7.三人の剣士
長剣を操るギオウ流の神級免許保持者ヴァシリス。
魔剣ソードブレイカーを持つ、ライオウ流神級免許保持者レヴァン。
居合いを極めし剣士、ライオウ流のディノス。
ビィーに(一方的な)遺恨を持つ(誰も覚えていないだろうが)三人の剣士(内、一名はオルティアと交戦中)が揃った。
中でもレヴァンのハッスルが半端ない。
「あの時の屈辱は忘れねえ。あの時の光景は……」
スカートの中身を思い出したレヴァンは、言葉をつまらせた。
「光景って何よ! 寄ってたかって性獣が!」
ディノスに斬りかからんとしていたオルティアが、切っ先の向きを変えた。
レヴァンは、オルティアが振り回す剣を魔剣で受けた。
「あっ!」
澄んだ音を立て、オルティアが持つ剣の切っ先が折れ、宙を舞う。
行き先は、ビィーの首筋。
ビィーの左腕が動く。飛んでくる切っ先をいとも簡単に指で掴んだ。
「ちっ!」
レヴァンが舌打ちする。どうやら狙って折ったようだ。
「こいつは魔剣ソードブレイカー。文字通り何でも折ってしまうのがこいつの特性だ。魔剣だろうと盾だろうと鎧だろうと、なんでも真っ二つだコノヤロウ!」
自慢たらしく講釈を述べ、剣を振り回している。
ビィーは……レヴァンの講釈を無視し、掴んだ切っ先を「観察」していた。
切断面をじっくり見る。真っ直ぐに断たれている。
何を思ったか、切断面に鼻を近づけ、匂いを嗅いだ。
次いで、切断面に指を這わす。指には白い粉が付着した。
「なるほど」
納得したようだ。
「何らかの作用が働いて、分子間結合が解かれた。切断面が、鉄の結晶形態をしているのがその証拠だ」
ビィーは腰の剣を一本抜いて構えた。
「難しい話はよく解らねえが、俺が一番手に指名されたようだな?」
レヴァンは嬉しそうに唇をなめる。
他の二人は、渋々といった表情で、剣を収めた。
「いくぜ!」
円を描いたソードブレイカーの刀身が、ビィーの頭頂へと迫る。
ビィーは一歩前に出て、魔剣がトップスピードに乗る前に、右手の刀で受け止めた。
しめたとばかりにほくそ笑むレヴァン。ソードブレイカーに斬れぬ物無し。
これでビィーの刀は真っ二つ。その勢いで、本体も真っ二つに……。
ところが……。
ビィーの刀は折れていない。二つの刀は重なったまま。
むしろ押し返している。
「な、なんで?」
二本の刀の接触点から、青い火花が飛び出し始めた。
「その魔剣は分子の結合を解く力を持っている。多分子で構成された物質なら、分子の結合を解いて二つにできるだろう」
上目遣いのビィーーの目が、妖しい光を帯びる。
「ただし、分子そのものまで破壊できない。例えば、この刀のように分子1個で構成された単分子には無力だ」
言い終えるや否や神速で左の刀を抜いて斬りつける。
刀身がレヴァンの脇腹に接触した。
「意味わからん。納得できねえ!」
「説明はさっきした」
昨夜、ビィーが新たに手に入れた能力、モーフィングパワーを使って、刀の分子構造を変化させておいたのだ。
すっと刀を手元に引く。
レヴァンの体のどこも斬れていない。
「まだ、奥の手は使っていないのだろう?」
両手に刀を持ったまま、ビィーは後ろへ下がった。
手加減したのだ。
「お前の順番は終わった! 次の機会まで待ってろ!」
ヴァシリスが長剣を抜いた。間合いの外から。
「ギオウ流奥義閃光の太刀!」
剣の側面が光る。
何本もの斬檄が光の柱となってビィーを取り囲む。
光の正体は超高速で繰り出される斬檄だ。
同時に何本もの斬檄を放っているように見える、超高速の剣技だ。
この剣技に対し……。
増えた。――ビィーが。
3人か、5人か、増えたり減ったりしながら、光の柱の間を踊るように縫っている。
超高速で回避しているため、残像現象がおこったのだ。
「なめるな!」
さらに光の柱が増えた。
ビィーの左腕が背後に回る。
金属同士が打ち合う音。
乱立する光の柱の中で、ビィーに斬りかかるディノスの姿があった。
ヴァシリスが叫ぶ。
「眼帯野郎! 勝負の邪魔をするな!」
「君こそ俺に入り込まれるような温い斬檄放ってんじゃありませんよ!」
ディノスの姿は次の瞬間、そこになかった。瞬間移動。ヴァシリスの光の剣を避けた。
「まとめてくたばれ! スイオウ流、バスターソニック!」
魔剣持ちのレヴァンが、幅5メートルの太い斬檄を放つ。三つどもえの争いの真ん中に叩き付けた。
大地が抉れ、転がっている死体が何体も宙に舞う。
ディノスとヴァシリスの2人が飛んで避けた。
ビィーは逃げなかった
野太い剣圧が地を削りながら、ビィーに迫る。
ビィーは左の刀を胸の前に突きだし、剣圧の切っ先に合わせた。
その刀をスッと横にずらす。
剣圧が、右方向へ30度ばかりずれた。
「あれは!」
ヴァシリスが歯噛みする。彼は、あの技でやられたのだ。
フレイとオルティアは、介入するどころか、ただただ戦いを見ているだけだった。
「ちょっと、何? この連中、性的変質者だと思ってたけど、剣の腕も変質者だったのね?」
オルティアは、三人の剣技に驚きを通り越していた。それを軽くいなしている風にみえるビィーに呆れかえっていた。
「私には、4人が何をしているのかすら見分けられませんね。あ、ビィーちゃん5人になった」
素人のフレイには、戦いを目で追うことすら難しかったのだ。
「今度こそ!」
「俺の剣圧を!」
「やりますね!」
三人がおかしな構えをとりだした。
「ちょっとやめなさい! 今は争ってる場合じゃないのよ!」
真っ先に剣を抜いたはずのオルティアが叫ぶ。
ビィーを含む四人は、そんな説得力のない言葉を聞くことはなかった。
「フレイ! あんたが何とかしなさい!」
オルティアの怒りのベクトルが変わった。
フレイが殺される。
「何とかしてみましょう」
商売用の笑顔を浮かべたフレイ。額から汗が流れている。
四人の気が高まった。一触即発の状態である。
フレイは大きく息を吸い込んだ。
「汚い手を使いやがって! 貴様らそれでも剣士か! この、卑怯者めが!」
叫び声に三人の剣士の動きが止まった。
「卑怯だと?」
代表してヴァシリスが凄む。
フレイは一歩も引かない。
「ビィーはこれから世界平和のため、白紙委任の森に潜ろうとしてるんだ。ここで疲れるわけにはいかない。全力で戦えるわけないだろう?」
疲れを防ぐために全力を出して叩いておくのもアリだが、ここは勢いだ。
「あんたらの為でもあるのに! 自己を犠牲にして決死の覚悟を持ってる者に、何すんだよ! あんたら、魔物達の味方か?」
ビィーは無表情のまま、成り行きを眺めていた。
三人はお互いの顔を見合わせている。
「そ、それとこれとは話が別だ!」
ヴァシリスのトーンが幾分低い。
「じゃあ、女相手に3対1で挑むって、剣士として恥ずかしくないのか?」
「まて、解った。剣を引く!」
そこまで言われれば、剣を収めるしかなかった。
「さっきの話はなんだ? 世界平和とか何の話だ?」
代表ヴァシリスの立ち位置は変わらないようだ。
フレイは、感情を剥き出しにしている。彼らしくない対応だ。芝居だからだ。
「その前に聞きたい。あんたら、ビィーに勝つ自信はあったのか?」
「「「当然だ!」」」
口を揃える三剣士。
「あんたら、伝説の怪物、ジズを知ってるか?」
「知ってる。空の影とか、旧神の遺物とか呼ばれている怪物だ」
ヴァシリス代表が受け答えする。
「どう知ってるんだ?」
「全世界の軍隊が力を合わせても勝てない魔獣だ!」
ここでフレイが商売用の仮面を被った。
「ビィーはこれよりジズに挑みます。勝つ気満々らしいですよ。あれ? ってことは、ビィーより強いって言ってたあなた達も、ジズより強いって事ですね?」
三剣士は、息を呑んで言い淀んだ。
フレイは言葉をたたみ重ねていく。
「……すると、お三方は、一人でもジズに勝てるって事ですね?」
「ちょっと待て!」
「旦那方、ビィーより強いんでしょ?」
そこまで言われて下がるようなら、神級免許の位まで昇ったりしない。
「ふっ! ジズか。剣の錆にもならんわ」
前髪を掻き上げるヴァシリス。
「ジズとやらは俺に納得できる戦いをさせてくれるんだろうな?」
腕を組み、無意味に胸を反らすレヴァン。
「俺は斬れれば何でも良いですよ。薪だろうとジズだろうとね」
ビィー方向で斜めに構え、カッコつけるディノス。
「話は決まりました。では、皆様、ご一緒にジズ退治へと参りましょう。ああ、ジズに一番槍を付けた方が、真っ先にビィーと対戦できる事と致しましょう! ジズが怖いのならこの場所でお待ち下さい」
断れるはずがなかった。
こうして、三剣士は期間限定だがビィーの配下に入ることとなった。
「俺の剣、どうだった? 怖い?」
レヴァンはうきうきしながら聞いてきた。
「凄まじい威力だ。戦う場所を指定されなければ脅威だろう。だが、あなた方の剣は全て歪な剣だ」
いつもの無表情なまま、ビィーは返事をする。
「聞き捨てならぬな!」
ヴァシリスの目が殺気を帯びる。
その事に関して、ビィーは全くと言っていいほど、無関心だった。
「ディノスの剣が一番役に立ちそうだ」
「ふっ! やはりビィー殿はただ者ではないな」
一人悦に入るディノス。
「なんだこのやろ!」
「前言を撤回しろ!」
レヴァンとヴァシリスが、剣を抜いた。
そんなこんなで平和な数日が過ぎていった。
だが、森の道を歩く事3日目で道が途切れてしまった。
ここから先は、文字通り山歩き。
一応、道中にて、あらためて自己紹介を済ませた三人と三人。
フレイから、事の経緯を詳しく聞いた。
オルティアも、この化け物じみた三人を仲間に引き寄せられるならと、それを許可した。あわよくば、コア帝国陣営に引き入れようとする魂胆が丸見えである。
さらに3日が過ぎた。
「そろそろだとは思ってた」
ディノスが軽く腰を落とした。鯉口を切り、いつでも抜き打ち出来る体勢をとる。
「どうしました?」
急激な空気の変化に、フレイはキョトンとしている。
ビィーは左から右へとゆっくり体を動かしていた。
ヴァシリスはゆっくりと、レヴァンは性急に剣を抜き放つ。
ここに来て、オルティアも剣を抜いた。切っ先が折れた剣は捨て、死体から剥ぎ取った新しい剣を手に入れたのだ。
「な、なんですか、やだなぁ、魔獣が現れたみたいじゃないですか!」
フレイはオルティアの後ろに隠れた。
一周回り終えたビィーは、フレイの顔を正面から覗き込んだ。
「よく解ったな。魔獣が現れた」
ビィーは、三種混合三次元レーダーを起動していた。同時に二千五百個をロックオンする機能を持っている。
「それなりに戦闘力を持つ者だけで、1,023匹。前方に扇形で展開。剣に耐性を持たせるため、大型や固いのを集めたようだな」
フレイが恐る恐る森の奥を見つめる。
「うへぇ!」
遠くの方で怪しい影が蠢いていた。
「一人200匹強がノルマか……」
ヴァシリスが大剣を引き抜いた。
「お前らの割り当てはねえよ」
レヴァンの魔剣が黄色い光を帯び始める。
オルティアとフレイが後ろへ下がる。
ディノスが鯉口を切りながら、レヴァンの後ろへ下がる。
「初撃はレヴァンさんのバスターソニックでいきましょう」
「よしきた-! バスターソニック!」
うっそうと茂る森の木々に向け、長距離砲が放たれた。
何匹かは倒れたが……。
それを合図に、ぞろぞろと魔獣共が湧いて出た。
オーガーを始め、全長4メートルになるサイクロプロス。固い鱗に覆われたリザードマン。その他岩に覆われた体を持つ魔獣。
「やっちめー!」
誰かが掛けた声を合図に、四人が魔獣へと飛びかかっていく!
次話「分断」
「ミノタウロスの迷宮で会おう」
ご期待ください。