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1.戦慄の空中戦艦「ジズ」


 ビィーは思考していた。


 かなり前から……そう、コア帝国帝都ゴッドリーブへ足を踏み入れた時から、解について、予測を立てていた。


 ミノタウロス、アイマラの村、フレイの話、アンラ・マンユ等々。鍵は旅の途中に散りばめられていた。

 古代語の辞書を編纂していく内に、正確な解答が手に入った。予測した解答とそう大きく変わらないかった。


 そう、答えは得た。

 しかし……


”答えを得てからの?”


 発信源不明のメッセージが届く。

 何回も思考を巡らせている。そしてこの位置に思考が巡ってくると、このメッセージが届くのだ。

 ビィーは知らない。これが悩みである事を。


「一度全てを肯定してみよう」


 ビィーは唐突に思いついてしまった。

 全てをより大きな物語の一部として、今一段高い視野から物事を捉えてみようと。


 導かれた解答は正しい。あれを戦艦と呼んでいいだろう。

 でもその解答は、単なるパズルの解だ。

 それは、「答え」という名の「通過する点」に過ぎない。 


 その答えは出た。ならば、次はどうする?


”ビィーの成したい様に成すが良い”

 発信源不明のメッセージが届く。


 成したい様に成す。つまり好きな事をする。

 答えを元に何をするのか?


 答えを利用し、大儲けするもよし。

 あるいは無視して、我関せずと昼寝をするもよし。


 自分は何をしたいのか?


 許せるものと許せないものがある。

 許せない者は、戦って倒したい。それが自分の成したい事。


 では具体的に何を成すのか? 行動するのか?


 この答えも、実は出ていた。だけど、実行するか否かの判断ができないでいた。

 どちらに傾くにしても、即行動できる位置に立っていたい。


 ビィーの悩みは続く。




 やがて扉が開く。

 そこにはビィーとフレイ、そしてアイアコス皇帝と宮廷魔術師長アンセルムの四人が立っていた。


「な、なんだ……こりゃ! ここはどこだ?」

 フレイは、口をあんぐりと開けていた。目もこれ以上は開けないほど開いていた。

 見上げたら岩の天井。ここは地下の大広間だ。

 そこに納まっている物は……。


「地中の城とか砦だとか……」

 フレイを代表とする一般人の目に、建築物に映っても仕方ない。


 この位置からだと、視界に全部は入らない。

 それは巨大。3百人は立て籠もれる砦サイズ。


 表面は石だろうか? 金属だろうか? 青白く輝いたり輝かなかったりする、ざっくりと言ってなめらかな表面。

 丸みを帯びながらも尖った先端。左右完全対象の構造。

 そんなのが地下の大広間の全てを占めていた。


「えーと、この中にジズが居るんですか?」

 口を波打たせ、恐る恐るといった風情で聞いてくる。


「いや、違うぞフレイ」

 答えたのはビィーだ。


「これがジズだ」

「でかい!」


「正確にはジズの一部。3つに分けられ、隠されていた内の1つだ。残り3つを繋げないと真の実力は発揮されない」

「はー、こんなのが後二つあるのか」

 見ようによっては嘴と頭の部分に見えないこともない。


「あれ? って事は、この1個だけでも戦えるのか?」

 ビィーは頷く。

「1つだけだとセィフティが働いてるから、天井を覆う土砂や岩石を払って飛び立つ事ができない。だが、2つ以上起動できればセィフティが解除され、飛び立つ事ができる。3つ揃って初めて高速機動飛行を可能とし、全機能の使用が可能となる。3つのパーツが合体して、真のジズとなるのだ」


 これが3つも連なるとなれば、かなりでかい。


「総全長730メットル。複合金属装甲厚150サンチ。完成型の最高飛行速度は音速の15倍。単体での大気圏離脱入が可能。44サンチ全方位熱線砲108門。対地攻撃分裂型炸裂弾投擲管36門。主砲広域衝撃砲3門。……言っても判らぬか?」

 ビィーが説明しているが、フレイには何のことやらサッパリの様だった。


「なあ、ここはどこなんだい?」

「ここに来る前に説明を受けただろう?」


 ここは、帝都ゴッドリーブ近くに存在した、元ミノタウロスの迷宮。

 その最深部。


「帝都近くの迷宮。こちらから手を出さねば無害とはいえ、不安材料だった。迷宮近くに砦を築いて、恒久的な戦闘能力を構築し、国としての戦力と物量で攻略したた。攻城兵器も用いた。いわば、迷宮という国相手の戦争だな。帝国軍5万人を動員したら、2年で制覇できた。そして、迷宮最深部より発見されたのが、そこにある伝説の魔獣とされた『ジズ』の一部だった」


 生み出した旧神ですら倒せなかった三大魔獣の一つ。空の影ジズ。

 ジズそのものなのか、ジズの名を冠する兵器なのか、そればかりは判らない。


「ミノタウロスの迷宮より持ち出された書物の翻訳は完成された。そこに書かれている内容は、空中戦艦『ジス』の存在とその操作方法だった。これぞ正に予が求めていたもの!」

 何をするために巨大すぎる力を求めていたのか?


「空中戦艦ジスは、何者かによって3つに分けられ、それぞれの迷宮深く隠された。この古文書によると……」

 皇帝は翻訳された古文書を手にしていた。

「……ミノタウロスの洞窟は、あと二カ所あるとされている。ゼクリオン候国の東と、ゼルビット半島の中央部。この二つだ」


 そしてパラパラとページをめくる。

「ゼクリオンの迷宮にはジズの翼がある。ゼルビット半島にはジズの胴だ」


 フレイが首を捻っている。

「ゼルビット半島中央部って……」

 頭の隅っこの情報を絞りだそうとしているのだ。

「たしか、災害魔獣カムイの本拠地、白紙委任の森!」

 フレイは足を震わせ始めた。

 白紙委任の森とは、文字通り白紙の委任状を差し出すのと同じ意味を持つ森のことである。その森に踏み込むこと、それはすなわち、命、運命、財産、心、地位、名誉、思い、希望、全てが、森の王たる災害魔獣カムイの手に委ねる事を意味するのだ。

 絶対的な死地。それが、人をして白紙委任の森と呼ばせるのである。


「触手ノ王とか土地神とか呼ばれている、6つの災害魔獣の……魔王アンラ・マンユと肩を並べる大魔獣じゃないか!」


 皇帝の肩が揺れた。笑っているのだ。

「とある理由による予想を元に……といっても予の勘だがな……、ミノタウロスの迷宮について、すでに侵攻は計画されていた。夏のゼクリオンへの攻撃は、連中をブラッカ山脈まで後退させるためのものだ。よけいな邪魔をされないためにね。すべて、白紙委任の森の、迷宮攻略のための下準備だった」


 あの戦争で、深追いしなかったのは、ゼクリオン候国侵略が目的ではなく、後退が目的だったからだ。


「今回、大々的に兵力を動員した。ダッガー、オトリッチ、セントピート、ドラン、モゼル、ブラッカ、ゴルビス、各諸侯共を動員させた。その数150万」

 皇帝は笑う。権力者特有の、見ている者に恐怖を感じさせる笑みだ。


「触手ノ王攻略作戦は、一月前の皇子の誕生日パーティ当たりから開始されている。ウォルト騎士隊長を連合軍最高司令官とした。本腰を入れた侵攻作戦だ」


 誕生日パーティーは白紙委任の森侵攻のための打ち合わせを兼ねていたのだろう……。

 白紙委任の森に秘められているのはジズの胴か翼か? 

 軍は拙速を尊ぶという。軍を起こした時点では不明だが、結果としてどちらでもオッケイだった。


「迷宮攻略と同じ戦法だ。四方より白紙委任の森を攻め、触手ノ王そのものを焼き払う! 焼き払った後、ミノタウロスの迷宮を制覇する。150万人による迷宮攻略だ。組織的な調査の元に組織的な攻略。経験が知識となり、迷宮はその全てが剥き出しとなる」

 物量作戦である。


 ビィーはというと……。

 現実を実感していなかった。触手ノ王カムイの実体を知らなかったからだ。


 そういうわけで、そんな目をしてフレイの顔をじっと覗き込む。

 フレイも、その辺は心得ている。

「えーと、触手ノ王カムイとは、テュポーンとか土地神とかも呼ばれていて、6つの災害魔獣でも一・二を争う力をもっている。魔王アンラ・マンユと時々戦っているんだが、戦闘力は互角。その正体は繁殖しまくった触手の魔獣なんだ」


”触手、キターー!”


 発信源不明のメッセージが届くが、ビィーはこれを無視。フレイに話の続きを目で促した。


「体はでかいよ。なんと魔獣の住まう広大な森が体だ。その大きさは町よりでかい。ちょっとした国並の大きさだ。そして年々生息領域を広げている。つまりシダや蔓なんかの植物が繁殖して増えているのと同じ現象が起こってるんだ」

 フレイは自慢げだ。鼻が高くなっている。


 皇帝はフレイの説明が終わると、その後を受け継いだ

「そのとおりだ。今回の軍部隊展開目的の一つに、ここら辺でカムイの成長を食い止めるという意味もあるのだ」


 ビィーの頭の中に、魔王アンラ・マンユと接触した際の記憶が再生されていた。

 思う事は一つ。あのような超常現象を引き起こす魔物相手に、物理攻撃が通用するだろうか?


 皇帝は大量の兵を動員し、物量作戦に出た様だが、果たして……。


 ビィーは、情報の量とその正確さに不備を感じていた。

 人間は、魔獣の一部が高度な意識と知恵を持っている事を知らない。

 触手ノ王カムイなる魔獣は、……果たして、帝国連合軍以上の物量を保持していないと言い切れるだろうか?


 そして、アイアコス皇帝の最終目的は何だ? ジズをなにに使う?


 ビィーは判断に苦しんだ。


 生憎と、もともとロボットだったビィーは、征服欲というモノを持ち合わせていない。

 だから、可能性という選択肢が多すぎて、皇帝の目的を絞り込めなかったけだ。


 なら、ダイレクトに聞けば良い。

「アイアコス皇帝。ジズを復活させてなんとする?」


「何をするかだと? それを今、あらためて聞くか?」

 皇帝の目に浮かぶ炎は野望。この世を燃やさんとする炎だ。


 ビィーはその熱に、危険を感じたが……。今はただ単に感じただけだ。彼女が求めるモノはそれではない。故に、真の答えを求めようとし、言葉を包むオブラートを全て外した。

「アイアコス皇帝。オリュンポス山脈を砕き、海を二つに割るつもりか?」

「やるとは言わないが、やれるとは言っておこうか」


 見えるのは身の丈を超えた野望。


 ビィーは、さらに皇帝の真意を求めた。

「ジズは、人知を越えた者が作りしロストテクノロジー。その火力は地上の施設を破壊しつくすことが出来る。それを防ぐ盾など無い。あなた方が現在所持する武器では、空を飛ぶジズに届かない。まして強固な外部装甲を貫く武器もない。正しく戦慄の戦艦。その力を持って、この世界の人類として何を成す?」


 皇帝は即答しない。静かな時間が過ぎる。作業員が立てる物音だけが、生物の存在を主張している。


 ……いや! ビィーのセンサーに何かが引っかかった。そこへ意識を集中しようとした時、皇帝が口を動かした。

「ビィー。君は美しく聡明だ。解るだろう? ジズは既に人の世に出た。たとえ予がジズを放置しても、その情報はいつか他人に渡る。いずれは人の元に現れる存在だったのだ。ならば予が、コア帝国のため、ジズを使う!」


 なるほど。狂信的なまでの征服欲か。

 この世界の人類は、民意が低い。

 得てして、身の丈を超えた力を持つと、血にまみれた暴走が始まるものだ。


 ビィーは物騒なことを考えていた。

 皇帝をここで殺害すれば、計画は頓挫する。しかし、他の人類が後年、それを引き継ぐかも知れぬ。ならば、ここで事を起こしても無駄な殺人となる。


「アイアコス皇帝。今の人類に空中戦艦ジズを使いこなす事はできない」


 皇帝は、ペンダントに加工した青いオニキスを取り出した。

「これを持つ者の思念でジズは動く、思い通りに働かせることは簡単だ」


 そういう意味で言ったのではないのだがな。

 ビィーはそう思っていたが、理解されぬ事を予想して口をつぐむ。


 皇帝はそれを黙認と取ったのか、熱い思いを吐き出した。

「オリュンポス山脈の向こうには、肥沃な大地が広がっている。そこを治める諸侯の力は強い。争いも絶えぬだろう。ならば、予がこの力を持って世界を統一すればよい。あれほど人間を苦しめてきた災害魔獣も簡単に始末できよう。人の力でこの世を治めるのだ。これぞ正に神の力。神の意志!」


 ビィーは皇帝の話を聞きながらも別のことを考えていた。

 さっき感じた生命の気配。それはジズの頭部から発せられたもの。


 オニキスは起動補助キーにすぎない。既に一度、皇帝はオニキスを持ったまま、ジズの頭部に近づいた、あるいは内部に入った事があるのだろう。

 ジスの頭部は息を吹き返した。ブリッジ内の総指揮官席に立つ者の指示を待っている。

 今となっては、オニキスを破壊しても同じ事。ジズを破壊したら……。

 今はその時ではない。暗殺に近い状態でジズを闇に屠るのは愚策に思える。


「ジズを引き継ぐ別人も同じ事を思いつくぞ。頂点に立つ者が変わるだけでやることは同じだ。ならばより良くこの世を治められる予こそが真の皇帝に相応しいと思わぬか?」


 この世界の……今の人類の倫理観は低い。

 ジズの起動は止められない。

 1体を破壊したところで、残り2体だけでも地表を根こそぎ耕すことが出来る。


 一部の人類に対してだけだが、ジズの存在が明るみに出た。知っている者を全て抹殺すれば再び闇に埋もれるだろうが、その行為は魂の奥が拒否している。


 ビィーは、より効果的な対処法を思考し始めていた。

 答えは最初から出ているので、あとは決行に移すだけだが……。


 それよりも気になることがあった。今のビィーにとって、差し迫った危機である。

 それは……解読の仕事が終わったので無職になってしまったことだ。


「ビィーとフレイよ。新たな仕事を依頼したい」

「ははーっ」

 フレイがかしこまった。


 ビィーは仕事と聞いて、表情を引き締めた。どこがと聞かれても答えにつまるが、ワクテカ感を漂わせている。


「ブラッカ山脈を越え、ゼクリオン侯国の迷宮を攻略してまいれ。手法は一切問わぬ」

「ははー……今なんと?」

 フレイがポカンとした顔をしている。

 対してビィーは、皇帝の思惑を理解した顔をしている。


「あそこは敵地である。選りすぐった少数で向かわねばならぬ。その方らは選別候補のトップメンバーだ」

 フレイは地元。ビィーは戦闘もそつなくこなすスペシャリストである。当然の選出だろう。


 色々思惑はあったが、仕事とあらば二つ返事で引き受ける性癖の持ち主がビィーである。

 しかし、それは命令されて動くのと何ら変わりないことに気づいていない。


 仕事を受けようと口を開きかけたとき、訃報が入ってきた。

 鎧に血を付着させた伝令兵が、皇帝の前に跪いたのだ。


「ご注進いたします!」

「ゼルビット中央部制圧軍の伝令か? 何事があった?」

 皇帝の顔には「嫌な予感」と書いてある。


「連合軍150万、敗走いたしました!」 




 ――インフォメーション――

 ――メインシステム、24時間以内にアイドリング期間終了予定――



次話「準備」

一度流れ出せば怒濤となる。


ご期待ください。

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