7.この広い世界はまだ遠く続いている。
ゼクリオン候国、王都マデリン近郊に、天を突くキノコ雲が湧き上がった。
人の住まぬ岩山が爆心地だったので、直接の死者はいない。
ただし、近隣の町や村が被った被害は尋常ではなかった。
それは王都にも及び、多くの家屋や軍事施設に被害が出たという。
弱体化したコア帝国を突くための軍事行動など、起こす余裕は無い。
だが、人々はジズを見た。
ゼクリオンの後方支援基地である大きな町を一瞬で焼き払った。
巨大な山脈に穴を開けた。
そして、今回のキノコ雲と、壊滅的な被害。
――あれは創世伝説の三大魔獣ジズではないか?――
――復活したのか? 世界は終わるのか?――
そんな噂が立ち上がった。
それは、遠からず伝説となる。
そして、コア帝国も大変な事になっていた。
主力騎士団が大損害。さらに首長たるアイアコス皇帝と、国家補佐役のアンセルムの二名とも連絡が取れなくなったのだ。その事により、皇帝逃亡説がまことしめやかに流れ、一気に求心力をなくしたのだ。
帝国に付き従ってきた周辺国は一斉に反旗を翻し、帝国領を刈り取り始めた。
これに対し、帝国内は有効な手を打てないでいた。まとまりを無くしていたのだ。
有力貴族は私利私欲に走り、国家としての機能を喪失しつつあった。
ありとあらゆる人々が東奔西走している宮廷内。そこへフレイがふらりと現れた。死んだとされていた騎士隊長ウォルトを連れて。
そして皇太子クリストに面会を求めた。
権力争いに翻弄されているクリストだが、全てを後回しにして会見に応じた。
眠れないのだろう、顔色が悪い。見た目に不健康だ。
「ビィーの乗ったジズが、ゼクリオンで落ちた?」
可哀想に、クリストは椅子に崩れ落ちた。
「ジズに乗り込んだのは確かな事です。ゼクリオン国内で大爆発がありました。空から巨大な何かが落下して大爆発したとのことです。爆発した跡には、湖ほどもある大きな穴が空いていると」
「確かなのか?」
「行商人ギルドの情報です。間違いはありません」
「ビィー……」
父のことは口に出ない。
クリストの顔に死相が浮かんだ。父帝の死。宮廷内抗争。帝国の行く末。属国の離反。対ゼクリオン戦争。そしてビィー……。
力が無い。
このままクリストは、この席で朽ち果てそうだった。
フレイだって何とかしたかった。彼こそ、クリスト以上にビィーとの付き合いは長いのだから。
とりあえず、前向きな話を仕掛けるしかなかった。
フレイは、乾ききった口を開いた。
「クリスト殿下。憶えておいででしょうか? ビィーが出立の前に殿下と交わした約束を……」
クリストの目は虚ろだった。フレイの話を聞いているのかいないのか……。
「もし……、もし万が一、何かあったら、『殿下なら、何らかの行動を取ってくれると信じている』そのようにビィーが申し上げたはず」
「あ、ああ……」
クリストに反応が見られた。
「あのビィーが、爆発程度で死ぬとは思えません。きっと生きています。怪我もしているでしょう! そして途方に暮れているはずです。殿下、お願いです! ビィーを助けてください! コア帝国の力をもって救助隊を編成してください!」
「コア帝国の力?」
クリストの目に光が戻った。
フレイはもう一息だと思った、後一押しが必要だ。
「確かな筋の情報に因りますと、ジズには脱出する装置が付いている様なのです。ビィーのことです。必ず使っています。いや! それがあるからビィーはジズに乗り込むという冒険をしたのです!」
嘘八百。商談相手をこっちの掌にのせて転がす。商人の本領発揮である。
クリストが立ち上がった。
天を仰いで何かを考えていた。
やがて顔を戻し、フレイ見据えた。
クリストの顔が変わっていた。
その目に確かな決意があった。
体が活力に満ちていた。
そこに皇太子はいない。いるのは皇帝だ。
「先ずは帝国の実権を掌握する。そして軍をまとめ、ゼクリオンへ攻め上る。ジズの落下事故でゼクリオンもダメージを受けているはず。急げば何とかなる!」
「クリスト様!」
いまだ包帯の解けぬウォルトが叫ぶ。
「どこまでもお供いたします!」
「頼むぞ、ウォルト!」
二人はがっしりと手を組んだ。
『だから、あんたは皇帝に向いてないんだよ』
フレイは頭を垂れたまま、心の中で舌を出した。
そうして、時は流れ……。
皇帝の地位をもぎ取ったクリストは、勢力拡大に努めた。炎が燃え広がる勢いで、コア帝国内に粛清の嵐が吹き荒れた。
瞬く間に貴族を掌握していった。多くの者が死んでいった。
やがてクリスト皇帝は、数十年にわたり、幾度もゼクリオンへ軍を差し向け、最後にはゼクリオンを滅ぼしてしまった。
その軍を皇帝は、救助隊と呼んでいた。
やがて、年老いたクリスト皇帝は突然、帝位を後継者に譲った。その後、彼の名は歴史の表舞台から消えることとなる。
送られた諱が「武烈帝」であった。
武烈帝は、最後まで妻を娶らなかったという。
フレイは、オリュンポス山脈を越え、大陸中央部へ向かった。
クリストをけしかけた直後の事だ。
もうコア帝国に用は無い。とばかりに、後ろ足で砂をかけて出奔した。
後年、彼は大陸中央部で、自分の商会を立ち上げる。
傍らには、目が細いが、やたら剣が強い妻が付き従っていたという。
その商会は、やがて自前の戦力を持つに至るまで大成長するのであった。
また、フレイが終生大事に持っていたビィーの銃が、後世で解析され、多大な破壊力を持つ長距離兵器が開発されることになるが、それは別の話だ。
三剣士の一人、ギオウ流のヴァシリス・ペッツは――。
ゼクリオン公国へ渡り、コア帝国と何年にもわたり戦ったという。
彼はゼクリオン軍別働隊隊長の地位を得た年、ノーマンズの砦防衛戦で華々しく散った。
何かを求めるように、自ら死地に赴くその生き様は、ゼクリオン地方の英雄として、また、赤髪の戦鬼として、長く語り継がれることとなった。
スイオウ流のレヴァンは――。
コア帝国の南の国で、剣法道場を開いた。
その実力と人格が相まって、大盛況。スイオウ流中興の祖とまで呼ばれるになった。
老衰による死を迎える日の午前中まで、木刀を振り回し、剣の腕を鍛えていたという。
その姿は、まるで明日にでも決闘に赴くかのようであったといわれている。
ライオウ流のディノスは――。
剣客として、各地を流れていた。当たるを幸いに斬り殺す殺人鬼として恐れられた。
しかし、決闘だけは受けなかったという。
やがて殺人の罪で全国指名手配されたのだが、全く意に介さず、弟子まで取って生きていた。
ゼクリオンと帝国がぶつかって間もなくのある日。ディノスに見知らぬ者から手紙が届いた。
近くの森の泉の側で待つ。という内容だった。
うちの師匠は、決闘を受けませんよと、弟子が笑っていたが、その手紙を読んだレヴァンの顔色が変わった。
愛刀を片手に飛び出したレヴァンだが、夜になっても帰ってこなかった。
翌朝。不審に思った弟子が、森の中に入っていくと、泉の側でレヴァンの死体を見つけた。
袈裟懸けに斬られて事切れていた。その切り口から、下手人は恐ろしい腕前であると弟子は語っていた。
横たわる師匠の顔には、笑みが浮かんでいたと弟子は語った。
誰と戦い、誰に斬られたのか?
まるで、楽しい時間を夢中で過ごした子供のような、屈託のない笑顔だったいう。
戦闘用アンドロイド(美少女型)が異世界で、就活するってどうだろう?
-了-
ご愛読、ありがとうございました。
次回作で再会しましょう。