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リア充殲滅戦①前編 ~ リア充殲滅戦①後編

続き。自分でも迷走した内容だなと思ってます。だがそれがいい。

― 六 ―



 「てええいれい、かいぎいいいいいいいいいいい!!」

 熱いまでのシャウトが部屋いっぱいに響く。『リア充殲滅委員会』の会議室、委員長を含んだ委員全員が集結し、いつもの構図に着席している。その中でいつもと違うのは委員四人は素顔で着席している点だろう。

 「じゃあ、連日皆お疲れ様だけど、状況を報告してもらおうかあっ!!」

 委員長が身体をリズムに乗った風に小刻みに揺らす。今日の委員長はどうやら某勇者のような熱血的な性格と声で通すようだ。

 「はい、今回は私達四人で連携して任務を継続中です」

 慣れた口調で経過を報告し始める《支配者メビウステイカー:白石茜》。今回の第二任務の序盤は、事前に打ち合わせた通り各自がそれぞれに行動する方針であり、この場は個人個人が委員長に中間報告するものである。だが、彼らが第二任務を始めて二日間しか経過していない現状では、その成果は微々たるものであってもおかしくはなかった。

 「まず私から・・・、ターゲットA:大宮透との接触後、様々な揺さぶりをかけつつ親密な関係に発展させました。その間、ターゲットB:高崎恭子と目立った接触はないことも確認済みです」

 白石茜の手段は、有体に言えば「男子の浮気」を作り出すことである。茜のその抜群の体型と顔立ちにかかれば、例え男子の方が女子を好きな状況であっても容易に男子の気持ちを虜にすることが可能だ。故にその二つ名は《支配者メビウステイカー》。数多の男子の思いをその手中に収めてきた彼女にこそ相応しい名である。

 「既にAからは何度もお誘いのメールを受けていますし、彼は殆ど私しか見ていないといっても差支えないと思います」

 妖艶な笑みを浮かべるその美しい顔はまさに人の上に立つ者、支配者のそれであった。

 「さあすが《支配者メビウステイカー》!仕事が早い!」

 手際の良さに機嫌を良くしてか、委員長の叫びにも一層熱が入る。

 「ふぅん、情報に関してなら任せてもらおうか」

 続けざまに声をあげたのは《知覚者ストリーマー:森内昇》。髪に半ば覆い隠された眼鏡を中指で持ち上げ、ノートPCの画面を全体に見えるように壁に投影するとそこには無数のIDが表示されていた。

 「これらは今回の任務に協力してくれている同志の名です。既に皆は聞き及んでいるかもしれないが、AとBの不仲及びAとそこの・・・《支配者メビウステイカー》との親密性を噂として流しています」

 茜の二つ名であっても言うのに恥ずかしさという抵抗があるのか、昇はその部分だけ口ごもるように小さく呟いて説明する。

 「AとBの不仲の噂はあくまでも当人同士が否定しあえばそこで終わってしまう可能性も高いでしょう。しかし、Aと・・・《支配者メビウステイカー》が親密にしていることは事実なのだから、信憑性の高いものとして根強く流れています」

 大宮透と高崎恭子間の不仲の噂はあくまでも囮、ごまかしに過ぎない。その噂を流されて最も困る恭子が否定して奔走している間に、真に流すべき噂、すなわち「大宮透と白石茜が付き合っている」という噂を流す。この噂にますます困るのが恭子であり、ますますその気に乗らされるのが透だ。これにより両者の溝をより深いものにするのが昇の目的である。

 学校内のネットワークを駆使し、情報操作を行っていずれはその噂を現実のものに書き換えていく。全ての情報の流れを読み取り、望む方向にそのベクトルを向ける。まさに《知覚者ストリーマー》の名に恥じぬ働きぶりだった。

 「さすがだ!《支配者メビウステイカー》との連携・・・!胸が熱くなるなぁ!《知覚者ストリーマー》良くやった!」

 「はい、ありがとうございます」

 委員長が視線で昇を労う。相変わらずローブ越しなので眼がかろうじて見える程度だが、そこに宿る思いを受け取った昇は自然と感謝の言葉を口にしていた。

 「では・・・次は拙者か」

 腕を組み憮然とした態度で話を聞いていた《破壊者タイタニア:六門雄》が重い腰をあげる。

 「拙者、Aとの接触後、何かにつけて彼奴に因縁を吹っ掛けているでござる。既にこの二日間で彼奴の拙者に対する苦手意識は相当高まっていまする。このプレッシャーが《支配者メビウステイカー》へ気持ちを寄せる要因になることを願うばかりでござるなぁ」

 その言葉通り、竹刀を壊された一見から雄は透に一貫して喧嘩腰で接している。透が竹刀の件で剣道場に謝罪に訪れた際も、「大事な竹刀を壊したことを許すつもりはない」の一点張りで透を追い出した。もっとも、壊された竹刀は雄が事前にそうなるように散々痛めつけてあったものを用意しただけなのだが。そんなことも露知らず、透は雄を見かける度に自責の念からか謝罪するようになっていた。その回数はこの二日間で実に十回に及ぶ。十分に精神が参っていてもおかしくない状態である。

 相手に因縁を吹っ掛け、その精神を摩耗させていくことで余裕を無くさせる。その岩山のようないかつい顔立ちと、剣道部主力という経歴がそれを可能とするのだ。そしてその攻撃は『リア充』の関係にまで及ぶ。因縁一つで何もかも破壊しつくすやり口を《破壊者タイタニア》と形容することになるのは至極当然の流れであった。

 「おぅい!こっちも相変わらずえげつない攻撃だな!この調子でがんがんいってくれよな!」

 流れるように良い報告が聞こえてくることで、委員長の機嫌はますます良くなっている。だが、そんな良いことばかりが続くとは限らない。

 「では自分の番ですが・・・これといって進展は無いんですが・・・」

 申し訳なさそうにおずおずとした口調でそう切り出したのは《調停者ピースメイカー:高橋雅人》。他の三人とは違い、雅人の任務は恭子との接触、そして監視及び注意をひきつけることである。三人がかりで透を抑えつけるよりは当然、その重要度も高くなる。

 「二日経過した今でも、未だ返事を待ち続けているみたいですね。恥ずかしさがあってか、Bから接触しにいくってことは無いみたいですけど」

 「ほう!それで良いんじゃないか?向こうから接触しようとさえしなければこっちのものだしな!」

 委員長も問題ない、と頷く。唯一気がかりなのはメールで連絡を取ることだ。こればかりは防ぎようがないので、せめて直接接触することは防ぎたいというのが彼らの考えだった。もっとも、「返事まだ?」なんて恥ずかしいメールを平然と送れる人はまずいないだろうし、その返事は直接聞きたいのが人間だろうからあまり危惧する必要はないとも考えていたが。

 「ふぅん、それでいい。近いうちに聞かなければ良かったと後悔する返事を聞かせてやろうじゃないか」

 ターゲットに最も深い憎しみを抱いているであろう昇が、心底嬉しそうに口を開けて笑う。いよいよ恨みを晴らす時が来た。そう思えば抑えていても笑わずにはいられなかった。それにつられてか、自然と周りの人達の表情も綻ぶ。

「委員長、それで・・・明日にでも最終段階に入りたいのですが」

 表情を引き締め、茜が最後の打ち合わせを始める。

 「おう!詳しいことは決まっているのかい?」

 「ええ、まずはAが私に告白するように仕向けます。その後、Bへ断りの返事を出すことを条件にAと付き合うことにします」

 「AがBに断りの返事を入れて再び戻って来た時、因縁をつけている拙者が出て行ってとどめを刺す、というわけでござる」

 つまり、茜と雄が透に対して美人局の要領で攻撃を行うというわけだ。そのためには透から茜に告白させること、そして恭子に対しては断りの返事を出させること、この条件をそろえなくてはならなかった。

 「Aからその旨の誘いがきたら全員に連絡を入れます。それまでは、皆油断せずにお願いします」

 茜の言葉に皆が無言で頷く。もはや一丸となって任務を行う彼らに敵う相手など存在しないにも等しかった。その圧倒的なまでの攻撃に『リア充』はやられるがままとなるだろう。

 だが、彼らは忘れていた。今回の任務の危険度レベルが超高難易度の九であるということを。すなわち―

 このままで終わるはずがないということを。



 ― 七 ―



 とあるファミリーレストランにて、一人食事にいそしむ女子がいた。前髪の右側部分を三つ編みにし、優しいクリーム色をした、日頃の手入れが隅々まで行き届いているだろう髪が特徴的なその女子は、最寄りの高校である友王高校の制服とは違うテザインのセーラー服を着ていた。友王高校はその大きさから、近くに他校が存在しないため、他校のだろう制服を着ている人がいるのは不自然なのだ。

 「あっ、すいませーん」

 そんな風に訝しむウェイターを呼びとめる女子。手にはメニュー、机には既に食べ終わった皿が乱雑に何枚も積み重なっていた。

 「あのですねー、これとこれとこれ、追加でお願いしまーす」

 「え!?は、はい、かしこまりました・・・」

 彼女が指差したのはどれも食事のメインディッシュになり得る料理ばかり。もう結構食べてるのにまだ食べるの!?というウェイターの心の声など知る由もないその女子は、更に机に置いてある炭酸ジュースを一気に飲み干す。

 「ぷはーっ!」

 嬉しそうに声を出す女子を、ウェイターは恐ろしいものを見たといわんばかりの畏怖の念を込めて眺めた後、その場からそそくさと立ち去った。

 「さてとー、次はコーラとメロンジュース混ぜてみよっかなー」

 ストローでグラスの中の氷をカラカラとかき回しながら、その女子は席を立って軽快な足取りでドリンクコーナーへと向かう。

 と、その時店内の入り口の方で「いらっしゃいませー」と店員の声がした。

 何気なく見るとそこには思いつめたような顔をした一組の男女。特に何か話すでもなく、二人はウェイターに案内されて店内の奥へと消えていく。

 「おお?あの感じ、なーんかありそうだねえ」

 野次馬根性が騒いだのか、その女子は早々にジュースを入れると彼らの後を視線で追い始めた。

 「ってウチの後ろかい!」

 追った先は奇しくも彼女の後ろのボックス席。席の背もたれ同士がくっついて間仕切りになっているタイプなので、会話どころか顔もあわよくば見える、野次馬にとってはこの上ない好条件な場所だった。

 無駄な一人ツッコミを小声でしながら彼女は席に戻る。そのすぐ後ろには先程の男女が相変わらず会話もせずにメニューを見つめている。

 「・・・決めた?」

 「あぁ、恭子は?」

 「・・・私は、これ。透は?」

 「これ。日替わりランチ今日は唐揚げなんだよ」

 気まずそうな空気を裂いて始まった会話は他愛もないもの。だが、名前が特定できた。

 (透さんに恭子ちゃんねー。良いカップルじゃない?)

 背中越しに会話に耳をそばだてる。果たしてこれからどのような展開が待っているのか。想像するだけで彼女の胸は高鳴った。

 「・・・で、でもさ、この店来るのも久々だよねー。もう半年は来ていないかも」

 「・・・だ、だなぁ。もっと家から近い店あるしな。来ようと思わなければ世話にならない場所だしな」

 「・・・・」

 「・・・・」

 ぎこちない会話が間を置きながら展開される。傍から見れば恥ずかしさの残る、成立したてのカップルか。

 (なんだよー、まどろっこしいなぁ)

 自身の髪の三つ編み部分をいじりながら、その女子はジュースを一気に飲み干す。途端に口に広がる炭酸の強い刺激。しかし、今の彼女はそれすら意に介さずに聞き耳を立てる。

 「・・・なぁ、恭子。お前に言ってもらったこと、本当に嬉しかったよ。だからこそ、俺も真剣に考えたよ」

 「・・・・」

 「だから今、ここでその返事を言おうと思う。恭子、俺・・・」

 「お待たせしましたー、日替わりランチになりまーす」

 (うおおおおおおおい!!)

 流れを読まずに、芳ばしい匂いを漂わせる唐揚げランチが運ばれてくる。まさに狙ったかのようなタイミングに、彼女は盛大にずっこけざるを得なかった。

 「あ、はい、こっちです」

 (お前も素直に受け取るなよぉ!なんか食欲の方が勝ってるみたいになってるじゃん!)

 「こちらの方は・・・」

 「あ、私です」

 (もうこれはひどい。完全に告白の流れじゃないもの)

 話は完全に中断され、二人は食事に専念し始める。そんな光景を横目に見る彼女は、心の叫びが声に出そうになるのを必死に抑えながら、きりきりと歯軋りする。そもそも何故もっと静かな場所で話をしようとしなかったのか。何故本格的な食事であるランチを頼んでいるのか。もう何から何まで気に食わない。できるならその頭を掴んでこっち向かせて小一時間説教してやりたい。

 そんな衝動が手に沸々と湧き上がる瞬間、ウェイターが彼女の前にやってきて一言。

 「お待たせしましたー。こちらがハンバーグ単品です」

 「あっ!はーい!」

 眼を輝かせながら料理を受け取る彼女。結局はお前も料理優先かよ、とどこからかツッコミが聞こえてきそうな光景だった。



 「ふぅ、結構な量あったな」

 「これでこの値段なら、なかなか良いよね」

 「あっ、そういえばさ、昨日俺の家の母さんが砂糖と塩間違えてさー」

 「えー、なにそれー」

 (・・・・・うっわあぁ・・・・)

 空腹が満たされて思考が緩んだのか、本題から盛大にずれた会話を始める二人。それを呆れ顔で聞く彼女。

 (なにこれぇー。全然話進まないしさぁ。あ、このハンバーグおいしいなぁ。肉汁もジューシーだし)

 しかし彼女は手が離せない。右手には赤いマグロの刺身を持った箸、左手にはミートスパゲッティが絡まったフォークを持って、口の中いっぱいにはハンバーグが蠢いている。もはや話もそぞろに彼女の意識のベクトルは目の前の料理に向かっていた。

 「・・・そう、話それちゃったな。恭子、改めて話をさせて欲しい」

 「あ・・・う、うん」

 (え!?ちょっと待って!これ食べ終わってからにして!)

 不意打ちを喰らって喉にご飯を詰まらせる。げふげふっと思いっきりむせても、しかし手に持った料理は離さない。

 「俺、恭子の事、本当に大切な人だと思ってる。いつでも助けてくれたし、その気持ちはこれからも変わらないよ」

 「うん・・・」

 「だからこそ正直に言うよ。俺、他に好きな人がいるんだ」

 「・・・・」

 何も言わず俯く恭子。その返事が返ってくると分かっていたのだろうか。怒りを露わにするでもなく、あくまでも自然な口調で話を続ける。

 「そっか・・・、じゃあその人と・・・」

 「うん・・・できたら付き合いたいなって・・・」

 「いいよ。私は別に・・・」

 そこで一旦言葉が途切れる。そのわずかな間に恭子は一体何を想ったのだろうか。

 「でも、私は透のこと、それでも好きだよ。だから、いつでもいい。透が私のこと見てくれるその日まで、私は待ってるね」

 それは恭子の本心。嘘偽りが無いその言葉には、何よりも強い好意が込められていた。

 「恭子・・・!」

 果たしてその思いに触れて心が動かない男子がいるだろうか。他の人が好きだと言ったのに、それでも待っていると言った。自分の事をいつでも励まし、理解してくれた人。普通ならそういう人は生涯をかけても見つからないのが殆どだ。しかし透は幸運だった。そんな人がこんなにも身近にいた。そのことに気づくのが今の今になってだとは。

 ふと透が頬に手を当てると、そこには湿った感触。いつの間にか涙を流していたのだろう。机には流れ出た涙が落ちて染みをつくっていた。

 「本当に・・ごめんな、恭子」

 だが動き出した歯車は止まらない。自身の言葉を訂正することもできず、透はお金を机に置いてその場から立ち去った。後に残されたのはどこか悲しそうな表情を浮かべた一人の一途な女子と一人の野次馬。

 (なんて良い子なの、あの子・・・!)

 空になった皿を重ねながらも、その野次馬の胸中は感動で満たされていた。そしてそれと同時に湧き上がる男に対しての怒り。

 (そんな子ををふっていくなんて・・・!人として最低だ)

それでも、一つのドラマを見せてもらったように満足げな彼女は、その思いが薄れてしまわないうちに甘い物を食べよう、とデザートのメニューを眺め始めたのだった。



「まずいな・・・」

盗聴器から流れてくる会話を聞いていた雅人が、焦りの表情を浮かべる。日曜日の昼下がり、ターゲットのいたファミリーレストランのすぐ外で聞いていた一連の会話の内容は、『リア充殲滅委員会』にとっては予期せぬものだった。

 彼らの任務は透が恭子のことをふった後、茜が透のことを雄との連携で完膚無きまでにふる。ふられた透は恭子の元に戻るに戻れず、後は恭子にその無様な姿を晒すことで失望させれば任務完了となる手はずだった。

 だが、思いもよらぬ事態が発生する。

「―でも、私は透のこと、それでも好きだよ。だから、いつでもいい。透が私のこと見てくれるその日まで、私は待ってるね―」

 この言葉にあるのは覆しがたいまでの好意。これでは恭子にその気がある限り『リア充』誕生の脅威は消えないことになってしまう。

 「甘く見ていた・・!!危険度レベル九・・!委員長の目は確かだったってことか・・・!!」

 頭を抱え込む雅人。幼馴染の仲ってそんなにも強かったっけ?普通諦めるものだよな?様々な考えが頭の中をぐるぐると回り出す。

 「もう一回打ち合わせする必要があるな・・・このままじゃやばいって!」

 雅人はポケットから携帯を取り出しCALLボタンを押すと、そのまま一気に学校まで走り出した。



 ― 八 ―



 日曜日であっても、高校には様々な人がやってくる。

 ある人は委員会の仕事に、またある人は部活動の練習に。学校に来る者は皆が忙しそうに休日を過ごす。そんな中、雅人を除く全員が何かしらの部活に所属している『リア充殲滅委員会』の面々が委員長を除いてではあるが、勢揃いできたのは幸運だった。

 「ということは、このままじゃあ駄目ってこと?」

 長い黒髪を指でいじりながら、セーラー服姿の白石茜が不満げな口調で聞く。吹奏楽部に所属している彼女だが、その演奏技術は並みのものでなく、先生をして練習が殆ど必要ないとまで言わしめるものであるために、こうして部活動を抜けて出向いてこれたのだ。

 「そう、なんだ・・・だから茜が付き合い続けるとかでない限り、真に『リア充』の殲滅にはならないんだ」

 「やめてよ。『リア充殲滅委員会』の面子が『リア充』になるなんて、冗談でも笑えないからさ」

 「まぁ方法はなんにせよ、Bであるその女子の気持ちを変えさせる必要があるということでござるな」

 六門雄もいつもの場所に座っている。こちらも部活動から抜け出してきたのだろう、剣道着の格好に汗を流した姿で打ち合わせに参加している。

 「ふぅん、ならばどうする?」

 パソコン部所属の森内昇は、既に作品製作というやるべき事を終えていたため、滞りなく参加している。

 「・・・・」

 だがこうして全員が頭を突き合わせていても、現状打開策が浮かび上がらない。ここまで問題無く進んでいたものが突然暗礁に乗り上げてしまったのだ。それは一種の不意打ちにも近かった。

 「雅人・・・君が、説得するしかないよ。こちらからもターゲットを通して完全に諦めるように説得させてみるけど、君に頼らざるを得ない・・・」

 茜が、これしか策がないといった風に苦々しい顔を浮かべる。確かに、この中で唯一恭子と接点がある雅人になら、説得するチャンスはあるだろう。だが、未だ「知り合い」の域を出ない関係の人に説得されたぐらいで、果たして恭子がそれに応じるのか。それはあまりにも不確定要素が多い手段だった。

 「・・・確かに、男子に働きかけてもできることは限られている。ならば、かなり酷ではあるが、雅人、お主を信じるしか・・・」

 雄も茜と同意見のようだ。実際のところそれしか策は無いし、それができなければこの任務は失敗となるに等しい。

 「・・・だが、そんなこと、俺に・・・」

 「できるさ。何も私は勝算も無しに言ってるんじゃあない。雅人、君に与えられた二つ名は、何だい?」

 「・・・」

 「ふぅん、貴様の事はここにいる全員が認めているんだ。今更自分の実力を疑うわけでもあるまい」

 雅人を見つめる三人。その視線は責任をなすりつけるものではない。雅人にしかできず、そして雅人にならできるという、信頼のそれであった。

 その眼差しを受けて雅人の中に一つの決意が形を取り始める。恭子の想いは間違っている、と強く思っていたのは他でもない雅人自身だ。ならば彼女を諭す役目は自身が負うべきだ。それこそ、委員長から与えられたその名に賭けて。

 「・・・・分かった。決行は今日の六時。終わり次第連絡を入れる」

 「だが、万が一お主が失敗した時は・・・」

 「サムライ、お前が今言ったんだろう?信じるって。大丈夫、思い出したよ。俺の二つ名に込められた意味をな」

 そう言うと雅人は扉を開け放ち、意を決したように確かな足取りで廊下へと消えていった。

 「あぁ、雅人・・・分かったでござる。お主を信じる!」

 「・・・ふぅん」

 「・・・頼んだよ。《調停者ピースメイカー》・・・」

 そうしてそれぞれの想いを胸に、ファイナルフェイズ「殲滅」が開始された。彼らの想いと恭子の想い、勝るのはどちらか。



 ― 九 ―



 「いやぁ、ファストフードも悪くないねぇ、おいしそうだねぇ」

 とあるファストフード店の奥の席で、夕食代わりに大量のハンバーガーを机に置いて向かい合っている一人の女子がいた。昼に、その身体に収まるようには見えない程の大量の料理を食べたはずのその女子のお腹は、夕食にはやや早いだろう六時前にも関わらずご飯を求めてぐうぐうと鳴っていた。

 「昼間は美しい『愛』の形も見れたし、近くには必要な分の料理店も揃っているし。この街は前よりは良い場所だなぁ」

 ハンバーガーを口いっぱいにほおばりながらその女子は満足そうに一人頷く。普段は賑やかな店内だが、今の時間帯は珍しく殆ど人がいない。そういう意味ではここは大事な話をするにはうってつけの場所だった。

 「いらっしゃいませー」

 入り口の自動ドアの開く音と同時に現われたのは一組の男女。女子の方は見覚えがある。昼間のファミリーレストランで一途な愛を見せてくれた恭子という人だ。

 「おおっ、これは何の偶然か!?・・・ん?」

 一人勝手にテンションがあがる彼女。しかし直後に疑問の声をあげる。恭子の横にいたのは透という人ではなく、黒髪碧眼の男だったからだ。

 (えー何々?また一悶着あるのかなー?)

 再び湧き上がる野次馬根性。果たしてその気持ちが通じたのか、ガラ空きな店内にも関わらず二人は彼女の席に近いボックス席に座った。

 「・・・何が良い?買ってくるよ」

 「あ、良いの?じゃあポテトとドリンクだけ・・・」

 「分かった。ちょっと待ってて」

 男は財布を取り出して受付へと向かう。何か決心したようなその目付きは、告白する雰囲気のそれに近いものだった。

 (おおっ、昼間は恭子ちゃんが告白して、今あの人が恭子ちゃんに告白するのかな?いやぁ、恋多き女子だなぁ)

 にんまりとした笑いを浮かべながら、その女子はポテトを口に咥えて二人の行動を見守る。

 「お待たせ。でもこれだけじゃ少なくない?」

 「いいの。あんまり・・・お腹すいていないし」

 「そう?ならいいんだけど」

 男が席に着くと、二人は談笑を始める。時たまに笑いがこぼれるような、そんな微笑ましい光景だった。

 「いやぁ雅人と話しているとさ、なんか嫌なこととか全部忘れられそうな、そんな感じになるよ」

 (ん・・・雅人?)

 男の名前は雅人、というらしい。その名前に彼女の記憶がふと刺激される。

 「なんか嫌なことあったの?」

優しく、話を引きだすように雅人と呼ばれた男が相槌を打つ。

「いや、べ、別に・・・」

 「そう?でも、恭子さぁ、なんか無理しているように見えるよ?俺でも力になれるかもしれない。良かったら話してくれないかな?」

 「・・・・」

 そう言われた途端、恭子の表情が今にも泣き出しそうに崩れる。

 「・・・私、今日好きだった人にふられちゃったんだ・・・。ずっと好きだったのに・・・、ぐすっ、透は私のことよりも他の人の方が好きだって・・・」

 誰かに聞いて欲しかったのだろう、堰を切ったように涙声で恭子が語り出す。言葉を吐き出すたびに感情が高ぶり、嗚咽すら混じり出す。

 「・・・そうか、辛かったんだね」

 うずくまり、顔に手を当てて泣きだす恭子の背中にそっと雅人は手を置く。

 (なーんか、まるでホストクラブでのやり取りみたいだなぁ)

 恭子に同情しながらも、彼女の感心は雅人に向かいつつあった。名前から始まり、あの顔、あの出で立ち、その一つ一つに彼女は強い既視感を覚えていたからだ。

 (でも、あいつだったかなぁ。まだ結論出すには早いかなぁ)

 そんな彼女の想いなどお構いなしに、二人のやり取りは続く。

 「でも、透がそう思っているなら、ぐすっ、私はそれでもいいんだ。ひっぐ、だって、そんなこと言われても透の事、嫌いになれないんだもん」

 「・・・じゃあ、恭子はこれからどうするの?」

 愚痴るように話す恭子に対して優しい口調で接する雅人。なるほど彼女の言う通り、その構図は女性客とホストのそれと似ていた。

 「どうするもなにも・・・ぐすっ、待つよ。透だって、私のこと嫌いなわけじゃないんだし・・・」

 「でも、その間ずっと恭子はそんな辛い思いをしないといけないじゃないか。それは・・・どうなんだよ」

 「でも・・・うぅ、どうしても透のこと、諦めたくないんだもの・・・。昔からずっと一緒でさ、そりゃ中学のときとかは気まずい時期もあったけど・・・」

 「別に恭子の好きな気持ちそのものを否定しているんじゃないんだけどさ。でも、それはあんまりにも・・・なんていうかさ、不公平じゃないか?」

 相手の男、透だけが恋愛していて恭子が我慢するのは理不尽だと雅人は言う。間違った考えではないが、だからといって正しいわけでもない。そもそも恋愛にこれだ、というはっきりした答えがあるわけでもない。

 「じゃあ・・・私にどうしろってのよ?諦めろってこと?」

 そんな思いからか、恭子が自暴自棄気味に叫ぶ。明確に答えが得られずに迷っているのはなによりも本人である恭子自身なのだから。

 「簡単だよ。本気じゃなくてもいい、他の人と付き合ってみればいいさ」

 対照的に、答えはすでに見えているといわんばかりに雅人は即答する。しかし、そんなことができれば苦労しないのは彼自身が一番良く分かっていた。

 「そんな軽く言ってくれるけど・・・本当の気持ちを騙してまで・・・。第一、そんな風に付き合える人なんて・・・」

 「・・・俺じゃあ、駄目かな・・?」

 瞬間、その場の空気が膨張し、妙に蒸し暑くなる。それは発言して照れ笑いをしている雅人の気持ちか、発言を受けて驚きの色を隠せない恭子の気持ちか。

 (告白きたあああ!)

 雅人を気にしつつも二人の行く末を見守っていた彼女はテンションが一気にあがってしまい、反射的に飛び上がってしまった。もちろん、すぐに慌てて静かに座りなおしたが。

 (これは・・・そんなこと言いつつも雅人君が恭子ちゃんを狙っている感じか!さぁ、どうする?)

 いやらしいまでににやにやしながら、彼女は机から前のめりになって体を突き出す。だが、そううまく事が運ぶはずもなく―

 「・・・!?何言ってるの・・・・そんなの・・・」

 「おかしいかな・・?変な意味で言っているんじゃないんだ。見せかけでもいい、俺と恭子が付き合っている体を透に見せつけるのさ」

 両手を広げて、まるでプレゼンテーションするかのように雅人が語り出す。

 「透は今まで恭子の気持ちに気づいていながらずっと知らん顔していたんだろ?それは悔しくないのか?俺は・・・嫌だね。なら、透に恭子のありがたみ、良さを再認識させる必要があるよ。じゃないと透はその気持ちにかまけて、恭子の思いがないがしろにされちまう」

 「そう・・・かな」

 意味の無い妄言ではない。恭子のことを真に思っての発言である。故に雅人のその思いは恭子の心に届いた。

 本来、彼ら『リア充殲滅委員会』の手段は、「リア充の殲滅」というその特異的な性質から、ある専門的な分野にまで特化することが殆どである。しかし高橋雅人は違う。良く言えばそれは彼が様々な手段で「リア充の殲滅」ができる、オールラウンダーであると言えるが、大きな理由は彼が『リア充殲滅委員会』に所属してまだ日が浅く、その手段が十分に磨かれていないということもあり、武器となる手段が明確に存在していないためである。だがその中で彼自身の唯一の武器となり得る手段が存在する。

 《調停者ピースメイカー》。その言葉が意味するのは即ち、「説得による解決」である。親しい相談相手として相手の心の奥深くまで入り込み、内部から優しく破壊する。ある種最も質が悪く、最も優しい手段。それが彼に与えられた二つ名の意味だった。

 「そうだよ。透に思い知らせてやろう。本当に大事なのは誰かってことをさ・・・」

 「でも・・・付き合うって言っても、具体的にはどうするの?」

「俺と恭子が付き合っているのを透が知れば、きっと後悔する気持ちがある。だってそれは昨日まで自分のことを好きって言ってくれていた人なんだからな。そうしたら、そのうち向こうからアプローチがある。でも、恭子は透のことを極力無視して、俺とすごく仲良さ気にしてほしいんだ」

 その真剣な思いは恭子の心に甘い蜜のようになめらかに浸透していく。

 「うん・・・それで?」

 「そこで透は気づく。『俺に真に必要なのは恭子だった』ってな。そうなればもうこっちのもんさ。すぐに向こうから俺が悪かったって言い出すことになるよ」

 つまりは「押しても駄目なら引いてみろ」の要領である。確かに実行する価値はあるだろう。

 「・・・分かった。雅人、協力、お願いね」

 「あぁ」

 恭子は涙をぬぐうと、雅人と固く握手する。今ここに、最後の布石が打たれたのだった。それは恭子にとっては逆転を狙った決死の行動であり、雅人にとっては最大の攻撃であった。



 ― 一〇 ―



 それからの動きには目まぐるしいものがあった。

 雅人と恭子が話し合った翌日から恭子と透の間に会話は無くなり、透は茜と、恭子は雅人と付き合っていることになっていた。もちろん、その体制作りには《知覚者ストリーマー:森内昇》の情報操作が一役買っていた。

 時たま学校の廊下ですれ違う透と恭子。しかし、

 「・・・・」

 「・・・・」

 お互いに視線は合えど会話は無し。わずか五日の間に、二人の仲は疎遠のものとなったのだった。そしてそこに更なる亀裂を生むかのように、仲の良さを見せつけるがごとく茜が透に張り付く。

 「ねぇー、透、今日はどこでご飯食べよっか?」

 恭子の視線などまったく眼中に無し。猫撫で声で甘えながら透の腕に絡むその様は、傍から見ればまさに『リア充』。当然付近の非『リア充』からは「爆発しろ」「消えてなくなれ」と黒い怨嗟の念が湧きあがる。そしてそれに対して完全に有頂天になる透。

 「んーとな、じゃあ屋上行こうか」

 「いいねー。今日は天気も良いし、私透のためにご飯作ってきたんだよー」

 茜と透のこんなやり取りを、白昼の廊下で見せられて怒りが湧かない人がいるだろうか。結果、そのピンク色の雰囲気は恭子の心を煽り、そして失望させることとなった。

 「・・・透、本当に私のこと、どうでもいいのかな・・・」

 「おっかしいな・・・。いくら何でも節操がなさすぎじゃないか?」

 『リア充』の会話を恭子の後ろから呆れ顔で見ていた雅人が呟く。あれから散々恭子と雅人のツーショットを見せたにも関わらずに、彼の立てたプラン「押しても駄目なら引いてみろ」作戦がまったくの出鱈目に進んでいるのだ。当然、困惑の色を隠せない。

 「透・・・」

 「もうちょっとだけやってみよう?幼馴染を信用できなきゃ駄目だよ」

 そっと肩に手を置き元気づける雅人。そんな悲嘆にくれる恭子の姿を見向きをせずに、透は茜と共に晴天の屋上へと消えていった。



 そして決定的な瞬間が訪れる。数日後の放課後、恭子が偶然委員会の仕事で帰りが遅くなった時のことだった。

 昇降口で靴を履き替え、外に出て校門に向かう途中のこと。

 「ちょっと・・・こんな所で・・・」

 「いいじゃんか。誰も見てないよ」

 吐息混じりのそんな会話が恭子の耳に聞こえてきた。声は校舎近くのうっそうと生い茂った雑木林からか。

 (・・・)

 恭子の脳裏を嫌な予感が駆け抜ける。そこに向かってはいけない。きっと後悔する。そんな忠告が絶え間なく頭に響き渡る。だがそれに反して足が動き出す。

行くな行くな行くな。

 雑木林に一歩足を踏み入れる。

 その場面に出くわしたらもう後には戻れない。

 ザッザッと、草を踏みしめ少しずつ奥へと進む。

 その光景に果たして耐えられるのか。

 草木の湿った匂いがねとつくように鼻をくすぐる。押し殺した声の出所はもう目の前だ。

 ならばせめて、その現実を精一杯受け止める―

 


 「なぁ、いいだろ・・・?」

 「でも、私まだ・・・早い・・・」

 「・・・・透?」

 恭子の声にびくっと震えた影が、ゆっくりと振り返る。

 「き、恭子・・・・」

 それは予想していた光景。しかしどこかで否定したかった光景。

 衣服がはだけ、所々その柔肌が露わになった茜と、それに覆いかぶさるようにして四つん這いになっている透。覆すことのできない決定的な瞬間だった。

 その時、恭子の中にあった何かが割れ、崩れ落ちる音がした。

 「おま・・・!何でこんなとこに・・・!」

 突然の不意打ちに座り込んで後ずさりする透。顔からみるみる生気が消えていく。

 「・・・もう、二度と私に話しかけないで!」

 涙を必死に堪えながら叩きつけるように叫び、走り去る恭子。

 彼女は信じていた。心のどこかで、いつか自分の元に来てくれると。だが透はそれに感けて、後戻りができない場所にまで進んでいた。それは越えて欲しくなかった事。透と恭子の間に絶対的な確執が出来た瞬間だった。

 「ま、待ってくれ・・・きょ、ぶはっ!」

 透は立ちあがり走り出そうとするも無様に転倒してしまう。全身に土をつけながらも何とか立ちあがると、よろよろと力なく後を追い始めた。

 その姿を呆然と眺める茜。乱れた衣服を整え、携帯電話を取り出す。

 「もしもし・・・えぇ、あっさり引っかかってね。まぁなんとか寸前で終わったけど・・・、そうだね、明日にでも・・・うん」

 連絡を取るその表情はまさに「計画通り」の邪悪さを含んだ笑みだった。



 そして止めを刺すべく最後の仕上げが始まる。

 「ねぇ、大丈夫?」

 「・・・・あぁ」

 翌日の昼休み、晴天の空の下の屋上で昼食をとる茜と透。その晴れやかな天気とは裏腹に透の気持ちは暗く沈んでいた。

 「・・・もう、俺は駄目だ・・・。お前だけが、頼りなんだ・・・」

 昨日の件の後、恭子とは一切話すことができなかった。追いかけても無視され、あまつさえ頬を引っぱたかれる始末。完全に恭子は透を見限っていた。

 だがそこに追い打ちをかけるべく、一人の男が屋上の扉を勢いよく開けてやって来た。

 「茜・・・!」

 竹刀を持ち剣道着を入れた大きな袋を脇に抱えた、その屈強な体つきをした男こそ《破壊者タイタニア:六門雄》であった。その無骨な形相は今や誰が見ても分かるほど怒りに満ちていた。

 「一体どういうつもりだ!せっ・・・俺の女に手を出すとは!」

 大股に二人の元に歩み寄るその姿はまさに鬼神。《破壊者》そのものだった。

 「雄・・!ち、違うの!これは、その・・・」

 「え!茜・・・お前まさか!」

 考え得る限りの最悪の展開を頭に描きながら、それでも透は確認せずにはいられなかった。この上更に悪い事があるようなら、それこそその心はもう限界に―

 「拙者・・いや、俺が合宿でいない間にこんな事・・・、そしてその相手がお前だとはなあ!?」

 「いや、違う!俺は何も・・・」

 慌てふためく透。彼は茜と雄が付き合っていることを知らなかった。それも当然だろう。この関係はあくまでも透を貶めるために作られた仮のものなのだから。

 「竹刀も壊し、次はこいつも奪おうなど・・・覚悟はできてるんだろうな!?」

 「本当にちがう・・・茜、なんとか言ってくれ!」

 因縁のある相手に迫られ、透はもはや茜に縋るしかできなかった。しかしそんな半泣きの顔に泥を塗りたくるかのように、茜は突っぱねる。

 「怖かった・・・!この人学校で襲ってきたりしたんだよ?」

 怯えた表情で茜は雄の背中に回り込む。まるで自分は被害者だと言う様に。それを見届けて雄は猛然と透の前に立ちはだかった。

 「茜・・!?なんで・・・」

「お前ェ・・・・!!!」

 「違う!あれは未遂で終わったし・・・俺は・・・」

 「二度と・・・、二度とその面見せるんじゃねえ!!」

 そう吠えると同時に雄は透の目の前で竹刀を横薙ぎに振り払う。ブォン!!とすさまじい風の音に透は最早言葉すら出せず、情けなく口をパクパクさせる。

 「あ・・・う・・・」

 腰が抜けてへたり込んだその様を看取り、雄は茜の腕を掴んでその場から立ち去った。今ここに策は成れり。彼らの任務が完遂された瞬間だった。



 ― 一一 ―



 「はい、お疲れさまでしたー!」

 『リア充殲滅委員会』の面々はいつもの会議室のいつもの構図でいわゆる「打ち上げ」を行っていた。机には様々な種類の菓子袋やジュースが置かれ、その賑やかさは彼らの喜びを代弁しているかのようだ。

 「皆、本当にお疲れ様!で、でも、勘違いしないでよね!別にこの用意はあんたたちのためにしたんじゃないんだからねっ!一人で食べようと思ってたらたまたまタイミングが重なっただけなんだからねっ!」

 乾杯の音頭をとる今日の委員長はツンデレの似合う幼い女声だ。皆がそれぞれに持ったジュースを一気にあおると、話の流れは自然と今回の任務の苦労話へと移る。

 「いやぁ、なんだかんだで私が一番身体張ってたよねえ」

 にへへ、とにやけながらそう言うのは白石茜。確かにターゲットの一人、大宮透と短時間で恋仲にまで持ち込んだ手際の良さ、そしてまさに身体を張った事実作り(本人曰く「何もされてはいない」)と、今回の任務には彼女の存在が必要不可欠だったと言えるだろう。

 「そうでござるな、お主がいなければ拙者も決定打は作り出せぬままでござった」

 茜との連携で止めを刺した六門雄。その威圧っぷりも他の人間にはできない、体育会系の屈強な肉体の成せる技だと言えよう。

 「いやぁ、でも雄の『俺の女宣言』は中々格好良かったよ。あの時思っちゃったね、『あぁ、この人になら・・・』ってね」

 「・・・!か、からかうのはやめて欲しいでござる・・・!」

 いたずらっ子ぽく笑う茜から目を逸らしつつ、雄は顔を赤くする。あんな立ち回りをしてもやはり『対リア充能力レジストスキル』は上がらなかったらしい。照れ隠しに再びジュースを注ぐと、一気に飲み干す。

 「ふぅん、しかし後始末も大変だったぞ。噂というものは作れても簡単には消えんからな」

 菓子袋から一つ菓子をつまむ度に手を丁寧に拭いてパソコンを触るのは森内昇。今回の影の功労者ともいうべき存在だ。

 実際彼の言うとおり、後始末はいささか骨の折れる仕事だった。大衆に見られた茜と透の仲、透が言いふらしたであろう雄と茜の仲。それらをもみ消すのには昇と『同志』の力なくしては不可能だったに違いない。茜や雄が友達に問い詰められても「ただの噂話だ」「ちょっとした気の迷いだ」程度の言い訳で済む辺り、昇の情報制御能力の高さが窺い知れる。

 「うん、感謝してるよ。昇」

 茜が満面の笑みを向けるも、昇はツンとした態度で画面から目を外さない。というよりか、茜に視線を向けられない。

 「でも皆、今日は一番に讃えられる人がいるんじゃないかな?」

 わざとらしく皆に疑問を投げかける委員長。口調から、そのローブに隠れている顔は絶対ににやけているだろうと容易に推測できる。

「さぁ、皆で我らが英雄、高橋雅人に拍手!ぱちぱちー」

 その拍手につられて、雅人がおずおずと立ちあがる。最大の関門「恭子の説得」を果たした彼は任務の中核を成したといっても過言ではない。その説得が無ければ恭子は盲信的に透の後を追っていてもおかしくなかった。雅人が恭子を一歩引かせ、透の姿をじっくり見せる機会を設けたからこそ、両者の仲を引き裂けたというのはこの場にいる全員が理解していた。

 「いや、でも俺は大したことは・・・」

 「何謙遜しているでござるか!拙者は信じていた!お主ならやってくれると!」

 「ふぅん、奴らに目に物見せてやれた・・・《調停者ピースメイカー》よ、よくやってくれた」

 「そうだね。雅人の説得がある種のターニングポイントだったよ」

 口々に皆が雅人を褒め称える。褒められて嫌な気分になる人はいない。すっかりその気になった雅人は有頂天になる。

 「そ、そうかなー、ふは、はははは!」

 調子に乗って顔がすっかり緩んでしまい、普段より大声で笑い出す。

 「お、おい、サムライ!全然飲んでないじゃねえか!飲めよ!」

 「いや、しかし拙者は炭酸系は苦手で・・・」

 「炭酸が飲めないならお茶を飲めばいいじゃない!」

 雅人はそう言うと、コップに次々とペットボトルのお茶を注いでは雄に手渡す。

 「いや、しかし・・・」

 「俺を信じてるんだろ!飲めよ飲めよ!」

 「あれはそういう意味で言ったのでは・・・」

 「うっせえ!飲め!」

 完全に酔ってる勢いの雅人。皆が笑いあう中、こうして楽しい時間は過ぎていったのだった。



 「うっぷ・・・食い過ぎた・・・」

 雅人が一人家路に着く頃には既に日は落ち、辺りは街灯と家から漏れ出る優しい光が闇とのコントラストを描く空間となっていた。その中を通り抜けていくと、方々から家族の賑やかな声が聞こえてくる。

 「ふふ・・・、俺も早く帰ろう」

 家に帰って家族の温かな団らんに加えてもらおう。そう思い、歩調を早めようとした時だった。

 「雅人・・・」

 不意に後ろから声がかかった。雅人が驚いて振り向くと、暗闇のぼやけた先に薄らと見える人影が一つ。

 「だ、誰だ・・・?」

 その人影に向けて声を投げかけると、それはこちらへと歩いてくる。

 「私だよ・・・」

 街灯に照らされ、露わになったその人影は、殲滅対象となったターゲットの一人「高崎恭子」だった。

 「こんなところでごめんね・・・。偶然見かけたものだから・・・」

 正直なところ、雅人にとってはもう関わりたくない人物だった。「殲滅」したことについて謝る気はないが、だからといって後ろめたい気持ちがないわけでもなかったからだ。

 「ああ、いや、偶然だね、今日はどうしたの?」

 「委員会の仕事があったから・・・。それに、あんなことがあったばかりだし、一人で考え事したいなって」

 一緒に夜道を歩く。動揺しつつも受け答えする雅人だが、恭子のやけにしおらしい態度が更に気持ちを揺さぶる。彼女の元気の無い態度は明らかに透とのいざこざ・・・つまり雅人達のせいだ。その事がばれている訳ではないだろうが、彼女と面と向かって会話できる程雅人の神経は図太くなかった。

 「いや・・・その、なんかごめんな。結局透との仲・・・直せなくってさ」

 恭子から話題を切り出される前に自身から切り出す。その謝罪の意味に「殲滅」の一件も含めているのは彼の自責の念からか。

 「いいの。透の事、本当に信じたかったんだけどね・・・。やっぱり、あんな場面見ちゃうと、駄目だった・・・」

 悲しそうに微笑む恭子。その消え入りそうな横顔を、雅人は複雑な思いで見つめていた。

 「でも・・・ありがとう、雅人。私吹っ切れたよ。新しい恋、探しに行く!」

 そう言って恭子は雅人の前に躍り出ると、振り返って可愛らしい笑顔を向ける。活発そうな顔つきの彼女に良く似合う、いつも通りの笑顔だった。そんな顔に図らずも胸が高鳴る雅人。

 「でも・・・一応私と雅人って付き合ってることになってるんだよね?どうしようか?」

 (・・・!)

瞬間、雅人の全身に衝撃が走る。それは忘れていたこと。任務のために作りだされたシチュエーション。高橋雅人と高崎恭子は、付き合っている―

 「え・・・えと・・・・」

 やり忘れた宿題を見つけた時のような、強い動揺が頭を埋め尽くす。途端に恭子の事が妙に色っぽく見えてくる。柔らかそうな肌、綺麗に盛り上がった胸部、すらっとした足。彼女を「女」として見るのはこれが初めてになる雅人にとって、それは完全な不意打ちだった。

 「・・・恭子は・・・どうしたい?」

 「私?・・・そうだねえ、私は・・・」

 そう言いながら恭子が雅人の前に立ち、その手を掴む。絹のようにきめ細かなその指先の感触が強い刺激となって脳に認識される。

 「このままでも、良いと思うよ」

 「・・・・っ!」

 その言葉がきっかけとなり、雅人の脳内で理性と本能による大戦争が始まった。

 (良いじゃんか!これでお前も晴れて『リア充』だ!行っちまえよ!)

 (駄目だ駄目だ!お前、これってもうただのNTR(寝取り)じゃんか!良いわけないだろ!)

 (うっせえ!このDTが!今行かないでいつ行くんだよ!)

 (DTは関係ないだろうが!それに忘れたのか?『リア充』になることは『リア充殲滅委員会』の禁忌だ!)

 (でも未だかつてこんなにも接近されたことないだろうが!ここで逃がしたら一生後悔するぞ!さぁ行くんだ!・・・そのマグナムを解放する時はすぐそこだ!)

 さすが本能。理性があっという間に崖際まで追い詰められる。

 (やめろおお!お前が「殲滅」してきたのはNTR(寝取る)ためじゃないだろう!なんのために『リア充殲滅委員会』に入ったのか、思い出せえ!)

 (やかましい!消えろ!)

 理性が崖際の淵に辛うじて掴り、必死に声をあげる。その手を踏んで落とそうとする本能。

 「恭子・・・」

 生唾を飲み、言葉を喉の奥からひねり出す。「俺と付き合ってくれ」その一言で雅人も『リア充』になる。それは抗いがたい誘惑―

 (お前はあの日の気持ちを・・・忘れたのかよおお!?)

 理性の最後の言葉。それが雅人の深層意識に眠っていた想いを呼び起こさせる。

 (諦めてないんだろ!『リア充殲滅委員会』に入ったのもただの八つ当たりだ!・・・お前の求めるものを・・・)

 理性の全身に強い光と見紛う程のオーラが立ち上り始める。

 (諦めんなああああああああ!)

 ギャウン!

 覚醒した理性が本能を謎の光線で彼方へと吹き飛ばす。

 (お・のおおおおぉぉれえええええええ!)

 断末魔をあげて消える本能。その瞬間、雅人が言うべき言葉は決まった。

 「恭子・・・ごめん、恭子とじゃあ俺は釣り合わないよ」

 「雅人・・・?」

 予想外だったのか、恭子はいささか当惑気味に首を傾げる。だが雅人は本能を突っぱねるように言葉を続ける。

 「恭子はさ・・・ちょっと混乱してるだけだよ。たまたま協力したのが俺ってだけでさ、それだけで付き合うってのは軽率だって」

 「私は・・・そんな簡単に決めたわけじゃあ・・・!」

 「俺なんかより良い奴はこの学校にいくらでもいる。なんたって超マンモス級のでかさなんだしな。だから、恭子・・・その理想の相手を見つけて、幸せになってくれ」

 それは雅人にとっても苦渋の選択だった。だがその方が恭子のために良いというのもまた雅人の考えだった。それは恭子の恋仲を裂いた自責の念からでもあるし、言葉通りの意味でもあった。だが更に奥に潜むのは、あの日交わしたはずの―

 「・・・そっか、分かった。でも私は雅人のこと、短い間しか一緒にいなかったけど好きだったよ」

 「・・・恭子」

 再び恭子の顔が悲しそうな笑顔に変わる。彼女の家に着くまでの間、他愛のない会話しかしなかったが、雅人は最後までその表情を忘れることができなかった。

 「・・・じゃあ、またね」

 そう言って家に入っていく恭子を見送った後、雅人は一人自身の家へ向かいながら空を見上げる。満天の星が煌びやかに瞬くその光景は、今の雅人には不釣り合いな程に輝いているように見えた。

 「・・・昔、そんなことあったっけかなぁ・・・」

 一人そう呟くと、なにを考えてるんだ俺は、と自嘲して雅人は家路を急ぎだした。


実をいうとこの小説は一年前に書いたものです。どこかしらの賞に投稿して落ちたんですけどね。

その際A~Eの五段階評価をもらえるんですけど、「世界観」と「わかりやすさ」はいい感じの評価をもらったんで、それを伸ばしつつ改良したいと思っています。

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