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3.お買い物


 結局、準備のための準備で、その日は潰れた。

 翌日より、本格的な準備を始める事となった。


 今、ビィーがいるのは城の武器庫。

 通常の武器庫ではない。皇帝一族専用の特別な武器庫だ。


 そこに保存されている武器の内容を鑑みれば、宝物庫と呼んでも差し障りはない。

 何せ、今ビィーが手にしている小さなダガー1本で、庭付きの貴族仕様タイプの家が買えるのだから。


「動物の皮を剥いだり、鍵やドアをこじ開けるのにちょうど良い」

 彼女はそれを腰のベルトに差した。


 ビィーは、先ほどから、宝物庫を漁っていた。


 彼女一人だけではない。親衛隊長がアシスタント兼説明係として付いている。

 人払いをした執務室に入ってきた罰だそうだ。この程度で済んで良かったと言っている。てんが、はたしてそうだろうか?


 ビィーは一振りの大剣を引きずり出した。

 刀身は2メートルを超え、幅はビィーの太股より広い。柄の部分に赤い宝石が埋まっている。

「なるほど」

 そんな大剣を軽々しく振り回す。


「それは魔剣ソウルブレイカー。斬った相手の心を折る剣です。面白そうな剣ですね」

 親衛隊長が微細な説明を入れてくれる。


 ビィーはそれを無視している。正確には無視したわけではない。ちゃんと聞いているが、うまい返し方を知らないだけだ。


 だが、無視された格好の隊長は気分の良いはずがなかろう。

 しかし、唇にうっすらと笑みを浮かべたまま、じっとビィーを監視したままだ。


 ビィーは大剣を元に戻した。彼女が扱うには刀身が長すぎるのだ。


「これは?」

 細身の直刀だった。なんだか禍々しい気が立ちこめている。


「ああ! それは行方不明になっていた伝説の4本剣の一つ、雷神剣! 魔力を持つ者が力を込めると雷が迸るという伝説魔剣!」


「ふーん」

 ビィーは先ほどベルトに差し込んだ短剣を引き抜いた。

 ちょっと力を込める。


”スタンフィスト起動”


 パリパリと小気味よい音がして、青白い電光が刀身を走る。


「なるほど、金属刀はこういった使い方もできるのか。参考になった」

 ビィーは雷神剣を放り投げた。


「ああっ! もったいない!」

 親衛隊長の悲鳴が武器庫に木霊する。 



  

 ビィーはとうとう、武器庫の最深部まで行き着いてしまった。


 突き当たりには不思議な剣が安置されていた。

 胸までの高さはある意思の台。凝った装飾が施された大剣が、その台に突き刺さっていた。


 不思議な力を感じる。


「これは?」

 ビィーは右手で大剣の柄を握った。左手で台を押さえて引き抜こうとした。


「剣の意思が無ければ抜けませんよ。これは勇者の剣と言って、世界に魔王が攻めてきた時――」

 ビキッ!

 台にヒビが入った。ゴリゴリと音を立て、剣が引き抜かれていく。

「――神に選ばれた勇者が、ってオイ!」

 刀身に台座の素材が張り付いている。剣は壊れないが、台が壊れたのだ。


「これも長すぎるな」

 ゴリゴリゴリ。

 ビィーは、剣を元に戻した。 


「次、勇者が引き抜く時、あまり力がいらないぞ。次行ってみよう」

 親衛隊長は口を空けたまま、ビィーに従って歩いていった。



 あれでもない、これでもないと、探査は続いたが、もう何も残っていない。

 後は外の町で見繕うかと思い、入り口近くまで戻った。

 親衛隊長の顔が、20歳ばかり老けていた。


 ふと目を落とす。

 扉の脇にひっそりとした棚があった。


「む?」

 ビィーは二振りの刀を見つけた。


 鞘から抜き出す。双方、全く同じ型をした片刃の剣だった。


 片手剣にしては短すぎる。短剣にしては長すぎる。幅は長剣並み。厚みは片刃剣並。

 どれにも属さない中途半端な刀だ。


「ああ、それは双子の剣ですね。特にこれといった特徴はありませんね。値段がお高い上質な剣です」


 ビィーは手にとって感触を確かめた。両手で振り回すのにちょうど良い長さだ。

 柄は金属製。刀身と一体化したタイプ。握り部分に大きな宝石がいくつも埋め込まれている。


「これが良い」

 鞘に収め、腰のベルトに二本とも差し込んだ。


「用事は終わった」

 ビィーが武器庫から出て行こうとした。


 それを隊長が止める。

「防具はよろしいのですか?」

 なにせビィーは、2本とはいえ短めの刀を持っただけなのだから。


「今作戦は山岳戦となる。重たい装甲は必要ない」

 無表情ながら、声が弾んでいる。なんだか嬉しそうだ。


 シティアドベンチャーを苦手とし、山岳戦を得意としているためと推測される。

 ビィーは振り向くことなく、武器庫を後にした。






 一方、フレイは――。


「山歩きだからね、足元はしっかり固めないとねー」

 町に出ていた。


 王家御用達の看板を上げる超一流店にいた。

 店主直々に相手してもらっていた。


「この靴良いね! 縫い目がしっかりしている」

「さすが陛下より直々の商売を依頼される旦那様。なるほど、お目が高い。これはこの店でも最高級の部類に値します商品です。一流の職人が半年かけて縫い上げた商品でございますよ」


「へーそうですか。ご亭主もなかなかお上手ですな」

 うそつけ。これは上から下がって10番程の品質だろう!

 言葉には出さないが、目が物を申していた。


 店主もそれを読み取れる人物であった。

「恐れ入ります。でもですね、旦那様、それの品質がよいのは折り紙付きでございすよ。そしてこの価格。なんでもでもかんでも良い部材と良い職人を合わせて作った見せかけだけの商品よりずっと優れております。その事に気づかれてお選びになられた旦那様こそ買い物上手でございますですよ!」


「いや、こりゃ一本取られたな。これのと同等のサイズ違いあるかな?」

「ございますとも旦那様!」

 店主は小僧を呼びつけ、奥の倉庫から持ってくるよう命じた。


 小馬鹿にしたようなため息が、フレイの後ろから聞こえてきた。

 お目付役兼、護衛で付いてきた親衛隊副隊長である。


「金は皇帝陛下が出すんですけどね」

 わざと皮肉ったらしい口調を採用する。


 副隊長の名はオルティア。オルティア・エンルート。

 二十代前半の女性騎士である。

 ストレートの黒髪は短く切られている。顔の各パーツは平均的。美人の部類に入るには入るのだが――。


「えーとね、オルティアちゃん。君、美人なんだけど、猜疑心という文字を絵にしたような細い目が全てを台無しにしてるよね?」


 その揶揄にオルティアは慣れているのか、怒ることなく、にまりと笑う。

「この目つきのおかげで、仕事がしやすいんです。卑しき商人に、お判りかな?」

「うん、鎧の下にボンキュッバーンな体を隠し持っているだけに非常に残念だ」


 予想された斜め上を回答されたのだろう。オルティアは笑みに歪んでいた口を引き締めた。

「そうそう、それでいい。君は私の護衛兼、お財布役なんだかね」

 フレイは完璧な商人の仮面を被っていた。あまつさえ、爽やかな作り笑顔まで浮かべて見せた。


 フレイは、後ろ足で砂をかけるようにして、店主へ向きを変えた。

「ここの支払いはどうなるのかな? まさか現金が必要とか?」

「いえいえ、とんでもない。お城へツケでございますよ旦那様」

「なるほど、お財布は要らないのか」

 チラリとオルティアの顔を盗み見る。実にあざとい。


「私も早くお城にツケを取りに行ける商人になりたいものですなぁ」

「いやいや、旦那様ならすぐ! すぐでございますよ。あ、そうそう、いかがでしょう? 旦那様と商売の四方山話をお話しいたしたいのですが、この後、奥のお部屋で如何でしょうか?」


 フレイは、親衛隊副隊長をちゃん付けにして挑発行為を続けている。対して、親衛隊副隊長は反論せず、ぐっと我慢している。

 この若造は何者なのだ?

 店主は、将来大物になる可能性のある若い商人に、投資しようとしているのだ。


 これはフレイの思うつぼ。国家転覆の危機を救おうとする男に、親衛隊の副隊長風情がどうこうできない。

 フレイはそこを突いていた。立場を利用した。


「そうだね。つもる話もあるからね。あ、オルティアちゃん! このあと食料とか野宿用品の用意も付き合ってね!」

 このようにして、フレイは高級商人と伝手を作っていくのであった。






 出発前夜。

 フレイと打ち合わせを行っているビィーの元に、一人の美少年がやってきた。

 皇太子クリストである。

 共を一人も連れていない。お忍びであった。


「ビィーさん。僕も一緒に連れて行ってください」

 その目は、ある決意を秘めた力を持っていた。


「……だめだ」

 当然、ビィーはその申し出を断った。


「なぜです? 僕は剣を使えます。体力だってフレイさんには負けていません」

 クリストはビィーに詰め寄った。

「だめだ」


 ビィーはクリストの肩に手を置き、軽く突き飛ばした。

 足をもつれさせて壁に背をつけた。

 ビィーが素早く間を詰める。


 ドン!


 ビィーの掌底打ちが、決まる。クリストの顔の横に壁に。


”壁ドン”

 発信源不明のメッセージが入ったが、ビィーはこれを無視。クリストをその目で睨み付ける。


「そ、そんな脅しつけたって、僕は付いていきます!」

 クリストは、何を勘違いしたのか、頬を赤らめて顔を背けた。


「あ-あ、思い詰めた美少年は厄介だぞぉ」

 フレイが茶々を入れる。


 実のところ、ビィーは問題の対処法が思いつかないで困っていた。こういうのは未経験。どうすれば良いのか解らない。


”道を示してやろう。こう言うんだ”


 発信源不明のメッセージが入った。溺れる者は藁をもすがる。今度はビィーもその「声」に耳を傾けた。


”万が一、我が身に何かあったとしても――”

「万が一、我が身に何かあったとしても、皇帝は助けに来てくれないだろう。それは、殿下、あなたと共に遭難してもだ」

 喋りながらビィーはその通りだと思った。


 発信源不明のメッセージは続く。

「殿下なら、何らかの行動を取ってくれると信じている」


 そして、発信源不明のメッセージは、最後にこう結んだ。


”お願いニャン!”

「お願いニャ……だ」

 危ないところだった。


 そこまでビィーに言われれば、クリストは納得せざるを得なかった。


「必ず、無事に帰ってきてください」

 クリストは名残惜しそうにして、ビィー達の部屋から出て行った。


「見直したぞビィー。男心を弄べるんじゃないか」

 振り返ると、ニヤニヤ笑っているフレイがいた。


「あの壁をドンとするテクニックは使えるな……」

 誰に使うつもりなのか、一人悪い顔でニヤつくフレイであった。




次話「アーキ=オ=プリタリク」

負け戦の風が吹く。


ご期待ください。

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