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6.格納庫

 広間の壁を割らんばかりの拍手が鳴り止まぬ中、クリストは、彼女に走り寄っていた。

 気がつけば椅子を蹴って走っていた、と言い直すべきか。 


 公的な広間で走る、などという不作法に、誰も気づかなかったのは幸いである。

 クリストは、ビィーの正面に立っていた。嬉しかった。破顔とはこの事を指してできた言葉なのかもしれない。


「ビィー、ありがとう! 最高のプレゼントだよ」

「お気に召したか?」

 何でもないといった顔のビィー。いつも通りだった。


「殿下、ご紹介ください! この美しいお嬢様はどこのどちらで?」

 立派な髭を生やした某男爵が、興奮した声を出しながら二人の間に入ってきた。


 この男、爵位は低いが、財政方面で異彩を発揮している怪人物である。多くの鉱山開発と運営に辣腕を振るっている。帝国運営になくてはならぬ人物である。

 皇太子といえど、無碍にはできない。


「えー……、皇帝よりちょっとした仕事を指示されて城に勤めている者で、ビィーと申す者です」

 まさか極秘任務は明かせない。それより、存在そのものを公にすることができない立場である。この場面、宮廷側にとって大変まずい出来事に相当するのだ。


「私、ワルト伯のロンゲストです。是非、我が家でピアノを演奏していただきたい」

 別の貴族が入って来た。髭の男爵より高位の貴族だ。この男、都市計画面で帝国を支える有力な貴族である。


「皇帝より授かった仕事が、あと一月あまり御座います。それが済んでからでよろしければ、何なりと……」

「それで結構です! 我が別荘へご招待致します!」

「で、ではその後に我が屋敷へ!」

 髭の男爵が二番目の予約を入れた。


 どうやら、頼めば演奏してくれるらしい。それがわかると、我も我もと、人々が押し寄せてくる。有力貴族が先頭に立って押し寄せてくる。


 先頭に、ゼクリオン戦争の兵站を一気に任された有力貴族の顔が見える。

 押し寄せる人波に、飲まれていくビィーとクリスト。危ない事態になってきた。


「お静まりあれーぃ!」 

 ガチン!


 石造りの床を大剣の切っ先で突き刺す音。

 皆が音の元へ視線を動かす。

 怒髪天を突き、危険な角度に眉を吊り上げ、素人目にも鮮やかな殺気を八方へ放つ大男。

 コア帝国騎士隊長ウォルト・ヴィルベルグ卿その人である。


「皇帝陛下の御前であるッ! 御方々、クリスト殿下の御身を危険に晒すおつもりかッ!?」

 ザッと恐怖の波紋が広がり、貴族の御方々は二歩三歩と、後ろへ下がった。


「今宵の演目はこれにてお終い。では、レディどうぞ」

 ウォルトが肘を曲げた腕を差し出す。


 ビィーはその腕をとる。娼館で教えてもらった礼儀作法がここで生きた。

 ウォルトにエスコートされ、広間を後にするビィー。長身の二人が並ぶ姿は絵になっている。


「ウォルトもなかなかやるな」

 坐したまま、アイアコス皇帝が湧き出る笑いを噛みつぶしていた。


「日を浴びた花は手折り辛い。これで、ビィーとフレイを闇に葬ることができなくなってしまいましたな」

 魔術師長アンセルムが皇帝の真横に立っていた。ビィーを倣ってか、顔に表情は浮かべていない。


 その顔を見上げる皇帝。

「そのくせ、なぜ嬉しそうな顔をしている?」

 アンセルムは口元に手を当てた。そして気づいた。皇帝にカマをかけられたことに。


「陛下もお人が悪い」

「出方によっては使い方も見えてくるだろうさ。アイアコスとクリストの報告では、剣の腕も王級免許に匹敵するらしいし。……良きに計らえ」


「はっ、ご命令のままに」

 アンセルムは胸に手を当て、腰を折り、後ずさりながら皇帝の前より退去した。




 一方、ビィーを誘導して広間の外へ出たウォルトは……。


「どうやって逃げ出した」

「逃げ出す? 城から出ていないのだから、逃げ出したと認識しておらぬが?」

 確かに、閉じ込めるとは一言も言ってない。


 二人は屋内を抜け、中庭を通り裏庭へと歩いて行く。この辺りまで来れば、腕は繋いでいない。


 ウォルトが立ち止まる。静かに殺気を放ちながら。

「ビィー、私に付き合ってくれないか?」


 彼女は少し考えてからこう答えた。

「……あなたと付き合うには、動きやすい服に着替えてから……裸で良いのなら、少し時間をくれれば――」

「今度にしよう」

 ウォルトは、ふられたらしい。




 

 大きな音を立て、ドアが内側に開いた。

「え?」

 マジで寝ていたフレイが、驚いて起き上がる。


 (デビル)の形相をした騎士隊長ウォルトだった。

 ツカツカとわざとらしい足音を立て、ベッドへ歩いて行く。

 身の危険を感じたフレイがベッドから飛び降り、壁際で小さくなって直立不動の態勢をとる。


 ウォルトは小者を無視し、ビィーのベッドに手をかけた。

 掛け布団を力任せにめくり上げる。

 案の定、人の形に偽装したボロ切れと毛布が横たわっていた。

 下唇を噛みしめ、憤怒の相、そして血走って暗闇でも光ってそうなギョロ目でフレイを睨む。


「え? あれ? ビィーちゃん失敗した?」

「いやっ! 貴様らの悪巧みは成功したっ!」

 ほっと胸をなで下ろすフレイ。


 ドアの方向へ顔を向ける。ドレスを纏ったビィーが入って来た。

 とたん、態度は小さいものから大きいものへと変わった。

「心配してたんだぞ、ビィー!」

「今の今まで寝てたヤツが何抜かすかーっ! 女性だけを危険な目に遭わせて、キサマそれでもっ……」


 ウォルトの表情から赤みが取れた。


「……そうか、これは貴様の考えか?」

「えーとね。あ、ビィーちゃんお疲れ。もう遅いから早く横になって!」

 フレイも言ってるそばからベッドへ潜り込む。


「キサマっ!」

「まあまあ、騎士隊長殿。策がうまくいったって事は、わたし達に手をかけられなくなったって事でしょ? これで、私達の懸念が払拭されました。お互い、これまで以上に協力し合えるってものです。だれも損はしてません。八方丸儲けで良いことばかり。何をお怒りなっておられるか、私には理解できません」


「……貴様だったら、顔に泥を塗られた場合、どうする?」

「おやおや。商人に顔の話をなさいますか? よござんす。お答え致しましょう」

 フレイはベッドの上に起き上がり、足を下ろして腰をかけた。


「商人が泥を塗られた場合、その泥が銀でできているか、土でできているかを調べます。銀でできていれば、にっこり笑って握手します」

 言葉通り、フレイは顔一面に、満面の笑みを張り付かせた。商売用の笑顔だ。


 ウォルトはギリッと奥歯を鳴らし、背を向け歩き出した。

「あなたと戦う時は――」

 その背中にビィーが声をかける。ウォルトは立ち止まった。

「武器を持ちたい」

 ウォルトは何も言わず後ろ手でドアを閉めた。

 どうやら、まだフラれたわけではないらしい。


 フレイは……出会った時に手にしていた飛び道具を想像していたと、後日語った。






 クリストの誕生日から一月経とうとするある日の朝。仕事中の事である。

 ビィーは古代語の本に沢山挟まれている栞を抜きとる作業に没頭していた。

「フレイ、質問があるのだが」

「なんだい?」

 

「100日前にあったコア帝国とゼクリオン候国の戦いは、ゼクリオンが負けたんだな?」

「その通りだけど?」


「ゼクリオンは征服されたのだな?」

「いや、ゼクリオンの損害は少なかったと聞いている。形だけ戦って、前線を元の位置に後退させただけだ。コア帝国とゼクリオン候国の間にはブラッカ山地が横たわっている。元々そこを押さえているのはゼクリオンだ。あの山地は要塞だ。なかなかに超えられるものじゃない。コア帝国は適度にあしらわれたのだな」


 栞を取り去る手が少しの間止まった。フレイの顔を見上げる。


「元々、帝国と候国の仲は悪かったのか? 今でも行き来できると思うか?」

「何回も小競り合いはあったさ。でも、出来上がってしまった商業ルートは一朝一夕で崩せないものさ。ましてや俺はゼクリオン候国の生まれ。その辺は大丈夫さ」

「フレイの村の名は?」

「ゴルバリオン。語呂だけは勇ましいだろ? 俺が作る予定の商会の名でもある!」


 ビィーは本を開いたまま。また、フレイに聞いた。

「フレイは……もしフレイなら、……大もうけできるなら、隣国が焦土と化してもその商売を引き受けるかな?」

「……当然じゃないか。この世は世知辛い。俺の手は近くの人間に手を貸すだけで精一杯だ。国一つを救うことはできない。他人を出し抜いてナンボだ」


「だいたいわかった」

 ビィーは、目を本に落とし、作業を再開した。


 最後の栞を取り去り、パタンと音を立てて、本を閉じる。

「辞書が完成した。我らが受け持つ翻訳作業は終了した」


「え?」

 驚くフレイを相手にせず、壁の一部を見つめるビィー。


 そこは帝国の紋章。

 Vの字に配置された剣。その奥で謎の文字1つを抱え込む怪鳥。


 ビィーはゆっくりと桜色の唇を開く。

「あの文字は一つで意味を成していた」

 フレイも並んで紋章を見上げていた。あの時、2本の剣が怪鳥を三分割している様に見えたと、ふと思ってしまった図柄である

「なんて書いてあるんだ?」


「ジズ」


 秋が終わり、冬の足音が聞こえてくるお昼前の事だった。





 ―― 第3章 終わり ―― 














 アイアコス皇帝が、地下の通路を進んでいる。

 まだ作られて間もない新しい通路だ。

 暗く長い通路を歩く頼りは、手にしたランタンただ1つ。

 やがて行き当たりにたどり着く。そこには両開きの扉があった。

 重い扉を開け放ち、通路から出る。


 そこは内であり外であり下であり上であった。

 神が造りし場であり、人が作りし場であった。


「ふふふふ」

 皇帝は「それ」を見下ろした。

 

 首よりぶら下げた青いオニキスを取りだし、両者を並べて眺めてみる。

 ふと、命の芽吹きのような物を感じた。

 見下ろす「それ」が、目を開けた気がしたからだった。


「む?」

 オニキスが青い光を帯びていた。

 淡い光だ。

 赤子が息をするような穏やかさで明減している。


「そうか、お前は目覚めたのだな」

 どうしても笑いが込み上げてくる。胸の内から、熱い塊として湧き上がってくる。

 しかし笑うのはもう少し先だ。 

 踵を返し、もと来た通路を歩き出す。


 人生とは、楽しいものだ。

 



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