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第十二話 それぞれの思い

「いちち……」

 キリアは、落下の衝撃で打ち付けた腰をさすりながら周囲を見た。そこは闇の中だった。遙か上に見える光は、自分が落ちて来た穴に違いない。

「よく死ななかったなぁ」

 闇の中、わずかに届く光は、粉々になった椅子の残骸を照らしていた。

「さて、どうしたもんかな」

 跳躍して届く高さではない。かといって、ロープの替わりになりそうなものは見当たらない。

 とにかく上に戻らないと。

 キシミラは実験がどうとか言っていた。その前のアリシアの態度も気になる。キリアがうーん、と唸っている間に天井の蓋が閉じた。

 一切の闇。

 もはや手の先すら見えない。

 と。

 人の気配がした。幸いにして短剣は腰に差さっていた。キリアは物音を立てず短剣を抜き、慎重に体勢を整えた。

 ——と。

 唐突に明かりが灯った。そこには杖の先に明かりを灯したギニアスがいた。


「何であんたがここに、って言うか、この島についてからどこ行ってたんだよ!」

 キリアの言う事はもっともだ。上陸してから宿まで船酔いでぐだぐだなギニアスを運び込んだはいいが、その後いつの間にか姿が消えていた。誰も気にしなかったが。

「私は『神々の時代への回帰ルーナリアン・エラ・デューラ』の一員として大陸に渡った。大陸で起きた事──ゴーレムについての報告の義務がある」

「まだそんな事言ってんのか? ルーデシアスに言いつけるぞ」

「構わんよ。好きにすればいい」

 ギニアスはあっさりと翻意を認めた。

「……ギニアス、何か雰囲気が違うな。何があった?」

 杖が照らすギニアスの顔は焦燥し、元々痩せこけていた体がより一層細く見えた。

「お前はゴーレムの存在をどう思う?」

「は?」

「あの破壊力。神と対等に渡り合える『力』を持ち、外部からの破壊はほぼ不可能。そのような存在がこの世界のあちこちに眠っている」

 ギニアスは、杖の明かりが届かない天井を見た。

「あの部屋の奥には島の神(シーナリー)が創り出したゴーレムがある」

「何だって!」

「部屋には西の大陸神(ウェイザー・ルーア)殿と群島のエイラーズ・ルーア殿がいるな?」

「あ、ああいたけど、何でお前が知っている?」

「やはり……」

「何を知っている?」

「全て話す。だがその前にここを出るぞ、キリア」

 ギニアスはキリアを名前を呼んだ。

「ここにいるとお前は実験台にされる」

「どう言う事だ?」

 ギニアスが上を向いた。

「我が国で偶然発掘されたゴーレム。『ガーゴイル』と呼んでいるが、頭部に取り付けられた水晶コアクリスタルが、アリシアのそれと酷似している。恐らく同じ機能を持っているだろう。となれば、キシミラ様はアリシアが目覚めた方法と同じ方法を使おうとする。すなわち『神の力』で目覚めさせようとするだろう」

「んな! そんな事したらこんな建物、ぶち壊されるぞ?」

「そこよ」

「どこよ」

「ゴーレムの制御方法だ。島の神(シーナリー)側のゴーレムはな、そちらとは違うのだ。動力に人間を使う。お前のような神の力を授かりし者(ドルニ・ルーナリア)を使うのだ」

「……何?」

「ただ、誰もそれを試してはいない。適任者がいなかったからな」

「くそ……あの女」

「時間がない。行くぞ」

 ギニアスは杖の明かりを消し、闇に消えた。

「気配で追ってこい」

「おう」

 その時だった。

 天井を塞いでいた蓋が吹き飛び、光が溢れた。

「な、何だぁ?」

「ええい! 早すぎる!」

「!」

 キリアはギニアスに短剣を突きつけた。

「何が起こった! 言え! お前の知っている事を!」

「……アリシアが自壊プログラムを発動させたのだ」

「な……自壊プログラムだと!」

「自ら滅びの選択をしたのだよ。『ガーゴイル』を目覚めさせないために。お前達を守るために」

 キリアは即断した。

「ギニアス! 力を貸せ! 俺を上に戻せ!」

「分かっているのか? あの娘はお前を助けるために消えようとしているのだぞ? それを無駄にするのか?」

「だからって放って置けるか! ここで喉を切り裂かれるか俺を上に戻すか。二択だ!」

 キリアとギニアスはしばし睨み合い、ギニアスが折れた。

「……今からお前を上に吹き飛ばす。後は知らん」

「上等だ」

「行っても後悔するだけかも知れんぞ?」

「何もしないよりましだ」

 ギニアスは、ふ、と笑みを浮かべた。

「そこに立て」

「おう」

 ギニアスは杖を掲げた。

「……突風よ吹き荒れよ(ウィザス・アルマ)! ——行け!」

 突如、突風がキリアを包み、そのまま上にすっ飛んで行った。

 その場にはギニアスだけが残された。

「……あのような『力』等この世界に必要ないのだ。キシミラ様は『力』に魅入られてしまった。愚かな事だ。私も含めて……」

 その独白は、誰もいない地下室に虚しく響いた。


「アリシアっ!」

 リアンの悲鳴にも似た声が部屋に響き渡った。

「今すぐ自壊プログラムを止めろっ!」

「リアン! これは一体なんだ!」ラーズが声を張った。

「私が知ってるのは、ゴーレムは外部から自壊プログラムを発動させる事が出来るって事だけ!」

「で、でも、誰もそんな命令コマンド出してないだろう?」

「アリシアが意思を持っているからよ! あの子、私達を助けるために『自分の意思で』で自壊プログラムを作動させたのよ!」

「リアン殿、これは一体……」

「キシミラっ! あんたが『ガーゴイル』とやらを目覚めさせようとするから、アリシアは!」

「そ、そんな、私はただ……」

「言い訳は後で聞く。今はアリシアを何とかしないと!」

 その時。唐突に光が収束しアリシアを包んだ。

「アリシア!」

 アリシアは薄い燐光を纏い、優しい笑顔でリアンを見ていた。

「リアン。私に命を、意思を与えてくれてありがとう。キリアにもお礼を」

「お礼なんか言う必要ないぞ!」

 キリアが床に空いた穴から飛び出した。あまりに都合のいいタイミングだった。

「キリア……!」

 アリシアの表情が緩んだ。

「お前が消える必要なんてない。悪いのはこの世界にゴーレムをまき散らした神様共だ!」

「おいこら。私もその一人か?」

 キリアはリアンの突っ込みを無視した。

「とにかく自壊プログラムを止めてくれ、頼む!」

 アリシアの表情が緩んだのは一瞬だった。すぐに無表情に戻り、淡々と事実を告げた。

「……もう止められない。私は、いえ私達は殺戮兵器。破壊しか出来ない、そのためだけに創られた存在。単独で制御不能な兵器を、かつての神々が創ると思う?」

「いや、でも!」

「ありがとうキリア。最後に会えてよかった」

 アリシアが精一杯の笑顔を見せた。

 次の瞬間。

 アリシアの体に亀裂が走った。

 キリアが駆け寄る。

 アリシアが最後の力を振り絞り手を伸ばす。

 だが届かない。

 キリアが差し出した手に触れる寸前、アリシアは砕け塵になった。

「アリシアーっ!」

 キリアの絶叫が虚しくこだました。


「やっと見つけたわい」

 七〇を少々過ぎたくらいだろうか。その老人は、よっこらせと背嚢を大儀そうに降ろし、岩に腰掛けた。

「ダリダングルめ。こんな場所にアジトを築きおって。その上ご丁寧に結界までも張っておる。念の入った事じゃ」

 老人は水筒に口をつけた。だが中は空だった。

「尽きてしもうたか……まぁよい。わしの旅もここで終いじゃ」

 どれ、とかけ声を発し、老人が立ち上がった。背嚢から変わった色の宝玉が埋め込まれたサークレットを取り出し、禿げ上がった頭に乗せた。

「……では、参るとするかの」

 老人は背筋を伸ばし、年齢に似合わぬ俊敏さで岩山を駆け下りた。猛然たる勢いだった。

「誰だ!」

 黒いローブを纏い、入り口の警護をしていた男が突進して来る老人を見つけた。

「名乗る程の者ではないがのう」

 老人は呟きつつ足を止めない。

「こら待て、止まれ! ここがどこか分かっているのか? 魔導師協会の本部だぞ!」

 老人は答えない。男との距離がどんどん縮まる。

「くそっ! 光の刃よ(ライザルナ・ソドス)──切り裂け!」

 男が光の刃を放った。老人はそれでも突進を止めない。光の刃が、老人に突き刺さった。

 だが。

 実際はそう見えただけだ。光の刃(ライザルナ・ソドス)は老人に届く寸前、その形を失い霧散した。

「な!」

 男は驚き、反射的に杖を構えた。

「無駄じゃよ」

 飄々とした声色には敵意がない。そもそもその男を相手にしていない。

 老人は男が杖を構え直している隙で間合いを詰め、何やら言葉を紡いだ。

 それは人間でも神の言葉でもなかった。

「しばらく眠っておれ」

 老人の手が男の体に触れると男はばったりと倒れた。

「さて──ここから先は本気を出さんと。何せ多勢に無勢じゃからのう」

 老人はその言葉とは裏腹にニカッと笑った。

「おっと、その前に」

 老人は笑いを引っ込めた。

「倅に一言伝えておかんとな」

 そう言って空を仰ぎ見た。雲ひとつない晴天だった。


 ルーデシアスは頭に鈍い痛みを感じた。

「何だ?」

 今日も玉座に座り、せっせと決済を進めていた最中だった。

「陛下、どうなさいました?」

「いや……なんだろうか? 頭が」

 痛い。ルーデシアスがそう口に出そうとした寸前、眼前に人影が現れた。

「……親父殿……?」

「陛下? どうされたのですか?」

 どうやら側近達には見えていないようだ。

「いや……お前達、ちょっと外してくれ」

「は……?」

「どうも疲れが溜まっているようだ。少々休憩したい。しばらく一人にしてくれないか?」

「はぁ」

 怪訝そうな側近達だが、国王の体調は最優先だ。そそくさと玉座の間を後にした。

 人の気配がなくなったのを確認し、ルーデシアスは実父ラルバルド前王の幻影に語りかけた。

「──で、親父殿。これは何の真似です?」

『あまり驚かんの?』

「……何を期待しておられたのか分かりませんが……」

『お前は子供の頃からそうじゃった。くそ真面目な性格は王位に就いてからも変わらんか』

 リアンに大地の末裔(ランダリア・ルース)は暢気だと言われ、その父親からはくそ真面目と言われる。ルーデシアスは「親父殿ほどではありませんよ」とため息交じりに応じた。

『わざわざ仕掛けておいた細工が無駄になってしもうた』

 ラルバルドは大げさに肩を竦めた。

「この椅子の事ですか?」

 ルーデシアスは椅子の肘当てを軽く叩いた。

「ここだけ材質が違う。この玉座の間でそんな事が出来るのはあなたくらいだ。まぁ、何を仕掛けていたのかはさっきまで分かりませんでしたがね」

『やれやれ。側近共の目を盗みコツコツと作っておったのに……』

 そんな苦労や技術は王に要らない。

「それより親父殿。今どこに?」

『バルランド魔導師協会の目の前じゃ』

「は?」

 ルーデシアスは思わず聞き返した。

『どうじゃ、今度は驚いたじゃろう』

 ラルバルドはしてやったり、と笑みを浮かべた。

「……今までどこで何をやっているのかと思っていたら。何を考えておいでですか?」

『世界の安寧。それに必要な事は何かね?』

 ルーデシアスは即答した。

「犠牲、ですか」

『左様』

 ルーデシアスは目を閉じた。

「親父殿……」

『何も言うな。わしがこうしてお前と話している理由は、分かっておるだろう?』

 空間に投影されたラルバルドは、優しい笑みを浮かべた。

「僕はその事態を避けるため、他国との外交に力を入れてき。対抗勢力を支援するために西の大陸神(ウェイザー・ルーア)を欺しもした」

『ゴーレムの件があったからのう』

「……ご存じでしたか」

 ルーデシアスはため息をついた。

「あれで形が変わってしまった。あれは痛かった」

『わしにとっては僥倖ぎょうこうじゃった。おかげで奴の居場所を突き止められたしのう』

「……囲い込みは出来ていたんだ。もう協会はどの国も相手にしない。経済援助、軍事協力。各国との協定はもう出来ている。人間はもう神々の力を必要としていない。この世界から魔法がなくなるはずだったんだ」

『まぁ、世界の意思なのか、神の意志なのか……この世界に生まれた人間の宿命かも知れんのう』

「そんな暢気な」

『人間はな、ルー』

 ラルバルドは、我が子ルーデシアスに語りかける。

『出来る事は限られておる。時間もな。その中で必死に生きておる。わしはこの一〇年間それを見て来た。だが、神々はその枠には収まらん。そもそも相容れない存在なのだよ。だが、その力を借り、行使する人間が過ちを犯せば、それを止めるために魔法が使われる。堂々巡りなのだよこれは』

「僕が間違っていたと?」

『そうではない』

 ラルバルドは苦笑した。

『お前が間違っていると誰が決める? 神か? わしか?』

「……どちらでもない。決めるのは、きっと僕の後ろに続く誰かだ」

『そうだ。だからお前は自らが選んだ道を進めばよい。わしが決めたようにの』

「親父殿……」

『魔法を使う──それは神の力を借りる事だ。それは簡単な事ではない。だが難しい事でもない。だが、それを権力と勘違いしてはならん。かつての神々はそれを学んだが、人間はこれからそれを学ぶのだ』

 ラルバルドの言葉は、静かで明確な意思を持っていた。

「……行くのですか?」

『奴とは腐れ縁じゃしの。放っては置けん。ルーデシアス。わしは、お前に世界を託した。後は任せる。以上じゃ』

 ではな。ラルバルドの姿が消えた。

「……親父殿」

 ルーデシアスは目を閉じ独白した。

「世界の安寧。人間とはかくも業の深い生き物だ。犠牲なくして平和はない。おかしな話だ」


「アリシア……」

 キリアは伸ばした手を力なく降ろした。助けられなかった。自責の念がキリアを苛む。

 部屋の中は重苦しい空気で満たされた。

「私が……魅入られていた……?」

 キシミラが呟く。その声にはもはや力がない。

「私はただ、神々の遺産を研究するために……」

「違うな」

 ラーズは断言した。

「キシミラ。君は、当初は研究対象として『ガーゴイル』を見ていたのかも知れないが、ルーデシアスやギニアスからもたらされた情報を得て、徐々にその目的が変わっていった。この力を手に入れれば、小さな島の寄せ集めでしかない小国が軍事的に優位に立てる。大陸側と対等な立場になれる。『力』を欲してしまったのさ」

「ち、違う! 私はそんな事は」

「望んでいない? それならなぜキリアを僕達から引き離した? なぜ強制的に『ガーゴイル』を覚醒させようとした? 説明出来るかい?」

 ラーズは淡々とキシミラを追い詰めた。

「リアン。『ガーゴイル』は僕が責任を持って封じる。覚醒前だから、海の底にでも沈めれば人間は手を出せない。それから、キシミラを責めないで欲しい。僕達が学んだ過ちを今キシミラは学んだんだ。これを繰り返しちゃダメだ」

「……ラーズの言い分は分かる。分かるけど」

 リアンはうつろな目でラーズを見た。

「アリシアが……アリシアは戻ってこない」

「ああ。でもアリシアはゴーレムだ。いずれは決別する時が来たと思う」

「……」

 この時。リアンとラーズは、妙な力の流れを感じた。アリシア亡き今、自分達以外『力』を制御する存在はいない。いや——。

「……そんなのいやだ。アリシアを」

 いた。キリアだ。

「──アリシアを返せ!」

 キリアの双眸そうぼうが底光りした。

「キリア! 止めなさい!」

 リアンが叫ぶ。だがキリアにはその声は届かない。

 神の力を授かりし者(ドルニ・ルーナリア)であるキリアは感情に身を委ね、周囲の『力』を吸収し始めた。光の束が部屋の中を舞う。──暴走だ。

「ダメだ! キリア! 『ガーゴイル』が目覚める!」

 ラーズが叫ぶ。だがキリアの暴走は止まらない。その『力』に呼応するかのように『ガーゴイル』の額の水晶コアクリスタルが怪しい輝きを宿した。

「ダメだ、目覚める!」

「キリア!」

 リアンの悲痛な叫びと『ガーゴイル』の咆哮が重なった。


「ダリダングルよ」

 ラルバルドは協会の奥の大広間にいた。途中、立ちふさがる何人もの魔導師を蹴散らし、吹き飛ばし、重厚な扉を蹴破って。

「……久しいな、ラルバルドよ」

 ダリダングルは背を向けたまま、かつての『旧友』を呼んだ。

「……島の神(シーナリー)のゴーレムが目覚めた」

「分かっておる。わしも感じた」

「ならば分かるだろう? ゴーレムは、かつての神々が創り出した兵器だ。それに対抗するには神かゴーレムのどちらかが必要になる事を」

「負の連鎖と知っての事か?」

「我々にとっては違うな」

「我が物にしようとするのが愚の骨頂ぞ?」

 ふん、とダリダングルは鼻を鳴らした。

「そもそもテューアの王が独占しようとしているのが悪いのだ。貴様の息子は過ちを犯したのだよ」

「それは違う。アレは最善の道を選択したのじゃ」

「そうかな?」

 ダリダングルはラルバルドに向き直った。

「今」

 ダリダングルは杖を掲げた。宙に地図が浮かび上がった。地図には三つ、赤い点が明滅していた。

「ゴーレムと思しき物体が三つこの世界に存在する」

「三つじゃと?」

「そうだ。テューア王国が保有し我が同胞が調査に向かっているモノ。エキシミューラで発掘されたモノ。そして——」

「まさか……ここか!」

「そのまさかよ。私が何も考えずこのような僻地へきちに拠点を築くものか。この地下深くにゴーレムが眠っている」

「……わしがお前を追っていたのは正解じゃったようだの」

「追っていた? くく、どこまでもおめでたいヤツだな貴様は」

「……何を言っている?」

「あの『力』。神をも倒す『力』。アレは、我らにとって大いなる味方になるだろう」

「……『力』に魅入られたか、ダリダングルよ」

「魅入られた? そうではない。アレは抑止力なのだ。互いの均衡を保つ、いわば保険だよ」

「詭弁じゃな」

 ラルバルドはダリダングルの言葉を切って捨てた。

「制御方法も分からぬ代物をもって何が抑止力じゃ。均衡とやらが聞いて呆れるわい」

「我らが何もせず、ソレをただ見ていたと思うか?」

 ダリダングルは愉快そうに、ラルバルドを見下した。

「我らが保有するゴーレムには水晶コアクリスタルがついていない」

 ラルバルドは絶句した。コアクリスタルがない。リミッターがない。それはアリシアと違い、完全体のゴーレムと言う事だ。

「……お主、この世界を再び混沌におとしめる気か」

「ラルバルド、耄碌もうろくしたな。言っただろう? これは抑止力なのだと。我ら魔導師協会がこの世界に存在する上で欠かせない、言わば外交手段なのだよ」

「……外交じゃと? 軍事力にものを言わせて従わせるなど、人間同士の外交ではない」

「我らは魔導師だ。そもそも世界に散らばる人間とは違う。神の力を行使する、選ばれた人種だ」

「思いあがりも大概にせい。この世界に魔法なぞ不要じゃ」

「今まで頼っておいて、いざとなれば切り捨てる。それが人間か。思い上がっているのはそちらではないのか?」

「時代が変わったのじゃ。人間は変わる。魔法などに頼らずとも生きていける。今の世はそう言う世界じゃ」

「そのような理屈、通ると思うか? ここがどこか分かって言っているのか?」

「無論じゃ。わしが来た理由、分かっておるだろう?」

「……交渉は決裂したようだな」

「そもそも譲る気はない。お主もそうじゃろうて」

 ラルバルドは呵々《かか》と笑った。


「キリアっ!」

 リアンの声は届かない。キリアを止められない。かつて自分が与えた『力』でキリアが自我を失い、それに呼応するように『ガーゴイル』が目覚めようとしている。

 アリシアも失った。

 そもそも自分は何者なのか。

 そこにいて全てを知り、何も出来ない神様。何も生まず、消す事も消える事も出来ない。

「マズいね。『ガーゴイル』が目覚めたら、それを抑える手段がない」

「……私に出来る事は?」

「ないね。リアンはここではまともに『力』が使えないし」

 ラーズは努めて明るい口調で話すが、事態は切実だった。

「キシミラ」

 ラーズは、部屋の隅で頭を抱えしゃがみ込んでいるキシミラに声をかけた。

「……私は何もしていない。一体何がどうなったのだ……」

「キシミラっ!」

 ラーズはキシミラを無理矢理立たせ、頬を張った。

「……!」

「お前は誰だ?」

「わ、私は、エキシミューラの女王、キシミラ……」

「そうだ。それならすべき事を成せ。『力』に魅入られ、目的を忘れ、欲望に負けたのは、かつての神もそうだった。今ならまだ間に合う。学び、活かすのだ。女王キシミラ」

 キシミラの目に光が戻った。

「は……誰か来い!」

 キシミラの声に、文官、武官問わず、一斉に集結した。

「キシミラ様! こ、これは何があったのです!」

「話は後だ。今は時間が惜しい。避難誘導の手配をしろ。ありったけの船をかき集める」

「は」

 キシミラの信頼のなせる業か。余計な質問をしない。ただ命に迅速に従う。

「とりあえずこの国は大丈夫だ。それよりキリアと『ガーゴイル』をどうにかしないと」

 ラーズは、的確に指示を出すキシミラを見ながらそう言った。

「そうね……でも……」

 リアンもラーズも、この場を収める手段がない。仮に神の御技(レイ・ルアナス)を行使しても『ガーゴイル』だけを封じられるとは限らない。キリアを救う保証も確証もない。

「他の神々を起こしては?」

 キシミラが根幹を突いた疑問を口にした。

「それは出来ない」ラーズは即答した。

「なぜです? ゴーレムは、かつての神々が創り出したモノ。それらを相手に出来るのは神々しかいないのでは?」

「かつての神々を起こすと言う事は、この世界に再び破壊と混沌をもたらすと言う事だ。かつての自らの行為から何かを得た神はいない。世界は再び神々の闘いの場になる」

「そんな……ではラーズとリアン殿は、なぜ……」

「僕らはちょっと違っててね。かつて神々の行いを償うため、未来永劫この世界を見守るためだけに存在を許されたのさ」

「『誰に』ですか?」

「『人間に』だよ」

 ラーズは、淡々とその答えを口にした。


 キリアは光の中にいた。リアンの声が聞こえたような気がしたが、そんな事は些細な事だ。自分はアリシアを失った。自分の半身を失った。平和の中にいた自分が、別な世界に放り出された。キリアを支配しているのは凶暴な感情だ。

 ──アリシアを奪ったのは誰だ。

 アリシアは自らの意思でその存在を消し去った。皆を守るため。世界を守るために。

 それなら。

 ──奪ったのはこの世界か!

 キリアはその意識を世界に向けた。目の前に自分と同じ『力』を持つ存在を感じた。

 ──こいつか!

 破壊してやる。粉々にしてやる。無に帰してやる。キリアは『ガーゴイル』に意識を向けた。それに呼応するかのように、『ガーゴイル』の目に凶暴な光が宿った。畳まれていた翼が展開され、咆哮する。『ガーゴイル』が覚醒したのだ。

 そして『破壊対象』である、キリアを威嚇する。鋭い目がキリアに向けられる。鋭い爪を持つ手がキリアに向けられる。

 ──消えろ!

 キリアは念じた。それだけで『ガーゴイル』の半身が吹き飛んだ。耳障りな断末魔がし、次いで、吹き飛ばした半身が即時に再生した。

 ──うをおおおおっ!

 キリアは何度も何度も『ガーゴイル』の消滅を念じた。だが『ガーゴイル』は体が削られる度に再生する。

 ──俺に『力』を! もっと『力』を!

 キリアは吠えた。世界よ! 俺に力を! もっと力を寄越せ!


10

「リアン! キリアを今すぐ殺せ!」

 ラーズが荒れ狂う光の渦の中、リアンに呼びかけた。

「危険だ! キリアは、世界中の力を強引に奪う気だ。世界が悲鳴を上げてる!」

 キリアを殺す。リアンの思考が止まった。

 キリアヲコロス。キリアヲコロス? ワタシガ?

「いやだ!」

「君が出来ないなら、僕がやる! それでもいいのか!」

「ダメだ!」

「じゃ、どうやって鎮めるんだよ!」

「わ、私が封じる!」

「それこそダメだ。それじゃ君はここに縛り付けられる。僕達の役割はどうなる?」

「そんなの知るか! 私は役割なんでどうもいい!」

 リアンの目が朱く輝き出した。

「……くそ、厄介な!」

 どうにかしないと。リアンが暴走したらラーズも飲み込まれる。世界の暴走を止めるモノがいなくなる。

「私に考えがあります」

「おわっ」

 ラーズは思わず仰け反った。ギニアスが突然現れたからだ。

「……何の用だ。僕は今忙しい」

 ラーズは不機嫌を隠さない。事態は切羽詰まっていた。ここでギニアスの戯れ言など聞く気もなかった。

「キリアを鎮める方法、私に考えがあります」

「──何?」

 ラーズは耳を疑った。

「今、お前何て言った?」

「私が命を賭してキリアを鎮めます。今それが出来るのは、私とあなた方だけだ。違いますか?」

「……お前、何を考えている?」

「キリアの暴走のきっかけは、アリシアの消滅です。ならばアリシアが再生されれば、キリアが自我を取り戻す可能性がある。かつてリアン殿がアリシアを象ったように。今度は私の命を使って」

「ギニアス……お前……自分が何を言っているのか分かってるのか?」

「分かっています」

 ギニアスは決然と言い切った。

「その後はお任せします。この世界を再び混沌に堕とす事だけは避けなくては」

 ラーズはギニアスを見た。その目はいつものグダグダなギニアスの目ではなかった。死を超越した強い意志。今のギニアスにはそれが宿っていた。

「……いいんだな?」

「……アリシアを、ゴーレムを見た時からずっと考えていました。こんな『力』がこの世界に必要なのか。破壊しかもたらさない『力』に何の価値があるのか。キシミラ様もその『力』に魅入られ、目的を見失った。これは呪いではないのですか。それに魅入られ、飲み込まれ、人間の在り様を変えてしまう。この世界は人間の世界です。かつての神々の世界ではない」

 ラーズはギニアスの覚悟を受け止めた。それを背負う覚悟も。

「……分かった」

 ラーズはリアンに向き直った。

「リアン、力を貸せ! アリシアを復活させる!」

「何を言っている! アリシアは、アリシアは自らの意思で……」

「世界に満ちている『力』は常に一定だ。増えもしなければ減りもしない。それならアリシアはどこに消えた? 忘れたのか? 西の大陸神(ウェイザー・ルーア)!」

「!」

 リアンは息を飲んだ。

「そうだ。形だけの問題なんだ。そしてアリシアを象る情報は僕達が持っている」

「で、でも代償が」

 世界で何かを成すのなら、何かを犠牲にしなくてならない。そうでなくては世界の安定は保てない。アリシアをもう一度象るにはそれ相応の『力』が必要だった。

「その代償、私の命をお使い下さい」

 ギニアスが割って入った。

「ギニアス? なんであんたがここにいる?」

 リアンの声が裏返った。

「今は時間がありません。リアン殿、今必要なのは『代償』です」

 リアンは一瞬だけギニアスを見た。目が合い、そこからギニアスの意思を感じ取った。

「どうか混沌から世界を救って頂きたい。西の大陸神(ウェイザー・ルーア)殿。群島の神(エイラーズ・ルーア)殿。我らの神よ」

 我らの神よ。その言葉でリアンは自らの存在意義を取り戻した。何もせず、何も与えず何も生まない。そこにいて全てを知り、何もしない。未来永劫それが続く。それは逆に世界のバランスを保つ事に他ならない。

 リアンは言った。

「……分かった。ギニアス。お前の命我々が譲り受ける」

 そしてラーズが続けた。

「その尊き命をもってこの世界を救おう」

 リアンとラーズは、天に両手をかざした。

 刹那。

 空間に無数の光が生じた。その光は人の形を成し、徐々にその存在を確かなものにしていく。

 それはアリシア。

 アリシアが、再びこの世界にその姿を取り戻した。

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