表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/42

6.落下

 扉が自動で開く。


 この奥はジズのメイン・ブリッジだ。


 そこには、

「訳がわからんな」

 皇帝アイアコスがいる。


「今、ここを降りるなら、寿命を全うできる可能性が高くなる」

 右手に逆手の刀。左手を白い装甲で覆ったビィーが部屋に入ってきた。


「ほほう、この方がコア帝国の皇帝陛下であらせられますか」

 ズタボロになったディノスも入って来た。眼帯が焦げている。


「君が一人で我が親衛隊を全滅させたのか? ……理由は?」

「はい。ビィーの露払いを全うすると、優先的に剣を交えてくれる約束なものですから」


 皇帝は、ディノスの姿を頭の天辺から爪先まで、ゆっくりと視線を動かした。

「君じゃ、勝てないな」

「……勝つとか負けるとか、そういう戦いじゃないのですが」

 ディノスは頭を掻いた。


「ディノス。最後の仕事だ。こっちに来てくれ」

 いつの間にか、ビィーは壁際に立っていた。この部屋では、数少ない突起物の一つを握っている。


 ガコンと音を立て、握りが回る。それはドアノブだった。


 人一人が入れるかどうかの大きさで、壁の向こうへの空間が空いている。


「この奥にある物を取ってきてくれ。それがジズを落とす鍵だ」

 皇帝の頬がぴくりと動く。


「了解!」

 ディノスが素早く穴に滑り込む。


「暗くてよく解らないな」

 奥からディノスの声が聞こえる。


 ガコン。

 扉が閉じられた。

「ちょろい」


 ビィーは透明なカバーに覆われた赤いボタンを、カバーごと叩き壊した。

 壁の向こうから圧搾された空気音が聞こえてくる。

 スクリーンの一つが、ジズより離れるカプセル状の物体を捉えていた。

「無事、脱出できたようだな」

 淡々としたビィーの声が、ブリッジに流れる。


 スクリーンに映された景色が変わっている。今まで緑豊かな山々を映し出していたが、変わって平地や長い川が映っている。

 どうやらゼクリオン候国領内へ入った模様だ。


「たった一つの脱出ポットが無くなった。残念だが、もはやここから逃げ出す事は不可能となった」

 ビィーは逆手に持った刀を順手に持ち直した。攻撃的な構えに変えたのだ。それはビィーの意思表示である。


「……何をしたいのだ?」

 皇帝も腰より大剣を抜き放つ。がっちりした体格も相まって、近寄りがたい迫力を放っている。


 ジズが大きく揺れた。

 慣性緩和装置の能力を超える揺れが発生したのだ。


『マーク2の動力が暴走を開始。マーク1より介入。接続不能につきコントロール不能』


 詳しい意味は理解しきれないが、なにやら物騒な事が2号機で起こっているようだ。


「何をした?」

 皇帝が剣を構えた。


「マーク2の炉心を……簡単に言えば、2号機が大爆発を起こすよう仕掛けを施した」

「愚かな事を!」

 皇帝の顔が歪んだ。


「操作法を記した古代書を解読したのは貴様だろう。1号機の指揮官が他のジズの指揮官命令より、無条件で優先するとされている事を知らないとは言わせないぞ!」


 皇帝は命令を発しようと息を吸い込んだ。

 だが、ビィーのセリフの方が早かった。


「皇帝が1号機の、かつジズ全体の総指揮官である事に変更はない。だが、2号機の指揮権はわたしにある。ジズは、1号機の指揮権者に絶対優勢を認めているが、そこは物理的に切断した。よって、1号機の2号機に関する介入は不可能となっている」


 淡々とした口調で喋るビィー。その口調が、皇帝の怒りへ余計な火をつけた。

「どうして、そこまでして、ジズを破壊しようとする! なぜ貴様は高みへ昇ろうとしない?」

 皇帝は、眉を下げた。なぜビィーが自分の事を理解しないのかが不思議だった。


「予と組めば、この世界を手に入れる事も容易いのだぞ?」


「ジズを使って地上を破壊する。それと引き替えにして手に入れた世界とは、一体何だ?」

「ビィーも見ただろう? 町を一発で火の海に変えた。一発で山を粉砕した! 全ての人間は、ジズの力を恐れ、ジズの前にひれ伏す! 全ての国が、我がジズの前にひれ伏すのだ! 全世界の王になれるのだぞ! 国家間で行われている全ての戦争を止めさせられるのだぞ! なぜそれが解らない!」


「わたしからすれば、あなたが何を言ってるのかが解らない」

 これ以上話を続けていても、実は実らない。価値観の違う物同士の会話は常に平行線となる。


 ビィーは会話を止め、剣を構えた。


”モーフィングパワー起動。剣先にフィールド形成”


 ブン、と音がして、ビィーの剣が震えた。


「バカめ! 総指揮官である予を殺したりしたら、ジズはゴッドリーブへ帰るぞ。お前はコア帝国の戦士全てを相手に戦う事になる!」


”汝の成したいように成せ”


 発信源不明のメッセージ。


 今回はなぜかイラッとこなかった。


 ビィーは、皇帝を前にし、空いた左手でおいでおいでをした。白い顔が、妙に憎々しい。


「白面鬼めっ!」

 安い挑発に乗った皇帝は、大上段より剣を振り下ろした。


 ビィーは、刀を目の前に出し、難なくこれを受け止める。

「あぐっ!」

 皇帝がくぐもった声を上げた。


 力なく、剣が床に着いた。

 剣を振り下ろしたまま、動かなくなった。


「何をした? ビィー!」

 口と首だけは動くようだ。皇帝は悲鳴とも取れる怒声を張り上げた。


「関節を固定した。動きたくとも動けないだろう」

「どうやって?」

 物質を思い通りに作り替える力。それを応用して、皇帝の関節を「溶接」したのだ。


「……魔法だ」

 説明が面倒くさくなったのか、魔法で片付けてしまった。  


「ジズ! 統括総指揮官が体調に不調を来した。代わって第二位のわたしが、統括総指揮権を発動する」

「何を言っているビィー!」

 ビィーは取り合わない。斜め上の集音マイクらしき場所を、無感動な目で見上げていた。


『センサー起動。統括総指揮官の決定的な体調不良を確認。指揮権の委譲を認証。第二位のビィーを統括総指揮官代理に認定。命令をどうぞ』


 統括総指揮官、つまり最高指揮官であるアイアコス皇帝を殺さず、ましてや生かさずの状態へ持っていき、自然な流れで指揮権を引き継ぐ。


 これがビィーの狙いであった。


「炉心リミッター解除せよ」

『Sクラス命令のため、暗証コードの入力をお願いします』

「ベルモルアサタナジズ」

『暗唱コード承認。炉心リミッター解除』


「炉心圧、恒久上昇」

『炉心圧、上昇中。あと10ミミッツで炉心崩壊。乗組員脱出勧告発令』


 ブリッジは真っ赤な照明へ切り替わった。


「何をしたっ! 答えろビィー!」

 皇帝は真っ赤な顔をしている。


 ビィーとジズの会話は解らない事だらけだった。だけど、ジズに重大で、致命的な事が起こるのだけは理解できた。

 床からの振動が、動けなくなった皇帝の足に伝わった。


「ビィー! たった一つの脱出用の船はさっき打ち出した。このままでは、お前も死んでしまうぞ!」

 ビィーは皇帝へ無感動な視線を向けた。


「わたしの世界の……、おとぎ話にこんなのがある」

 皇帝の嘆願を無視して、勝手な話を始めた。


「ゼペットという老人が、ピノキオという人形を作り、我が子のように可愛がった。ある夜、ゼペット老の願いが叶い、妖精さんが人形に命を吹き込んだ」


「そして正直に生きられれば人間にしてやると約束した。ただし、嘘をつくと鼻が伸びるという呪いを与えていた」


「ピノキオはというと、フリーダムだった。誰の意見も聞く耳を持たぬ自由人として生を謳歌し放題。サーカスに売り飛ばされたり、殺されかけたり、鯨に飲み込まれたりと、大冒険をしていまう」


「しかし、結局、紆余曲折を経て、心を入れかえ正義に目覚めたピノキオは、妖精さんの手により本当の人間にシェイプチェンジした。ゼペットも喜んで、めでたしめでたし」

 ビィーの話は終わった。


 皇帝は話の途中から、何かいいたそうな風で、じっとビィーを見つめていた。

「実際に、売り飛ばされたり、死にそうになったり、鯨のようなのに飲まれたりした人物を予は知っている」

「教えて欲しいものね。そんなバカは滅多にいない」

 ビィーは、自分をバカだと言い切った。


「さてここからが疑問だ。はたして、ピノキオと呼ばれている人形は、人間になって幸せになったのだろうか?」

「……幸せになったんじゃないか? 人形でいるより、人間になった方が幸せだろう?」


「わたしは……ピノキオは、人間から人形になったようにしか思えない。ピノキオが自分の思い通りの物体になったのだ。それで幸せになったのは、ゼペットだけだろう?」



「まあ、確かに人形だった時代の方が楽しそうだな……いや、まて、予はお伽噺の評論をしながら今生を終えるつもりはない。今度は予の話を聞け!」

「無理だな」

「なんだと?」


 ビィーは、外を映すスクリーンを指した。

 景色が斜めになって流れていた。茶色い色をした大地が、前面スクリーンに大写しとなる。


「お、落ちているのか?」

 皇帝は焦った。


「ゼクリオン公国の首都マデリンがあそこだ」

 ビィーは、真っ直ぐ伸ばした指を右に十度動かす。


「そこから50キロ離れた岩山に墜落する」

「お前も死ぬんだぞ!」

 それには答えず、ビィーは装甲された左手を突き出した。


「オーガニック・ディフェンサー、起動」


 ビィーが着ていた服が原子単位で分解。白い霧がビィーを包む。

 霧が凝縮し、ビィーの体をライン通りに覆う白い装甲となった。

 全体のイメージは昆虫。


「そんな薄い鎧! 気休めだ!」


 ビィーは自分の体のあちこちを見てみる。


 少しだけ斜めに首をかしげた後、口を開いた。

「やってみなきゃわかんねぇーぜ」

 棒読みだった。


「うるせーよ! それより、この姿勢を何とかしてくれ!」

 皇帝は長剣を床に突き刺した格好で固まっている。


「……しかたない」

 皇帝に手を伸ばそうとして――。




 身も蓋も無く、ジズが岩山に激突した。




次話、最終回「この広い世界はまだ遠く続いている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ