2.謎々
ミノタウロスを撃退して約3時間後。
ビィーが服を着がえている間、フレイは腰を下ろして休憩していた。
「なぜ、ミノタウロスは外へ出てきたのだろう?」
フレイは手にした革袋を眺めつつ、しきりに首を捻っていた。
「この革袋の中には、一体何が入っているんだろう?」
外からの触感だと、紙で出来た本っぽい。それと小型のタマゴのような固い物が一つ。
蝋で口を閉じられた上に、あの騎士の物と思われる封印がなされている。非破壊で中を探る事は不可能。
中を見たら見たらで、厄介ごとに巻き込まれそうな気がする。
ここは一つ、仕事と割り切り、お届け物をして小銭を稼ぐのがベターだろう。
ぶっちゃけ、褒美の金など欲しくない。それより、王宮関係者にコネが出来る方が魅力だったりする。
しかし気になる。
「ミノタウロスは、太古の秘宝が眠る迷宮の最深部に、住まいする魔獣。……だったはず。あの話は爺さんがベロベロに酔っ払ってた時の話だったしな。何回も同じ話してたんだけど、都度微妙に違ってたしな」
過度の興味は身を滅ぼす。
それは、フレイの師匠から教わった数少ない戒めであった。
「待たせたな」
ビィーの着替えが終わった。いつものヘソ出しルックにスカート姿。サンダルを紐で編み上げ、足元を固めている。
身の丈3メットル。体重300キロクラム超のミノタウロスと、正面から殴り合って、殴り勝ちした少女のことも気になる。
「過度の興味は身を滅ぼす、っと!」
もう一度、戒めを口にしてフレイは立ち上がった。
「何のことをさしている?」
「これのことだ」
フレイは、封印された革袋を目の前にぶら下げた。
「戦艦つってたよな? 戦艦つったら、海の上で戦う船だよね?」
「戦闘艦全般もしくは、最大の火力を有する船種の事だと認識している」
二人は街道を歩きながら、謎について話し合いだした。
珍しく、いつもは無口なビィーから口を開いた。
「ミノタウロスの迷宮の近く。攻勢に転じたミノタウロス。瀕死の重傷を負った騎士。謎の品物。王宮への配達依頼。これらを組み合わせると、幾つかのストーリーが描ける」
フレイが話す番だ。
「俺はね……、商売柄、いろんなヨタ話を聞くんだが、迷宮の外に出たミノタウロス、なんて話は聞いたことがない。だのに外でミノタウロスと出会った。ミノタウロスは、守っていた秘宝を追っかけて迷宮の外へ出たと考えるのが普通だろう?」
フレイは、ビィーへ話を振った。
「それを元に話を組み上げてみよう」
無表情ながら、なんとなくビィーは嬉しそうだった。
「何らかのルートで、王、または政治組織が、迷宮に守られていた品物の情報を察知。先ほどの騎士が所属するチームに、奪取の命令を下した。騎士のチームが迷宮へ侵入し、目的の品物を奪取するものの、甚大な損害を受ける。一人残った騎士が地上まで出るも、迷宮の警護責任者たるミノタウロスが、後を追って地上へ出た。その現場に遭遇したのが我ら二人組」
ビィーは物を考えたことがなかった。考える機能が無かったと言い換えても良い。
この世界に、人として転生し、思考するという能力を手に入れた。
これは彼女にとって新鮮かつ心を潤す能力であり現象であったのだ。
「なかなか! ビィーは、弁論者みたいに筋の通った話し方をするなあ」
理由までは知るよしもないが、フレイは楽しさという感情をビィーの中に感じとっていた。
「ビィーの話で正解として、……問題は、この中身だな? 何だと思う?」
フレイは、話を振った。
僅かな情報の断片から、結果を導き出す。例えば、戦争が始まりそうなら、戦略物資が高騰するという因果関係を思いつく頭。
それは、一流の商人に必要な思考方法だ。推理とも呼ぶ。
フレイは、ビィーを見る限り、その思考方法・推理を会得し、楽しんでいるようだと思ったのだ。
だから、一緒に考えようとして、話の続きを振ったのだ。
「広義の意味で戦艦に関する、これも広義の意味での情報だと推測する。この事に関し、フレイ、確かめたいことがある」
「なんだい?」
「フレイの記憶層に、高度に発達した先史文明といった言葉はあるか?」
「ふむ?」
ビィーは小枝を拾った。
「ミノタウロスが持っていた斧。その柄に、文字が刻まれていた。それは、こう……」
彼女は、地面に小枝で文字を11個書いた。
「え? 何これ? 読めないよ」
フレイの知らない文字だった。
「ビィーはこれが読めるのか? てか、よく覚えていたね?」
「今は読めない。しかし、次からは読める。解説しよう」
ビィーは小枝を動かし、二文字ずつ線で区切った。
「『ミノタウロス』の音節は6つ。最後の一文字は性格、性質を表現するための一文字として、この未確認文字は、5ペアと1文字で合計6つ。ならば、頭は子音、後ろは母音。音節が『ミノタウロス』と一致する。この組合せに限れば、次から読める。後は、この文字で書かれた文章を多く集め、未確認文字の法則、つまり文法を探り出せば、解読完了となる。時間さえあれば、わたしにでも解読は可能だ」
フレイは真顔で考えはじめた。
真顔だったのは少しだけ。すぐに商人の仮面を装備した。
「センシブンメイって単語は知らないけど、『高度に発達した』という言葉になら心当たりがある」
フレイの顔に、商売用の笑顔が浮かびだした。
「さっきもミノタウロスのダンジョンがあっただろ? あっちこっちにいっぱいあるんだ。大昔、そのダンジョンを作った、強大な魔法を使う人々がいたって話なら聞いたことがある。いまの人間に、永遠に動く罠や、無限に吹き出す毒の煙といった仕掛けは作れない。それ以前に、地下何十階も掘って何百年もそれを維持する技術なんか無い」
そう言って、肩をすくめてみせた。
ビィーは少し考えた。
「ならば、過去の進んだ文明が残した物……造船技術」
「魔法の攻撃装置かもしれないな」
フレイがすぐにセリフを被せた。しかも別のアプローチで。
「外洋航行用構造。バルジ。バルバス・バウ。サイドスラスター」
「……人の力や風に頼らず進む魔法」
ビィーとフレイが交互に意見を出し合う。
「鉄製の船。あるいは装甲板。モノコック構造。船舶動揺制止装置」
「……超大型船」
「潜水機能。視覚ステルス。艦橋構造」
フレイの番だが、彼は黙っていた。
ビィーの口から出てくる単語がわからない。わからない単語が簡単に出てくる。
フレイは商売用の、それもとびきり爽やかな笑顔で重装甲を施した。
「……ビィー、この袋の中、覗いてみたくないか?」
今、フレイは完全な商人となっていた。商売上のテクニックを全開にして応対していた。
そして、ビィーは――。
「それは止めよう。それは我らの物ではない。騎士の物だ」
フレイがかぶった商売用の仮面に、僅かだか不満の色が出た。
「それ以前に興味が無い」
続けて発したビィーの言葉に、フレイの仮面が激しく揺れた。
「色々と『知って』いるんだね?」
……そう問うてみる。
「海上艦は、概念と構造だけだ」
ビィーは無防備な答えを出した。
フレイは商人の仮面を外した。話を終了することに決めたのだ。
「……もうすぐアイマラ村が見える。行商のルート上にある村だ。今夜はそこに泊まろう。なに、気心が知れてる村だから、遠慮はいらない。ただし、すげー貧乏だから覚悟はしておいてほしい」
フレイは商人の仮面をかぶっていない。素の表情だった。だから、ワザとおどけてみせた。
「わたしは、文句の言える立場ではない」
フレイは、ビィーのセリフがちょっと面白かった様だ。口元を緩めてしまった。
「そうだ、余計な詮索をされてもいいように、ビィーの出自を考えておこう」
「欺瞞作戦だな。よかろう」
どこまで行っても真面目なビィー。観察してて楽しくなってきた。
「そうだな、ビィーは没落した武門の出だ。そこのお嬢さんだった。で、食えなくなったので、都に出て職を探そうとしている。俺は、ご両親に依頼されて、都まで送っていく仕事を請け負った。行商のルートにコア帝国の帝都ゴッドリーブがあるから、不自然さはない。どうだい?」
フレイは、ビィーの出方をうかがっている目をしている。
「整合性がとれている。問題ないだろう」
満足のいく回答だった。
「ではもう少し付け足そう。家の名前と土地は伏せておこう。家の恥だとかなんとか言っておけば詮索はされない。イレギュラーな話が出れば黙っておけばいい。勝手に勘違いしてくれる。何なら、俺がフォローしてやるよ」
フレイは先ほどから自分事を「俺」と言っている。
「何から何まで世話になる。いつか必ずこの恩は返す」
「いや、仕事の斡旋料が入るから、気にしなくていいよ」
犯罪臭がプンプンするフレイなのだが、ビィーは殊勝なまでに畏まるのであった。
次話「アイマラの村」
村には村の秘密がある。