4.ジズ発進
コア帝国、帝都ゴッドリーブ近くに秘匿されているジズ1号機。
全長350メットルを超える巨体。
今、それを覆う大量の土砂と岩盤が割れて、中から飛び立とうとしている。
「ビィーが第二のジスを解放したようだな。実に役に立つ。帰ってきたら取り立ててやらねばなるまいな」
皇帝アイアコスは上機嫌だ。
「文武共に優れ、芸術にも深い造詣をもっている。得がたい人材ですな」
皇帝の脇に控えた宮廷魔術師長アンセルムが盛んに感心していた。
――いや――
皇帝の裏の顔が蠢きだした。
――近いうちに始末せねばなるまい――
目に危ない光が宿る。
――ジズ1号機と2号機の入手に、あれだけの戦力をつぎ込んだ結果がこの程度だ。だのにビィーは、一人で帝国が為しえなかった成果を上げた――
皇帝が出し得た結果は、
「危ない人物」
という恐れであった。
ジズの稼働を察知した皇帝は、かねてより選抜していおいた人員で乗り込んだ。
親衛隊を中心として選んだ、特に忠誠心の高い武人ばかりだ。屋内配置ということで、簡単な鎧だけを装備している。
アンセルム皇帝も、軽装用の鎧に豪奢なマント姿である。
ジズ内部通路最深部に、外部を映し出す部屋がある。直径10メットルほどの円形の部屋だ。特に操縦に用いられる設備は見当たらない。のっぺりとした部屋だ。
その中央に、指揮官が陣取るにふさわしい席があった。皇帝は、直感的にそこへ立った。
すると、ジズの物と思われる、異国の言葉によるアナウンスが流れだした。
『ツバク……カンサルマ……ツーヨー言語シュウせい。通用言語シュウ正。修正完了。第2安全装置解除。自由飛行の制限解除。武器使用権限獲得。速度制限第2レベル解除』
ジズ2号機の解放を受け、次々と架せられた枷が解除されていく。
『――仮定指揮官の登録。指揮席に有る者。官姓名を述べよ』
「それは予である。予はコア帝国皇帝、アイアコス!」
マントを翻し、皇帝が名乗りを上げた。
『コア帝国皇帝、アイアコス。マーク1、並びにジズシステムの統括総指揮権の保有者と認め、これを承認する』
皇帝は、満足し、大きく頷いた。
『命令を入力してください』
「ジズよ、大空へ飛び立て!」
『音声入力をスタンダードに登録。ジズ・マーク1、発進』
唸りが大きくなり、外の景色が下方へと流れる。
景色は土から、森へと代わり、大空と帝都の町並みへで停止した。
「なんと!」
「すごい!」
「奇跡だ!」
司令室に詰めていた親衛隊の者達は、口々に驚きと感動を表現していく
「この様な高さまで飛び上がれるとは! もはや地上からの攻撃は届きませんぞ!」
外部を映すスクリーンにへばりついて、アンセルムは興奮していた。
「一体どのような魔法でこの様な……いや、魔法で説明が付くのでしょうか? これはさらにビィーに研究させねば!」
アンセルムはビィーの能力を信用し、頼っていた。
『高度500にて浮遊。次の命令を入力してください』
「ゼクリオン候国の王都マデリンへ行け!」
『地名不明に付き、名称検索』
「む?」
皇帝は、自分の周囲を見渡した。手の届く位置に誰もいない。皇帝は、自分の頭を触られた気がしたのだ。
『名称検索完了。位置詮索。地形データーと照合。位置特定。ゼクリオン候国の王都マデリンへ向け、発進します』
景色が大きく傾いだ。だが、中にいる者は、重力の変化を感じていない。
「おい、ジズ! お前の持つ武器を説明しろ!」
『了解。これより戦闘チュートリアルを開始致します』
ジズの力が皇帝アイアコスの物となっていく。
一方、ジズ・マーク2も、全長360メートルに及ぶ巨体を空に舞い上がらせていた。
迷宮の底から、スライムがジズを見上げていた。
「任せたぞ、白面鬼……じゃなかった。白面の美少女ビィー……」
ナイトが治療を受けているログハウスの窓からも、飛び立つ赤いジズが見えていた。
「まさか……」
フレイは薬湯を作る手を止め、ジズに見入っている。
「まさか、あの中にビィーが?」
ナイトは咳き込みながらベッドより身を起こした。
オルティアは、ジズとフレイを交互に見ている。
「中にいて何が変なの? ジズ2号機を操作して帝都へ向かうんでしょ?」
そういう計画だった。
「そうだったな。私達は、打ち合わせ通り、ここに残ってカムイとのパイプを作らなければな」
フレイは、ここを出る時、オルティアに真相を打ち明けようと決めた。
それが原因で、彼女と別れようと、斬り殺されようと、それはしかたないと思えた。
フレイは、商人の仮面をかぶり直した。
ここはマーク2のブリッジ。
マーク1と同じデザインのただっ広い部屋。壁に埋め込まれた幾つかのスクリーンは、淡く発光しているだけで、何も表示していない。
その中央部。指揮官席にビィーはいた。
認証シークエンスはマーク1と同等。起動させたビィーが、マーク2の指揮権を持つ者と登録させた。
目的地は、
「マーク1とする。合流次第ドッキングせよ」
と指示した。
続いて、
「マーク2艦内構造図、並びに、マーク1艦内構造図表記せよ」
と、命令する。
ブリッジに設置されたスクリーンの内、2面が反応した。
マーク1とマ-ク2の構造図が映し出された。ビィーは複雑な構造図を記憶した。
「脱出ポットは……各艦ブリッジに1個ずつか……」
「へー、なんか難しそうですね?」
ギギギっと音を立て、ビィーは後ろを振り返った。
片目に黒いアイパッチ。
話しかけてきたのはディノスだった。
「何をしている?」
ビィーの口調は厳しいものだった。
「あの二人は足運びが未熟なんです」
ディノスはニコニコしていた。
「それより、コイツを潰すんでしょ? 手伝いますよ。その代わり、終わったら真っ先に私の相手をしてくださいよ」
ビィーは考え込んだ。
おそらく、マーク1には兵士が乗り込んでいるだろう。
マーク1とマーク2がドッキングすれば、その兵士と戦う予定だ。
その者達の相手をしながら、ビィーが納得いくレベルでの破壊工作を遂げるのは、少々めんどくさい。
以上の事から導き出す答えは……。
「よかろう。破壊処理を行う間に頼みたい仕事がある」
「では、二人の馴れ合いを祝して……」
ディノスが手を出した。握手を求めているのだ。
――握手は契約成立の証――
フレイの言葉が、記憶層より蘇る。
ビィーはこれに答え、手を差し出した。契約成立である。
「要は、皇帝を斬ればいいんですよね?」
「いや、斬ってはいけない」
「なぜです?」
「皇帝は統括総指揮官……つまり最高位の指揮官となっている。反乱を防ぐための安全装置として、最高位の指揮官が乗組員に殺された場合、ジズは発信基地……つまり、帝都ゴッドリーブ近くの離宮へ戻ってしまう。ジズの飛行経路に謎を残したくない。最も効果的にジズを沈めるには、今が最大のチャンスなのだ」
ディノスは腕を組んで考えていた。
「……人間のためになるのですか?」
「たぶん」
静かな時間が二人の間に流れた。
「そろそろ、準備してくれないか」
沈黙を破ったのはビィーだった。
「間もなく皇帝の乗ったマーク1と合流するはずだ」
「マーク1って一号機でしょう? それって――」
ディノスは、首を捻る。
「――帝都近くに隠されてたはずですよね? 乗り込んでお弁当1つも食べられない時間しか経ってませんよ。歩いて10日以上もかかる距離をそんな短時間で詰められますか?」
「外部モニター、映せ」
ビィーが命令を出すと、壁が明るくなった。
「外を見ろ」
壁には外の景色が映っている。川の流れを超える速度で、外の景色が後方へ流れていた。
「な、なんですと!」
ジズ・マーク2は、高速で飛行しているのだ。
「おそらく、空の災害魔獣、鳥獣アーキ=オ=プリタリクと同等の速度で飛べるはずだ。慣性は完全に制御されているから、飛んでいる感覚が無いのだろう」
ディノスは顔に恐怖を浮かべて、モニター越しに外を眺めていた。
「すごい高いぞ!」
「前方のスクリーンを見ろ。ジズ・マーク1が視認できる」
ビィーが指さす方向に、白っぽい点が映っていた。ジズ・マーク1である。
「ん? 何ですかなあれは?」
ディノスが、異質な物を見つけた。
遙か下の大地から、一筋の黒煙が立ち上がっていたのだ。
アイアコス皇帝を乗せたジズ・マーク1は、事実上の国境であるブラッカ山脈まであと少しの所まで来ていた。
「予行演習だ。あそこに見えるのはアーロという町だ。あれを焼き払え!」
『了解。下部全方位熱線砲、1号機、安全弁解除』
ジズ・マーク1の下部より、半球状の砲塔がせり出てきた。
地上をよく見ると、アーロより黒い蟻のような列がコア帝国方面へと続いていた。
「あれはゼクリオン軍! 何という大軍だ。5万はいるぞ!」
アンセルムが両の拳を握りしめて震えていた。
「ふふふ、やはり出てきたかゼクリオン共め!」
皇帝は楽しそうだった。
『目標補足。照準固定。ブラスター、発射』
大気に穴を穿ち、青い線が、ジズと地表を繋いだ。
アーロと呼ばれていた町が、赤光。
空に向かって駆け上がる炎と化して、消滅した。
余波を喰らい、5万の大軍も吹き飛ばされて消えていた。
後に残ったのは、グツグツと煮えたぎる溶岩の湖だった。
「なんだ、あれは?」
親衛隊員の一人が、恐怖に顔を歪めた。
「すごい力だ」
他の親衛隊員達は、ジズの力を我が物として喜んでいた。それは演劇を見て熱狂している観客のような盛り上がりかただった。
この高さから、人の営みは目視できない。音も熱も臭いも伝わらない。ジズのスクリーンを通しているので、より現実味が湧かないのだ。
「魔法なのか? 伝説クラスの禁呪か?」
アンセルムは、熱線の正体を自力で暴こうと、興味津々だった。
「素晴らしい!」
皇帝は歓喜の表情を顔前面に浮かべていた。額が、油で拭いたように、ねっとりと光っている。
ジズ・マーク1の速度は、瞬く間に黒煙を上げる溶岩の湖を後にしてしまうものであった。
「よし、次はブラッカ山脈だ。あれが無ければゼクリオンを落とす事となど造作もなかったさはずだ。鬱陶しいゼフ一族も根こそぎ掃除してくれる。ジズ! あの辺に主砲を打ち込め!」
皇帝は、山脈の一部窪んだ地点を指し示す。
『了解。広域衝撃砲、発射準備。目標ロック。エネルギー伝達。エネルギー不足につき、20%の出力で射撃』
ジズが唸りだした。
隊員達の間に動揺が走る。
「心配するな。これはジズの咆吼だ。敵を滅ぼす前の武者震いのようなものだ」
皇帝の一括に、衛士達は必要以上の緊張を解く事ができた。皇帝に対する信頼度が上がる。
『広域衝撃砲、発射』
嘴の先端に、空気の歪みを生成。その歪みが拡散しながら、斜め下方へ飛んでいく。
ブラッカ山脈の広い範囲に歪みが伝わった。
空間の歪みは、山を歪ませた。水をぶちまけるようにして、ブラッカ山脈の一部が吹き飛んだ。
「や、山が割れた!」
アンセルムの額に汗が浮かぶ。
山が低くなっていた。1つに連なった山脈は、2つに分断されたのだ。
兵士達が騒ぎ出す。皇帝も身を乗り出してその光景を見ていた。
その時である。
『インフォメージョン。後ろよりマーク2が接近中。ドッキング要請が入りました。判断をお願いします』
アナウンスが流れた。
「ドッキング? ああ、分かれていた体が1つになるのだな。よし、許可する!」
そして皇帝は、アンセルムに命じた。
「2号機にはビィーが乗っているはずだ。迎えに行ってやれ。丁重にな!」
「ご命令のままに」
アンセルムが下がろうとしたが、皇帝は呼び止めた。
「何人か親衛隊を連れて行け。ひょっとして気が立っているかもしれぬからな。その時は判断を任せる、如何様にでもいたせ」
命令の意味がよく解らないまま、アンセルムはブリッジを出て行った。
アンセルムと3人の騎士が、最後尾の隔壁の前で控えていた。
ガコォオン。
重量級の金属同士が触れ合う音が部屋に響く。ドッキングが終了したのだ。
圧搾空気が抜ける音がして、隔壁の四隅に仕込まれていた鍵が外れた。
隔壁が開く予兆である。
アンセルムは微笑みを浮かべ、壁の向こうにいるであろうビィーを迎える準備をした。
隔壁が、左右に割れて開いた。
「よくやったぞビィー……誰だお前?」
壁の向こうでは、刀を抱え込んだ片目の男がしゃがみ込んでいたのであった。
次話「殺陣」
ご期待ください。