ジークリンデと冬の騎士
冬至も近い、寒い寒いある日のこと。
どーん、と大きな音がして、ジークリンデの家の屋根に、大きな穴が開きました。
庭の掃除をしていたジークリンデがびっくりして家の中へ入りますと、屋根にあいた穴の下、家の二階の部屋の中に、誰か知らない人が落ちていました。
その人は白い鎧を着て、白いマントをつけています。
ジークリンデがあんぐりと口を開けて見ていると、その人はむくりと起き上がりました。
銀色の髪に青い瞳の綺麗な顔をした男のひとです。
「大丈夫ですか?」
ジークリンデが尋ねると、
「あまり大丈夫じゃないな」
男はそう答えました。
男はグラキエスと名乗りました。
そして、
「俺は冬の騎士だ」
とのたまったので、ジークリンデは胡散臭いひとだな、と思いました。
冬の騎士というのはおとぎ話に出てくる、冬の季節を治める冬の王様の騎士のことです。白い鎧に白いマントを着て、氷の剣を持ち、雪のように白い馬に乗っていると言います。彼等は冬になるとやって来る冬の使者で、冬の間の人々の生活を見守るのです。
ジークリンデの町でも、冬至の夜になると騎士達が町を行進するので、家の前に食べ物を置いて冬の騎士の到来を歓迎する、という習わしが残っています。
「冬の騎士であるあなたが、どうして私の家に降って来たりしたんですか? 冬至はまだ先ですよ」
ジークリンデは尋ねます。
「今年は騎士の配置換えがあって、俺は初めてこの町を担当することになったから、下見に来たんだ。そしたら魔物に襲われてな。魔物は退治したが、馬から落ちてしまったのだ。ついでに剣も落としてしまった。急いで探さなくてはならない」
「そうなんですか。大変ですね」
「そういえば、腹が減って死にそうだ。何か食べる物はないか?」
仕方がないのでジークリンデは焼き立てのクッキーと、おやつに飲もうと思っていたあったかいココアを出しました。
グラキエスは猫舌らしく、ココアをふうふうふいています。クッキーが気に入ったようで、熱い熱いと言いながら食べつくしました。そんなに熱くないのに、変わったひとだな、とジークリンデは思いました。
大工さんが来て、ジークリンデの家の屋根は綺麗に直りました。
そんな直したての屋根の上を、ごとごとと音をたてて何かが動いています。
ジークリンデが家の外に出て屋根を見上げると、なんと、屋根の上に真っ白な馬が乗っかっていました。どうやって登ったのでしょう。白馬はごとごと屋根の上を歩き回ってはひひん、と鳴いています。
「ああ、あれは俺の馬だ」
ジークリンデに続いて家から出てきたグラキエスが言いました。
「俺を迎えに来てくれたんだな」
屋根の上の白馬は、グラキエスの姿を見ると、ひひん、とひと鳴きして屋根から飛び降りてきました。すとん、とうまいこと着地すると、グラキエスにすり寄ります。
「よしよし、馬が戻ってきたら、あとは剣を探すだけだ」
そんな中、遠くから
「大変だー!」
町の誰かの声が聞こえてきました。
「野原の向こうの川の水が丸ごと凍りついてしまった」
「一体何が起こったんだ」
町の人々が口々に話し合っています。
「まずいな、俺の剣のせいかもしれない」
グラキエスが苦虫をかみつぶしたような顔をしました。
「剣が悪さをするのですか?」
「悪さというわけではないが、俺達冬の騎士の剣は氷でできていて、触れたものは皆凍ってしまうんだ。もしかしたら、川に落ちたのかもしれない」
ジークリンデとグラキエスは川に向かうことにしました。
川に着くと、川の水は見事にかちんこちんに凍っていました。表面だけでなく、中のほうまで丸ごとです。
「やはりここに落ちたに違いない。探そう」
グラキエスが言い、二人は揃って川を上ったり下ったりして剣を探しました。
ありました。
川をだいぶさかのぼったところに、その剣はありました。剣は川に沈んだらしく、分厚い氷の下でした。
「困ったな。どうやって取り出せばいいんだ」
「氷を割るしかないのではないでしょうか」
ジークリンデはご近所さんからつるはしを借りてきました。
二人は大層苦労して氷の中から剣を掘り出しました。
ジークリンデの家に戻ってくると、グラキエスは剣を腰に差し、家の前で待っていた白馬にまたがりました。
「手伝ってくれてありがとう。すまなかったな」
そう言うと、彼が乗った白馬はひらりと飛び上がり、宙を蹴って空へと駆け上がって行きました。
ジークリンデはびっくりして言葉が出ませんでしたが、手を振って見送りました。
来たる冬至の日の夜、ジークリンデは玄関先にしっかり冷ましたクッキーとココアを置いておきました。
次の朝、お皿とコップは空っぽになっていました。