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3.アイマラの村

 日が沈みかけていた。

 西の空は綺麗な茜色にそまり、東の空は、紺色に染まりはじめていた。


 無骨だった景色が、命ある田畑の景色へと代わっていた。

 麦と思わしき穂を付けた植物が、沢山栽培されていた。もうすぐ収穫だ。


 道はやがて三つ角にくる。


「本来なら、あそこの小道を通ってくるはずだったんだけど、森を抜ける近道をしちゃったからね。もうここはアイマラの村だ。山なんで土地が痩せてるし、狭いしで良いこと無いんだけど、酒だけがうまくてね。水が綺麗だからかな? あ、ほら見えてきた」

 フレイが指をさす場所に小さくてみすぼらしい祠があった。


「土地の神様が祭られているらしくてね。ここが境界線だ。この先がアイマラの村となる」

 祠から先の道は、よく手入れされた綺麗な道だった。ここまで続いていた道にゴロゴロ転がっていた石は一つも無い。

 草一本生えてない、真っ平らで、同じ幅。馬車が悠々と通れる幅の道だった。


「生真面目で働き者が多い村だよ」


 道は緩やかに昇っている。集落は高台になっているようだ。水はけが良さそうな村である。

 しばらく進むと住居が見えてきた。

 フレイが言ったとおり、あまり立派な建造物ではない。しかし、まめに手入れをしているのだろう。こざっぱりしている。ボロ屋には見えない。


「田舎特有の村でね。……ちなみに、ビィーは疲れているかな?」

「いや、疲れは感じない」

 何やら意味深なセリフに、さして考えることなく答えるビィーであった。


「ならいい。今夜は大変な騒ぎになりそうだから、気合いだけは入れておいてくれ」

「気合い? 根性論や精神論は苦手だな。体力なら数日は大丈夫だ。何の問題も無い」

「うむ、心強いぞ! あ、ジョンさん! お久しぶりです!」


 顔見知りを見つけたのだろう、フレイは大きく手を振った。

 ジョンさんは、若かい部類に入る独身男性だ。ボサボサ頭に土まみれの野良着姿だったので、実年齢より老けて見える。


「おお、薬屋のフレイ……さん……」

 ジョンさんの歯切れが悪い。


 手は振るものの、目がビィーの顔に釘付けだ。

 解らないでもない。こんな山奥の片田舎で、ビィーの様な美少女は採れない。


 腰まで伸ばしたプラチナ色の髪。そんなの見たことない。

 日に当たったことない様な白い肌。そんなの見たことない。

 美術品が裸足で逃げ出すほど美しい顔。そんなの見たことない。


 ぴんと伸ばした背筋、きりりと引き締まった表情は別の生き物にさえ見える。

 神様ありがとう。これだけで半年はいけそうです。


 ビィーに向かって真っ赤な顔で挨拶するジョンさん。

「はうあおうはへうあ?」*注)解読不能。


 フレイはビィーの無表情な顔に向かってこう言った。

「ほらね。今晩大変だよ」





 その夜。


 村で一番大きな住居が、村長の家だった。

 冠婚祭にも使うことを考慮した造りだった。薄い壁を取り外すと、大広間が出現する仕組みだ。


 貧乏な村だと言っていたが、村長の家には小物が多く飾ってあった。訳のわからない像。壺。絵画。ミニチュア。


「ああ、これはね、金のない旅人がメシや宿泊のお礼に置いていった物です。楽器なんかもありますよ」

 案内を買って出た村長の息子が、小物を見ているビィーに説明していた。


「これは?」

 ビィーが興味をひいたのは、角が丸くなった粘土板。ミノタウロスの斧に書かれていた未知の文字と文様が描かれていた。


「畑の中から出てきた物です。お気に召したのなら持ち帰られますか?」

 間近でビィーの顔を見つめる機会を持った息子は、胸の高鳴りを覚えていた。

 しばらく見つめていたビィーであったが、結局断った。記録したから必要ない。というのがその理由だった。




 アイマラの村総出で(特に男衆(おとこし))歓待の席が設けられた。


 肉料理中心の贅沢な料理が所狭しと並んでいる。冬用に育てていた豚が一頭、丸々料理されたのだ。奥の厨房から、包丁の音が聞こえてくるから、料理はまだ出尽くしていないのだろう。このことから、生半可な歓待ではないことが想像される。

 主賓はフレイであるが、座の中心軸が、ビィーの方へずれている。


「ささ、一杯どうぞ。何もない村だけんど、酒だけはうまいって評判だで!」


 姿勢が右に傾いでいる村長さん(45歳妻帯者)が、村秘蔵の杯(税収官吏が来たとき出すヤツ)に自慢の酒(酒精45%)をなみなみとついだ。

 酔い潰す気満々である。


 ビィーは、どうしていいのか判断がつかなかったので、フレイを伺うことにした。

「飲むのが礼儀です」  

 フレイも、ビィーがどこまで酒を飲めるのか、興味津々だった。少しでも弱点を知りたかったためである。


「いただこう」

 両手を添えて、クイと飲み干した。

 周囲からオオーと濁声が上がる。


「いかが?」

 村長がにこやかな顔で聞いてきた。

「刺激が強い液体だ」

「おい! 果実を入れて差し上げろ!」

 若い衆が競うようにして台所へ走った。


 この村は小さい。村人全員が親戚の様なもの。新しい血が欲しかった。

 大事な物資を運んできてくれる行商人は対象外だが、旅の者が来る度、肉料理で歓待し、酒で潰して堕とすのだ。

 そして、今回の来村者は、絶世の美女。若い男達は目を血走らせている。


「爺の酒も受けてくれますかいのう?」

 村の長老(67歳・カッパハゲ)が、徳利に似た容器を差し出してきた。


 男衆に緊張が走る。

『はっ! あれは口当たりだけは良い果実酒』

『口当たりがいいくせに、酒精は蒸留酒並み!』

『長老が本気出した!』

 ザワザワと騒ぎが広まった。


 あざとく聞きつけたフレイは、自分の酒の量を控えることにした。いざとなれば、ビィーを引きずってでも割り当てられた宿舎へ逃げ込もうと考えたからだ。


「せっかくの初物だ。こんな所で散らせるわけにはいかない」

 あまりにも声が小さいので、聞く者は誰もいなかった。


「さあ、ビィーさんは飲んでください。フレイさんは食べてください!」

 村の男達は代わる代わる、ビィーに酒を勧めていく。


 宴会が始まって二時間。

 ビィーは勧められるだけ酒を飲み、飲み物の様に料理を平らげていった。


 何巡目かの器が村人Aより回された時、ビィーの上半身がぐらついた。

 獣の様に目を輝かせる村人達。飛び交うアイコンタクト。


「おい、大丈夫か?」

 フレイは声をかけ、椅子から腰を上げた。


 ビィーの中で何かのスイッチが入る事になる。

”機能チェック。……体内アセトアルデヒド濃度、急速上昇中。原因分析……臓器・肝臓における代謝能力を上回るアルコール摂取。対処システム構築中……”


 上半身がバランスを崩し、横倒しになりかける。すかさず腕をアンカーの様に突きだし、支える。


 ズシッ!

 村最大を誇るテーブルが揺れた。ビィーの前髪がはらりと顔に掛かる。


 その仕草が色っぽかったのだろう、男衆の間にドヨドヨが広がった。


”メインシステムよりエネルギー伝導。スーパーチャージャー構築。構造体アイアンレバー、フルパワー!”


 陶器と金属製の器が微細動する。

 人の耳では捕らえきれない音域の重低音が、ビィーの右わき腹より発生した。

 もしこの世界にサーモグラフが存在したら、ビィーの肝臓部分を眩しい白に映し出していたことだろう。


”CH3COOH に分解。H2OとCO2 に分解。アセトアルデヒド完全分解完了。機能回復を確認”


「ふうー!」

 ビィーは熱い息を吐いて、二酸化炭素を排出した。


筐体(フレーム)もどせ”

 斜めになっていた上半身が、しゃきりとした元の姿勢に戻る。  


「では、いただこうか」

 前髪を掻き上げた後、正確な動作で杯を差し出すビィー。彼女がさして酔っていない事実を経験則で察知した村人Aは、理由無く恐怖した。


 一人の美少女を狙った宴会は、これより地獄絵図へと突入するのである。 





 さらに二時間が過ぎた。


「げふぅっ!」

 7人目が脱落した。


 ビィーにアピールすることなく、儚く散っていく若者達。

 元々の動機が不純なので、救いの手を差し延べようとする神はいなかった。


 死屍累々という言葉がある。

 危機を感じた村長は、温存していた若者に目配せをした。

「ではここで一発、芸を披露したいと思います」

 おおーっと歓声が上がる。慣れた手順だった。


 男が一人、手に古い楽器を持って現れた。

 空洞になった胴。ヘッドがあって、弦が6本。糸巻きがついてる。抱える様にして奏でる楽器。


「ギター?」

 ビィーの記憶にある楽器の中で、一番近いのがギターだった。


「ギター? いえこれはリュートと呼ばれる楽器でして、こうやって弾くんです」

 若者は弦を小さなバチで弾いてポロンと音を奏でた。

 弦は、めいっぱい張ってある。柔らかい指で弾くと怪我をする。


「では!」

 若者はポロンポロンとリュートを奏でながら、愛の歌を歌い始めた。


 静まりかえる室内。若者の歌声と、リュートの弦が弾かれる、綺麗な音だけが満ちていた。

 村人は、飲食の手を止めて聞き入っていた。


 フレイは、唇に乾いた笑いを張り付かせて聞き入っていた。聞き入ったフリをしていた。

 とても聞けた代物じゃない。

 フレイは帝都や都会に縄張りを持つ行商人である。本物の歌を知っている。リュートは楽器である。音を出すだけの器具じゃない。


 ビィーは真剣に耳を傾けている。聞き入っているんじゃない。分析(アナライズ)しているのだ。


 結果。

 チューニングできていない。コードが存在しない。ただの短音の連続と認識した。

 ドレミファもシラソファも有りはしない。

 哀れな若者の愛の歌は、最後の音をもの悲しくかき鳴らし、終了した。


 村人達は盛んに拍手をする。フレイは、礼儀として拍手を送った。ビィーも見よう見まねで拍手を送る。


 ひとしきり拍手が落ち着くと、ビィーが立ち上がった。

「その楽器を貸してくれないか?」


 お互いの顔を見やる村人達。

「おや、ビィーさん、弾けるんですか?」

「多分」


 ビィーはリュートを受け取った。ずっしりと重い。

 細かい部分は違っていたが、基本はギターとして完成された楽器だった。

 ビィーは、ギターをベースとしてチューニングをはじめた。


 それを見たフレイは、眉の片方を跳ね上げた。

「ほう、いっぱしの楽士じゃないか」




「では、入門用の一曲を」

 ビィーは目を閉じた。

 村人とフレイは、集中しているのだろうと思った。実はダウンロードされたアプリの楽曲を実行していたのだ。


 ビィーの手が動いた。

 左手の指が特定の弦を押さえる。ピック代わりのバチを素早く動かす。


 歌詞はない。楽器だけの演奏だ。

 演奏が始まると、村人の空気が変わった。


 フレイは、おもわず両方の眉を跳ね上げた。

「都会でも、こんな曲を演じる楽士はいない!」


 ビィーが演奏したのは「禁じられた遊び」フレオ・イグレシアス バージョン。

 細かく速くリズミカルに。

 みんな目を丸くして聞いていた。聞き入っていた。


 最後の旋律が部屋中に染みわたり、ビィーの演奏が終わった。

 だれも言葉を発しない。涙を流している者もいる。


「はっ!」

 一番最初に我に返ったのはフレイだった。


「さあ、みなさん、今宵は我らのためにすばらしい宴を有り難うございます。さて、夜もすっかり更けました。彼女は長旅で疲れています。先に休ませてあげたいのですが、よろしいでしょうか、村長?」

 有無を言わさぬ商売口調で畳み変えるフレイ。ビィーの腕を引いて立ち上がっている。


「あ、ああ、そうですな。お疲れの所、引き留めて申し訳ない」

 胸を押さえながら、村長が立ち上がる。


「家の者に今宵の宿に案内させましょう」

 疲れたのだろうか? 声に張りがない。




 案内をしてくれたのは、村長の女房だった。

 一旦村長宅から外へ出て、隣の建物へ向かう。


「ここです」

 案内されたのは、藁小屋だった。


 麦藁の束がうずたかく積み上げられていた。

 藁は田舎の農家にとって大切な材料である。湿ったらすぐに腐り始める。その辺にほったらかしにするような村は、すぐに滅びてしまうのだ。

 収納すべき小屋は、その辺の民家よりしっかりした造りになっている所が多い。

 アイマラの村も、そのうちの一つだった。


 天井は高く、藁は整頓されて積み上げられている。

 藁の束で形を整え、小綺麗なシーツが掛けられていた。簡易ベッドである。これが結構柔らかくて感触が良かった。

 それが二つ。距離を開けて。ご丁寧に、布や板きれを設置して区画を分けている。


「ごめんなさいね。こんな所しか用意できなくて」

 女房が恥ずかしがっている。


「いえいえ、旅の者にとって、これほどすばらしい寝床はなかなかありつけませんよ!」

 フレイは、商売用の笑顔を全開にして感謝を述べた。


「家ん中にお部屋はあるんですけど、税収官吏様専用なもんで。ほんと申し訳ないねぇ」

 女房は本気で詫びていた。悪い人ではないのだ。


「当然ですよ。私どもが官吏様のお部屋を使ったりすれば、官吏様に何と言って責められるか想像が付きます。いやいや、これは素晴らしいベッドですよ! 町の宿屋でもこれほどの物はありません!」

 もちろん演技だ。それを悟られない演技力を持ってこそ、商人である。


「奥様、これはほんの気持ちです」

 フレイは用意していた貨幣を、女房に握らせた。


「いえ、こんな事していただかなくても!」

「誰にも邪魔されず、ゆっくり休めるお礼ですよ!」

 フレイは、意味ありげな言葉とウインクで強引に貨幣を握らせた。


「そ、そうね。今晩は誰も邪魔が入らないわ。ゆっくりお休みください。オホホホホ!」

 勝手に勘違いした女房は、何度も礼を述べながら、簡易宿舎から出ていた。

 希望通りの手配をしてくれるだろう。


「これで夜這いは無くなったし、明日から強引なアタックも減ることだろう」

 自分とビィーはできている。そう思う様に仕向けたのである。


「金を使わせてしまったか?」

 ビィーが心配していた。


「使ったのは使ったけど、縁が削れたコインだとか、黒ずんだコインだとかだ。町の商売じゃほぼ使えないコインだったから、心配しなくてもいい」

 商売用の、ではなく、本来の笑顔を浮かべるフレイ。子供っぽい笑顔だ。


 フレイは荷物をベッドの上に放り投げ、腰を下ろした。

「トイレは母屋の裏だ。明日の朝は俺にかまわず、ゆっくりしてるといい。俺は仕事だけど、商売だからビィーに手伝ってもらえるところはない」

 上着を脱いで、寝る用意をする。


「ビィーも早く寝ろ。じゃぁ、お休み」

 枕元の水差しを確認して、ベッドに潜りこんでシーツをかぶる。呼吸を整えて、目をつぶった。


 ゆっくりと寝返りを打って……。


「ビィー、君のベッドは向こうだ」

 横で一緒に寝ていたビィーに、仕切りの向こうのベッドを指し示すフレイであった。 




次話「薬屋のお仕事」

ゲスな男だが、薬屋という仕事の意味だけは知っている。

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