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9.触手ノ王


 無秩序なジャングルジム状態の外壁内をかき分け、どうにか立って歩ける所まで出てこれた。


 見た目、作業用の足場。でもこれが正式な通路なのかもしれない。ビィーの体重だと、一歩進む事に足場が軋む。乱暴な行動さえ慎めば、前に進むことができそうだ。


 案の定、魔獣が現れた。通路の向こうに5体。後ろにも5体。

 挟み撃ちだ。悪趣味がうかがえる。


 いかにも厳つそうで固そうで命知らずそうなのがやってきた。

 もちろんビィーは、敵に付き合うつもりはない。

 手近の壁に蹴りを叩き込み、中へと体を潜り込ませた。


 腕力と破壊力に物を言わせ、構造体を破壊しながら前進する。仰角30度で、一直線に反対方向へと掘り進んでいく。


 ビィーは空に向かって顔を突き出していた。

 ここはドームの天井外壁。南に面した斜面。太陽が眩しい。

 見渡す限り緑の絨毯。連なる山々が間近に見える。


 視線を下げると……ドーム南側斜面、中腹より上に、丸太を組み合わせた屋根が見えた。一軒家だろうか? ログハウス風の家に見える。


 魔獣と人為的な屋根の組合せが異様だった。違和を感じる。

 ビィーは体を抜いてドームの屋根へ出た。


「させるかーっ!」


 声に反応してビィーは振り向いた。

 破壊音と共に屋根を突き破って、巨大な触手が1本現れた。40フィートコンテナクラスの太い触手だ。


 ミミズのようにのたくりながら、ビィーに迫る。その先っちょに、ちょこんと乗っかっているのは青いスライム。

 狙いをビィーに定めた巨大触手は、その先端部をビィーにぶつけてくる。


 ビィーは拳を固く握った。

「スタンフィスト」


――メインジェネレーター出力10%でスタンフィストに伝達――


 眼前に迫る触手。


――ナックル部にエネルギーフィールド形成。スタンフィスト起動――


 足を踏ん張り、腰を捻り、拳を ―― 触手に叩き込むッ!


――スタンフィスト・バースト――


 バツン!

 破裂音。


 局所的に発生した熱量は5万度を超えた。触手内に大量に含まれた水分が急速に膨張し、音速を超えた際の、破壊的な衝撃波が発生した。

 バラバラになった触手の破片が宙を舞う。


「またかよ」

 スライムが再び宙で回転している。


 踵を返したビィーは、一気にドームを駆け下りる。

 目的地は丸太で組まれた屋根だ。


 下りは早い。あっという間に目的地へ着いた。


 作りは数人が暮らせる平屋の一軒家。南に面しているので日当たりがよい。位置も相まって風の通りが良さそうだ。


 下方向からアプローチしていく。ベランダに面した掃きだし窓は木製。不用心にも開け放たれている。


 ビィーは、ヒョイとベランダに飛び乗り、開け放たれた窓から室内へ侵入した。


 それなりに広いワンルーム。突き当たりの壁には、水瓶が置かれ、小さな台所が作られている。左端にはドアがある。ドアの脇に椅子が一脚。


 生活臭がぷんぷんしている。


 その最たるものが、部屋の中央に置かれたシングルベッド。

 真ん中が盛り上がっている。


 ビィーはベッドに近づいた。そっと覗き込む。

 人間の男が寝ていた。青年と呼んでいい若い男だ。

 伸びた無精髭、人間の範疇での青白い顔。頬がゲッソリと痩け、鎖骨も浮いている。


 気配に気づいた男が目を開けた。

 ビィーの顔が目に入ったのだろう。驚いて体を起こした。


 途端に激しく咳き込んだ。

 病気なのだろう。


 触手ノ王の本拠地らしいところで、病気の人間が寝込んでいる。

 これはどういことだ?


『誰だ?』

 青年の声は小さい。それよりも、彼が喋る言葉はこの世界の物ではなかった。


『わたしの名はビィー。あなたに危害を加えるつもりはない』

 ビィーは、その言語に答えた。


『君は!』

 青年は驚いていた。自分が話す言葉と同じ言葉で帰ってきたからだ。

 それは地球の、とある地方の言葉。


『君も、この世界に飛ばされた口か?』

『ざっくり言うと、そんなものだ。あなたは病気なのか?』

『僕の名はナイト。ナイト・サワムラ。ルファルト共和国の後方支援要員だった』

『わたしもベルファルト共和国サイドだ』

『よかった。名乗ったものの、敵だったらどうしようかと想ってたんだ。僕たちは……ゲフッ!』


 ナイトが激しく咳き込んだ。

 どうやら呼吸器官にダメージを受けているようだ。


『ゲフッ、ゴフッ!』

 枕元に置いてあった布を取り、口元に当てている。


 突然の発作に、ビィーはどうしていいか、対応できず狼狽えた。とりあえず背中でもさすろうかと、背後に回った。


『いや、いいです。落ち着きました』

 口に当てていた布に、細かい血の飛沫が散っていた。


『僕はもう長くない。ここに落ちたとき、大怪我をしたんだ。それが元で色んな合併症を発症してッゲフッ!』

『あまり長く喋らない方がよい』


『いや、喋らせてください。……あれは、ガラマ山岳地帯の野営地でした。いきなり光が溢れて、体が浮き上がって、気がついたら異世界に落ちてました』

『ガラマ山岳戦か……わたしもあそこから飛ばされた。この夏だったから、半年も経っていないな』


『……僕がここに来たのは2年前のちょうど今頃です』

『推測されるに、向こうとこちらで、時空の配置が違うのだろう』


『2年生きていられたのは、全てカムイさんのおかげです。彼は僕の命の恩人で、親友なんですよ。……ここに来たと言うことは、カムイさんに会ってますよね? 良い方でしょう?』

『残念ながら、現在は敵対関係にある』


 ナイトの顔に緊張が走る。


『安心しろ。実のところ微妙な関係だ。彼は和平を望んでいると推測される。わたしはそれを受けるつもりだ』


 ナイトの顔に安堵感が広がる。


『カムイさんは、……人間じゃないけど……感情が豊かで、それでいて理性的な人、いや、魔族か。悪ぶっているけど、根は善人の小市民なんです。その悪ぶりに付き合わなきゃならないのが目下の悩みですがね』

 ナイトは咳き込まないよう気をつけて笑った。


『悪ぶった善人か……』

 めんどくせぇ相手だ。


”ツンデレ”


 発信源不明のメッセージが届く。いつものように、ビィーはこれを軽く無視した。ツンデレなるボキャブラリーは彼女の中にない。


 さてどうしようかと思案に耽りかけたとき――。




 バンッ!


 勢いよくドアが内側に開いた。

 開けたのは青いスライムだ。


「こんな所で何をしている!」

 スラムが喋った。この世界の共通人語を喋った。

 予想していた事とはいえ、ビィーは目を丸くすることでこれに答えた。


「そいつから離れろ!」

 ずいぶんな剣幕だ。


「あ、キサマ、人質に取ったな! 狡いぞ! い、いや……」

 スライムの調子が変化した。怒りが焦りに変わった。


「ウチは人質とったって犯罪者とは交渉しない主義なんだぞ! 諦めて投降しろ!」

 子供っぽいのか理知的なのか、判断がつきにくいキャラだった。


「勘違いするな」

 ビィーは静かにベッドより離れた。


「ここへ呼び込んだのはお前だろう? スライム」

「いや、たしかにそうだが……だが、この部屋に呼んだ覚えはない!」


「ここが入室禁止だと言われた覚えもないが?」

「た、確かに言ってないが……あ、そうだ。許可を得ず他人の巣に入るのはいかがなものか?」


「あのまま触手に乗ったままだったら、もっと速く中に入ってたんじゃないかな?」

「話は平行線のようだなっ!」

 的確な言い返しができなかったので、交渉は決裂した。


 スライムは独りよがりな怒りで体を震わせた。

「こうなったら――」

「初めまして。わたしの名はビィー。職業は無職。あなたの名を教えていただいたら幸いです」

 ビィーは、礼儀正しく自己紹介を始めた。


「えーと……」

 スライムは言葉に詰まった。


『ビィーさん、彼がカムイだ。僕の友達だ』

 ナイトはこちらの言葉を知らないようだ。


「おっほん!」

 呼吸器官を持たないスライムが咳払いをした。


「訳してやろう。えー……彼がスーパー強くて格好よくて愛らしい魔族の中の魔族、カムイ閣下である。我が友人だ。……と言っている」

『いまいち性格の掴みにくい魔獣だな』

「え?」

 今、ビィーはナイトが操る元世界の言葉を喋った。


 それはつまり、ナイトの言葉を正確に聞き取っていて、なおかつ、脚色されたカムイのセリフと比較できる、という事である。


「てめー! なに恥を掻かせてくれてやがる!」

 スライムが激しく動揺していた。


『ゲフッ! ゴフッ!』

 ナイトが激しく咳き込んだ。

 背中をさする手と触手。手はビィーのもの。触手はスライムから伸びたもの。


 見つめ合う瞳と瞳。


「ワタシの名は……名というか、……触手ノ王、カムイ、そんな名前で呼ばれている者の代理人だ。つーか、本人の一部だ。便宜上、カムイ:スライムタイプ量産型と呼んでくれ。職業は災害魔獣だ」

 緊迫した対決は気の抜けた挨拶で終了した。


「ずばり聞こう。ビィー君、チミはベスギア=ガノザの迷宮……チミ達の言うところのミノタウロスの迷宮を暴こうとしている。違うかな」


「その通りだ」

 少し間が空いた。


「迷宮の最深部に何があるか知っているのかな?」

「ジズの胴部分だ」


 また少し間が空いた。

「迷宮を攻略するというのなら……」

 スライムはゆっくりと背伸びした。


 そしてこう言った。

「6つの災害魔獣が、共同してそれを阻止するだろう」


”6つのしもべ”


 発信源不明のメッセージがビィーの脳内に届いたが、彼女をイラッとさせるだけで終わったのであった。




 第4章  触手ノ王 終わり











「6つの災害魔獣が共同して戦いを挑むと言うが、災害魔獣の中に、水中戦専門がいるだろう?」

「うむ!」

「そいつも陸上戦を仕掛けてくるのか?」

「……」


次章、最終章「ジズ復活 編」

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