7.ディオンの町
二人は森を抜け、見晴らしの良い平坦な道を歩いていた。
日はまだ顔を覗かせていないが、あたりはずいぶん明るくなってきている。
フレイはさっきから黒い金属をこねくり回していた。
それなりの重量。直線を基調とした鉄製の武器。何らかの武器。
機械と主張されたら、そんなもんかと納得してしまいそうな形と構造。
どうやって使うのか、解らない。折れ曲がった部分に、指をかける突起が付いている。
ビィーは、ここに指をかけていたようだ。
動くには動くが、何の動作も起こらない。
実際には、でかい豆がハデに爆ぜる音を立て、遠くの敵を薙ぎ倒していた。
鎧の一番分厚い部分に穴が開いていた。
ボウガンの類だと思われるが、肝心の矢が死体に残っていなかった。
人の手による殺傷武器で間違いないだろう。魔法の類は使われてなさそうだ。
「ん?」
匂いを嗅いでみる。
正体は分からない。だが、フレイが取り扱う「薬」と同類の匂いがした。
ビィーは何者だろうか?
それはどこから来たのか? どこの生まれなのだろうか? といった問いに繋がる。
ふう、とため息をついて、前を見る。
目的の町が見えてきた。あの町はゼクリオン前線基地を兼ねる町。その名もディオン。
たっぷりと兵士がいる。怪我をして、薬を使う兵士達が。
「よしよし」
フレイの顔に精気が宿る。
体に力が入る。
戦は終わっているだろう。怪我人は多い。しかし、薬は不足している。
薬を届けるライバル商人は、早くても今日の夜にならないと到着しない。
抜け駆け。独占。
このために雨が降る中、危険な夜の森を抜けてきたのだ。
ハイリスク、ハイリターン。
あの町で薬を高く売り、大もうけするのだ。……薬とは傷薬のことである。念のため。
「あまり速く歩かない方がよい。ロバの体力が保たぬ」
後ろからビィーが声をかけた。フレイは振り返った。
「兵站を運ぶ手段の喪失は、最大限の努力を払って避けねばならない」
ビィーにしては、珍しく長セリフだった。
やはり彼女は、戦関連の知識が豊富のようだ。
――すると、……どちらかの陣営に荷担していたことになるな。正規兵、いや、傭兵か?――
解らないことは聞いてみよう。
「ビィーはどこの陣営なんだい?」
「ベルファルト共和国」
「公共物国ってなんだ?」
「国民全体に所有されている国家の事。別の言い方をすると君主が存在しない国家の事だ」
「なるほど」
フレイは、この件を打ち切ることにした。
そんな国があるはずない。
おそらく、川で流されている最中、尖った岩の先っちょで頭を打ったのだろう。
その線で行こう。
フレイは利己的な作戦を立てていた。
「で、ビィーは今まで何をしてたんだい? あの町で働くとしたら何をしたい?」
彼女はしばらく遠い目をしていた。短い間だが、この無表情の顔から、ある程度の表情を読むことが出来るようになった。フレイは商人として一流なのだ。
ビィーは考えているのだ。
「何をしていたか……。いつもは命令を受け、それを実行してきた」
これは一つめの質問の答えだ。
「何をしたいのかだが、これと言って自主的な考えは無い」
二つめの答えらしい。
――ならば、話は簡単だ。ここは商人として――
フレイは商売用の笑みを顔に浮かべた。
「ならば私が仕事を斡旋してあげよう」
「恩に着る」
「恩に着てもらわなくてもいいが、ビィーが就職したら斡旋料が私に入ることになる。それを了承して欲しい」
「かまわない」
「よーし、話は決まった」
フレイは、馴れ馴れしくビーの肩に腕を回す。
うまい具合に、日が地平より顔を出した。
「じゃ、町に入ろう!」
そしてディオンの町。
「町に入るだけで、なぜ金を払う?」
ビィーが不思議そうな顔をしている。
「税だ。入町税。旅人は入町税を払うことで、町の中での安全を得ることができる。変なヤツらに殴られたり、金を盗まれたりしても、入町税さえ払っていれば町の警護の人たちが犯人を捜して捕まえてくれるんだ」
「なるほど。学習した」
すこし意味が違うのだが、おおむねの筋で理解した模様。
一般的なことだが、この世界の朝は早い。
町でも農村でも、日が昇れば活動開始。日が沈めば活動終了。
人工の明かりが無いことが主な原因である。獣脂や魚油、ましてや蜜蝋などの照明用燃料は高価であり、それなりの覚悟か経済力がないと使えない。
すでに町の広場では、露店が並んでいる。
朝ご飯を出す露店からは、温かそうな湯気が上がっている。
町が賑わおうとしている、アイドリング状態である。
「コアとゼクリオンはいい勝負すると踏んでいる。戦いも長引くはずだ。ゼクリオンに負傷兵は沢山出る。それを当て込んで傷薬と消毒薬を大量に買い込んだんだ。知り合いや薬屋ギルドにも、返しきれないほどの借金してね。これは富か没落かの賭だ!」
フレイの血圧上昇を観測。後、10の上昇で危険通告勧告。
背に担いでいる荷物から、ロバの背にわけられている荷物まで、全て傷薬関連。これが全て金に換わるのかと思うと、テンションも高くなろうというもの。
「薬は言い値で飛ぶ様に売れるぞ! 手に入れた資金で高価な薬を仕入れ、貴族や金持ちに売って、あとは雪だるま式。金があれば金儲けが楽になる! 大商人への第一歩を踏み出したのだ!」
それは夢。日の高いうちに見る夢は輝かしい。
話が途切れたので、ビィーはフレイの肩に手を置いた。さっきから気になっていたことを伝えようとしたかったのだ。
「フレイ。町に兵士の姿が見えないが、なぜだろう?」
美味しそうな匂いにつられ、左右の露店に目を奪われていたフレイであるが、不安な顔をして周囲を見渡している。
「ま、まだ早朝だし、寝てるんだろう。たぶん」
何となく自分に言い聞かせているような口ぶりだ。
「この世界では、そんなものなのか?」
ビィーは納得のいかない顔をしている。
「そんなもんだよ! では、先に私の用事を済ませたいのだが、かまわないかな?」
フレイの笑顔。それは有無を言わさぬ圧力を持っていた。
「かまわない。優先して事に当たってくれ」
ビィーとしても、優勢事項はそちらと思っていたので、文句は無い。
無いのだが……。
戦から引き上げてきた兵は気が立っている。ましてや昨日戦があったのだ。
男性相手専門店や、酒の出る店で徹夜するのが普通の光景ではなかろうか?
こんな大人しい国民性で戦争などできるのだろうか?
……場所が違えば生活様式も違うのだろう。
ビィーは自分で自分を納得させる技術を学びつつあった。
「いやほら! あそこで血の気の多いのが喧嘩してるぞ! 剣を持ってるからただじゃすまないぞ!」
フレイが指さす方向。質素だが丈夫そうな服を着て、革のベストを羽織った危ない臭いがする男が、5人の男達に囲まれていた。
彼を囲んでいる男達は、武器を手にしていた。5人が5人とも槍を持っていた。
革ベストの男は20歳を超えるか超えないか。若い男だ。
取り囲まれても慌てることなく、男達を値踏みしていた。
「また、ディノスさんが暴れておる」
近くに立っていた中年男性が、建物の影に入った。
フレイも、突っ立ったままのビィーを促し、ロバの口を牽きつつ、男の後を追って身を隠す。
「兄さん兄さん、あれ誰ですか?」
兄さんと呼ばれた中年男性は、フレイを見ることなく教えてくれた。
「この町の領主レスコー様んところの用心棒で、ディノスって男だ。ライオウ流王級免許を持ってる。神速の抜き打ち、ってのが二つ名の怖い先生だ」
「でもさ、槍を持った5人相手に、剣しか持ってないのが勝てるかね?」
「ディノス……が勝つ」
ぼそりとビィーが呟いた。
「え?」
「あれは居合い。踏み込む速さが人間離れしている。下手な槍持ちは、穂先を回避されたら、為す術が無くなる」
彼女は、相変わらず感情のない目で、路上の6人を見ていた。
「そんなもんかね?」
ビィーの実力を垣間見たことのあるフレイだが、もう一つ信じ切れないでいた。
「兄貴の仇じゃー!」
「死んであの世で詫びやがれ!」
ディノスは、細身の長剣を腰に一本ぶら下げていた。まだ抜いてない。
「醜い輩だな」
溜息混じりのあきれ声。
ディノスは、やれやれとばかり、剣の柄に手を乗せた。
「やっちめぇーコラー!」
槍の男が突っ込んだ。
ディノスは、体を捻りながら腕を伸ばす。腰の剣が槍を両断。返す刀で槍使いの胴を薙いだ。
持っているのは片刃の刀だった。
いつ抜いたのか、誰にも見えなかった。
「ウギャーッ!」
ばったり倒れる槍使い。
ディノスは刀についた血を振り払う。そして刀を鞘に収めた。
「ほれ、次!」
ゆるりと柄に手をかける。
「まだ4人残ってるぜ! ディノスさん、圧倒的不利だな!」
中年男が手に汗を握っている。
「なあ、あいつホントに強いのか? ずいぶんダラけてんじゃない?」
荒事に慣れているのか、フレイは物見遊山気分であった。
「ある程度力を抜いてないと、初動が遅れる。あれは教本通りの構えだ」
ビィーは微動だにせず、ディノスを見つめている。
「どうした? 来ないのか?」
ディノスは小憎らしく小首をかしげた。口の端を歪め、挑発する。
「なめんじゃねぇー!」
声を裏返した男が、槍を腰の位置に構え、真っ直ぐ突っ込んでいく。
ディノスは笑いながら穂先をかわし、二歩踏み込んで抜刀。二人目の男が血の海に沈んだ。
あと3人。
「次、誰だ?」
低くドスの効いた声だった。
「う、うわぁー!」
槍を持った男の一人が、叫ぶやいなや槍を放り出して逃げた。
「お、覚えてやがれー!」
残りの男達は、腰砕けの状態で逃げていった。
「醜い輩だな」
ディノスは刀を振って血を落とし、ゆっくりと布でぬぐってから鞘に収めた。
それから、何事もなかったかの様に歩き出した。
「なんですかな? 敵討ちにも見えましたが?」
フレイが中年男に聞いた。
「やられたのは町のヤクザさ。麗鈴館のアンビスさんとこの若い衆だろう。領主様の力も弱くなったんで、血の気の多い者が色々と仕掛けてくるんだよ。ここしばらく怪我人が耐えたことがないくらいだよ」
「ほうほう」
フレイは怪我という言葉に目を輝かせている。
ビィーは、ディノスの足運びを熱心に観察していた。
モーフィングパワー=用途不明・メイン直結のため封印中
メイン・ジェネレーター=アイドリング中・終了時期未定
次話「商売」