2.迷宮攻略
「見たところ、肝臓不全と結核を患っているようだ」
ビィーはナイトの体を見てそう言った。
「治せるのか?」
触手ノ王カムイの代理人たるスライムも覗き込んでいる。
「わたしじゃ無理だ。家庭の医学程度の知識しか持ち合わせていない」
「だめか……」
スライムの体に張りがなくなり、ブヨンとなってしまった。
ナイトも、衣服を直して横になった。
「知っている範囲で治療法を教えてもらえないか?」
「肝臓の治療法は知らない。結核は抗生物質がよく効くと聞いている」
「抗生物質って何だ?」
スライムが元気になった。
「元々は、微生物によって作られた他の微生物……結核菌の発育や活動機能障害を導き出す物質のことだ」
「作れるか?」
「無理だな」
スライムはがっくりと項垂れた。
「……抗生物質は無いが、フレイなら何らかの対処ができる薬品を持っているかもしれない」
「本当か?」
スライムが背を伸ばした。いろいろとめんどくさいスライムである。
「あの者は薬売りを生業としている。なにかヒントをもらえるかもしれない」
「よし、急ぎ招待しよう!」
スライムは斜め上に伸び上がってプルプル震えている。どこかと……おそらく本体とデーターのやりとりをしているのだろう。
「では、本題に入ろう。ミノタウロスの迷宮攻略についてだ」
スライムがやる気を出した。
「その件について、一つ質問がある」
「何だ?」
「なぜ、災害魔族の手で迷宮を攻略しない? あなた方の戦闘力を過小評価しても、攻略難易度は低いだろう?」
「解っちゃいないな……」
スライムは触手を伸ばし、チチチと小憎らしく左右に振った。
「災害魔族は強い。それは巨体故だ。体がでかいから、あの小さな穴に入れないんだ。そこで、ビィー君。チミの体は人間サイズ――」
「迷宮ごと掘り起こしてはどうだ?」
「え?」
「掘り起こすに、触手ノ王の能力とパワーをもってすれば、そんなに時間はかかるまい?」
「え?」
「上層部から順に掘り起こしていけば、少数で迷宮攻略というリスクを負わなくてすむし、逆にこちらは大軍を投入できる。ましてや、上から覗き込む事になるから指示しやすいぞ」
「……あっ!」
スライムは合点がいったようだ。
ミノタウロスの迷宮攻略ゼネコン作戦は、直ちに発動された。
迷宮の場所は鳥の巣ドームのすぐ南側。
ナイトが静養しているログハウス下に、工事現場監督用の小屋が建てられている。そこから様子が見て取れる。
夜になっても、明かりを放つ魔獣が大量に集められて、煌々と照らされている。巨大な触手が何本も地を穿っていた。
”絵面的に怪獣大決戦”
また、発信源不明のメッセージが届いた。
毎度のごとく無視を決め込むビィー。ちょっとイラっとしている。
トン単位で掘り起こされた土砂に混じって、迷宮を守る強力な魔物が飛び出してくるが、数百の数を頼りにしたカムイ配下の魔獣達により、片っ端からフルボッコにされている。
「所詮、迷宮の不思議な力に頼った、能力の不安定な魔物。地上に引きづり出されたら、それこそ陸に上がったマーマン状態。血に飢えた魔獣共の敵ではないな」
陣頭指揮をとるスライムが工事計画書(ビィー作成)を広げて、細かい指示を出している。
基本、ビィーも睡眠を必要としない。工事が終わるまで補佐に当たるつもりだ。
「コア帝国近くの迷宮は10階層だったと聞いている。現在4階層目を試掘中だから……明後日の午前には、ジスを掘り起こせる予定となる」
「夢も希望もねぇ迷宮探査だな、おい!」
スライムが身を乗り出している。
「ワーウルフが5匹、1Bエリアに出たぞ」
ビィーが見張り役だ。
「銀を5トソばかり1Bに回せ!」
白紙委任の森は鉱物資源が豊富らしい。
「7Dエリアに吸血鬼3匹。いや5匹だ」
「ニンニク3トソをエリア7Dに投入しろ!」
外来種の栽培にも成功している模様。
「そこッ! 少数で戦うな! 物量で圧倒しろ! 基本戦術は袋だ袋!」
「バブリー・ゼネコン戦法は有効だな」
さすが、山脈全てが体である触手ノ王。その体力と物量は無限。24時間営業で突貫工事が進められるのであった。
そして明後日。
「何だ、この穴は?」
フレイが驚きの声を上げた。
フレイとオルティア、そしてヴァシリス、レヴァン、ディノスが鳥の巣ドームに到着したのだ。
それともう一人。
騎士隊長ウォルト。
包帯ぐるぐる巻き。フレイの手当が間に合ったため、怪我は化膿する事無く、快方へ向かっている。
「この穴は、運の良い騎士隊長殿が、不運にも開けられなかった扉を開けた際の穴だ」
ビィーも嫌みを言う事があるようだ。
「なんだと!」
ウォルトは不自由な体を押して噛みついてきた。
「またしばらくお預けだな。怪我が治らないとお付き合いもできない」
ビィーは口を歪めた。笑っているつもりらしい。
早く治れと言っているのだろう。その意味を理解したウォルトは、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
彼らは触手の案内や強制移動により、今朝、ここへやってきたばかりだ。
鳥の巣ドームの迷路を通り抜け、表に出た所に掘っ立て小屋が立っていた。その中でビィーとスライムに出迎えられたのだ。
「なんなのこのスライム?」
「話すと長くなるが、現場作業を手伝ってもらっている」
ややこしくなるので、触手ノ王の代理人である事は伏せている。
「ビィーちゃん、触手ノ王にコネクション作ったの? すげー」
フレイは感心していた。むしろ羨ましがっていた。
広く作った作業小屋だが、さすがに6人と1匹が詰め込まれると狭い。
ウォルトは先に、ナイトと同じ病室へ運ばれいる。
三剣士が各々柄に手を置くが、抜くほどの広さがない。
この場で戦闘は不可能だ。
ましてや目の前の豪快な土木事業と、圧倒的な魔獣の数を見ては、たとえ命知らずと言えど、段平を振り回す行為は躊躇してしまうだろう。
「フレイ、ここの上に病人がいる。見てやってくれないか?」
「こんな山の中に?」
フレイは営業用の笑顔を浮かべた。
そいつ絶対金持ってないだろう? という意味だ。
『このチャラいのが凄腕の薬師か?』
スライムは、魔王と同じ方法で話しかけてきた。
特殊な波長で意思を伝える。受け取る側も資格が必要なテレパシーの一種。
スライムが人間の共通語を喋ったりしたら、めんどくさい事になる。
この問いに対し、ビィーは頷いて答えた。
だが……。
”解析中……解析中……解析完了。波長合わせ終了”
『彼の持つ薬草に興味は無いか? あなたは解析能力も整理能力も人類より数段上のはず』
ビィーが、同じ方法で話しかけてきた。
スライムはビクリと体を震わせた。
『あと一つの能力があれば魔族の仲間入りだな……なるほど、薬草か。面白そうだな』
触手ノ王本体が持つ解析能力を駆使すれば、ナイトの病に効果のある薬を見つける事ができるはずだ。ビィーはそう言っているのだ。
「フレイ! 詳しい事は言えないが、触手ノ王にコネができるぞ」
「引き受けた。全力であたろうではないか!」
キリッ! 音を立てて男前の薬師に変身した。
「それじゃ、スライムの後に付いていって」
「よし解った! オルティアちゃん、心細いから付いてきて!」
「お前は一人で行けんのか!」
フレイの尻を蹴り上げながら、それでも付いていくオルティア。
そういう仲になったらしい。
ドアから出ようとしたフレイは、突然振り向いた。
「ビィー、成長したな。君は良い商人になれる」
ビィーはキョトンとした顔をしていた。初めて見せる表情らしき表情。
それがフレイの、最後に見たビィーだった。
次話「別れ」
あと残ってるのは…
ご期待ください。