――汗臭い話――
1.ヴァシリスの件
ヴァシリスを襲う光は1本ではなかった。
同時に4本が襲いかかってくるのだ。
襲いかかられてから避けていては間に合わない。
これは、ヴァシリスが短い間で習得した経験である。
「ほう? 事前に避けたか?」
老いた声がする。
目の前の老人が発したものだ。小枝を一本、手にしていた。
「だが避けるという行為は、階段の前までたどり着いた、ということ。ここから階段を上がらねばならぬ」
「観えれば上がれるっ!」
老人に1本の光が襲いかかった。
「ほう?」
当然のように光を避ける老人。
「これは末恐ろしいな」
老人が話し終わるまでに20本の光がヴァシリスを襲う。全方位からの攻撃だった。
この老人、負けん気が強い模様である。
「ぐあっ!」
避けられる代物ではない。
ヴァシリスは打ちのめされて転がった。
ころころと転がって、動かなくなった。
「12本喰らったか……。ギオウ流にその剣は重すぎる。もっと軽いのに変えろ」
「あんたより軽い剣は持ちたくない」
うつぶせのままヴァシリスがほざく。
老人は笑った。
それは天使が獲物を見つけたときの高貴にして下劣な笑みだった。
2.レヴァンの件
その島は、全てが樹齢数百年の巨木による森で覆われていた。
……倒木による幾ばくかの筋を除いて。
「避けるんじゃないレヴァン! 避ければ上達しないぞ! 目で見るな、体で見ろ!」
直立した熊が、なんかかっこいいことを喋った。
その熊は手に剣を持っていた。
よく見ると熊の毛皮を頭からすっぽり被った、野性的な人類に見えないことはない。
「ばっかやろう! アレをまともに受けたら目で見る前にあの世行きだろうが!」
ディノスが指す方向。そこには幅3メートルに及ぶ深い亀裂が向こうの方まで続いていた。
熊が放った剣圧によるものだ。
「剣圧は体得するものだ。考えてはいけない。感じるんだ」
熊は少ないボキャブラリーで剣の道を教えている模様。
「教え方を知らないから体の良い言い訳してるだけだろ!」
「なななな、なにを根拠のないことを!」
「俺の剣は魔剣ソードブレイカー。当たりゃ無条件で切れるんだよ」
「切れると言うより折れるんだろ?」
「敵の武器をファンブルできりゃ、こまけーこたーいいんだ――よっと!」
レヴァンも斬檄を放った。
熊の技より細くて短いが、充分熊まで届く威力だった。
「ふん!」
熊は左手を突き出た。
レヴァンが放つ斬檄がそこで弾けた。
そして威力を握りつぶす。
「これがスイオウ流防御術。剣士たる者、防御も大事だぞ!」
「そんな防御できるのは師匠だけだ」
「褒めるな」
「けなしてるんだ」
「何だとこのやろう!」
「やんのか? コラー!」
二つの豪剣がぶつかり合った瞬間であった。
おおむね、レヴァンの修行は順調に進んでいるようであった。
3.ディノスの件
ディノスは直刀を手に入れた。コントロールしやすいからだ。
片刃だった。反対側の刃が邪魔だったからだ。
ディノスの周囲には、人の背丈ほどある5本の丸太が立っていた。
高速をもって良しとする流儀に反して、ゆっくりと刀を抜く。
中途半端な位置で腕を止めた。
スパン!
腕が動いたかの様に見えなかったが、正面の丸太が斜めに切り落とされた。
「なるほど。筋肉以外で体を動かすとはこういう事なのか」
スパン! スパン!
同じく、ディノスに動きは無い。だのに右と左後方の丸太が「同時」に切り落とされた。
「型は重要だな」
スパン! スパン!
残り二つが斬り飛ばされた。
「ライオウ流奥義……」
名前はまだ考えてない。
ここで初めてディノスの体が動いた。
左の丸太が宙を飛ぶ。その丸太を縦に切り下ろした。横に切った。逆袈裟に切り上げた。
「やはり体を動かす方が性に合ってるな」
のそのそと刀を鞘に収めた。
「ちょっと! いつまで薪を割ってたら気が済むの!」
太ったおばちゃんが、小屋から出てきた。
もの凄い剣幕だった。
「あ、すんません! すぐ片付けますんで!」
腰を直角に折り曲げてディノスは謝った。
「片目だからって容赦はしないよ! 昼に間に合わなかったらフルボッコだよ!」
「すんません、すんません!」
「あんたねぇ、薪は剣で切るんじゃなくて、斧でカチ割るんだよ!」
「いや、これは剣ではなくて刀……」
「あんた! 口答えする気!?」
「すんません!」
こちらもおおむね修行は順調に進んでいるようであった。