7話
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ブモォオォォォォォ!!」
「ほらほら、逃げるだけじゃ倒せないよ。」
「ゴフゥ!」
「ギャー!こっちにもいたー!!!!」
…俺が今何をしているかと言うと、絶賛魔物と追いかけっこ中です。
何故こんなことになったかと言うと、話は一時間ほど前に遡る…。
次の日、再びログインした俺は早速ルーさんのところへ顔を出した。
「おはようございます、ルーさん。」
「おお、来たね。じゃあ早速で悪いんだけど、実は昨日調薬で使う材料を切らしてしまってね。すぐに必要な物だから今から材料を取りに行きたいんだが、一緒に行ってくれるかい?」
「もちろんいいですよ。場所はどこです?」
「町の東側の森だよ。歩いて三十分ぐらいさ。必要なものはこっちで準備してあるから、あんたさえよければすぐにでも出発しよう。」
俺も特に準備することはないのですぐに出発することとなった。
ちなみにアローの世界の時間は現実の時間の流れと同じになっている。
二人で雑談(主に武器屋のジョージさんの恥ずかしい話等)をしながらテクテクと歩き、東の森までやってきた。道中はルーさんの作った魔物除けのアイテムを使っていたので、何事も無く森まで到着。
さて、がんばるぞと一人意気込んでいると、隣でルーさんが別のアイテムを取り出した。
「ルーさん、それは何のアイテムですか?」
「ん?材料集めに必要なものだよ。」
そう言ってルーさんは不思議な形をしたビンの蓋を開けると、中から甘い香りが漂ってきた。
「さ、行くよ。」
アイテムの効果が気になったが、ルーさんに促され森の中へと入っていった。
「ルーさん、それなんだか甘い香りがしますけど、どんな効果の物なんですか?」
「これはさっきまで使ってた魔物除けと正反対の、魔物寄せの効果があるアイテムだよ。」
………え?
「しかもこれは特別製でね、特定の魔物のみ引き寄せることができるんだ。」
「あの、ルーさんルーさん、なんでわざわざ魔物を呼び寄せる必要が…?」
「ん?言ってなかったかな?今から集める材料は、全部魔物からしかとれないんだよ。1人で来ても良かったんだが、二人の方がたくさん持って帰れるしねぇ。…お、来たみたいだ。」
…普通”調薬の材料”を”森”に採りに行くって言ったら、薬草とかその辺だと思うんですが……あっ、こっちに近づいてきていたイノシシみたいなのと目が合った。
…じっと見つめあう俺とイノシシ(仮)。
あ、ちなみに見た目はイノシシだけどサイズは普通のイノシシの倍はある(普通のイノシシのサイズをよく知らないが多分それぐらい)。
「ゴフゥゥ!」
どうやらイノシシは俺の事を獲物だと判断したようで、声をあげながらこちらへ突進してきた。
「うぉっとぉ!!?」
すんでのところで横に転がりイノシシを避ける。
イノシシは俺の横を通り過ぎたのち、器用に方向転換し再び俺に向かって走り出す。
いやいやいや、イノシシにそんな器用さいらないし!!
そう思いながら俺はイノシシに背を向け走り出した。
「初戦闘がでかいイノシシと無理がありすぎるー!!!」
「ブモォゥゥ!」
「ギヤーーーーーッッッ」
…そうして冒頭の部分に戻るわけである。
二匹のイノシシと追いかけっこしている俺を、ルーさんが呆れたような顔で見る。
「やれやれ、なさけないねぇ。」
そう言ってルーさんはナイフを2本取り出し、俺を追い回している2匹のイノシシに向かって同時に投げつけた。
ナイフはそれぞれイノシシの頭に吸い込まれるように飛んでいき、そしてそこに何もなかったかのように貫通し、後ろの木に刺さって止まった。
「す、すげぇ…。」
ナイフが頭を貫通したイノシシはそのまま走り続け、木にぶつかり止まった。
あれは自分が殺された事すら気づいてない感じだな。
…イノシシの頭は簡単に貫通したのに、木は貫通しないんだな。まぁ、何かしらのアーツを使ったのかもしれないし、気にはすまい。
それにしても、ナイフの2本同時投げ、走るイノシシの頭をピンポイントで狙う正確さ、小さなナイフで一撃で倒せる力(伎?)、それらをさも当然のようにやって見せた余裕…、実はルーさんってものすごい人なのでは…?
まぁ何はともあれ、助かった…。
「まったく、あの程度で大騒ぎしてどうするんだい。」
ルーさんにそう言われるが、流石に平和な国でのほほんと暮らしてた自分にとっては無理がある。
ん?もしかしてルーさんがすごいんじゃなくて、俺が弱すぎるだけか?実はアローの住人は皆ルーさんみたいに戦える人ばかりなんだろうか…?
そんなことを考えている間にルーさんは、さっきのとは別のナイフを取り出しイノシシに突き刺した。
するとイノシシは光の粒となって溶けるように消えていき、後にはいくつかのアイテムが落ちていた。
「剥ぎ取りナイフ…。」
こっちの人たちも使えるのか…。
NPCがプレイヤーと同じように剥ぎ取りナイフを使うイメージが無かったから少し驚いてしまった。
「ん?どうしたんだい?」
俺が視線に気づいたルーさんが尋ねてきた。
「あ、いえ…。剥ぎ取りナイフを持っているのがアースの人間だけって勝手なイメージがあったんでちょっと驚いて…。」
「ああ、これかい?まぁできたのはつい最近だけどね。かくゆう私も開発に関わったわけだが。」
剥ぎ取りナイフってアローの人たちが作り上げたって設定なのか。
「今までは普通に皮を剥いだり血抜きをしたり結構大変でねぇ。時間がたてば血の臭いにつられて別の魔物が集まったりもするし、何より一人の時は作業中無防備になるからね。実は新米冒険者の死因は、剥ぎ取り作業中の事故がダントツで多かったんだよ。」
確かに慣れていなければ相当に時間がかかる。倒した魔物が大きければより時間もかかり危険も増すことになる。
「一応新米冒険者用の講習会なんてのも各町で行っちゃあいるが、最近の若いもんはおとなしく講習を受けたがらないのが多いみたいでね。どうしてもその事故の件数は減らせなかったのさ。そこで何とかならないかと各分野のプロが集まってね、試行錯誤を繰り返しようやく完成したのがこいつなんだ。」
そう言ってルーさんは手に持つ剥ぎ取りナイフを眺める。
「ま、話すと長くなるから止めとくが、こいつができたおかげで剥ぎ取りの手間がなくなり、その間の事故もぐっと減ったわけだ。」
なるほど、そんな背景があったんだな。
基本俺たちプレイヤーは、こちらの世界で言う『新米冒険者』だ。だからこそ初期の持ち物に剥ぎ取りナイフが入れてあるってことなんだろうな。
……このゲーム、細かい作りこみが半端ないな…。
何で最初から剥ぎ取りナイフを持っているかなんて普通の人は気にもしないと思うが…。
だが、せっかくだからそういった細かい背景を見ていくのも面白いかもしれない。それも一つの楽しみ方かもな。