礼じゃな。老人は大切にせいと親から教わらんかったのか?>
「いや、俺に親はいないし」
<何と……不憫な……>
声の主は同情したらしかった。
「俺の事はいいから。あんた誰さ。何で俺に話しかける?」
<わしか? わしはテューア王国前王、ラルバルドじゃ>
「前王?」
<そうじゃ。ルーデシアスが世話になっておるようじゃの>
キリアは混乱した。
目の前の水晶の中にはアリシアがいる。
これは間違いない。
そしてこのクリスタルは、アリシアの本体であるゴーレムに取り付けられている。
さらにここにはキリア以外誰もいない。
その上声の主は、前王ラルバルドだと言う。ルーデシアスの世話などした事はないが、前王が言うのならそうなのだろう。
何にしても状況が見えなかった。
<混乱するのも無理ない事じゃ。わしとて、こうして『意識体』として『サークレット』に取り込まれるとは思わなんだ>
「え? サークレットって、あの『神殺し』の?」
<そうじゃ。そのサークレットじゃ。見てみいこの娘の頭を。冠しておるじゃろう?>
キリアはアリシアをよぉーく見た。確かに頭に何か乗っている。
「あの冠の事?」
<『神殺し』の名を冠しておるが、別に神を殺すために作られたものではない。取り込まれたわしが言うのもなんじゃがな>
説得力があるのかないのか不明だった。
「神を殺すためじゃないって言うけど、じゃ何で『神殺し』なんて物騒な名前が付いてんのさ」
<小童、言葉遣いが……まぁよい。わしはどうせ死んでおるしの。『神殺し』は神を殺すにあらず。神々によりその命を奪われた人間の思いを集約し、人間を助けるものなのじゃ>
「じゃ、リアンが触っても大丈夫なのか?」
<神が触れば、取り込まれた人間の怨嗟が襲うじゃろうよ>
「怨嗟?」
<かつての神々の闘いで命を落とした者は数えきれん。その数の怨嗟を、リアンは受け止められるかの?>
恐らく無理だ。とキリアは思った。
「で、何で俺にそんな話を?」
<……おお。そうじゃった>
大丈夫かこのじいさんは。とキリアは思った。
<……何か言うたか?>
キリアはブンブンと首を振った。
<まぁよい。わしはの、宿敵にして親友じゃったダリダングルと差し違え、魔導師協会を壊滅させた。結果、その地下に眠っておったゴーレムが目覚めたのは皮肉な事じゃ>
「な! あんたが元凶かよ!」
<最後まで話を聞かんか! まったく最近の若者は結果だけでモノを見よる。急いては事をし損じるぞ>
キリアは説教が始まりそうな気配を察した。ここは下手に出るべきだ。
「……すみません。分かりました。続きをお願いします」
<……そのゴーレムは、命令を書き込まれぬまま起動した。制御不能なゴーレムがどれほど危険か、お主は自らの身をもって知ったのだ>
「……」
キリアは一連の騒動を振り返った。あのゴーレムが人間の世界に足を踏み入れたらどうなるか。危険どころではない。世界最大の脅威だった。
<そのゴーレムを、お主らは見事に葬りおった。世が世なら英雄じゃろうて>
ラルバルドの声は、呵々と笑った。
「英雄なんて柄じゃないよ。俺は」
<謙虚な事は美徳じゃが、事実は事実じゃ。お主は世界を救ったのだよ>
世界。人間の世界。かつての神々は去り、人間が住まうこの世界。
「でも俺は世界じゃなく、アリシアを救いたかっただけなんだ。だから英雄なんかじゃない。実際にゴーレムをコナゴナにしたのはリアンとラーズだ。俺じゃない」
<ふむ……この娘も不憫じゃ。神々の争いに巻き込まれた被害者であり、加害者でもある>
「……きっとアリシアは苦しんでいたと思う。償わなきゃって言ってたし」
<全てを知るのは辛い事じゃ。だがそれが人間を強くする。わしはそれを信じておる>
人間を強くするのは、全てを受け入れる事だ。それも辛いな、とキリアは思った。
<どれ、話が長くなったの。お主はこの娘を救いたいのであろう?>
「え? あ、そうです!」
<わしの『力』などたかが知れておるが、このサークレットに内在する数多の意識体の全てを使えば可能かも知れん。だがな、それによって神に対抗する手段を人間は失う。お主はどちらを選択するかね?>
「神に対抗? そんなの無駄だよ。神様は気まぐれで乱暴で適当だ。そんなのに構っている程人間は暇じゃない」
<ぶは、はははは。暇ではないとな? 痛快じゃ。リアンが聞いたら怒り狂うじゃろうて>
「俺は本気だよ」
キリアはぶすっとした声で応じた。
<いや、許せ。あまりにお主の言いようが愉しくてな。どれ、どうやらお主の選択は決まっておるようじゃな>
「決まってるさ、始めから」
<ではくれてやろう。この『力』を。大事にするがよい>
その声に呼応するように、水晶の輝きが増した。
<ああ、それとな>
「な、何だよ。まだ何かあるのかよ」
<何、大したことではない。ルーデシアスに伝言をな>
「伝言?」
<そうじゃ。わしは人生を全うした。満足したと。そして後は任せると。伝えて欲しい>
「……分かった。必ず伝える」
キリアは神妙に頷いた。
<うむ。ではこれにて仕舞いにしようぞ。若き英雄よ。世界と共に生きよ>
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。水晶の輝きがさらに増し、視界が白い光で満たされた。キリアは思わず、腕で顔を覆った。
そして──。