7.王宮
ビィーを売り飛ば……もとい、就職させて、懐が人生最大の暖かさに包まれたフレイは、その足で王宮へと向かった。
「今年はツいている」
次は王宮で、例の危なっかしい預かり物を渡し、礼金とコネを手に入れる仕事である。
悪手さえ打たなければ、利益は計り知れない。
空に舞う心地でフレイは王宮へと急いだ。
ダメ元で城の門番に取り次ぎを頼んでみた。
騎士ユリウス=アルムフェルトの名を出すと、あっさりと取り次いでくれた。心なしか門番の顔に緊張が入っていた。
待つ事しばし。立派な服を着た文官ぽい男が現れた。口ひげと顎髭が綺麗に整えられている。
その男が、フレイを中へ導いた。
外庭を抜け、内側城門を抜け、中庭を抜け……といくつもの場所を歩いて抜けていく。
どこもかしこも、フレイにとって見たこともない名所名跡と目に映る。
あの花瓶、売ったら高そうだな。とか、あのタペストリーはとある店で見たことがある。こっちが本物なんだ。等々。
夢の様な世界であった。
通された所は、窓の無い殺風景ながらも、高価そうな家具が置かれた部屋であった。
広くもないが狭くもない。控えの部屋ではなさそうだ。
部屋の一方にが一段高くなっている。そこにガッシリとした椅子が一つある。左右には丈夫な扉。
おそらくこの扉から高貴な方が出てくるのだろう。
壁には怪鳥と剣を模した文様と、意味不明の文字が1つ。コア帝国の紋章だ。
怪鳥の前に配置された2本の剣が、まるで鳥を3等分しているみたいだな……と、なにげに考えていた。
待つ事しばし。
先ほどの髭の文官が、宮中鎧を装備した屈強な騎士を3名引き連れてやってきた。
三人の内、一人だけが、やたら大きな戦斧を手にしている。
「私はアンセルム・アハティラ。コア帝国宮廷付き魔術師長である」
中級文官程度と思ってたら、この国の魔術師長だった。またえらい大物が出てきた。
あの革袋の中身はそれほどの物なのか?
フレイが、いそいそと跪いこうとしたら、本命が現れた。
フレイは圧力を感じた。風の様な何かが、その男の体から吹き出している気がした。
「皇帝アイアコス陛下である」
フレイは、ちょっと相手が大きすぎやしませんかと、心で悲鳴を上げながら跪く。
チラリと見ただけで、容姿を完全記憶する。
皇帝は髪に白い物が目立つが、若々しかった。
広い肩幅、厚い胸。目は鷹の様に鋭く、厚い唇がいかにも強欲そう。正に絵に描いた皇帝陛下である。
頭を下げたままの状態だが、新しい足音は聞き取れる。
「並びに、皇太子クリスト殿下であらせられる」
おいおい、この革袋には何が入っているんだい?
フレイは身の危険を感じた。
あまりにも仰々しすぎる。
「面を上げよ、フレイ・ブラウン」
声は幼かった。
恐る恐る面を上げる。声をかけてくれたのはクリスト殿下だ。
年は10代前半から半ば頃。髪は繊細な金髪。
まだ体ができあがっていないのだろうが、父である皇帝とは正反対の細い体。母親似なのだろう、たいそうな美少年である。
この時、なぜかフレイはビィーと並ばせてみたいと思った。
「その方がユリウスの最後を看取ったのだな?」
続けてクリストが声に出している。ずいぶんと暗い顔だ。
これに文官が口を挟む。
「殿下、ここは陛下の――」
「よい、アンセルム! 先にクリストに話をさせよ。時間は充分にある」
アイアコス皇帝が、手を振った。ずいぶん砕けた雰囲気である。
「有り難うございます陛下」
クリスト皇太子が恭しく礼を述べる。
そして、フレイに顔を向けた。
「ユリウスは帝国最強の剣士にして我が従兄。そして我が剣の師である。彼の者が死んだとは……信じられぬ。話を聞かせてくれ」
寂しさと怒りが混じった顔。フレイは、そんな皇太子が嫌いではなかった。
「ははっ。それではお恐れながら。話の前にこれを」
フレイは、荷物袋の中から折れた剣を取り出した。
「こ、これは!」
クリスト皇太子は、ひな壇を下りて、フレイより直接剣を受け取った。
「騎士ユリウス様の遺品で御座いまする!」
掴みは十分だ。
フレイは心の中でニヤリと笑い、話を始めた。
「あれは、私がディオンの町からアイマラの村へ向かって行商の旅をしていた途中で御座います。近道をするため、危険を承知でミノタウロスが住むというダンジョンの近くを通過しようとしておりました」
前から話は練っていたのだが、いかにも記憶を辿る様な口調でフレイはゆっくり話し出す。
「遠くから争う音が聞こえてきましたので、何事かと近づいていったのです」
ここからが山場である。話す速度を若干上げた。
「私が見たのは騎士ユリウス様が、ミノタウロスと差し違えに倒したその瞬間で御座います。ユリウス様が、ミノタウロスの怪物を倒すには、懐に入り込まなければなりません。すでに剣が折れ、短くなっていたためです」
まさか、ビィーが素手で倒したと言えない。余計な詮索を加えられるだけだ。
脚色を加えた話を一気にオチへと持っていく。ここからは口角泡を飛ばす勢いで喋る。
「ユリウス様は見事ミノタウロスに致命の一撃を与えられました。ところがミノタウロスは最後の足掻きで、ユリウス様の……」
そしてゆっくりと、涙声を交えながら。フレイには簡単な話法である。
「そして、正に命を終えんとしているユリウス様より、この革袋を託されたのです。なんとしても王城まで届けよと。ユリウス様には、我が命に代えてとお約束させていただきました」
落ち着いたままの話法で最後を締めくくる。あくまで本性を疑われぬ様。バカな商人のフリをする。
「見事な最後で御座いました。命と引き替えに主命を果たす……。私どもの様な下賤な商人にはついぞ持てぬその高尚な魂。お恐れながら、感動で身の震える思いで御座いました」
一気に話し終え、フレイは平伏した。見た物によって、泣いているようにも見える。
「よく解った。よくぞ我が師の最期を見届けてくれた。さすが我が師である。騎士ユリウス・アルムフェルトは騎士の中の騎士である。遺族の者にも、そなたの話を伝えようぞ」
クリストは一言一言を噛みしめる様にして言葉を綴った。
――良い人間である――
フレイはほっこりした。
――だけど、王には成れないな――
厳しい判定を下していた。
「礼を言うぞフレイとやら」
こんどは皇帝アイアコスからの言葉だった。フレイはさらに頭を低くする。
皇帝は、折れた剣を手にし、じっと目を閉じているクリストに命を発する。
「クリスト、そなたは下がれ。そしてユリウスの遺族に、その剣を持っていけ。お前の口でユリウスの最後を語るのだ」
クリストは無言で頭を下げ、退出していった。
「さて」
皇帝の態度が、堅苦しい物となった。
「ユリウスから預かった品物を見せよ」
「ははっ! これで御座います」
フレイは恭しく両手で革袋を差し出した。
アンセルムが受け取って、アイアコス皇帝の手まで持っていく。
「確かに、ユリウスの持ち物。ユリウスの紋章。破られてはおらぬ」
皇帝は満足げな声を出す。
そして皇帝自らの手で封を破り、中身を取り出す。
鶏の卵ほどある、水色のオニキスだった。それを胸の内ポケットへ丁寧に収納し、もう一度袋に手を入れる。
次に取り出したのは、それなりに年季の入った厚い書物だった。茶色い革の表紙。しっかりと糸で閉じられた重厚な造り。
「アンセルム。手筈通りに」
「ははっ」
アンセルムは、恭しく書物をいただき、部屋から出て行った。
皇帝が身を乗り出してきた。
「ちなみに、フレイよ。そなた中身に興味はあるか?」
ほら来た!
「いえっ! 滅相もありませぬ! 私の様な身分の低い者が、騎士様の持ち物なぞ恐れ多い事で御座います!」
想定通りの問答である。
「この中身について、なにかユリウスより申し渡されなかったか?」
やはり中身は危険な物。
「いいえ、なにも。ユリウス様はご自分の名前と、王宮へ持って行くようにと二つの事柄を口にするのがやっとの状態。とても遺言を残せる状態では御座いませんでした」
戦艦でしょう。とは言えなかった。
言えば首が飛ぶ。言わなければ大きなコネができる。天国と地獄の分岐点。
ここまでは正解を出している。
「ユリウスはミノタウロスと戦っていたのだな?」
「ははっ! その通りで御座います」
何か違和感を感じる。
以前、商売で嵌米られた事がある。そのときの空気と同じ臭いがする。なにかに誘導されている気がする。
「そして死んだのだな?」
「ははっ! その通りで御座います!」
フレイをじっと見つめる皇帝。むしろ睨み付ける皇帝。フレイの胸に汗が流れる。
しくじったか? だとすればどこを間違った?
「そなたは『ミノタウロス』が、『迷宮の外に出ている』旨と言ったな?」
何をしくじった? 汗は額からも流れ出た。
「ミノタウロスは迷宮の秘宝を守る魔獣。それがユリウスを外で襲ったのだ。ミノタウロスはユリウスを追いかけ外に出た。ならば、ユリウスが迷宮の秘宝を持ち出したのだと、子供でも思いついてしまうわ!」
しまった!
嘘をつくなら――
「嘘をつくなら、ミノタウロスの話は出さぬ方が良かったな」
皇帝が立ち上がる。
コネは諦めるか。あっさり引き下がれば、命までは取られまい。
「この者の首を跳ねよ」
「え?」
フレイは音を立てて跳ね起きるが、すでに遅かった。
がっちりと両手両肩を屈強な騎士二人に押さえつけられていた。そして、肩を捻られる。
首を突きだした格好で、膝を付いた。
3人目の騎士が戦斧を両手に持って近づいてくる。
「まさか、そんなぁ、まさか!」
首をはねられる。あまりの恐怖と信じられない出来事に、フレイの思考が停止する。
ほんの一刻前まで明るい未来に心を弾ませていたのに!
首にひやりとした金属。斧の刃の部分だ。狙いを付けられたのだ。
「覚悟!」
戦斧を頭上に持ち上げる。
フレイの心臓が収縮する!
そして……、
斧は無慈悲に振り下ろされた。
―― 第2章 終わり ――
「まてーっ! その刑待ってください!」
乱暴にドアが開き、魔術師長アンセルムが血相を変えて飛び込んできた。
斧の刃は、首の上10㎝の所で止まった。
「ウグッ」
振り下ろされた斧の巻き起こした風が、フレイの首を打つ。
「この書は、第三古代言語で書かれています! 我らが10年掛かって解読できなかった言語です! ユリウス殿が、その者に解の鍵を与えた可能性があります! 陛下、どうか一時の猶予を!」
アンセルムは茶表紙の綴りを手にしていた。立派な造りの書物である。
皇帝はフレイの顔とアンセルムの顔を交互に見比べた。
脂汗を垂らしたフレイは、誰の顔も見ていない。
――ここが最後の分岐点だ。考えろフレイ! 起死回生の一手は必ずある!――
フレイの頭の中は高速で思考が回転していた。
古代の言語、未知の言語……あっ!
フレイの頭に一筋の光が差した。ミノタウロスの文字を読んでみせた人物の顔が浮かぶ。
「皇帝陛下! 私ならその言語を解読できます!」
「嘘をつけっ!」
雷が落ちた。
部屋の石壁が震える大音声。皇帝が吠えたのだ。
三人の騎士と、アンセルムが縮み上がった。
だが、フレイは全く怯んでいない。
怯んでいないどころか、言い返してみせた。
「いえ! 誠です! 確かに私一人の力では無理でしょう。しかし! もう一人、私の連れ合いと手を組めば! 二人がかりならば必ずや解読してご覧にいれます! 私はユリウス様より、鍵をいただいているのです!」
半分嘘で半分真実。
「ほほう、その者の名は? どこにおる?」
皇帝が口の端を歪めた。口から殺気がほとばしる。
「その者の名はビィー。町の娼館『麗しの春の日』亭におります!」
次章 「雌伏の時」
第3章「雌伏の時」
第1話は「交渉」
最大のピンチを乗り越えた時、立場は逆転する。