5.威力偵察
四日が過ぎた。
馬車を捨てる地点まで、あと一日の距離まで来た。
ここから白紙委任の森まで、人の住まう集落はない。
もう、引き上げ兵とすれ違うことはなくなった。すれ違うのは死体だけだ。
……死体は全部、装備を剥がされていた……。
日が暮れようとしてた逢魔が時。白紙委任の森と平行して走る荒れた街道。転がっている死体も相まって、それなりの雰囲気が出ている場所だった。
旅の二頭立て馬車が停止した。
「今日はここまで。野宿する」
オルティアが、そう宣言し、馬を馬車から解放し、草の生えた場所へと誘導する。
「うぐーっ! 腰が痛い!」
背伸びをしながら馬車より降りてくるフレイ。腰と背中あたりからポキポキと小気味よい音がする。
「のんびり揺られていたくせに。喋っている暇があったらビィーを見習え!」
オルティアは容赦ない。
ビィーは黙々と荷物を解いて降ろしていた。
「はいはい!」
「返事は1回。薪を拾ってこい。それと見張りの順番を決めておこう」
「俺は1番目ね」
「一番楽なのを取りおって」
細い目の片っ方から目を覗かせるオルティア。時折見せるレアな表情。その意味は、馬鹿にしまくったときとか。である。
「では2直目はわたしが引き受けよう」
「少しはビィーを見習ったらどうだ。お前、この中で唯一の男だろ?」
よく考えれば、フレイは両手に花状態だった。恐ろしく手折るのが難しい花二輪であったが。
そんなこんなで、焚き火も用意し、食事も済み、寝る権利を有する者は眠りについた。
深夜。
ビィーの当直時間だ。
小さくなってきた焚き火に、枝を放り込んで火の勢いを回復させた。
フレイが寝息を立て始めた事を確認した後、ビィーは場を離れた。
ぐるりと周囲を見て歩く。そんな風にも見える。
ビィーは、森に向かって歩き出した。目的の森の中で、複数の魔獣の気配を感じた。
13匹だ。
森に足を踏み入れたビィー。そっと双剣を抜き、目の前の高さで構える。
――モーフィングパワー・レベル1で発動――
左右の手にそれぞれ刀を握っている。
二本の刀が光り出した。
――原子変換――
刀から発せられた光がより強くなった。
森の中に潜む魔獣が長い影を引く。
――変換完了。冷却に入ります――
刀の光が瞬きながら消えていく。
ビィーは、変換が終わった刀の表裏を何度か見比べ確かめる。
見た目、さほど変化は見られない。刀身の色が若干青みを帯びただけ。
「あの魔獣……」
ビィーは、帝都出発の時、出会った魔獣アーキ=オ=プリタリクを思い出していた。
「あれも喋れるのだろうか?」
がそごそと森の下草をかき分け、魔獣達が姿を現した。気配を感じた数より1匹少ない12匹。
残りの1匹は森の中に潜んでいる。
姿を現した魔獣は、牛ほどの体躯を持つ狼が6匹。ビィーの臍ほどの高さの背しかないヒューマノイドが6匹。こいつは噂に聞くゴブリンという生き物だろう。
ビィーの刀が届かない距離を保って取り囲む。
ぐるぐると周囲を回り、隙をうかがっている。
正面に来たゴブリンが、一歩踏み出した。
後ろの殺意が大きく膨れあがるのを感じ取った。これは初歩的な陽動だ。
背後で、大型の狼が宙にいた。
進行方向の速度。上空よりの落下速度。牛並みの巨躯による重量。
3つの合計がビィーに迫る。狼の一部が掠りさえすれば、大怪我間違いなし。
加えて、人の弱点である上方からの攻撃。
もう一つ加えると、狼の背にゴブリンが乗っていた。ゴブリンは狼の背を蹴って、さらに高みへ。二段構えだ。
いざ、殺戮を! と2匹が気合いを入れた。ところが肝心の白い女がいない。
まさか?
ゴブリンは空を見上げた。
満月が空にかかっていた。その円盤の中に、人の姿をした影がある。
ビィーは、2匹のさらに上へ跳躍を終えていたのだ。
3つの影が空ですれ違う。
ゴブリンの首が飛んだ。
狼の背脂が切られ、背筋が切られ、脊髄が切られ、内臓が切られ、腹筋が断ち切られた。
ビィーが着地した。着地点の魔獣が2匹、血煙を上げて倒れる。
着地と同時に右へ飛ぶ。ビィーがいた場所に、四つの肉片が落下した。
魔獣達が力の差に気づいたのは、6匹目が血を吹いて倒れた頃だ。
ビィーが持つ二本の刀が舞う度に、血煙が舞う。獲物だったはずの対象物に、獲物にされている。
一度に2匹ずつ葬っていくビィーは、6振り目で最後の2匹を倒してしまった。
ビィーの刀は剃刀のような切れ味を持っている。
刃を砥石で乱し、引っかかりを多くする刀法の方が効率的だ。かすめるだけで肉を裂き、怪我の治りを遅くする。戦場への復活を遅くする意味でも有効だ。
だが、ビィーの振るう刀は、それとは真逆。
腕が無くては中途半端な結果に終わる。
そしてビィーのテクニックは、それに充分答えている。
作業を終えたビィーは、両の刀を振り、血を払う。
半歩体を動かすと、森に相対した。
残りの魔獣は、様子を見ている1匹だけ。これが、なかなか立派な気配を放っていた。
――システム、メインへ移行――
ビィーが本気モードに入った。
向こうから仕掛けてこないと見て、足腰にバネをためる。気配の位置まの距離を一気に跳躍する気だ。
気配が小さくなる。
大きく後退したのだ。
そのまま、森の木々をジグザグに縫って消えていった。
――システム、サブへ移行――
戦闘終了。
ビィーは刀をチェックした。
刃こぼれは無い。あるはずがない。
想像通りの切れ味だった。
「今回の問題点は……」
襲ってきた魔獣の見た目と、戦闘術の間にギャップがある。
ゴブリンと狼程度の魔獣が開発した戦術とは到底思えない。
連携といい、回りくどさといい、戦い方に「趣」を感じる。
ビィーは、逃げていった魔獣に思いを巡らした。
そんなに大きくなかった。這いずるような足音だった。異常に敏捷だった。
撤退のタイミングに知性を感じた。小賢しくも回避運動をしていた。
魔獣達をけしかけて、ビィーの実力を測ろうとしている。そう推測した。
「こいつか?」
ビィーは逃した魔獣を黒幕と仮定した。
「ただの魔獣に、そのような知恵はあるか?」
災害魔獣なら高度な知能を持っている。
だが、先ほどの魔獣はずいぶん小さい。過去であった災害魔獣は全て巨大だ。巨大が故に力も強い。
選択肢が多すぎる。情報が足りない。あるいは常識や過去のデーターで推測してはいけないのか。
「この手のタイプは、もう一度仕掛けてくる。それも趣向を変えて」
まだ、正体のデーターを採取するチャンスはある。
ビィーは双刀を鞘に収め、キャンプ地へと戻った。
心配していた焚き火の炎は衰えていなかった。
周囲を対人レーダーで探り続けたが、交代時間が訪れるまで何も現れなかった。
「うえ? もうそんな時間?」
寝起きのオルティアは無防備だった。どのような寝かたをしていたのか、頭頂から一房の毛が飛び出していた。
「うー、交代するわね」
あくびと背伸びをして、ビィーと入れ替わる。
無防備なオルティアは女言葉で喋るようだ。
「問題なかった?」
「特に問題なかった」
横になりながら、ビィーが答えた。
「12匹ばかりの魔物に襲撃されたが、返り討ちにしておいた」
そう言って目を閉じると、たちまちの内に寝息を立て始めた。
「そう……って、えー!?」
かなり大声で叫んだのだが、ビィーはもとより、フレイも目を覚まさなかった。
日が昇って当たりが明るくなってから、魔獣の死体を確認したオルティアが、もう一度悲鳴を上げるはずだ。その時はフレイも目を覚ますであろう。
次話「オルティア、吠える」
何に吠える?
ご期待ください。