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1.ミノタウロス

 ビィーは、巨大な戦斧を右手だけで軽々しく持っていた。

 フレイでは持ち上げる事もできない重量級の戦斧(せんぷ)だ。

 返り血で上半身が真っ赤に染まっていた。


 どうしてこうなった。


「もういいから、そこの川で体を洗ってきなさい。ついでに服もな」

 ビィーは戦斧を放り投げ、川へ降りていった。


「ふー!」

 フレイは深く溜息をついた。


 地面に突き刺さっていた剣を抜いた。その剣は、真ん中で折れていた。

 フレイは、丁寧に血糊を拭き取り、騎士様のマントでくるみ、ロバの荷物にくくりつける。 


 側には死体が転がっていた。


 切断され、転がっている牛の首。それと首のないムキムキの人間。これがミノタウロスと呼ばれた魔獣のなれの果てである。


 もう一体。


 高級そうな部分鎧を装備した騎士。


「まあ終わったことを悔やんでも仕方ない」


 フレイは手にした荷物を目の高さに持ち上げる。

 彼の手には、革袋が二つ。

 金の入った革袋と、蝋で封印された革袋。


「洗い終わったぞ」

 ビィーが川から上がってきた。 


「では出発しよう」

「死体はこのままで良いのか?」


「私たちには、一刻も早く殺人現場……もとい、この場を離れなければならないという使命があるのだ」

「了解した。使命なら仕方ないな」


 こうして二人は、通常の旅に戻った。


 太陽はまだ高い。夏の昼は長いのだ。

 黙って歩くこと約3時間。


 フレイはピタリと足を揃えて止め、くるりと振り返ってこう言った。

「そろそろ服を着たらどうだ?」




 話は、数時間前に遡る。


 今日のお昼前、二人の前方に二頭の騎馬が現れた。こっちに向かって駆けてくる。

 軽い鎧を装備した騎士だ。


 騎士は二人の前で馬を止めた。

「そこの二人! ……」

 言葉が途切れた。


 ここで二人はビィーの容姿に惹かれてしまった様だ。


「間もなくコア帝国軍の部隊がこちらにやってくる。邪魔にならない様、道の脇で控えておれ!」

 偉そうに言い放つと、返事も待たず馬を走らせた。何回か振り返って、ビィーを見つつ遠くへ去って行った。


「コア帝国軍の露払いみたいだな」

 フレイは眉間に皺を寄せて、これから進もうとする方向を見ている。


「面倒くさいから、脇道に逸れようか?」

「従おう」

 ビィーに思惑はない。道を知らないから、フレイに任せるしかない。


 フレイは、ビィーの顔を見つめている。

 娼館で殺戮行為を終えた美少女。

 その時の返り血で汚れた顔と体は、途中の小川で洗い流している。服は予備に着替えている。


 こうやってると背の高いだけの美少女にしか見えない。

 どこに、かの様な戦闘力をしまい込んでいるのだろうか?

 同世代の少女とどこが違うのか?


 違う所と言えば、六つに割れた腹筋くらいなんだが……。


「あそこから次の町への近道が伸びている」

 フレイは、森の木々が窪んで見える部分を指さした。


「途中、ミノタウロスが住むという地下ダンジョンの近くを通らなきゃならない。魔物と遭遇する確率が高いんだが、それでもいいかな?」   


 暗に、万が一の場合は戦ってくれと言っているのだ。

 ビィーはそれを察知した。勘の良い少女である。


「世話をかけているのだから、それくらいは任せてくれ。余程じゃない限り、追い払うことが出来ると推測される」

「ダンジョンに入るわけじゃないから、さしてレベルの高い魔物が出るわけないし。ダンジョンマスターのミノタウロスが外へ出るわけねぇし」


 二人は街道をそれ、森の小道に入っていった。


「ミノタウロスってなんだ? 得物は何だ?」

「牛の頭を持ったデカイ怪人だ。大抵、両手持ちの戦斧を持ってる」

「……見たことあるのか?」

「見たことないなぁ。まあ、安心しなよ。たぶん出てこないよ」


 ビィーは無表情で歩いている。

 あまり長いつきあいではないが、ビィーが何を考えているのかが大体わかるようになってきた。

 今回はミノタウロスについて考察している様だ。


「村の年寄りから聞かされた話がある。ミノタウロスは数が少ないが、この世に複数生息している。ミノタウロスはダンジョンを守るために生み出された魔物だという。……と、いうことは、ミノタウロスがいるダンジョンには、宝物以外に、守るべき古代の秘宝がある。という噂だ。俺が生まれた村の山と谷ともう一つ山を越えた森にミノタウロスのダンジョンがあるんだ。信憑性は高い」

「ふーん」


 ビィーは相変わらずの無表情だが、心なしか満足げである。知識欲が満たされたのだろう。


「他にもね、ずっと南の土地に、触手の森って呼ばれてる――」

 フレイのおしゃべりは続く。

 今しばらくは、のんびりとした旅が続く予定である。




 遅い昼を簡単に済ませ、森の中を進んでいく二人と一匹。


「もうすぐダンジョンへの分かれ道なんだけど、魔物は一匹も見かけなかったな」

 魔獣は出なかったが、大型のヒグマが出た。

 ビィーが、ベアハッグで簡単に仕留めたが。クマ故に。


「このまま何も現れ――」

 フレイは襟をつかまれ引き倒された。


「……、今度はなあに?」

 あきらめ顔のフレイ。ビィーは姿勢を低くして遠くを見ている。


「あそこの藪が不自然な動きをした。人の足も見える」

「なんだって?」


 フレイは首をねじ曲げ、問題の藪をじっと見つめてみる。確かに人の足が見える。

 藪から突き出された二本の足だ。


「おい! 倒れてるんじゃないか?」

「怪我をしているようだ。血の臭いがする」

「それに早く気づけ! 商売……もとい、人助けだ。薬は売るほど有るからな!」

 フレイとビィーは、怪我人の元へ走っていった。




「こ、これは……」


 怪我人に息はあった。

 ただし、脇腹がザックリやられていた。


 血の付いたバスタードソードを右手に持ったまま、怪我人は仰向けに倒れていた。

 鎖帷子の上に部分鎧を装備。フィールド探査向けの軽装備だ。

 冒険者にしては質の良い装備。どう見ても高級騎士。

 脇腹の鎖帷子が横真一文字に切断されていた。


「き、傷は浅い。しっかりしてください」

 フレイは気休めで声をかけた。手の施しようがない負傷だった。


「そうか? ……とても……そうは思えんが……」

 横たわった騎士は、無理に笑おうとしていた。


「内臓がはみ出している。傷は致命傷だ。何か言い残すことはないか?」

 ビィーは容赦が無かった。

「こ、これを……届けてくれ」

 騎士は左手にもった紐をヨタヨタと持ち上げる。大きめの革袋に繋がっていた。


 ビィーが革袋を受け取った。開閉口に、赤い蝋で封印が施されている。蝋にはなにやら複雑な紋章が押されていた。


「腰に……路銀が……手付け金だ……」

 騎士の腰に、ふくれた革袋があった。

「コア帝国の……王宮へ……」

 声が小さくなっていく。

「……褒美が……もらえる……だ……」

 騎士の目が濁っていく。


 フレイは騎士の体を揺すった。

「しっかりしてください! 騎士様のお名前は?」

「……ユリウス・アルムフェルト」


 騎士ユリウスの目が焦点を結ばなくなった。口がわななく様に喘ぐ。


 二人は耳を口元に近づけた。

「……戦慄……の……戦……艦」

 首がごろりと横を向いた。体中の力が抜けていた。


「聞いたか? ビィー?」

「前立腺姦」

「いや、センリツのセンカンと言っていた。つーか、耳のゴミほじってやるから、そこに横になれ!」

 律儀に横になろうとしたビィーの後ろの藪から、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。


「ブボーッ!」

 木をなぎ倒し、3メットル近い大きな影が現れた。

 頭部は角を生やした黒い牛。丸太より太い首から下は、筋骨隆々の人間。

 手には両手持ちの戦斧。


「みみみみ、ミノタウロス?」

 素早くフレイが後ろへ下がる。


 ビィーは騎士の剣を手に取って立ち上がった。


「ゴガー!」

 ミノタウロスが戦斧を振り上げる。無言で迎え撃つビィー。


 力と力がぶつかった。

 腹に響く金属音。

 パワーは互角。二人は反動でのけぞった。


「ブォー!」

 体前面の筋肉を全て使って、二撃目を繰り出すミノタウロス。

 半歩足を引くことで、二撃目を繰り出すビィー。


 全く同時の攻撃タイミング。

 しかし、ビィーは狙いを変更していた。

 籠手。ミノタウロスが振り下ろす腕を狙って剣を繰り出したのだ。


 再び激突音。


 ミノタウロスの太い腕に、切っ先が命中。

 頑丈な筋組織に負け、剣が真ん中でヘシ折れた。だが、ミノタウロスもたまらず斧を落とした。

 落としたが、ビィーめがけて丸太の様な裏拳が飛ぶ。

 まともに食らったビィーは、蹈鞴を踏んで後ろへ下がった。


 パワー負けしている。


”呼吸停止。システム、メインに移行。メインアイドリング中に付き出力微少”


 ビィーの拳が飛んだ。ミノタウロスの開ききった腹にめり込む。レバーだ。

 ものともせず、ミノタウロスの右膝が飛ぶ。ビィーの顎にヒットするが、今度は下がらない。

 表情一つ変えず、右フックをわき腹に放つ。


 身長3メートルのミノタウロスに対し、2メートル以下のビィー。体格は負けているが、実のところ、体重に差が無い。二者ともほぼ300キロ。

 体重を乗せた殴り合い。

 打撃の威力に遜色がない。ミノタウロスにとって、懐に潜り込まれているだけ視界に捕らえきれず不利だった。


 ビィーの素早いコンビネーションに、ミノタウロスは対応しきれなかった。左ストレート、右ストレート、左フック、右抜き手。


 最後に放った抜き手が凶悪だった。指先を揃え、肋骨脇に突き刺す。

 肉が薄い場所だ。湿った音を立て、手首までめり込んだ。

 血の糸を引いて手が抜かれる。


「ブキィーッ!」

 たまらず悲鳴を上げるミノタウロス。体を二つ折りにして痛みに耐える。


 顔面が手の届く距離にまで降りてきた。

 そこを逃すビィーではない。


 渾身の後ろ回し蹴りが、ミノタウロスの顔面に決まった。

 脳震盪を起こすタイプではない。四足獣特有の、突きだした顔面構造物を削り取るタイプである。


 300キロ超のハンマーを振り回した結果と同一の効果。

 ミノタウロスの顔面が破裂。声も上られず後ろへ吹き飛んだ。


 そこからが速かった。

 ビィーは、ミノタウロスが手放した巨大な両手持ち戦斧を拾い上げた。それを片手で振り回し、投球フォームに似た軌跡で振り下ろす。


 ミノタウロスの首に向けて。


 湿った音が一つだけした。

 噴水の様に吹き出す赤い液体。

 その中に、最初から無表情な表情を浮かべたままのビィーが立っていた。


「フー、ハーッ」

 呼吸を再開する。


”サブシステムへ移行”


 ビィーの髪が風も無いのに揺らめいた。熱が体から逃げていく。


「いや、いやいやいや……。ミノタウロスに殴り勝つか? 普通」

 勝敗が付いたことで、騎士様の懐を探っているフレイの第一声であった。 


 


2章は全7話の予定です。


次話「なぞなぞ」

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