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4.薬屋のお仕事

「夏前に階段踏み外して落っこちゃってね」


 翌朝のことである。フレイは仕事をしていた。

 相手は村長。薬の行商が仕事だから、話の内容は健康に関するもの、病気に関するものである。

 真っ青な顔だが、これは二日酔い。今回の相談に関係ない。ちなみに息子はベッドから抜け出られないでいる。


「なんかそっから、息苦しくなってね。こう……大きく息を吸おうとすると……」

 村長がフレイの前で、大きく息を吸い込もうとしていた。

「痛てて」

 村長は胸を抱えて俯いた。


「こんな感じで息が吸えない。その他は何ともないんで、ほったらかしにしてるんですが、もうすぐ麦の収穫ですし、どうしたものかと……」


 フレイは顎に手を置いて、何かを考えていた。

「体がだるいとか、夜が眠れないとか、そんな症状はありますか?」

 問診である。


「ああ、そう言われれば体に力が入りづらいな」

「なるほど。とりあえず痛み止めと……」

 フレイが、ごそごそと薬箱をまさぐりだした。


「寝ていて腕や首、背中が痺れるという事はないか?」

 フレイの後ろから、ビィーが覗き込んでいた。


「いえ、痺れはありません」

 何を言い出すのかな? と、フレイと村長がビィーの顔を見る。

「いや、いやいや、ビィーちゃん、あんたゆっくり寝てろって俺言ったよね? これ仕事だから、素人は口挟まないでよね」

「上半身裸になって背中を見せてもらえますか?」

 空気を無視して、ビィーのセリフが続く。


「はい、……どうぞ」

 村長も、フレイより美少女ビィーの言う事を優先した。これは仕方のないことなんだ。

 言われたとおり、上半身裸になって背中を見せた。


「あのね、ビィー?」

 フレイのセリフを無視し、ビィーは村長の背中に手を這わせる。

 夕べから気になっていたことだが、村長は斜めにかしいだ姿勢でいたのだ。


 そして――。


「脊椎が曲がっている。胸椎の上から4つめと5つめがズレている。階段より落下した際の衝撃に因るものと推測される」

「えっ! セキツイって?」

 狼狽える村長。


「背骨の事ですよ」

 フレイが解説した。

「背骨がずれてるんですか!」

 もっと狼狽える村長。


「修正してやろうか?」

 こともなげに言うビィー。


「お、お願いします!」 

「おい、ビィー!」

「大丈夫だ。仕事柄、ちょっとした手当は知識として持っている」


 ビィーの記憶層にあるアプリを起動した。素人向けの整体技術である。

 ……どことなく見覚えの有りそうな無さそうな男の肩を揉んだ映像記録が、断片的に再生された。

 あれの最終結果は……パワー制御の細かい指示が無かったせいで、鎖骨、並びに肩胛骨複雑骨折で終わった。と記録が結ばれている。


 よし、経験はある。  


「床に座って」

「は、はひぃ」

 心臓をドキドキさせながら、床に胡座を組んだ。


「腕を前で交差させて」

 言われたとおり交差させる。

 ビューは村長の手首を背後から握った。温かく柔らかい手だった。後ろからいい匂いがする。

 若い美人に手を握られて、ドキドキ感が止まらない。年柄も無く頬を赤らめた。


 ビィーは背中に膝を当て……思い切り反らせた。


 ブチブチ、ブチィ!


「ふにゅ」

 村長は、美少女だったら、たまらなかっただろう気色悪い声を出す。


「な、なにをなさる!」

 ビィーが手を離す。これ幸いと逃げる村長。

「あ、あれ?」

 村長は気づいた。息が楽になっていることを。


 体の重さも取れ、身が軽い。


「治った!」

 晴れ晴れとした顔の村長に引き替え、フレイの顔が微妙だ。


 薬の出番が無くなったのだから仕方ない。フレイとしては、全快せず、ある程度体が楽になる路線で薬を売りたかったのだ。これでは薬屋の出番がない。


「フレイ。外部より患部を冷やす薬などはあるか? 炎症を起こす可能性がある」

「お、おおう、あるとも。膏薬がある。今から作りましょう」

 出番があった。


 フレイは膏薬用の端切れと小麦粉と酢、ハッカ油となんらかの粉薬を取り出した。

 飲み薬より膏薬の方が利率が高いのだから、自然と笑みがこぼれようというもの。


「これは患部を冷やす膏薬です。打ち身や捻挫、あと奥様に張り飛ばされて真っ赤になった頬の痛みにもよく効きますよ!」

 ちょっとした営業ジョークを交え、器に材料を混ぜはじめた。


「ビィー、そこのコテを……どうしたビィー?」

 フレイは驚いていた。何に対しても無表情なビィーが、感情のかけらを顔に出しているのだ。

 鼻の頭と眉間に皺を作っている。


「この匂い、駄目なのか?」

「臭い」

 フレイは、今年に入って何度目かになる素の笑い声を出した。   




 にわか治療所と化した村長宅に、長い列ができていた。


「風邪ひいたんでしょうか? 何だか朝から寒気が……」

「どれどれ」

 ビィーが、健康そうな患者のおでこに手を当てる。

 すぐ近くに綺麗な顔。額には彼女の柔らかい手。眼前にはそれなりの胸。

 若い男は、それだけで真っ赤に茹で上がった。


「少し熱があるな」

「風邪にはこの薬が良く効きます。夏の今ならお安くしておきますが……」

 フレイは言葉を切った。ビィーが後を続ける。

「買えるか?」

「喜んで」

「では次の方、どうぞ!」


 実にチョロい商売が、一日中続いたのであった。


 

 

 翌朝、フレイとビィーは旅立った。村人(男子)総出で見送ってくれていた。


「また来てくださいねビィーさん!」

「今度はもっと美味し物を用意しますよ、ビィーさん!」

 フレイへの別れの言葉がなかったのが、ちょっぴり悲しかったが、おおむね感動的な別れの朝であった。


 少し歩いてから振り返ってみると、まだ手を振っていた。

「おい、ビィー。業務命令だ。村に向かって軽く手を振れ」

「了解した」

 業務を機械的に遂行するビィー。前にも増して、手を千切れんばかりに降り続ける村人達。


「これでいいのか?」

 前に向きなおったビィーが、無表情なまま聞いてくる。

「上出来だ。元々この村は貧乏なんで、現金収入は当てにしてなかったんだが……。食料品とか酒を現物交換で仕入れるための便利使いだったんだけど……」


 フレイは言葉を一旦切った。そして商売用の爽やかバージョンの笑顔を装備してから、こう続けた。

「こんなに儲かるとは思わなかった。あいつらこれから収穫後に向かって現金をどうやって工面するのか心配だけど、そんなの知ったこっちゃねぇし!」


「儲かったのならよかったな」

 ビィーは、深く考えるのにまだ慣れていないので、この程度の返事だ。


「田舎限定で、この商売スタイルは使えそうだな」

 独り言を呟くフレイだった。




 いくつかの難所と呼ばれる険しい山道を過ぎ、木陰が涼しい、腰を下ろすにはよい場所に出た。


「ちょうどお昼だな。一息ついて、腹に何か入れておこうか」

「了承した」


 ロバを木に繋ぎ、背負った荷を降ろした。

 この時代、遅い朝と早い夜にたくさん食べる。昼は体を動かす職業の者たちだけが、軽い食事を口に運ぶ。それが習慣だった。

 フレイも、昼は一口か二口分の堅いパンあたりを口に入れるだけだ。


「ほらよ」

 本日もいつものように、固くなったライ麦パン用意し、特に端っこの堅い部分をビィーに放り投げた。


「ありがとう」

 堅い柔らかいに頓着しないビィーは、素直に感謝を言葉にする。

 今日もたいへん良い子だ、と、信じてもいない神に感謝しつつ、フレイは柔らかい方を口にした。


 口に入れようとしたら、後ろに繋いでいたロバが騒ぎ出した。

「なんだ? 狼でも出たか?」 

 狼程度なら、ビィー先生だけで大丈夫だ。

 思い切り油断しながら、振り向こうとした瞬間だった。


 ビィーに襟首を捕まれて、ひっくり返された。

 柔らかい腹を見せた状態で寝そべる形となる。むしろ危険度が増す。これはやめてもらいたい。


「おいビィー! なにをして……」

 フレイの周囲に黒い霧が漂いだした。

 見る間に黒い霧は濃さを増し、フレイを埋めていく。 


「フレイ、あれは何だ?」

 幸い、フレイの視界は上方に向けて解放されている。ビィーが指し示す対象物も視界の右側に捕らえている。


「……アンラ・マンユ……」


 背中を出して雪の原に寝ころべば、こんな感覚だろう。 

 黒山羊の頭に蝙蝠の羽を模したマスクをかぶった。そんなデザインの頭部。マントのようなボロボロの布状不思議物質で体を覆っている。

 5メットルにも30メットルにも見える、大きな魔物が、森の上で浮遊している。


 もっと嫌な事がある。黄色い目がこっちを見ているのだ。




次話「魔窟の魔王、アンラ・マンユ」

魔族、牙を剥く!

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