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第一〇話 アリシアの決断 〜前編〜

「ようこそ、エキシミューラへ」

 出迎えたのは、群島一帯を守護する群島の神(エイラーズ・ルーア)──ラーズ本人だった。

「これはこれは。群島の神(エイラーズ・ルーア)御自らお出迎えとはねー」

「僕じゃ不足かな?」

「いえいえ。光栄ですわよ」

 船の上ではギニアスがぐったりと横たわっていた。島国出身のくせに船酔いしたのだ。

「ぐえー」

 情けない声を出しつつ「せっかくゴーレムを手土産に魔導師協会に取り入ろうとしたのに……」と文句だけは忘れていない。それを見たキリアは、根性の使い所が違うよなー、とため息交じりに呟いた。

「で、これがルーデシアスから」

 リアンの手からラーズへ、ルーデシアスの親書が渡された。

「これは国王宛だね。僕が見るわけにはいかないな」

「ま、そこは頼むわ」

 ラーズはやれやれと肩を竦めた。

「神様を使いっ走り扱いとはね……。コレがもうちょい使い物になれば……」

 ラーズはギニアスを睨み付け、ため息をついた。

「その気持ちは分かるわ」

 リアンもため息をついた。

「それよりまず宿でしょ」

 キリアが勢いよく船から桟橋に飛び降りた。

「それとご飯。もう保存食なんて見るのも嫌だ」

 テューア王国からエキシミューラまでの船旅は約一週間。その間ギニアスは船酔いに苛まれ、キリアは干し肉と固いパンだけの生活に飽きていた。

「私も一休みしたい」

 アリシアがぼそっと呟いた。それを見たラーズは、おや? と言った顔をした。

「リアン、ちょっと……」

 小声で話しかける。

「何よ」

「ゴーレムに感情なんてあったっけ?」

「設計上はないはず。でもこの子は違うみたい。私の神の御技(レイ・ルアナス)のせいか、使ったキリアの命のせいなのか分からないけど」

「初期型だからかな?」

「さぁ……機能面の話になると、もう誰にも分からないわね」

「リアン! 早くしなよ! 日が暮れちゃうよ」

 キリアが両手に大荷物を抱え、船を見上げていた。

「まぁ、詳しい話は後ね。とにかくあの欠食児童を黙らせないと」

「んー、了解」

 一行は船から降り、宿へと向かった。ギニアスを引きずりながら。


「ゴーレム? そんなモノは知らん」

「嘘を付け。我々が感知・解析した情報では、この地でゴーレムが目覚めた。それに見ろ」

 黒いローブを纏った男が地図を広げ、村長の家の周囲を示した。

「地力がこの一帯だけ極端に低下している。これをどう説明するのだ?」

「しがない農民に地力がどうとか言われてものう」

 村長はしらばっくれた。

「ええい、お前では話にならん。西の大陸神(ウェイザー・ルーア)はどこだ?」

西の大陸神(ウェイザー・ルーア)とな? そんな太古の神の名前を出した所で、そんな者はおらんよ」

「では、リアンと言う魔女がいるはずだ。ソイツはどうした?」

「リアン……さて、アレも気まぐれだからのう……いるのやらいないのやら」

「どっちなのだっ! さっさと答えないと、タダで済むと思うな!」

 黒ローブの男は凄んで見せたが村長は余裕だった。

 なぜなら。

 黒ローブの男と村長の間は結界で隔てられている。村人は行き来出来るが、他の人間は入る事が出来ない。リアンが結界を強化したからだ。

「この忌々しい結界が何よりの証拠だ。いいか? 二度は言わん。リアンを出せ!」

「これでもわしは忙しいのだ。そんな無理を言われても困る。出直しては貰えまいか?」

「ぐぬぬぬぬ……」

 黒ローブの男は歯噛みして村長を睨み付けた。

「どうするね? お前さん、そこでずっと誰かを待っている程暇なのかね?」

「……お前達の意思、そのまま魔導師長に伝える。いいか? この大陸全土の魔導師を束ねるお方だぞ? その魔導師長の怒りを買うのだぞ?」

「魔導師なぞ野良仕事も出来まい。お主らが食べているパンはどこで作っているのかね? 魔法かね?」

 それが決定打だった。黒ローブの男は怒りに我を忘れぶち切れた。

「ぬがあああっ! 分かったっ! まずお前から血祭りに上げてやるっ! そこを動くなっ!」

 言うが早いか両手で複雑な印を結び魔力を増幅、解き放った。

大地の大つぶてよ(ランダーザイ・ギムナ)! そこな人間を打ち砕けっ!」

 黒ローブの男の周囲の、大小様々岩が宙に浮き上がり、勢いよく村長に襲いかかった。だがそれらはリアンの結界にことごとく弾かれ、その中の一際大きな岩が黒ローブの男の頭を直撃した。男はその場にばったりと後ろに倒れた。

「……どうして魔導師と言うのはすぐにキレるのか。そう言う人間しかなれんのかね」

 村長は、深く、深くため息をついた。


「何? 返り討ちにあっただと?」

 ダリダングルは椅子に座ったまま、報告に来た男を睨みつけた。よもや農民風情に『返り討ち』されると思っていなかったからだ。

 さらに悪い事に、よほど慌てたのか、その男は『黒いローブ』を纏っていなかった。

「お前、ローブはどうした?」

「は」

「ここがどこだか分かっているだろう?」

「は」

「なら規則は守らねばならん。すぐにローブを、と言いたい所だがまずは報告を聞こう。──で、その後はどうした?」

「は。当たり所が悪かったらしく、未だ意識不明の重体です」

「……つまり、詳細は不明と言う事か?」

「は」

「相手も分からんのか?」

「は」

「つまり──」

「は」

「『は』、はよい」

「は。申し訳ありません」

「つまりだ」

「は」

「リアンも西の大陸神(ウェイザー・ルーア)もゴーレムの情報も何もなく、ただ『返り討ち』とやらに遭い、おめおめと死に体を引きずって戻って来た、そう言う事か?」

「は」

「もうよい。下がれ」

「は」

 ローブを纏い忘れた男は、そそくさとその場を後にした。

「一体何があったと言うのだ……あの村は農民しかおらんはずだ。魔法の魔の字も知らん連中に、我が同志を打ち倒す等出来るわけがない。やはりリアンか」

 ダリダングルは立ち上がった。

「イーギル!」

「は、ここに」

 イーギルと呼ばれた、これまた黒いローブを身に纏った男が進み出た。

「やはりリアン相手では、生半可な魔導師では歯が立たんようだ」

「そのようですな」

「ゴーレムの技術を手中に出来れば、我が協会の各国に対する影響力が高まるのは必至。神に等しい力を手に入れるも同然。今までは裏でしか存在出来なかった我らが、悲願でもある表舞台に顔を出す最大の機会だ。失敗は許されぬ」

「心得ております」

「では行け」

「は」

 言うが早いかイーギルは音もなく姿を消した。ダリダングルは、満足そうに椅子に座り直した。

「くくく、今度はそう簡単にはいかんぞ、リアンよ」

 くく、くくくく。

 不気味な笑い声がバルランド魔導師協会の大広間に響き渡った。


「ねー、ご飯まだー?」

 リアンは寝室でゴネていた。

「お腹が空くとろくな事考えないんだけど!」

「まぁ落ち着きなよ」

 なぜか同室にいるラーズが、のんびりとリアンをたしなめた。

「ゴネたってご飯が出て来るわけじゃないしね」

「あんたはいつものんびりしているわね」

「そう?」

「そう!」

 エキシミューラ国王の計らいなのか、寝室が三つもある豪華な部屋に通されご満悦だったのはつい先程まで。かつての神は、今やお腹の空いただだっ子と化していた。

「キリアもさっきまで大騒ぎしてたじゃない」

「は? 俺?」

 キリアはいきなり話を振られた。

「俺はそうだなぁ、さっきまでは」

「何よ、今はお腹いっぱいなの?」

「いやいやいや、そう言う事じゃなくて。何か落ち着いたみたいだな」

「何て便利なお腹なの!」

 リアンは柳眉を逆立てた。

「リアン、ちょっと落ち着こうよ」

 ラーズが再び宥めようとした。ところが。

「私もお腹が空いた」

 アリシアが呟くように言った。そう聞いた途端。

「おっと、もうこんな時間。俺、ちょっと厨房行って聞いて来る!」

 キリアは言うが早いか残像を残して姿を消した。

「能力の無駄遣いだなー」とラーズがボヤいた。

「アイツ、アリシアが絡むとちょっと変になるよなー」

 ボヤくついでに、ラーズがおかしな感想を述べた。

「しかし『ゴーレム』がお腹が空く? 変な話だよなぁ。なぁリアン」

「ん? 何?」

 リアンはラーズの話を聞いていなかったようだ。

「リアンも変になるのか? 何でだろうな。アリシア、分かるかい?」

 どうにも腑に落ちないラーズは、アリシアに疑問の解消を委ねた。

「私には分からない」

「そりゃそうだ」

 ラーズの頭の中ではアリシアは『ゴーレム』、つまり殺戮兵器だ。対象物を破壊する以外の行動など想像も出来ない。

「まぁいいや」

 ラーズは無駄に広い寝室で、のんびりと晩ご飯を待つ事にした。

「でも気になるなぁ」

 独り言のつもりだったがリアンが反応した。

「何がよ」

「親書さ。あの封印、リアンも僕も解けなかった。神が触れない人間の念が込められた封だった」

「そうね」

「元より『かつての神々』が干渉する余地なんてないんだけどさ。でもこの顔ぶれと、神にも解けない封がしてある親書。何か嫌な感じがしない?」

「うーん。あのルーデシアスがそこまで手の込んだ策を練るとは思えないけど……」

「そうだよなぁ」

 二人の神様は、この件に関しては同意見だった。


 ルーデシアスは玉座の間で盛大にくしゃみをした。しかも二回。

「何だ? 最近冷えて来たからなぁ」

 ぐすっと鼻をすすりつつ、決裁書類を処理する手は止めない。テューア王国の文官達も優秀だが、ルーデシアスの処理速度にはとても追いつかない。即断即決でバリバリ処理を進める。おかげで予算に関する事案が滞った事はない。

「陛下、あまりご無理をされては体に毒です。本日はこの辺に致しましょう」

 側近達が心配そうにそう言うと、ルーデシアスは「そうだな。今日は切り上げるか」と素直に応じた。それを聞いた側近達は一様に首を傾げた。いつもなら、積んである書類が終わるまで手を休める事のない主が途中で切り上げると言う。

 今まで仕えて来たが初めての事だった。

「ん? どうしたお前達。私の顔に何か着いているのか?」

「は! いえ、そのような事では……」

「? まぁいい。今日はここまでだ。たまにはいいだろう?」

「陛下、どこかお加減でも……?」

「なぜだ?」

「いえ……畏まりました。それでは本日はこの辺で」

「ああ、そうしてくれ」

 ルーデシアスは夕日の差し込む窓辺を見た。

「……世界はこんなにも綺麗なのにな」

「は?」

「いや、何でもない。皆下がっていいぞ」

「陛下は?」

「私はしばらくここにいる。たまには夕日を眺めるのも悪くない」

「……畏まりました」

 側近達は怪訝そうな顔で、それぞれ玉座を後にした。

 玉座にはルーデシアス一人。徐々に夕日が陰り、闇に包まれつつあった。

「……話は進んでいるか?」

 ルーデシアスが闇に向かって声をかけた。誰もいるはずのない闇から返事があった。

『滞りなく』

「そうか。協会の動きは?」

『例の村にちょっかいを出しているようです。ですが……』

「リアンの結界に阻まれたか」

『左様にございます』

 ルーデシアスは立ち上がり、指を鳴らした。途端、闇に包まれた玉座の間に明かりが灯った。

「しばらくは時間が稼げるな。その間に『人間同士』の話を進めよう。返事は来ているな?」

 明かりが届かない場所——柱の陰から丸められた紙が差し出された。ルーデシアスが静かに歩み寄り紙を受け取ると、その気配が消えた。

「これで形にはなったか。リアンにはもうしばらく騙されていてもらうか」


「村長、何なんですかあの連中は?」

 村長宅は村人でごった返していた。あふれた村人は窓と言う窓から顔を出し、家全体に村人が寄りかかり、今にも家が押し倒されそうな嫌な音を立てていた。

 既に夜の帳が降り、状況を説明しようにも村の広場は使えない。やむなく村長は自宅で説明をする事にしたのだ。

「あまり押さんでくれ。家が潰れるではないか」

「そんときゃ俺が直してやるよ」と大工の心得があるグレンが請け合った。

「村長。あの変な連中のせいで、ウチの子が怖がって家から出たくないって言うんだよ。何とかしておくれよ」

 ウルの母親、イリア・ガーデリックが叫ぶように文句を言った。

「分かっておる。ちょっと待ちなさい。順を追って説明する」

 村長はひとつ咳払いをした。

「まず、あの連中はこの村に入ることは出来ん。それは約束する」

「だからって、入れ替わり立ち替わり変な男がやってきては帰っていく。不気味でしょうがない」

「どうせ『あの』リアンが絡んでんだろう? それと新しく来た娘っ子。その連中はどこに行った?」

「今は言えん。ただ、ここにはおらん」

「逃げたのか?」

「そうではない」

「村長!」

 一際大きな声でグレンが怒鳴った。

「あんた、一体何を隠している?」

「隠してなどおらん。これから説明すると言っているのだ!」

 村長は大きく息を吸った。

「いいか、あの変な連中はリアン達を狙って来ておる。それを見越したリアンは結界を強化し、この村から離れた。我々に被害が及ばぬようにな」

 確かに被害は出ていない。ただ変な男がやってきては帰っていくだけだ。被害はないが不気味だった。

「それで解決するのか? あの変な連中がやって来るようになってもう一週間だ。いい加減うんざりだ。なぁ?」

 そうだそうだ、とグレンの言葉に賛同する声があがった。

「それにだ。村長。俺の拙い知識だと、あの男達は魔導師協会の連中だろう? 結界なんてすぐに破っちまうんじゃないのか?」

「万が一結界が破られたら。その時は」

 村長は脇に立て掛けてあった鍬を握り、ドンと床に突き立てた。

「徹底抗戦するまでだ」

 一瞬の間があった。

「村長」

「なんだね、グレン」

「なんで俺たちが闘わないといけないんだ?」

 再びそうだそうだ、とグレンに賛同する声があがった。しかし村長は臆さなかった。

「アリシア。あの娘を覚えておるかね?」

 村長の言葉は、グレンだけではなく村人全員に向けられた。

「あの娘が魔導師協会に狙われている。もしそうならお前達はどうする? 黙って差し出すかね?」

 その場にいた村人全員が押し黙った。急に村にやって来た、どこか不器用そうな白い髪の娘。

 リアンの関係者には違いないが、どこか近付きがたいリアンと違い素直で木訥ぼくとつな印象を持つ少女。

「グレン、お前さんは井戸を掘り当ててもらっただろう?」

「あ、ああ、それはそうだが……」

「イリア。ウルも懐いていただろう?」

 ウルはリアンの教え子だが、人見知りが激しい。そのウルが一目会うなりアリシアと話し込んでいるのを見ていたイリア・ガーデリックは、「え……そ、そうね」と歯切れ悪く答えた。

「皆もあの娘を黙って協会に差し出す。それに賛成かね?」

 誰も答えない。

 答えられない。

「わしは反対だ。あの娘は多少不器用だが、リアンと違って素直ないい娘だ。わしは協会があの娘を狙ってこの村を襲うつもりなら受けて立つ。そのつもりだ」

 村長の前に突き立てられたくわが黒光りした。

「……ここしばらく暴れてないからな。ちょうど体が鈍っていた所だ。村長、俺も乗った!」

 グレンは村の若者の中でも常に中心にいる。何かトラブルが起きたら真っ先に駆けつけ、持ち前の気っぷのよさで丸く収めてしまう。

 そのグレンが村長の意見に賛同した事で、雰囲気が一変した。

「オラの鍬はどごさしまったがな」「鍬でなくてもいいだろう。鎌でも金槌でもあるだろうが」「俺の家には槍があったな」

 村人たちは闘いに備え、手持ちの武器になりそうな得物を口に出した。それを見た村長は満足そうな顔で立ち上がり、村人を見回した。

「では女子供は食料の備蓄を。男衆は闘いの準備を。それでいいな」

 応!

 満場一致で村と魔導師協会の闘いが採決された。


「あー美味しかった」

 リアンが満足そうな表情でベッドに倒れ込んだ。もうお腹いっぱい。幸せいっぱい。そんな表情だった。

「あんなに食わなくてもいいだろうに」

 ラーズは呆れ顔だ。

 夕食は魚をメインに、島の特産物が並べられた豪華なものだった。大陸では魚と言えば干物になってしまうので、新鮮な魚料理を食べる機会は少ない。リアンはここぞとばかりにバクバク食べまくった。キリアも同様だった。

「そうは言うけどさ、ラーズ。目の前に一匹丸々焼き魚があるんだぜ? それを食わなきゃ男が廃るって」

 そんな事で廃るのか大陸の男は。ラーズはそう思ったが口には出さず、目だけでアリシアを追った。

「美味しかった」

 誰に言うとでもなく、そう呟くアリシア。

 ──うーん。

 ラーズは、ゴーレムの設計に関わったわけではないが、リアンよりは知識を持っていた。

 島の神(シーナリー)側のゴーレムは、大陸のそれとは大きく設計思想が異なる。大陸神(ランダリー)のゴーレムは大地より力を吸い上げ、大地を荒らす。

 だがこちらは違う。

 力の源となる大地はわずかしかない。

 より効率よく力を得、地の利を生かした攻撃力を有しなければならない。

 島や海上での争いで求められたのは、破壊力や防御力ではなく機動力だった。

 空中、水中を自在に行動出来る、神にも劣らない力。

 それが島の神(シーナリー)側のゴーレムだ。

 それらに意思はなく、制御者の命に従い対象を破壊する。

 それがラーズが持っているゴーレムについての認識だ。

 しかし。

 アリシアは明らかにソレとは違う。意思を持ち、まるで人間のように振る舞う。いくらリアンの神の御技(レイ・ルアナス)とキリアの命を譲り受けて人を象ったとは言え、それは仮の姿だ。

 ──初期型って言っても、こうまで振る舞いが違うのもなー。

 ラーズはアリシアをじっと見つめ、そして考えるのを放棄した。

 ──まぁ、分からないモンはどうしようもないな。

 と。

 開けっ放しになっていた窓から、白いフクロウが一羽舞い込んで来た。

「なんだぁ?」

 キリアが身構え、リアンが跳ね起きた。白フクロウは部屋を一周した後、ラーズの肩に留まった。

「ふーん」

 ラーズはフクロウを一瞥し、足に括り付けられていた『手紙』を抜き取った。

「お呼びがかかったようだよ」

「誰に?」

 リアンが問う。

「ここの王様」

「こんな時間に?」

 リアンはベッドから降り、ラーズから『手紙』を受け取った。みるみるリアンの顔が鬼の形相に取って代わった。

「ルーデシアスめぇ、騙したな!」

「何なに? 何が書いてあるんだ?」

 今度はキリアが『手紙』を見た。そして激高した。

「……アリシアを差し出す代わりに神々の時代への回帰ルーナリアン・エラ・デューラが協力するだとぉ!」

「ちゃんと続きを読みなよ」

「何をのんびり構えてんだよ!」

「つきましては、これより『アリシア』なるゴーレムを連れ、王宮へ来いとある。怒り狂うのはそれからでいいんじゃない?」

「ラーズ、お前知ってたのか?」

「いや──あの親書は、人間の念で封印されていた。僕らにはその封を解けない。でもまぁ、ちょっと吃驚したよ。あのルーデシアスが君たちを切り捨てるとは思っていなかった」

「リアン、どうする?」

 怒りが収まらないキリアだが、ラーズの言う通りここで怒り狂っても何も解決しない。ここは言わば敵地も同然だ。大陸神であるリアンは、その力を発揮出来ない。つまりこの豪華な部屋は牢屋も同然だ。逃げる事は出来ない。

「……いいだろう。出向いてやる──神を呼びつけるその面、拝んでやる」

 そう言うリアンの目は朱く染まっていた。


 イーギルは村の結界の前にいた。

 杖の先の明かりが、イーギルの周囲だけ闇を切り取るように照らしていた。コンコンと杖の先で結界を叩くと、火花が散りそれが波紋が結界の表面を伝った。

「これがくだんの結界か? 随分古くさい細工だな。西の大陸神(ウェイザー・ルーア)の系統か?」

 リアンが聞いたら絞め殺されそうな台詞だった。

「確かに我々だけを排除するように書き込まれてあるな。だが──」

 イーギルはニタリと嗤った。

「これではどうかな?」

 イーギルは手を結界に当て、呟くように鋭く言葉を紡いだ。

 それは神の言葉ルアラニス・ダ・ワーズでも人間の言葉でもなかった。

 神の力を借りず、自らの力のみで発動する魔術。イーギルはその技術を確立させた魔導師協会屈指の実力者だった。

 イーギルの手から黒いシミのようなものがあふれ、リアンの結界を浸食していく。結界は対象となる物体なり現象を阻む壁だ。普通の人の目には見えない。だがイーギルにはその壁が『膜』のように見えている。その『膜』に人一人が通れる穴が開いたことも。

「ふん……かつての神の力など恐るるに足りん。今や人間の、我々魔導師の時代なのだ」

 イーギルは余裕たっぷりに村の中に足を踏み入れた。

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