ジークリンデと白猫セシル
ジークリンデの飼っている白猫のセシルが、黒猫になってしまいました。
インク壺をいたずらして引っくり返してしまったからです。頭から真っ黒なインクをかぶったセシルは、元から黒猫だったみたいに真っ黒けになりました。
仕方がないので、ジークリンデはお湯と石鹸で、逃げようとするセシルを捕まえてどうにかこうにか洗いました。
しかし、インクはすっかり染みわたってしまったようで、ちっとも落ちません。
ジークリンデは溜息をつきました。
これは、何度も何度も洗わないと落ちないかもしれません。
セシルはお風呂が嫌いなので、ふてくされて家の外に飛び出してしまいました。
逃げ出したセシルをもう一度洗おうと、ジークリンデが追いかけまわしているところに、沢山の黒猫の引いた馬車が通りかかりました。乗っているのは黒猫の魔女です。
「かわいそうに。そんなにいじめるなら、私がかわりに飼ってやろう」
黒猫の魔女はそう言うと、セシルをさらって馬車に乗せてしまいました。
ジークリンデはもちろん追いかけましたが、魔女の馬車は早く、あっという間に走り去り、見えなくなってしまいました。
「どうしよう。セシルは本当は白猫なのに」
黒猫の魔女が飼うのは黒猫だけのはずです。
ジークリンデは、魔女のところへ行って、セシルを返してもらおうと思いました。
ジークリンデは魔女が消えたほうへ歩いていきます。
ずんずん歩いていきますが、魔女の馬車にはちっとも追いつきません。
やがて道はジークリンデの住む町を出て、広い野原へと続いていきます。
草々は近頃の寒さに枯れて、ジークリンデが歩くたびにかさかさと揺れます。
やがてジークリンデはすっかり道を見失ってしまいました。
困ったジークリンデは、枯野原を渡る風に尋ねます。
「風さん、風さん。黒猫の魔女は、どこへ行ったでしょう?」
風は答えます。
「ひゅうひゅう。黒猫の魔女はまっすぐ川のほうへ行ったよ。ひゅうひゅう」
「ありがとう、風さん」
ジークリンデは風にお礼を言って、また歩き出しました。
ジークリンデは野原を渡り、大きな川のほうへと歩いていきます。
ずんずん歩いていきますが、まだ魔女の馬車にはちっとも追いつきません。
川には大きな橋が架かっていて、その下を水の冷たくなった川がざあざあと流れています。
もっと寒くなったら、そのうち氷が張るでしょう。
ジークリンデはまた道を見失ってしまいました。
困ったジークリンデは、川に尋ねます。
「川さん、川さん。黒猫の魔女は、どこへ行ったでしょう?」
川は答えます。
「ざあざあ。黒猫の魔女はまっすぐ森のほうへ行ったよ。ざあざあ」
「ありがとう、川さん」
ジークリンデは川にお礼を言って、また歩き出しました。
ジークリンデは川を渡り、真っ黒な木々の生える森へと歩いていきます。
ずんずん歩いていきますが、まだまだ魔女の馬車にはちっとも追いつきません。
森はだんだん深くなり、ジークリンデをすっぽり包み込みました。
森の木々は近頃の寒さに葉を落とし、ジークリンデが歩くたびにがさがさと鳴ります。
ジークリンデはまたもや道を見失ってしまいました。
困ったジークリンデは、森で一番大きな木に尋ねます。
「木さん、木さん。黒猫の魔女は、どこへ行ったでしょう?」
木は答えます。
「さやさや。黒猫の魔女はまっすぐ森の奥の家へ行ったよ。さやさや」
「ありがとう、木さん」
ジークリンデは木にお礼を言って、また歩き出しました。
ジークリンデは魔女の家を目指し、森の奥へと歩いていきます。
ずんずん歩いていきますと、明かりのついた黒い木の家が見えてきました。
家の隣には馬車が止められています。黒猫の魔女の馬車です。この家が黒猫の魔女の家に違いありません。
ジークリンデは魔女の家の扉を叩きます。
「魔女さん、魔女さん。うちのセシルを返してください」
扉の向こうから魔女が答えます。
「嫌だね。あんなに嫌がる猫を追いかけまわすなんて、お前はきっとひどいやつだ。そんなやつには返してなんてやれないね」
ジークリンデはもう一度、魔女の家の扉を叩きます。
「魔女さん、魔女さん。うちのセシルは本当は白猫なんです。返してください」
扉の向こうから魔女が答えます。
「嫌だね。どこからどう見ても、こいつは黒猫じゃないか。お前はきっと嘘つきだ。そんなやつには返してなんてやれないね」
ジークリンデはもう一度、魔女の家の扉を叩きます。
「魔女さん、魔女さん。セシルは黒いインクを被ってしまっただけなんです。洗えば元通りに白くなるはずです。返してください」
「本当かい?」
「本当です。洗ってみてください」
黒猫の魔女はセシルに体をきれいにする魔法をかけました。
するとどうでしょう、セシルは真っ白な猫になったではありませんか。
黒猫の魔女は扉を開け、ジークリンデにセシルを渡して言いました。
「どうやらお前はひどいやつでも嘘つきでもないようだ。猫は返してやるから、もうお帰り」
「ありがとう、魔女さん」
ジークリンデはもと来た道を戻り、家に帰ってきました。
もうセシルが黒猫にならないように、今度からはしっかりインク壺の蓋を閉めることにしました。