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2.解読開始


 そこそこ広い部屋をあてがわれた。


 立地条件は宮殿敷地内。

 倍の広さではなかったが、まずまずの合格点をビィーが出した。

 コア帝国の紋章が飾られていた。それさえなければ完全合格だったらしい。


 人が飛び上がっても、手が届かない高い場所に明かり取りの窓がある。頑丈な格子が填められているが、ビィーのジャンプ力並びに腕力からすれば、大した障害にならない。むしろ、あの外がどのような状況なのかが問題だ。

 明かり取りの窓が左右に二つあるので、風通しも良い。煙などはすぐに排気されるだろう。


 部屋の隅にベッドが二台。シーツは白く清潔だ。部屋の反対側に小さなドアが一つ。向こうは窓のないトイレ。

 部屋の中央に大きな机が一脚。両手剣の柄ほどもある太い蝋燭が1本。火が付いていた。贅沢にも蜜蝋製である。

 脇の箱には太い蝋燭がゴロゴロ入っている。足下には金属製のバケツ。これは燃えた紙を入れるゴミ箱だ。


 机のすぐ近くに、花が入った花瓶を乗せたサイドテーブルが一脚。それぞれに椅子が二脚ずつ。


 壁は四面とも頑丈な石造り。ちょっと荒めの石がきっちりと組まれている。

 三面に、人物を描かれた大きな絵画がはめ込まれていた。額縁だけで10年遊んで暮らせそうな立派な絵画だった。


 出入り口は一つ。鉄の枠を填めた、頑丈な造りだ。


 その部屋に荷物がどんどん運ばれてくる。


 ビィーは幾つかの書物を手に取ってみた。

 共通語の辞書。東方語の辞書と幾つかの文献。さらにビィーの知識に含まれていない文字で書かれた書類が数種類。

 問題の古代文字で書かれた、それなりに長い文章の綴られた写本も5部ばかりあった。

 そして木箱に詰められた大量の紙。

 インク壺と数十本の羽ペンが入ったペン立。


「うむ、完璧である」

 ビィーはこの状況をお気に入り召された様だ。


「では仕事に入ってくれ」

 眉を立てにしたアンセルムが、出て行こうとした。


「待ってください!」

 それを呼び止めるフレイである。


「なにか?」

「晩ご飯は?」

「すぐに持て来させる!」

 ドアが大きな音を立てて閉まった。


 残ったのはビィーとフレイだけ。

 フレイは気まずそうにしていた。

 考えてみれば、あれだけの事をしておきながら、彼女はフレイを助けてくれたのだ。

 そして危険な場所に閉じ込められた。

 フレイは自覚しているはずだ。自分はゲスな男なのだと。ゲス祭りの真っ最中なのだと。


「早速、始めようか」

 それの意に介しているのかいないのか、ビィーは机の前に着き、紙の用紙に羽ペンで何か文字を書き込んだ。


「フレイ、何を突っ立っている? 手伝ってくれる約束だろう?」

 強くもなく弱くもない。ごく普通な物言いだった。

 フレイは項垂れながら向かいの席に着いた。


「この紙に、共通語の表記文字を一文字ずつ書いてくれるるか?」

「ああ、おやすい御用だ」

 文字を書けない商人は商人にあらず。

 フレイは、ビィーが差し出す紙を受け取った。羽ペンを手に取り、書き込もうとして気づいた。


『見張られている。絵画の目と壁の隙間。3カ所。重要な会話は全て筆談にて』

 フレイは文字の中に「了解」の一言を入れて返した。


「これで良いか?」

 チラ見したビィーは、もう一枚紙を取り出す。

「わたしの説明が悪かった。縦書きで5列ほしかった。もう一度書き込む」

 先ほど書いた紙を火にくべ、灰にした後、新たな用紙に、言葉を書き込んでもう一度渡す。


『経緯を書いてくれ』

 フレイは、事の顛末を正直に書き込んだ。

 それを受け取り頷いた。

 最後に一言「すまなかった」の文字が添えられていたからだ。


「これでいい。もう一枚書いて欲しい」

 ビィーはその紙にも一言付け加えて、フレイに返した。


『困ったことがあればわたしを頼ってくれ。必ず助けに行く。そう言ったはずだ』

 フレイは、目に涙を浮かべながら、「ありがとう」と書いた。

 そして黙々と表記文字を書き連ねていった。





 ビィーとフレイの情報交換は夜遅くまで続いた。

 全て作業に偽装した筆談である。


『コスタスの村長宅に古代語の粘土板が置いてあった』

『使えるのか?』

『短い文章だったが、現代語と対比させてあった』

『必要なのか?』

『いや、すべて覚えている。この仕事はかなり早く片付く』   

 フレイの記憶が正しければ、確かに眺めていたが、それはほんの少しの間だけだったはず……。


 筆談をかわした書面は、全て焼き払った。

「下調べはこんな物で良いだろうか?」

 ビィーは、言葉に二つの意味合いを持たせた。フレイと共同で仕事を行っていると監視者に思わせる意味も含まれている。


「準備運動みたいな物だったが大体終わったな」

 意を察しているフレイも、それに答えた。


「では、これより暗号解読の手順を打ち合わせする」

「たのむ」

 ビィーは紙に羽ペンを走らせた。これは計画書。筆談の要素はない。


「まず、第一段階として、文章を単語に分けて子音と母音の法則を探る。次に、語尾の変化系の法則を見つけ出す。第三に文法を探る。これをまとめれば辞書が完成。ここまで来れば完成したも同じ。残りの第四段階は誰でもできる翻訳となる」

 二人は初日の打ち合わせを全てやり終えた。


「今日はもう遅い、初日だし、キリもいいし、そろそろ終わりにしよう」

 フレイの提案にビィーは頷く。二人は揃って背を伸ばして伸びをした。


「夕食のご用意ができました」

 まるで監視していたかの様に、ちょうど良いタイミングでアンセルムが部屋に入ってきた。


 彼の後ろから現れた執事とメイドが、ワゴンに乗せた料理を手早くサイドテーブルに並べていく。

 執事もメイドも身のこなしが通常ではない。目配りも訓練を受けたものである。

 粗末ではないが、豪華ではない。温かいだけが取り柄メニューだった。


「仕事の進み具合はいかがですかな?」

 アンセルムは、嫌みったらしく自慢の顎髭を撫でている。


「あなた方は、いかがなのです。この文字を解読しようとした事はありますか?」

 フレイはテーブルに着きながら、嫌みを返した。


「同様の文字は、あちらこちらから短いのが出土している。王宮が認める博士達が幾人もこれに挑んだ。しかし、法則性すら判らない始末。さてさて、あなた方に我らが解けなかった文字を読み解けますかな?」 

 嫌みで帰ってきた。


「ざっと目を通しただけだが、表意文字も幾つか含まれているし、表音文字も多用されている」

 ビィーの視線は紙の上にある。ページをめくりながら、アンセルムに話しかけてきていた。大変失礼な態度なのだが、彼女はそれに気づいていない。


「特定の単語の表意文字から、発音だけを借りているパターンも幾つか見受けられる。仮借の使用法に近い文法らしきものまで見受けられた」

 ここまでの解説に、アンセルムは言葉を出せないでいた。あっけにとられていのだ。


 フレイはここで突っ込んだ。

「それくらいは解析しているんでしょうな? 名だたる博士が幾人も挑んだのですから」

 ぐうの音も出ないでいるアンセルム。唇の端が悔しそうに震えている。


 ビィーは本をパラパラとめくっては止め、都度目と指を走らせる。

「発音されない文字も見つけた。とある言語の部首に相当する使われ方だ。長くなるので部首の説明は省かせてもらうが」

 そのつもりはないのだが、ビィーの追加発言は、さらにアンセルムの自尊心を傷つけるものとなっていた。


 ビィーは、パンを手に取りながら話を続ける。

「最大の特徴は、右からでも左からでも書け、縦書き横書きも書いてしまう習慣がある文字だ。読む方向の規則性もみふへた。もふのふふのふぉほほほへおほほほほほ(注.意味不明)」

 口の中にパンを突っ込んだまま解説を続けている。律儀な性格がここに出ているのだろうが、行儀悪い事この上ない。


「ほへほ、ほうほいふわへで、今日の短い時点で判明したのは、ここまでだ」

 意思の疎通が再開した。どうやらパンを飲み込んだ模様。


 この時点で、アンセルムは受けた衝撃を消化しつつあった。


 以前、国の総力をあげて解読に挑んだメンバーの中に、アンセルムが師と仰ぎ尊敬する博士もいた。五年にわたって解読を続けたが、手がかりすら掴めなかった。 

 だのに、この美しき娘は、本に目を通すだけで古代語の特徴を探り当てたのだ。


 アンセルムは瞠目してビィーを見た。

 この娘は何者だ?


 ビィーにとって、この程度のこと、有り余る記憶層に片っ端から文字を放り込み、関連する文字にタグをつけまくり、整理しまくる。その程度のことなのだ。


「明日から本格的に解読に入る。書類を整理する本棚か書類入れが必要だ。明日朝一番で用意してくれ」

 ビィーからの要望である。

 アンセルムは黙って部屋を出ていった。


「何か凄いぜ、ビィー!」

 フレイの目が輝いていた。いけ好かない人間をやり込めた快感と、ビィーの能力に感心した効果であろう。


「ヒエログリフを知っているか?」

 本から顔を上げたが、右手に握られたスプーンは深皿のスープに伸びている。

「いや、知らないが?」

「象形文字でもがふがへははへは(注.意味不明)。一緒に入ってたはずの宝石も見たかったな」




 翌朝、朝食前に、大型の本棚が届けられたのであった。





次話「戦闘開始」

静かな戦いが始まった。

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