6.オルティア、吠える
「こ、これは! ガルム犬……とゴブリン?」
翌早朝、犯行現場にオルティアが立っていた。
辺りにゴロゴロと転がる、大型犬とゴブリンの変わり果てた姿。
生臭い血の臭いがあたりに立ちこめていた。
「これを夜中に一人で……やったっての?」
「別に昼でも三人でも、やれるんじゃないかな?」
「そういう事じゃない」
冷静な突っ込みが入った。オルティアからビィーへ、である。
「わたしが本題にしたいのは二つ。あんたの異常な戦闘力と、魔獣の組み合わせよ!」
朝から血圧が高いのか、オルティアはキレ気味である。
「ビィーの強さは別物として」
フレイは、荷物を右から左へ置く仕草をしていた。
ビィーは架空の荷物が気になるのか、何も無い空間をじっと見つめていた。
「魔獣の組み合わせのどこかおかしいのかい? どっちも魔獣だろ? ガルム犬とゴブリンだろ?」
布きれで口元を押さえたので、声がくぐもった。
「Aクラス魔獣のガルム犬とCクラス魔獣のゴブリンが連携をとった話を聞いた事ある?」
「聞いた事ないな。商人だから、戦いのことは滅多に耳に入ってこないんだ」
ヒョイと肩をすくめ、自慢げに語るフレイ。無性にイラッと来る動作だ。
オルティアは、力ずくで冷静さを装った。
「……テリトリーもレベルも違う両者。実力差からして、ゴブリンはガルム犬に一方的に狩られる立場。その二者が手に手を取って、わたし達に夜襲をかけた。どう考えてもおかしいでしょ?」
話の後半にさしかかると、目がすっと細くなる。
「それに関して、わたしなりの推測を持っている」
ビィーは、表情を読み取りにくい目を森に向けた。
「二者は自発的に協力関係を結ばない。ましてや、わたしを襲うために、意見を調節したりする知能はない。ゴブリンが10以上の数を認識しいているか怪しいし、犬に至っては言葉など持っていないだろう。ならば二者をプロデュースした実力者がいる。そう考えるのが妥当だろう」
「これだけでそこまで読むか?」
本来の調子を取り戻したオルティア。フレイの事は隅っちょに追いやっている模様。
「ガルム犬とやらは、Aクラスの強い魔獣だと聞いている。ならばプロデューサーは、Aクラスに、有無を言わさず死地へ送り込むだけの実力の持ち主であろうと思われる。……心当たりは?」
ビィーに話を振られたオルティア。片手を顎に当て考え込む。
「……高度な魔獣使いが雇われている。とか?」
「誰が雇った?」
「……ゼクリオン候国か、候国の息のかかった者。例えば……ゼフ一族が暗躍しているとか」
ゼフ一族とは、コア帝国とゼクリオン候国を隔てるブラッカ山脈を本拠地とする一族である。
ゼクリオンに従事し、主にコア帝国の内情を探る仕事をしている。いわゆる候国の暗部である。
「決着の付いた戦いに、ゼフなる者がしゃしゃり出てくる理由は?」
「……ジズの事を知られて……いえ、さすがにそれはないわ。じゃ、何なのでしょう?」
ビィーは森を向いたままだった。
「一匹取り逃した。最初から最後まで、森の奥でこちらを見ているだけの魔獣が一匹いた。そいつが司令官役だったのだろう」
「それを早くおっしゃい」
ビィーは、オルティアに静かに叱られた。
「どんな魔獣だったの? 人じゃなかったの?」
「自信を持って魔獣と断言できる。足音がしなかった。むしろ足を持っていないのかもしれない。移動方法は足を使わぬもの。這いずったり、回転したりして移動する魔獣に心当たりはないか?」
オルティアは斜め上を細い目で見上げながら考えていた。
「……ビホルダーか……スライム? ……スライムはないか」
オルティアは、自分で自分の意見を一部否定した。
「スライムはないな」
魔獣音痴のビィーも、スライムだけは知っていた。
「確かに、スライムのような下等種じゃAクラス魔獣に命令は下せないし、知能も持ち合わせていない。それくらいなら商人も知っている」
「ビホルダーならあり得るか。しかし、ビホルダーなら率先して戦いに出てくるだろう。ビィー、光る目は見なかったか?」
ビィーは不備を左右に振った。
「とりあえずと言っちゃなんですけどね、お二方」
布きれを口に当てたフレイが、会話を別の方向へ誘導する。
「血の臭いに誘われて、とんでもない魔獣がやって来るかも知れない。ここは早く立ち去った方がよくないですか?」
一理ある。
三人は、手早く荷物をまとめ、現場を後にした。
昼過ぎには、森の入り口へ到着した。
この辺りは激戦区だったのだろう。死体が累々と重なって倒れている。
新しい道が、森の中へと続いていた。
遠征軍は森を切り開き、道を貫通させる事で大軍を送り込もうとしていたようだ。
「馬車を捨てるって言うけど、馬はどうするんだ?」
荷物を小分けにしながら、フレイが疑問を口にした。腐敗しかけた死体が、そこかしこに横たわっているので、周りを気にしてびくびくしている。
「放つわよ」
オルティアが疑問に答えた。
「放つって?」
「馬車から放つ。あとは帰巣本能と運が頼りね」
自由になった馬の尻を剣の腹で思いっきり叩いた。
二頭の馬は悲鳴を上げ、元来た道を駆け出した。
「ああ、理解した。なんで御者を雇わなかったのまで理解できた」
「御者一人で危険な道を返すわけにはいかないわ」
「えーと、私たちの帰りは?」
「何とかなるわ」
「くそっ! 今の馬に乗って帰ればよかった!」
「商会を開く資金が下りてこないけど、それでよかったら――」
「さあ行こう!」
フレイが一番小さな荷物を手に取った。オルティアの手が、フレイの手に被さった。
「フレイ、あなたの荷物はこっちの一番大きくて重い荷物よ」
「なんで?」
「あなたは男。か弱い女二人に荷物を持たせる気?」
「この中で一番か弱いのは私なんだが?」
熾烈な視線がぶつかって弾けた。
一人は力で、もう一人は言葉で戦おうと腹を決めた。
その時!
「伏せろ!」
今まで黙っていたビィーが、二人の襟首を掴んで、地面に引き倒した。
「なにかな?」
「殺意の塊がこっちへ来る」
フレイは腹ばいになった。オルティアは飛び上がって、剣を抜いた。
現れたのは――。
「偶然だな」
するりと大剣を抜き放つのは――。
燃えるような赤い髪を持った剣士。
「久しぶりだな」
ビィーの顔をひたと見据えている。
「ビィーちゃん、お知り合い?」
「いや、知らない」
挨拶を受けたが、ビィーに心当たりはない。
「……名乗るのは初めてだったな。俺の名はヴァシリス・ペッツ。雨の戦場で出会った、と言えば思い出してもらえるかな?」
どうだい? とばかりに赤い前髪を掻き上げ、フッと笑う。
ビィーは腕を組んで記憶層を検索していた。
ヴァシリスが、顔に不安の色を浮かべ始めた頃、ビィーがポンと手を打った。
「ああ、思い出した」
ふっ、と男前に笑うヴァシリス。思い出してもらって安心したのだ。
「あの時は、……雨で、わたしが全裸だったときだ。裸の私にいきなり襲いかかってきた男だな」
「変態! デバガメ!」
オルティアが、かばうようにしてビィーの前に出た。
「いや、違う! 勘違いすんなよ糸目女!」
「わたしが相手よ、変態覗き野郎!」
剣を正面に構えるオルティア。さすが親衛隊。悪に対する嫌悪感は人一倍だ。
「もう一人来た」
ヴァシリスをオルティアに任せたビィーは、左を向いていた。
「見つけたぜ白い背高のっぽの女! ここで会ったが百年目! あの時の屈辱を晴らしてくれようコンチキショウ!」
走ってきたのは、やたら背が高い男。くすんだ金髪を振り乱している。
手には黄色い光を放つ魔剣。
「だれ、この人? 知ってるかフレイ?」
「さて……あーっ!」
フレイは思い出した。
「神を狩る狼を追って時の――」
「うはははは! 思い出してくれたか? 俺の名はレヴァン。さあ、俺と戦え、白い女!」
「――ビィーを強姦しようとして興奮してた集団の中の一人!」
「コア帝国親衛隊副隊長オルティアの名の下、あなたを強姦未遂で逮捕します!」
オルティアが切っ先をレヴァンに向けた。
「ちょっ! まて、それナシ! ちょっ!」
レヴァンをオルティアに任せたビィーは、右を向いていた
「ここで会ったが三年目! ライオウ流のディノス、推参!」
男は鯉口を切って腰を落とした。遠い間合いだ。
「もう一人出てきたわ。今度はどんな変態?」
三人を相手にする気まんまんのオルティア。鼻息が荒い。
現れたのは、片方の目に眼帯を当てた黒髪の男。
「ああ……」
ビィーは頷いた。
「この男なら知っている」
「どこで会ったの?」
「銀麗館の二階だ」
「銀麗館?」
オルティアの疑問にフレイが答える。
「娼館だ」
「スケベ野郎ッ!」
真っ赤な顔をしてオルティア罵った。
「まってください! どうやら誤解が生じているようです!」
オルティアの罵りをディノスは全身全霊ではじき返した。
「何が誤解よ! デバガメに強姦魔ときて娼館と来たらすることはアレでしょうが!」
言葉を重ねグイグイと押し込んでくるオルティア。
「ちょっ! それはちょっ、違いますって! おい、そこの君達! 君達のせいで掛けられた濡れ衣ですよ! 何とかしてください!」
ディノスは、先に来た二人、ヴァシリスとレヴァンに文句を言った。
「誰か知らんが、お前はそこで糸目女を押さえてろ!」
ヴァシリスは長刀を下段に構え、攻撃の準備に入っていた。
「バカヤロウ! 俺が先だ!」
レヴァンは魔剣を上段に構え、気をためている。
「ふう……」
ビィーは、溜息を一つついた。
そして双剣を鞘に収めたまま、膝と腰をリラックスさせる。
――システム、メインに移行――
イラッときていたビィーは、本気になった。
次話「三人の剣士」
…三人の剣士って誰だっけ?
ご期待ください。