6.剣士
「なぜ、神を狩る狼がこんな所に出てきたのか?」
フレイは、自問自答しているフリをして、ビィーに講釈を垂れていた。
「川の上流に平原がある。四つの街道が合わさる平原だ。そこで大きな戦が行われている。それと関係があるはずだ」
物知り顔である。ドヤ顔とも言い換えられる。
対して、ビィーは……。
「関連づけをする論拠は? 獣が人間の政治に介入しているとでも?」
考え悩むという行為は面白い。判断する行為とはまた違う。
対して、フレイは……。
気の利いた返事ができないでいた。
単純に、大きな出来事を繋げるため、意味を持たせただけだったからだ。
「えーと……。そうそう、国家存亡に関わる大きな戦いがあると、必ずその近くで災害魔獣が目撃されるんだ。死んだ爺っちゃんが、そんなふうに言っていた」
もう一度ドヤ顔をするフレイ。
「その証拠は? お爺さんが嘘をついていない、あるいは孫を怖がらせる戯れ言で無い証拠は?」
「……いや、無い」
「ならば、同じ証言をする者が複数いるのか?」
「いや、いない」
しぼんでいくフレイ。
「民間伝承の可能性もある。事実を積み重ねれば、正しい結論も導かれよう。せっかくの好意だ。この事は記録として残しておく」
ビィーは「気を使う」という行為を覚えた。
「フレイ、あなたの目的地はどこか?」
ビィーとしては目的地の情報を獲得したかったのだ。情報量の差で劣勢に立たされた事が多々ある。負けはしなかったが。
「私は薬売りだ。近くで戦争があった。怪我人も多くいる。そこで売れるのが傷薬。飛ぶ様に売れるんだ」
フレイは、どうだい頭良いだろう? とばかりに、ビィーを見た。彼女は、興味ない顔で続きを促している。
「……この先にゼクリオン候国領の町がある。そこへ向かってます……」
最後は小さくなって消えていった。
「そうか町が――」
前方で何かが光った。月の光が反射した、僅かな光だった。
ビィーがフレイの後ろ襟を掴んで転がす。
「いや、身の安全をはかってくれるのはありがたいんだけど、毎回すっ転ばすのはいかがなものかな?」
二人は身を隠したが、ロバまでは手が回らない。
「おい、そこにいるのは誰だ?」
腰に剣。鎧と槍で装備を固めた戦士風の男が3人。
魔術師風のローブをかぶった男が2人。
僧侶とおぼしき男が1人。
その後ろに、剣しか吊ってない男が1人。
声をかけたのは先頭の男だ。
「ここは任せろ」
フレイは、ビィーにウインクをしてから立ち上がる。
「野暮な事は言いっこなしですよ旦那。わたし達はしがない薬売り。旦那達こそこんな所で何を? お役に立つ事があれば何なりとお申し付けください」
リーダーらしき戦士風の男は、仲間の男達をチラリと見てから口を開いた。
「俺たちは神を狩る狼を追っている。お前ら見なかったか?」
「それならさっきすれ違いましたけど……止めはしませんが、旦那、あれはヤバイですぜ」
フレイはさっきの恐怖体験を思い出し、途中から声をこわばらせた。
「希少価値があるからこそ、危ない橋を渡る価値が……」
リーダーの男は、フレイの後ろを見て言葉を失っている。
そこには、ビィーが立っていた。
月明かりでも美しく輝く銀の髪。
色白の顔はあくまで気高く美しく。
服装は胸と腰を隠しただけで露出が多い。
獲物を追って高ぶっている男共には目の毒だ。
「いや、目的を変えてもいいかな?」
リーダーは好色な笑みを浮かべ、後ろの仲間達を振り返る。
仲間達もギラついた目でビィーを舐める様に見ていた。
「あ、いや、この子は……」
「お前の持ち物かい?」
槍の穂先をフレイに向けた。
「いえ、他人です」
フレイは後ろに下がって道を空けた。
「賢い生き方だ。長生きするぜ。クフフフ」
下卑た笑い声を出し、ビィーに向かって歩き出す。
「大人しくしてりゃ痛い事はしねえ。逆らうと死ぬぜ」
女を犯す前の決め台詞である。
大概の女は、これで大人しくなるか逃げ出すかの二択。
だが、相手が悪かった。
「敵と認識」
ビィーの腕が背後に回る。
もう一度前に出た時、手にはハンドガンが握られていた。
炸裂音が12回。
6人全ての眉間と、鎧の左胸に穴が開いていた。
カチカチカチ……。
弾切れだ。
どさどさと倒れる6人の男。
残ったのは最後尾の男一人。三十前だろうか。くすんだ金髪。背が高い。
鎧も装備せず、剣1本を腰に吊った男だ。
この惨劇に眉一つ動かしていない。
「なかなかやるな。我が名はレヴァン。スイオウ流王級免許を持つ者だ」
レヴァンと名乗る男は、流れる動作で腰の剣を抜いた。
剣の刀身が、黄色く輝きはじめる。
「ビィーちゃんヤバイよ。この人剣士だよ。魔剣持ちだよ。ビィーちゃんの武器、もう使えないよね?」
フレイの声が聞こえていないのか、ビィーは前に歩き出した。
レヴァンは剣を上段に構え、待つ。
ビィーは、唯一の武器、ハンドガンを無造作に捨てた。
「お、おい!」
慌てて拾い上げるフレイだが、さりとて何かの役に立つとは思えない。
ビィーは、レヴァンとの距離を無防備に詰めてのけた。
「でぇいぃッ!」
袈裟懸けに切り下ろす。無駄を全廃した円の動き。
切っ先がビィーの首筋に当たる。当たりそうで当たってない。約2センチの隙間。
剣は振り下ろされるが、その隙間は維持されたままである。
ビィーは股関節を中心として、体を回転させていた。剣を振り下ろす速度と同速で回転させていた。
剣の柄頭に足の裏が掛かった。
何事かとレヴァンが判断する前に、剣に力が加わった。
振り下ろす方向へ力が加わる。逆らう事は不可能。
刀身が深く地面に突き刺さるる。
何が起こったのか?
ビィーの白い顔は逆さまを向いていた。彼女の態勢がおかしい。
両手が両足の様に地に付いていた。
左足が手の様に刀の柄を押し込んでいる。
はだけたスカートから、ナニが丸見えになっている。大事な場面なので別方向からも描写する。フレイ側からだと桃の様なナニが見えている。
残った右足がレヴァンの首筋を薙いだ。
300キロ超の体重が繰り出す、充分に遠心力の力が付いた蹴りである。
レヴァンは何回か縦回転しながら、遠くへ転がっていった。
剣士は、四肢を伸ばした状態で動かなくなった。
「お、おいおい、相手は王級免許持ちだぞ」
フレイが盛大に転がっていった剣士の元へ走る。
首筋に手を当てた。脈はある。鼻の下に指を持っていく。細いが息はある。
レヴァンがうっすらと目を開けた。
「こんなの……アリかよ」
ぐるりと目が反転し、白目がちの目となった。
フレイが振り返る。
「ビィー! こ……」
彼女は、剣士の刀を片手にぶら下げて、こっちに歩いて来る。無造作なのが怖い。
目に感情の光を喪失させて――。
「息が無い。首の骨が折れている」
とっさに嘘をついた。
ビィーは立ち止まってこっちを見ている。感情に乏しい黒い瞳。何もかもを見通している様な目だった。
「それならいい」
ビィーは、剣を藪の中へ放り投げた。
「よ、よし! では旅を続けよう」
フレイは、ビィーの過去話とかいろいろ聞きたかったが、それは命と引き替えの作業になりそうだったので、とりあえず棚上げする事にしたのであった。
次話「7.ディオンの町」