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3.戦闘開始


 翌日、ちょっとした事件が起きた。


 時刻はお昼ご飯の最中である。

 前触れ無しに、ドアが勢いよく開かれた。

 息せき切って入って来たのは、宮廷付き魔術師長のアンセルムである。


「何をしているっ!」

 叫び声が部屋に響く。


 ソファにもたれてくつろいでいるフレイが、首だけで振り返った。

「は?」


「は? じゃない! 何をしてるのかと聞いているっ! あれは何をしているのだ!」

 アンセルムが指す方向。45度上方。そこは高さ5メートル上の、明かり取りの窓。


「何って?」

 イライラするくらいゆっくりと首を回すフレイ。視線の先に……。


「何のことでしょう?」

 明かり取りの格子にぶら下がって、懸垂をしているビィーしかいない。


「あれを、何のこと? で済ますか? どうやってあそこまで取りついた? この後何をするつもりだ?」

 アンセルムの血圧が危険なまでに上昇している。そういう風にフレイが仕向けたのだから仕方ない事ではあったが。


「この部屋では何をしても良かったはずですが?」

「だからといって、あんな所で懸垂して良いのか?」

「悪いので? それより、よく懸垂している事が外から解りましたね?」

「うぐっ」

 言葉に詰まるアンセルム。監視しているのを自白しているのも同様である。


「と、とにかくやめさせろ!」

「どうして? 魔術師長も一緒に鑑賞しましょうよ」


 アンセルムは「鑑賞」という言葉に引っかかった。

「なにを?」

「あれを」

 フレイが指す先。それは斜め上で懸垂しているビィーの……スカートの奥からチラチラと見える白い太股。


 黙ったままのフレイ。

 黙り込むアンセルム。

 時間だけがが流れる。


 ビィーは手を離した。落下する。

「うわっ!」

 アンセルムは悲鳴を上げた。5メートル上から飛び降りて、怪我をしない者は少ない。

 もちろん、ビィーは危なげなくふわりと着地した。


「いまちょっと見えましたね?」

 フレイは商売用の笑顔をアンセルムに向かって浮かべた。だから何をしろとは言わない。


「ビィー。そろそろ始めようか?」

「わかった。作業を再開しよう」

 二人はアンセルムを無視して、作業を開始したのであった。





 次の日の朝。

「暑いなー」

 フレイは書類の束を団扇にして煽っていた。だらしない格好だった。


「フレイ、だらけるのもいい加減にしろ」

 ビィーも成長をした。侮蔑の目ができる様になったのだ。


「だって暑いんだもん」

「日当たりの良い部屋をリクエストしたのはフレイだろう?」

「だって暑いんだもん」


 ビィーはフレイを通り越して廊下側の壁を見つめている。羽虫でも追っているのだろうか、目を横方向へ動かしている。

 視線がドアの所まで来た。

 両開きのドアが激しく開いた。ビィーの対人レーダーは、生身の体になっても機能してるようだ。


「何をやっとるかフレイーっ!」

 怒髪天、アンセルムが飛び込んだ。


「おや、アンセルムさん。おはようございます」

「おはようじゃねーよコンニャロ! 服を着ろーっ!」

「はぁ?」


 フレイは自分の体を見下ろした。

 パンツすらはいてない。生まれたままの素っ裸である。


「だって暑いんだもん!」

「レディーの前だろうがーっ!」

「いやちょっ! ちょっ、アンセルムさん。グーは痛てっ! グーは痛いって」

 アンセルムの鉄拳が炸裂した日だった。





 そして3日目。

 フレイは、ビィーの旋毛から古代語の本までを視界に収めていた。


「ちなみにビィー。翻訳作業はどれくらい掛かるんだ?」

「2ヶ月……といったところか?」

「3日くらいでできないのか?」


 全てをビィーの頭の中で処理されれば、5日と掛からない。しかし、フレイを助手にした事や、紙の上での作業を取る事により、2ヶ月もの時が掛かるのだ。


「……あれ? たっ! 大変だーっ!」

 フレイは急に慌てだした。

 

そして壁に掛けられた肖像画の場所まで走っていき、絵画に向け声を張り上げた。

「アンセルムさん! 緊急事態です! こっちへ来てください! アンセルムさんでなくてもいい! だれか早く来てくれ!」


 この事態に、さすがのビィーも目を見開いてしまった。

「フレイ、そこは宮廷側が秘匿している覗き穴だ。ドアの向こうに立っている衛兵に話を通すべきだ」


 出力をメインに切り替えて、フレイの奇行を止めようとしたとき!

「やかましいぞ!」

 ドアが勢いよく開き、アンセルムが入って来た。


「ああ、アンセルムさん! お願いです。大至急薬屋ギルドに繋ぎをとってください! 解読に2ヶ月もかかるんです!」

 フレイはアンセルムの胸ぐらを掴んだ。必死の形相である。


「解読に2ヶ月しかかからないのは驚異的なスピードだと思うがな。……外と連絡をつけられるわけないだろう! お前、最近のぼせ上がってないか?」

 乱暴に手を払いのける。


「だったら、アンセルムさん、誰か使いを出してください。私がしばらく動けない事をギルドに伝えてください!」

「だから出来ぬと言ってるだろう!」

 アンセルムもヒートアップしてきた。


「二人とも、落ち着け。フレイ、理由を言わなければ、誰も動いてくれないぞ」

 ビィーが、取っ組み合いを始めそうな二人の中に割って入って襟首を掴み上げて振り回した。

 おかげで、なんとか暴力沙汰にはならなかった。


「……私は薬の行商をしています」

 フレイが一歩引いた。

「行商人は、一定の間隔で、街道から離れた村々を回るんです。村々は行商人がやって来る日をあてにした生活をしています。つまり決まった時期に行商人が来ないと、村の人たちは生活に困るんです」


 町から離れた村に物資は届かない。誰かが持っていくしかないのだ。


「ましてや私は薬売り。病人や怪我人は待ってくれません。だから、理由は何でも良いから私が動けない事をギルドに伝えてください! 伝えさえすれば、ギルドは代わりの者を手配してくれます!」

 アンセルムの顔が真面目なものになってきた。


「行方不明になったと言ってもらってもいい! お願いです!」

 鼻から息を吐き出したアンセルム。大きく頷いた。

「わかった。そっちは手配しておこう。安心して解読作業に集中してほしい」

「よろしくお願いします」

 フレイはアンセルムの両手を取って、頭を下げた。


「もうよい。我々は協力関係にあるのだろう?」

 ちょっとだけ、アンセルムがフレイを見る目が変わった。


 そこへビィーが口を出してきた。

「フレイの行商ルートは、帝国の西へ向かっていたな。だったら、ゼクリオン候国へ向かう行商人に声をかけると良い。戦後の混乱でゼクリオンへ渡る事が難しくなっているはずだ。よろこんで協力してくれるはずだ」


 一理ある。そうアンセルムは思った。

「それも伝えよう」

「よーし! フレイさん、頑張っちゃうぞー!」

 やる気満々、フレイは腕まくりして仕事に取りかかった。






 さらに翌日の4日目。

 珍しく朝早くからアンセルムがやってきた。


「コホン。作業の進捗具合はいかがかね?」

「辞書作りに取りかかっている。辞書さえ完成すれば、誰でも古代語を読み解くことができるようになる。辞書を作る3つのパートの内、最初の一つが6割終了した」


 作業の手を止めて、顔を上げるビィー。端麗なその顔にやつれは無い。一方、フレイのやつれ方が激しい。無精髭はやし放題の、目の下にクマ造りまくりである。

 アンセルムの方を向く気もないようだ。一応、頑張っていたのだ。


「ほほう、さすが早いな。この調子だと一月を待たず解読できそうだな」

「簡単な部分が解析終了したという意味だ。難解な部分は手つかずのまま。これからの作業速度は解読残数に反比例して遅くなる。辞書を作り上げるには、やはり2ヶ月は必要だ」


 アンセルムは、眉の間に皺を刻んだ。2ヶ月の予告は望むところ。想像以上に速い。

 眉をしかめたのは別のところでだ。


 ビィーが手にしている羽ペン。普通、羽ペンは風切り羽を加工した物を直接手にして使う。

 彼女が握っているのは、木のスプーン。正確には木のスプーンに羽ペンをくくりつけた物。

 握り部分が太いので、使いやすそうだ……。


「反面、第一段階の作業が済めば、残りは早い。長い目で見て欲しい」

 机の横に立つビィー。手にした紙束を、整理棚に入れている。


「わかった。では頑張ってくれたまえ」

 アンセルムは、回れ右をし、ドアに向かって歩き出した。

 自らの手でドアを閉め、廊下に出て、歩き出そうとして……。


 衛兵が声を荒げた。

「お前! 何をしている!」


「え?」

 アンセルムが驚いて振り返ると、衛兵が構えた槍をこちらに向けていた。


「ばれたか」

 可愛い声が後ろからした。

 びっくりして振り向くと、いないはずのビィーが立っていた。


「え? なんで?」

「この者、魔術師長閣下の背中に張り付いて部屋から出てきたのです。お気づきになりませんでしたか?」

 ビィーは、完全に気配を断つ事ができたのだ。


「そこを動くなーっ!」

「うわーっ!」

 慌ててしゃがみ込むアンセルム。槍の穂先がすぐ側を通過した。


 ビィーは慌てる様子も無く、穂先をかわす。

「デエーッ!」

 凄い気合いを飛ばして二人目の衛兵が槍を突き出してきた。

 これも危なげなくかわしてから横へ飛ぶ。


 3撃目も、軽くかわす。腕の確かな衛兵たちが繰り出す槍を悉くかわし続けるビィー。

「こっ、このー!」

 二人がコンビネーションプレイに出た。一人は上半身を狙い、もう一人は下半身を狙って槍を繰り出した。


「デェーイ!」

 槍の穂先は、突然出てきた分厚い木の壁に突き刺さる。

 ビィーが、監禁部屋のドアを開けて盾にしたのだ。


「なっ!」

 槍を引き抜く前に、ビィーは部屋へ歩いて入った。勢いよく部屋の扉が閉じられた。


 ビィーは自らの意思で部屋を出て、自らの意思で部屋に入ったのだ。  

 顔を見合わす衛兵二人とアンセルム。


「あの女、何をしたかったんだ?」

 衛兵の一人がぼそりと呟いた。


 その声で我に返ったアンセルム。ドアを開け、首を突っ込んだ。

 中では、ビィーとフレイがハイタッチしていた。


「真面目にやらんかー!」

 長い廊下にアンセルムの声が響いた。





 

 さらに次の日の午後。

 ビィーとフレイの軟禁小屋に、新しい訪問者がやってきた。


 魔術師長アンセルムに案内させ、騎士隊長を背後に控えさせた者。


 騎士隊長が、声を張り上げた。

「ここにおわすお方は、この国の皇太子、クリスト殿下であらせられる!」


 



次話「皇太子クリスト」

ぼーいみーつがーる。

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