ジークリンデと子鬼
真夜中、ジークリンデは寒さで目が覚めました。ジークリンデが寝ているのは二階の部屋でしたが、下の階からびゅうびゅうと冷たい風が吹いてきているのがわかります。いったいどうしたことでしょう。
寝巻の上から外套を着こんだジークリンデが寒さに震えつつ一階に降りると、なんと玄関の扉の蝶番が外れて横倒しになり、外から冷たい風が吹き込んでいるではありませんか。
「こんな夜中にどうしよう……?」
大工さんだって眠っている時間です。今すぐに扉を直してもらうわけにはいかないでしょう。
「とりあえず、どうにかしてふさがないと」
ジークリンデは扉を戸口にはめようとしますが、風ですぐに倒れてしまいます。
「――困っているようだナァ」
扉を椅子だのテーブルだのに立てかけてみたり、隙間をどうにか埋めようとしたりと悪戦苦闘しているジークリンデに、どこからか声がかかりました。
「誰?」
ご近所さんではありません。誰だか知らないひとの声です。
「おれさまが助けてやろうかァ?」
ジークリンデが家の外の闇に目を凝らすと、そこには黒い色の子鬼がにやにやしながら立っていました。頭から二本の黒い角を生やし、かぎのある長いしっぽをごきげんに揺らしています。
「いいです。間に合ってます」
子鬼なんてものとは関わり合いにならないに越したことはありません。ジークリンデは断り、作業を続けようとしましたが、次の瞬間、ばきり、と音をたてて扉が真っ二つになりました。
「あれれェ。さらに困っちゃってるんじゃないかネェ」
子鬼がさらににやにやして、その細いかぎしっぽを振っています。
ジークリンデはむきになって、椅子やたんすを引っ張ってきて、扉を立てようとしましたが、今度は扉が粉々に砕けました。
子鬼はしっぽをくるくるまわして大笑いを始めました。
「こんなに粉々じゃあ、もうどうにもならないだろうナァ!」
ジークリンデは子鬼を睨みつけます。いくらなんでも扉が木端微塵になるのはおかしなことです。きっとこの子鬼がやったのでしょう。もしかしたら、扉を外したのもこいつの仕業かも知れません。
「あなた、一体どういうつもりなの」
さすがのジークリンデも怒ります。
「なァに、おれさまが扉を直してやろうっていうのサァ」
「壊したのはあなたじゃない。直すどころの話じゃないわ」
「まァまァ、そうカンカンになりなさんナって。おれさまなら朝までに直せるゼ」
「なんであなたに頼まないといけないの。帰ってちょうだい!」
「さァて、そんなこと言っていいのかネェ」
ケラケラと笑いながら、子鬼は姿を消しました。
その晩は結局扉なしで過ごすことになり、ジークリンデは凍える夜を過ごしました。
次の日の朝一番に大工さんを呼んで来て、新しい扉を作ってもらおうとしましたが、どうしたことか大工さんの具合がおかしいのです。
「今日はどうにも調子がさっぱりでないんだ。道具の具合も悪いし、一体どうしたんだろうな」
それでも頑張って扉を作ってくれようとしましたが、何回やってもうまい具合に戸口にはまりません。こちらの寸法をあわせるとあちらがずれ、そっちの角を削るとあっちの寸法が狂うという具合で、ちっとも仕事がはかどらないのです。終いには、大工道具が異様に重くなり、持ち上げることができなくなりました。
「おかしなこともあったもんだ」
結局その日も扉は直らず、大工さんはまた明日来ると言って帰って行ってしまいました。
その晩、黒い子鬼がまたやってきました。腹が立つほどにやにやしています。
「直らなかったようだナァ」
ジークリンデはかんかんです。
「そこまで私の邪魔をして何が楽しいの!」
子鬼はそれには答えず、ゲラゲラと笑います。ひとしきり笑い終えますと、子鬼はこう言いました。
「この扉を直せるのはおれさまだけだ。直してやるヨ」
「じゃあつべこべ言わずにとっとと直しなさいよ」
「ただし、条件付きでナァ」
子鬼は長く鋭い爪のついた人差し指を立てて言いました。
「おれさまは明日の朝までにこの扉を直す。扉が直るまでにお前がおれさまの名前を当てられたらタダだ。だが、当てられなかったその時は、お前はおれさまのお嫁さんになって、おれさまをここに住まわせるんだヨ」
「なっ」
「そいじゃ、いっちょ木でも伐って来るから、お前はここでおれさまの名前でも考えてろヨ!」
そう言うが早いか、子鬼はどこかへ走って行ってしまいました。
そんなことを言われたジークリンデはたまったもんじゃありませんでした。
「何で急に子鬼のお嫁さんになんてならなきゃならないのよ!」
ジークリンデが怒っている間に、早くも子鬼は丸太を何本か抱えてきて帰ってきてしまいました。
そして木を切り、板にしていきます。
この速さでは、明日の朝までと言わず、夜のうちに作業が終わってしまうのではないか、とジークリンデは不安になりました。
「ねえ、ちょっと。何かヒントとかはないの?」
「そんなもんはねえナァ」
「何で急に私をお嫁さんにしようと思ったの?」
「そろそろおれさまも嫁が欲しかったのサァ」
ジークリンデは子鬼に話しかけて何とか時間稼ぎをしようとしますが、話している間も子鬼は作業をやめません。
「……ジャックかな?」
「はずれェ」
「……ジョンかな?」
「それもはずれだァ」
思いつく限りの名前を挙げていきますが、ちっとも当たりやしません。その間に、木材はすっかり扉の形になりました。
「ピエール、サイモン、ジョージ、クリス……」
「ハッハッハッ、この調子じゃ、おれさまの勝ちみてえだナァ!」
「うぐぐ……ヨハン、サム、エリック……」
「後はドアノブと蝶番だなァ。これは大工のとこから頂戴してくるかネェ」
子鬼はとことこと歩いていきます。追いつめられたジークリンデは、何がしかの邪魔をしてやろうと、子鬼の後をこっそりつけました。
子鬼は大工さんの家の前まで来ると、きょろきょろとあたりを見回しました。ジークリンデは慎重に隠れます。
周囲に誰もいないと判断したらしい子鬼は、ひとつ咳払いすると、大工さんの家に向かって叫びました。
「トム・トム・トールのおでましだ! ドアノブと蝶番よ、出て来い!」
すると、大工さんの家の扉が勝手に開いて、中からドアノブと蝶番がたくさん出てきました。
子鬼はその中からいくつか選ぶと、また叫びます。
「トム・トム・トールのお帰りだ! ドアノブと蝶番よ、元のところへ帰れ!」
子鬼が選ばなかったドアノブや蝶番達が、勝手に大工さんの家の中に戻って行きます。
ジークリンデは子鬼にばれないように、急いで家へと戻りました。
さて、ジークリンデが先回りして家で待っていますと、子鬼はドアノブと蝶番を抱えて戻ってきました。
「どれをつけるかねェ」
いくつもある中からあれやこれやと組み合わせを選ぶ余裕っぷりです。
「ジムかな?」
「ちげえナァ」
「クレインかな?」
「そうじゃねェ」
「アーノルドかな?」
「それでもねぇナァ」
子鬼がドアノブと蝶番をつけて、ドアを戸口にはめますと、ぴったり素敵な扉が完成しました。
そこでジークリンデが、
「トム・トム・トール、お疲れ様」
と言ってやりますと、子鬼は悲鳴を上げて逃げて行き、もう戻っては来ませんでした。