8.分断
戦いは続いていた。
乱戦にもつれ込んだが、いつの間にか三剣士は背中を合わせて戦っていた。
魔獣に包囲されたのだ。
有利なのは、足場がしっかりしていて、見通しの良い場所に陣取った事、だけである。
「閃光の太刀!」
「バスターソニック!」
包囲の中心部から、殺戮技が飛び出した。
有利なはずの魔獣達が次々に倒れていく。どっちが包囲しているのかわからない。
「畜生! だいたい50匹だ!」
何回目かのバスターソニックを放ったレヴァンが、大汗をかいていた。
「修行が足らんな。俺はざっと60匹だ」
ヴァシリスも光の柱を中止し、右腕をしきりに揉んでいる。息が乱れていた。
「私は一回一殺だから少ないな。ばっくり30匹ってところですか?」
ディノスは息を乱していないし、汗もかいていない。だが、大量殺戮には向かない剣だった。
「ビィーは?」
だからともなく声が出た。三人は、白い美少女を探す。
いた。
木々の向こうで、長い髪を靡かせながら舞っていた。
優雅に手足を動かす度、魔獣が消えていく。三人には出せない速度で魔獣を切り裂いていく。
三人が戦っている広場の周囲を一周すると、魔獣共の気配が全て消えた。
「ほほう、1,023引く140は883匹ですな」
どこに隠れていたのか、フレイが突然現れた。嫌みのセリフを伴って。
返り血を浴びまくったオルティアが、フレイの後からやってきた。
「いや、わたしも7匹倒したから876匹だ」
彼らが数えているのは、ビィーが倒した数である。
レヴァンが腕を捲った。
「やいやい! てめえら、それぽっちで偉そうな顔してんじゃ――うおっ!」
大地がうねった。
森の木々が音を立てて分解していく。地面だったモノが別のモノへと変化していく。
三剣士とオルティア、そしてフレイが転がった。
うねる何かの向こうで、ビィーも膝を付いている。
脈動する光景。生き物のように蠕動する触手が鎌首をもたげた。
「触手?」
フレイがオルティアの後ろで声を出した。
「触手ノ王か!?」
ディノスが目の前の太い触手に切りつけた。切り倒された所から、新しく触手を伸ばしてみせた。
「不死身か?」
レヴァンは片膝立ちで魔剣を構えたまま。
「まずいな。俺たちの体力は限界だ」
ヴァシリスは吹き出る額の汗をぬぐうだけ。
「ビィー!」
彼女だけが離れている。
「心配するな」
ビィーは至極冷静だった。涼しい目で、どこか遠くを見つめていた。
「たぶん、お前達に危害は及ばない」
見る間に、両者の間は開いていく。
「何言ってんだ! ビィー!」
「ミノタウロスの迷宮で会おう」
ビィーの姿は、触手の森の向こうへ消えてしまった。
時間は少し遡る。
ビィーは、魔獣共の相手をしながら、ここにいる「はず」の、ある魔獣を探していた。
何しに来たのか判らない三剣士は、背を合わせて戦っている。予想として100匹は受け持ってくれるだろう。これはほっぽといていい。
フレイとオルティアは、木の陰に隠れている。探せばすぐに見つかるのだが、魔獣共は目もくれない。戦力として脅威に思ってないか、あるいは、この襲撃そのものが……。
「距離をとったか?」
ビィーは目視による探査を諦め、己が持つ探査機能をロングレンジで解放した。
いた。
ここから南へ700メートルに突きだした大木。その大振りの枝の上にいた。
ビィーは、はたと見据えた。ここからだと木々が邪魔になって直視はできない。ところが、その者は、見られたと感じたらしい。
らしいというのは、隠れるように木の後ろに回ったからだ。優れた感覚を持つ魔獣だ。
ビィーは、その位置をマーキングした。
「よし」
刀を握り直した。
――システム、メインに移行――
ドン!
ビィーの足下が爆発した。
全力でダッシュしたのだ。
700メートルを1秒かけずに移動。音速の約2倍に相当する予想外の速度に「あの」魔獣は対処しきれなかった。
マーキングした魔獣が潜む大木に蹴りを叩き込む。バラバラになって砕け飛んだ。木っ端と共に宙で回転しているのは……。
「スライム?」
全高1メートルのスライムだった。半透明の青いボディ。縦長の泡が二つ、目のように浮かんでいる。
ビィーは3メートルを飛び上がり、真っ直ぐ右の剣を振り下ろした。
真っ二つになるスライム。連続で左の剣を水平に走らせる。スライムは4つになった。
バシャンと弾け、水になった。
嘗められてはいけない。前回の借りもあるので斬って捨てたが、スライムが中ボスとは思えない。
しかし、符号は合う。
いつぞやの夜襲。逃げていった魔獣は足音がしなかった。スライムは足音がしない。何せ足が無いのだから。
「まあいい」
ビィーは、包囲されているであろう仲間の元へ急いだ。
正面から集団戦を挑んできたリザードマンを切り伏せた。
二段階攻撃を仕組んでいたのだろう。サイクロブロスが被さるように飛び込んでくる。
「む?」
魔獣達の戦い方が変わった。組織的に攻めてきたのだ。
巨大な体躯を持つ魔獣にまともな相手はしない。腿の筋や膝を切り裂いて、その場を離れるという戦法をとった。
みるみるうちに、魔獣の数が減っていく。
自分の受け持ち予想はおよそ900匹。今までの合計は500匹。のこり400匹なら軽い。
しかし、どうにも攻撃パターンがいやらしい。「趣味」の臭いがする。
念のため、もう一度散策の範囲を広げた。
いた。
ずっと南。戦場からあきらかに離れた場所に、同じブヨっとした反応があった。
殺したはずだが、死んでいない。どういう仕組みか体質か……。
「あのスライムは生きている」
ビィーは、自分の予想を確かめてみる事にした。
フレイ達と距離をとるように動いた。姿が確認できるかどうかまでの間を開けた。
すると、殺戮累計554匹を超えたあたりで、魔獣達が後退を始めた。
「やはり分断が狙いか」
あの魔獣が後退命令を出したのだ。
ビィーは、真っ直ぐあの魔獣に体を向けた。
あの魔獣もこちらに体を向けている。
「む?」
大地が揺れた。
地震などではない。大地の構成素材が、生物学的にうねったのだ。
それを合図として、舞台装置が解かれていく。
木だったもの、岩だったもの、地面だったものが、全て擬態を解き、触手へと変貌していく。
「触手ノ王は、その体が森の全て」
その言葉を思い出した。自分たちは触手ノ王・カムイの手のひらで踊っていたのだ。
「ひと思いに握りつぶせば良いものを。回りくどい事をする」
いや、何か変だ。……一部の符号が合わない。
「ふむ、一息に殺さない理由があるのだな」
戦いは終了した。
ビィーは双刀を勢いよく振り下ろし、血を払った。腰の鞘に収める。
触手の蠕動が勢いを増した。ビィーの意思を感知したのだろう。
「ビィー!」
フレイだ。心配しているのだ。
「心配するな」
ビィーは例の魔獣をひたと観つめたまま、静かに返事をした。
「たぶんお前達に危害は及ばない」
触手の脈動は続く。ベルトコンベアに乗せられたように、ビィーの体が森の奥へ運ばれていく。
「何言ってんだ! ビィー!」
フレイの声はずいぶん遠くへ行ってしまった。
たぶん彼らに危害を加えられる事はないだろう。
それを伝える事にした。
「ミノタウロスの迷宮で会おう!」
移動速度が速くなる。それっきりフレイの声は聞こえなくなった。
ビィーが乗っかっている触手の速度が増した。時速にしてざっくり百㎞。
重くなった風でもビクともしない。ビィーは片膝を付いたまま、長い髪を靡かせていた。
触手の前方が膨らんだ。ニュルリと枝が伸び、先端が揺れる。
先端より粘性に優れた青い液が滲み出る。それはすぐに直径1メートルほどの水滴となって滴り落ちた。
ポヨヨンと音を立て、それは意志を持って動き出しはじめた。
二つの空気の粒が目の位置に来る。風を受け、プルプルと揺れていた。
青いスライムである。どちらかといえば可愛い。
「なるほど、こんな仕組みだったのか」
何度殺しても死なないはずだ。この筐体は、触手ノ王カムイの外部接触用デバイスなのだ。
触手ノ王の外部接触用デバイスであろうスライムは、進行方向を背にし、ビィーと正対している。
2者間には、微妙な距離があった。
ビィーは進行方向を向いているので、後ろ向きにベクトルが生じている。この位置から全力で飛び出しても、軽くかわされるだろう。
絶妙な距離の取り方。
あきらかに高度な智恵がある。
睨み合った2者は、触手により高速で目的地へと運ばれていく。
二時間も過ぎたろうか? ビィーの眼前に、様々な植物で構成されたドームが姿を見せ始めた。
「安物のドーム球場よりは大きいな」
雀の巣を伏せたような雑多な造り。しかし、でかい。
みるみる大きくなる。迫ってくる。歪な入り口が見える。
ビィーを運ぶ触手は、その入り口にスライムとビィーを運ぼうとしている。
鳥の巣ドームが壁に見えてきた頃、ビィーは足と腰をたわませた。
青いスライムも体を縮ませ、予測される事態に備えた。
ドンッ!
触手が折れて砕けた。
ビィーは、今の全力で足元の触手を蹴ったのだ。
反作用として、体が宙に舞う。慣性の法則が伴い、斜め前方へと飛んでいく。
招待主の思惑通り、連れてこられるつもりはハナから無かった。
巻き込まれてスライムも空中で回転している。ずいぶん慌てている風に見える。
ビィーが着地点に選んだのは、入り口よりかなり離れた地点の壁。
そこを蹴り破って突入した。
次話「触手ノ王」
なんと、最凶の災害魔獣出現!
6章の最終話です。
ご期待ください。