5.殺陣
嫌な予感がした。
アンセルムは、親衛隊員の後ろにまでさがった。
ドアの向こうにいたのは見知らぬ片目の男だった。腰に佩いた刀を左手が掴んでいる。
「だれだ、おまえは?」
片目の男は、素早く顔を上げ、柄に右手を添えた。
アンセルムはさらに後方へと下がる。変わって親衛隊が前に出る。
「剣客、ディノス見参」
鯉口を切る。
次の瞬間、ディノスは三人の親衛隊員の間をすり抜けていた。
アンセルムの前で、姿勢を低くしたままで止まっている。
いつ抜いたのか? ディノスは、刀を鞘にゆっくり収めつつあった。
ゆっくり立ち上がりつつ――。
三人の親衛隊員が、前から順番に倒れていく。体のそこかしこから血が噴き出していた。
「く、曲者だーっ!」
アンセルムの反応は早かった。
叫ぶのと、逃げ出すのが同時だった。
幸いにも、曲者はゆっくり後を付いてきている。このまま親衛隊員が詰めているところまで誘き寄せれば、反撃も可能だ。
ディノスの側から見れば、それは望むところ。
一人一人捜し出さなくとも、敵が大勢集まるところへ連れていってくれる。
「うははははは!」
自然と声が出てきた。
アンセルムにとっては、たまった物ではない。後ろから刃物を持った変質者が追いかけてくるのだ。
「魔術師長!」
アンセルムの叫び声に気づいた親衛隊員の集団が、剣を抜き放ちつつ駆けつけてきた。
「こやつ使うぞ!」
達人だと告げた。
「覚悟!」
二人の親衛隊員が同時に斬りかかる。親衛隊員に1対1の概念は無い。コンビネーションプレイで斬りつけてくる。
2つと1つの影がすれ違う!
倒れたのは親衛隊員。
「エネルギーッ・ボルトォーッ!」
アンセルムが魔法弾を放つ!
「チッ!」
ディノスは急角度で進行方向を変えた。脇の下をエネルギーの固まりが通り過ぎていく。
体勢を崩したディノスに向かって、また2人組の親衛隊員が斬りかかっていく。
ディノスは片足立ちで踏みとどまっている。刀も中途半端な位置で止まっている。
スパン! スパン!
ディノスに動きはない。だのに、親衛隊員が二人とも袈裟懸けに斬られていた。
その姿勢のまま、ゆっくりと首を動かし、一つ目でアンセルムを睨み……。
「これはこれは、魔術師長閣下でしたか。大物ですな」
ニッと笑う。
「ヒッ! ヒィーッ!」
悲鳴を上げたアンセルム。第二撃を撃つ事なく、背を向けて走り出した。
「待ちなさい!」
それを追うディノス。
すぐに親衛隊の一団と出会った。
「侵入者だ! あの者を斬れ!」
3度目の攻防。
同じようにして、先頭の集団とすれ違うディノス。一合も交えず倒れていく親衛隊員達。
中列の集団とすれ違う。そこへ、
「エネルギー・ボルト!」
親衛隊の者共を巻き込んで、アンセルムの魔法が炸裂した。
眩しい光が納まった。
「ムオッ!」
影が飛び出す。
アンセルムとすれ違う片目の剣士。
「させるか!」
親衛隊の一人が二人の間に割り込んだ。
ディノスの刀が弾かれる。なかなかの使い手だ。
「中隊長!」
中隊長は、アンセルムを背後に庇った。
ディノスは鍔鳴りと共に刀を鞘に収める。彼の額からは、汗のように赤い血が流れていた。
「ハァ!」
ディノスは、がっくりと膝を付いた。
鎧を着けていないため、衣服のあちこちが裂け、血が滲んでいる。
直撃は避けられたものの、狭い通路故、爆発の余波まではかわせなかったのだ。
左腕に裂傷。握力が低下している。傷もさることながら打撲も入っている。抜き打ちのために刀を支える事ができない。
右脛に打撲。これはヒビくらい入っているだろう。踏み込みが甘くなる。
わき腹に破片が刺さっていた。抜いたが、力を入れる度、刺すように痛む。
あと、
「背骨が歪んだな」
椅子か棚のような出っ張りがあれば何とかなるのだが、ここには何も無い。
右腕が無傷なのが不幸中の幸いだ。
剣士は騎士より攻撃力が上とされている。それは、防御力を捨てたためだ。ディノスは防具を身につけていない。その身に受けた攻撃を軽減できないのだ。
「よくも部下達をやってくれたな!」
中隊長は、既に抜き放った剣を上段に構え、ディノスへと向かい、慎重に間合いを詰めてくる。
「くっ!」
口の端から空気の漏れる音。ディノスは久々に危機を感じていた。
目の前の男。ただ者ではない。
ディノスは知らないが、中隊長は王級免許以上、神級免許以下の腕前の剣士上がりだった。
万全の状態ならディノスに分があるだろう。だが、この現状……。
「仕方ないな」
ディノスは、刀を抜いて構えた。「左手」で構えた。
「チェス!」
中隊長は、裂帛の気合いと共に、縦一文字に切り下ろす!
ディノスは、スっと右手を額の上に上げ、頭に激突するはずの刀身に掌を這わした。
落下速度と質量を手に判断させ、適時な横ベクトルを加える。
中隊長が放った剣は、ギリギリ肩をかすめ、床近くまで振り下ろされた。
隙あり!
握力が低下しようとも、突き刺すほどは残っていた。
中隊長の背中に、片刃の剣が突き出ている。
勝敗は、僅かの差だった。
「右手が残っていればそれで良し! ――左手は治りそうだし」
中隊長だった物体に片足を当て、背筋を使って刀を抜いた。
ビシュッ!
血糊を振り払った刀を肩に担ぎ、向き直る。無防備になったアンセルムを斬るために。
守る者がいなくなったはずのアンセルムの前に、男が立っていた。
騎士隊長である。
ディノスが気配に気づかなかった。
「やるな」
ディノスは腰を落とし、下段で構える。
騎士隊長が飛び出した。それに反応するディノス。
「しまった!」
隊長の動きはフェイントだった。本命はアンセルム。
「エネルギー・ボルト!」
光弾がディノスに迫る。
それを刀で斬った。
爆発。ディノスの体が吹き飛んだ。
大きく弾かれ、後ろへ転がっていく。
反撃が始まった。
アンセルムと隊長のコンビが動けなくなったアンセルムに迫る。
ディノスは、刀を杖にして、なんとか片膝立ちになる。
隊長が剣を構える。
アンセルムが呪文を唱える。光が胸元に集約されていく。
何かに気づいたのか、視線がディノスより離れる。唱えだした呪文も中断した。
なぜか?
ディノスが振り返ると、そこにビィーが立っていたからだ。
「あの魔法は、物質に接触して反応するタイプだ。刀で斬ってどうする?」
「面目ない。つい体が反応してしまいました」
「何をしているのだビィー?」
アンセルムが驚愕の表情でビィーを見ていた。
「その男と知り合いなのか?」
「魔術師長殿、二人はつるんでおりますぞ!」
騎士隊長が、アンセルムに注意する。
「その通り。わたしはジズを落とすつもりでいる。死にたくなければ……」
ビィーはちょっと考えた。
「2号機の脱出ポットを使え」
「何をわけ解らん事を!」
親衛隊長が剣を頭上に構えた。
「……残念だ」
アンセルムが呪文を再開する。
ビィーは、冷たい目で二人を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「オーガニック・ディフェンサー、発動」
ビィーの服が分解した。正確には左手の袖だが。
それは薄い装甲として再構成され、ビィーの左腕を覆った。
そして、間合いに入る。
「はっ!」
騎士隊長の剣は横殴りのものだ。
「エネルギー・ボルトー!」
アンセルムが魔法を放つのが同じ。
ビィーは逆手に剣を抜き、腕に沿わせて騎士隊長の剣を受けた。
白い装甲に覆われた左手を突き出し、アンセルムの魔法弾を受け止めた。
左手で起こる爆発が三人を包む。
光が消えた。
騎士隊長が血にまみれてうずくまっていた。
アンセルムは……事切れていた。
ビィーは、何事も無かったかのように、目の前のブリッジへと足を進めた。
次話「落下」
「やってみなきゃわかんねぇーぜ」
ご期待ください。