2.転生の儀
「はい! ではこれより、転生パターンB、オプション・最悪バージョンの研修を行う。研修生は心して研修するように!」
「はい先輩!」
なんか変な日本語が聞こえてきた。
青年はゆっくりと目を開けた。
雲のような綿毛のような、そんなあやふやな粒子が充満したどこかに彼はいた。
彼の隣には、突っ立ったままシステムダウンしたBBK106.JPがいる。
手にはデスロイド用の大型銃を握ったままだ。ビィーの無事を確認した青年は、一安心した。
さて、ここはどこか? 青年は目の前の人物を注視した。
目の前に背の高い、黒髪の……変な前髪の、目つきの悪い長身の男が目の前にいた。女顔だが確かに男。
その隣に、バインダーを抱えた少女が立っている。ポワポワとした黒髪が綺麗。目がクリリと大きい。背の低い美少女だ。
唐突に背の高い男が、青年の隣に怪訝な目を合わせた。
違和感たっぷりのモノがそこにあったからだ。
「で、そこのお前、その等身大フィギュアは何だ?」
「身長187㎝。体重333㎏。左手握力960t。三種混合三次元レーダー装備。二千五百個同時ロックオン機能。誰が増設した? 俺が増設した。デスロイドBBK106.JPだ」
青年はドヤ顔でにやついている。
背の高い男は絶句した後、こう言った。
「……で、その等身大フィギュアは何だ?」
「BBK106.JP、対象、目の前の変な男、戦闘開始!」
青年がデスロイドに命令を出した。
だが、デスロイドは動こうとしない。
「あ、あれ?」
青年は狼狽えている。
「この空間は霊的因子で構成されている。魂を持たぬものは動けない」
男は、その美しい顔に下品な笑みを張り付かせていた。
「先輩、説明しなければ協力は得られないと思いますが?」
美少女が男の裾を引っ張っている。
「それもそうだ。説明しよう。ここは生と死の狭間の空間。我々は神! 実はな――」
「――ってワケよ。解った?」
青年はポカンと口を開けて聞いていた。
「解った?」
背の高い男は眉をハの字にして青年に詰め寄った。
「えっと……」
青年は我に返る。男が放つ、えも言われぬ気迫にビビリが入る。
しばらく目を泳がせた後、青年はおもむろに口を開いた。
「まとめますと、
あなた方は、転生を司る神様です。
先輩であるあなたは、後輩である女神さんに対して転生の研修を行っている。
研修向けに、本当は転生の資格を持ってない人間をピックアップして実技に使っている。
今回は僕とBBK106.JPが選ばれた
これで間違い有りませんよね?」
男性神は手を叩いて青年を褒めた。
「ちゃんと聞いてんじゃねぇか」
「殆どが女神さんの補助説明なんですけどね」
「ちなみに、もう一回聞くぞ?」
男性神は青年の皮肉を意に介していない。
BBK106.JPを指でさした。
「そこの等身大フィギュアはなんだ?」
「僕の嫁です」
「……え?」
よく聞き取れなかったようだ。
「僕の、嫁、です!」
ちょうど三秒の間、男性神の動きが止まっていた。
「お前、いくつだ?」
「39です」
男性神は美少女女神を見下ろして、こう呟いた。
「終わったな……」
「だ、大丈夫ですか先輩?」
「ま、任せておけ。こう言う時こそ豊富な経験が物を言うんだ!」
男性神の額から一滴の汗が流れ落ちていた。
「これから詳細を説明する。転生先は中世ヨーロッパっぽい文化文明の――」
「お断りします」
「――魔法に魔獣に剣とヤクザとかって……はぁ?」
背の高い男性神は、目を丸くして口を開いた。
青年は小馬鹿にしたような皮肉っぽい皺を口の端に浮かせている。何かムカツク。
「世界が世界ですからね。そこ、電気無いでしょ? パソコン無いでしょ? ネット無いでしょ? だからいらない」
男性神はフリーズしたままだ。
「先輩ぃ、大丈夫ですか先輩ぃ!」
美少女女神が男性神を揺する。
きっちり5秒の後、男性神は息を吹き返した。
「いや、あのなお前! このままだとホントに死んじまって終わりだぞ! 研修大失敗だよ!」
男性神は涙目だ。
「僕は生きていく資格のない人間です。僕を見てください。アンドロイドしか愛せぬ……綺麗な大人のお姉さんに蔑まれるならアリですが、僕はダメ人間です。だからこのまま死んだ方が良いんです」
あまりな対応に、男性神はまたもやフリーズした。
「先輩ぃ、大丈夫ですかぁ先輩ぃ!」
美少女女神が男性神を激しく揺する。
「だ、大丈夫だ。こんなの屁でもねぇ!」
今度は3秒で済んだ。神の順応力を侮ってはいけない。
「まあ、そう言うな。これは研修だ。宝くじに当たったと思って、ここは一つ、気楽に転生を受けろや」
男性神は、馴れ馴れしく青年の肩に腕を回してきた。
「てめぇの望む転生は何だ? とりあえず無制限で条件を言ってみな」
回した腕に、嫌に力が込められている。
「僕はこのまま死んでも良い。代わりにビィーを……この美少女機械人形BBK106.JPを命ある者として転生させてくれ!」
男性神は三度フリーズした。
「あのぉ、それはちょっと難しいかとぉ……」
動きを止めた男性神に変わり、美少女女神がおずおずと言葉を返す。
「どどど、ど、どうして?」
女性とまともに言葉を交わした事がないのだろう。怖いのだろう。
青年は目を反らし、オドオドした態度を取った。
「BBKさんは――」
「ビィーだ!」
青年から激しいチェックが入る。驚いた彼女は目が水っぽくなる。
「ビィーさんは無機質ですぅ。魂が無いと転生できないんですよぅ!」
「僕のビィーに魂が無いというのかーっ!」
「フッ!」
男性神がゆらりと割って入り、ボツリと呟いた。
「……おまえ、アノマロカリスをどう思う?」
目が危ない光に満ちていた。吹っ切ってはいけない何かを吹っ切った目だ。
「バージェス動物群最強の肉食獣じゃないですか。僕の部屋に、1:1プラフィギュアをアクリルケースで飾ってますよ。それがなにか?」
「よし、気に入った! てめぇの願いは形を変えて叶うだろう!」
「ホントですか! やったー!」
「小躍りしないでくださいですぅ! 先輩、どんな形で叶うんですかぁ! ヤケを起こすのは止めてくださいですぅ!」
美少女女神が男性神の腰にしがみつくが、一切を無視される。
「いいかよく聞け人間よ。高等生命体には入れ物と魂の二つで構成されている。よく解るように、ミニ四駆のスーパーアバンテ肉抜き仕様で説明しよう!」
「ミニ四駆がなんなのか解らないですぅ!」
「僕はエアロ派なんだがアバンテなら知ってる。一時代を築いた名車だ」
うんうんと頷く男性神と青年。目を泳がせているのが美少女神。
「しかし、いかな名車といえど電池がなければ走らねぇ。車体が体なら電池が魂だ!」
「電池は使ってるうちに切れてしまいますぅ! 魂は強い力の介入がない限り壊れたりしないですぅ!」
男性神が固まった。目が斜め上を向いたままだ。
「ラッシャコラー!」
復活した。髪の毛が逆立っている。
「ニッカド電池だコラー! 電池が切れたらそれが死だ! 充電して新しい車体に載せ替えたのが生まれ変わりだコラー!」
「不思議と整合性がとれてるですぅ」
髪を逆立たせたまま、男性神が青年に詰め寄る。
「お前の魂を使ってその人形を生物として転生させる。変わりにお前は死ぬ。これでどうだー!」
「無茶苦茶ですぅ。転生規定違反ですぅ!」
「その話、乗ったーっ!」
アツイ漢の叫びである。魂のシャウトである。
一名の反対を押し切って行動指針が決定された。民主主義万歳。多数決の原理である。
「よーし、特別に俺が良いプレゼントしてやろう。ぐーしゃーのぉーいーしー!」
男性神はズボンに右手を突っ込み、銀のタマを取り出し……銀の曲玉を取り出した。
「そ、それは、千数百年前、月神様の御社ハイジャック爆破事件より、姿を消したまま伝説となった神具『愚者の石』ですぅ! なんで先輩が持ってるんですかぁ?」
男性神は左手もズボンに突っ込んだ。
「もう一丁! けーんじゃーのぉーいーしー!」
男性神が高く掲げた左手に、燦然と輝きを放つ金の玉……金の曲玉、賢者の石!
「そ、それは知恵の神様湯煙温泉血だるま殺人事件の際、犯人と共に行方不明になってしまった『賢者の石』ですぅ! なんで先輩が持ってるんですかぁ!」
「こまけーこたーいいんだよ! これをこうして……」
愚者の石と賢者の石は、色違いなだけで同一サイズの曲玉だ。男性神は、細い部分と太い部分を69にはめ込み、一つの石にしてしまった。
「これぞ上層部も知らねぇ神具の真の姿『賢愚の石』。はい、動力炉オープン!」
「はいっ!」
青年は、条件反射的にデスロイドの胸部点検口を開けた。
無造作に手を突っ込んだ男性神は、小型立体積層燃料電池をむしり取り、賢愚の石と交換した。
「ほーら、サイズぴったり!」
「おお、出力値が! フィールドエネルギーが! 素晴らしい!」
青年はデスロイドの点検パラメーターパネルを覗きこんでいる。メーターだけは生きているようだ。
「愚者の石とは、アレだ。パライソにおける生命の果実みたいなモンだ。無限に制御不可能な生命エネルギーを放出する。で、賢者の石は知恵の果実に相当する。賢者の石の能力ほぼ全てを愚者の石のコントロールに当てる。俺だけが知ってる真の使い方だな。おっと太陽神と知神とトイプードルには内緒にしてくれたまえ!」
ぴるぴるミチミチと音を立て、賢愚の石がデスロイドと融和していく。
「説明しよう。愚者の石は、生命エネルギーを『領域』という形で体に巡らせる。血管と血液の変わりみたいなもんだ!」
「それは凄い! パーフェクト! ゴールド・エクスペリエンス!」
「説明が大雑把すぎますぅ!」
とうとう美少女女神が泣き出した。
「ようーし、後はお前の魂だな。……用意は良いか?」
「勢いで行きましょう!」
青年の顔は晴れやかだった。
男性神の両手が光り出す。それに会わせ変なカットの前髪も揺れだした。
「ビィー。異世界で……生きてくれ」
青年が青い光に包まれていく。
「フフフ、そうか、これが死とい――」
それが青年の最後の中途半端な言葉だった。
「これにて転生パターンBの研修を終了する。どうだ? もう一人でやって行けそうか」
「自信なくなりましたですぅ。それと、関係部署に通報しましたですぅ」
「……まじですか?」
次話「顕現」