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プロローグ ~ リア充殲滅戦①前編

処女作です。まだまだ至らない点ありますが、すこしでも楽しんでいただけると幸いです。


感想、指摘いただけると嬉しいです。

 


 ― 〇 ―



 『リア充』

 その言葉が意味するのは、友達がいたりだとか、日々の生活に生きる意味を見出しているだとか様々である。人々の認識の差にある程度の違いはあれど、一般的に広く知られている定義がある。

 「彼氏もしくは彼女がいる」

 例え友達があまりいなくとも、日々の生活に大した意味を見出せなくとも、この定義に当てはまるのであればその人は有無を言わさず『リア充』という括りの中に放り込まれてしまうのである。

 しかしながら、その『リア充』の存在を良しとしない者達がいる。

 大抵の理由は「自分がモテないのに何であいつは・・・」という妬みであったりする。しかし、彼らはか弱い存在。『リア充』がちょっと息を吹きかけるだけで飛んで行ってしまうほどに、彼らの立場は危うく、脆い。

 そんな非リア充の意見、主張を擁護し、彼らの代弁者となるべく誕生したとある組織を中心に、この物語は始まる。

 果たして、彼らを待つものは栄光か、破滅か。

 それは未だに答えの出ない問いである。

  


 ― 一 ― 

 


 「お、俺・・・まりのことが・・・」

 とある高校の校舎裏で一人の男子学生が頬を赤く染めながら、目の前に立つ女子学生に話を切り出す。

 「まりのことが・・・好きなんだ!付き合ってくれ!」

 「け・・・けんちゃん・・・!」

 告白されて、手で口元を覆いながら驚く女子学生。目には戸惑いの色と、嬉しさが見え隠れする。

 「・・・わ、私も・・・けんちゃんのこと・・・」

 男子学生の手を取りながら、女子学生は目を伏せつつ言葉を切り出す。お互いに気持ちが通じ合っているのは一目瞭然だ。

 


このような場面をみた場合、諸君ならどのような気持ちを抱くだろうか?

 後で「おめでとう!やるなぁこのぉ!」と小突きながら祝福する人もいるだろう。

 「くそう!先を越されたぁ!」と嘆く人もいるだろう。

 だが、彼らにはどのようなカップルであろうと、そこに『リア充』が誕生した瞬間に湧き上がる感情、思想がある。

 即ち、「リア充の殲滅」である。

 一般的に『リア充』に対して用いられる言葉に「リア充爆発しろ」というものがある。

 当然、『リア充』を擁護する言葉ではないのは周知の事実だ。

 だからといって本当に『リア充』が爆発することを願う言葉でもない。

 そこにあるのは「リア充よ、どうかこの世からすべからく消え失せたまえ」という、マリアナ海溝よりも深く、底の見えない負の感情である。

 しかし、そうは思っても非リア充達にそれを実行する力は皆無だ。彼らは黙って『リア充』が展開するピンク色のフィールドを避けつつ、これから日々の生活を送らなくてはならない。

 しかし・・・



 「あーっ、危ないですよー」

 わざとらしい棒読みの言葉を先程の男女に投げかける声が一つ。それと同時に白色の野球ボールが顔を徐々に寄せ合っていた二人のちょうど間へ飛んでいく。

 バウン!

 ボールは二人の顔の間を通り抜け、後ろの校舎の壁にけたたましい音を立てて激突する。

 「ひっ!」

 「きゃあ!」

 突然の出来事に男女は一瞬放心状態になる。

 「いやぁ、すいません。キャッチボールしてたらすっぽ抜けちゃって」

 頭に手を当てながら男女の元に向かう一人の男子学生。さっきまでこんな人いなかったような・・・我に返った男女は訝しがる。

 「ホントにすいません。次は気をつけますから」

 「危ないじゃねえか!ぶつかったらどうすんだよ!」

 怒声を放つ男子学生を前にして、ボールを暴投した男子学生は謝りながらも、どこか笑っているような態度で接する。

 「ねぇ・・・いこう、けんちゃん・・・」

 後ろから男子学生の裾を引っ張りながら女子学生が、怯えながらも怒りをこめた声をあげる。好きな人との時間を邪魔されたとあっては内心穏やかではないだろう。

 「あれぇ、どこかで見た顔だって思ったら真理まり先輩じゃないですか?」

 不意にさっきまで謝っていた男子学生が、女子学生の顔を見るや否や笑顔になる。

 「え?・・・君は・・・?」

 「あぁ、男子バレー部の斎藤太一さいとうたいちです。先輩の女子バレーとはあんまり面識ないですけど、僕は先輩のこと覚えてますよ。でも、おかしいですね・・・、確か先輩、別の人と付き合ってませんでしたか?」

 「え・・?」

 突然の情報にその場の空気が凍る。告白した男子学生が女子学生の顔を焦燥の表情で覗き込む。

 「お・・・おい、それ本当か?」

 「な・・何言ってるの!変なこと言わないで!」

 女子学生はヒステリック気味の声をあげる。

 「でも、僕確かに見ましたよ。駅前で男の人と腕組んで歩いているの。ほらこれ、たまたま写ったんですけど」

 そう言いながら、太一と名乗った男子学生は胸元から一枚の写真を取り出して二人に見せる。

 そこに写っているのは、太一とその友達らしき複数の人物が肩を組んでいる姿と・・・その後ろに確かに男と腕を組んで歩いている、真理と呼ばれた女子学生の姿。

 「おい、これ・・・」

 「嘘よっ!こんなの!」

 男子学生の問いただそうとする声を抑えるようにして、女子学生はそう叫ぶと男子学生の裾に泣きそうになりながらすがりつく。

 「いや、ちょっと考えさせてくれ・・・」

 男子学生は放心したようにそう言うと、力の抜けた足取りでふらふらと校門に歩いていく。

 「待って・・・待って、けんちゃん!」

 女子学生は恨みのこもった目でキッ、と太一を睨みつけた後、男子学生を追って走り出した。

 「・・・・」

 後に一人取り残された太一は二人が去ったのを確認した後、携帯電話を取り出す。

 「こちら、《調停者ピースメイカー》、ファーストフェイズ終了」

 太一はそう報告すると、顔の顎の部分に手をかける。

 「了解、明日の委員会で詳細な報告をするように」

 「了解」

 携帯電話の向こう側からの無機質な声に返事すると、太一は顎にかけた手を一気に上まで引き上げる。

 ベリベリッ!

 顔の皮膚、否、マスクが剥がれ、本来の顔が露になる。

 先程の大きい顔つきが一気に変わり、黒い短髪に碧眼の整った顔が姿を表す。

 これこそが、《調停者ピースメイカー高橋雅人たかはしまさと》の真の顔であった。



 ― 二 ―



 ××県○×市に存在する、市立友王高校。他校との違いは多々あるが、まず来賓者が驚くのは、その圧倒的大きさである。グラウンドはすべての体育会系部活動が広く使用してやっと埋まるほどの大きさであり、その他に野球場、剣道場、サッカー場、プールが存在する。

 校舎もそれに負けじと存在感を放っており、通常の学校のざっと三倍の人数の生徒を受け入れることが可能である。その広さは新入生にとってまさに迷宮といっても過言ではない。

 そんな言葉も出なくなるほどの大きさを誇る学校はまさに一種の社会、グループである。故にそこには他の学校とは違う規律が根付いている。通常ならば受け入れられず排除されてしまうような集団であっても、ここでは何の違和感もなくその存在を誇示できる。

 しかし、その中でも更に秘匿されて陰ながらに活動する組織が一つ。



 コンコンッ!

 「失礼します。|《調停者ピースメイカー》、入ります」

 拳で扉を叩く乾いた音と、|《調停者ピースメイカー:高橋雅人》の声。

 「どうぞ」

 扉の奥から返ってきた声を受けて、雅人の背筋が緊張して伸びる。

 雅人は脇に抱えた鞄から仮面ラ○ダーのお面を取り出し、顔につけてから扉を開ける。

 部屋はカーテンが閉められ日光を遮断しているために、日中にも関わらず薄暗い。中央には長机が四つロの字形に置かれ、それぞれの机の前に一人づつ着席している。

 「お疲れ様でござる。今日はク○ガの仮面・・・良い趣味だ」

 机の上に竹刀を置き、手を挙げて雅人を見るムジュ○の仮面をつけた人物。ここでは《破壊者タイタニア》と呼ばれている。だが、常に竹刀を持ち、下手に侍のような言葉遣いをすることから雅人は『サムライ』と呼んでいる。

 「ふぅん、遅いじゃないか。あまり待たせるなよ」

 雅人を見ずに腕を組みながら悪態をつくウルト○マンのお面をつけた人物。|《知覚者ストリーマー》と呼ばれる人物である。彼は言葉の始めに偉そうな溜息をつく癖があった。

 「まぁ、取りあえず座りなよ。あいつはああ言ってるけど皆今来たとこだからさ」

 ガン○ムのお面をつけた人物が手を前に出して席に着くように促す。名は|《支配者メビウステイカー》。

 そして、雅人の向かい側、上座に座る、全身を黒いローブに包んだ一際体格の大きい人物。

 彼こそはこの組織の長であり、歴代最高の成果を打ち立ててきた《幻影ファントム》である。

 そして彼らが所属する組織の名こそ『リア充殲滅委員会』。その名の通り、この学園に蔓延る『リア充』を駆逐することが目的であり絶対である。



ここで『リア充殲滅委員会』の大まかな説明をさせてもらおう。そもそも、「委員会」と名についてはいるが、厳密には『リア充殲滅委員会』は学校によくある図書委員会、美化委員会とは全く関係の無い組織である。それどころか、学校側に正式に認められた存在でもなく、その存在は半ば都市伝説と化している。

 しかし、彼ら『リア充殲滅委員会』を必要とする人達は大勢いる。例えそれが独自の社会秩序を築いている学校でもだ。彼らはモテず、女子達に見向きもされない非リア充達の強い味方であり、志を共にする同志でもある。

 即ち、彼ら『リア充殲滅委員会』に所属するメンバーもまた、『リア充』に対して強い負の感情を抱いている。更に言えば、一際強い『リア充』への憎しみがある者がこの委員会に所属することができるのだ。

 そしてこの『リア充殲滅委員会』に参加するほどの猛者となると、それに比例して所謂「厨二病」が深刻である傾向があった。彼らが仮面を被ったりコードネームを名乗るのは、正体が明らかになれば仕事ができなくなるのもあるが、そういう意味合いの方が強いのだ。

その中でも、《調停者ピースメイカー》こと高橋雅人は、「厨二病」が軽度であることも相まって高校二年生になってからこの委員会に参加したため、仕事の経験が比較的浅い。故に雅人は未だ仕事への、特に委員長|《幻影ファントム》への一種の苦手意識を拭えずにいた。



「・・・んでは、《調停者ピースメイカー》よ、昨日の任務の成果を報告してもらおうか」

 雅人が席に着くと同時に委員長が言葉を切り出す。この委員長、口調も声色も会う度に変化するので男か女か、それすらも分からない。《幻影ファントム》と呼ばれる理由の一つである。ちなみに今回の声は、声優さんで例えると巻き舌が素敵な某証券会社の人である。

 「はい、こちらをどうぞ」

 雅人は人数分用意したレジュメを鞄から取り出すと、それぞれに配り始める。レジュメには昨日行った任務「芦野真理と滝沢健一の交際成立の阻害」の中間報告が図や写真と共に記されている。

 「昨日、自分は斎藤太一という架空の人物に変装し、その前日からマークしていたターゲットである、芦野真理・・以下Aと、滝沢健一・・以下Bに接触しました。自分が現場に到着したまさにその時、BがAに告白している場面でした」

 雅人がそこまで言った時、周りからバキッ!グチャッ!と、物が壊れる音が鳴り響いた。

 《破壊者タイタニア》は竹刀を床に叩きつけ「くそがっ!くそがっ!」とぶつぶつ呟いている。《支配者メビウステイカー》は手に持っていたペットボトルをじわじわと握りつぶしている。中に入っている飲料水の行き場が徐々に無くなっていく。《知覚者ストリーマー》は持っていたノートPCを開けながら、ここまで聞こえてくる盛大な歯ぎしりを始めた。

 彼ら『リア充殲滅委員会』の者達が『リア充』に抱く憎しみは、フられるかもしれない告白に対しても十分な強さを持つのだ。おかげで未だに慣れていない雅人は、報告する度に序盤から怯えることになる。

 「・・・んそれで?」

 委員長は冷静なまま続きを言うよう促す。

 「は、はい・・・。BからAに対しての告白は成功、お互いの意思は完全に一致していました」

 そこまで言ったところで委員三名が獣のように吠えた。

 《破壊者タイタニア》は竹刀を振り回しながら机に立ち「許さない、絶対にだ!たたっ斬ってくれるわぁああああ!」とご乱心。《支配者メビウステイカー》は先程から締め上げるように握り潰していたペットボトルを「コロス・・・!」の一声と共に紐のように細く握り潰す。トドメを刺されたペットボトルからキャップを吹きとばして、水が噴水のように飛び出して宙を舞う。《知覚者ストリーマー》はノートPCのキーボードを勢いよく叩きながら「晒してやる・・・晒してやる・・・!」と叫んでいる。

 「・・・続けたまえぇ」

 委員長はあくまでも冷静に言葉を紡ぐ。しかし、その大きな体躯が震えているのは一目瞭然だった。

 「は、はい・・・そこで自分は介入を開始しました。両者のそれ以上の接触を阻止、予め用意しておいた道具で揺さぶりをかけることに成功。現在は両者の猜疑心を煽りつつ、明日にも追い打ちをかける予定です」

 「生ぬるいわぁ!そのような攻撃、存在そのものが悪である彼奴らには足りんわぁ!」

 竹刀の先端を雅人に向けつつ、《破壊者タイタニア》は目を血走らせる。

「確かに、それじゃあ両者の確認が取れてしまえば関係が修復する可能性もあるね」

支配者メビウステイカー》は既に十分小さくなったペットボトルを更に小さく潰していく。手には血管が青白く浮き出ている。

「ふぅん、ここは一つ、派手に工作をするもの有りだ」

 《知覚者ストリーマー》はそう言いながらノートPCとレジュメを交互に見ている。

 「もちろん、必ずや任務を成功させてみせます。三日後には良い報告ができるかと」

 猛り狂い、素の感情を爆発させる三人を尻目に、雅人は向かい側の委員長に対してお面越しにその碧眼を向ける。

 「・・・んいいだろう。期待しているぞぉう、《調停者ピースメイカー》よぉう」

 巻き舌を全開にしながら、委員長はローブ越しに腕を机の前に置く。

 「さてぇ・・・ここで諸君らにぃ、新たな仕事だぁ・・・依頼があってなぁ・・・」

 委員長はローブの隙間からレジュメを差し出す。

 「今回、諸君らにはこのぉう目標を殲滅してもらいたぁい・・・」

 回されてきたレジュメを皆が受け取るのを確認してから委員長が更に話を続ける。

 「ん目標は危険度レベル九・・・相当厄介な相手だぁ・・・」

 「こ、これって・・・」

 「まじか・・・」

 「なん・・・だと・・・」

 「うっ・・!」

 雅人含める委員四名の顔が引きつる。そこに書かれている目標の説明文には「幼馴染:危険度レベル九相当」とあった。



 彼ら『リア充殲滅委員会』は、彼らの同志、非リア充達の依頼によって仕事を行う場合と、彼ら自身が見つけ次第仕事を行う場合の二種類がある。ちなみに雅人が継続中の任務は後者である。そして今回の任務は前者である。

 この「依頼による任務」は総じて危険度レベルが高いことが多い。通常『リア充』になる一歩手前というのは、その事実を隠したがるが故に『リア充殲滅委員会』がわざわざ網を張っておく必要があるのに対し、依頼があったということは既に『リア充』としてのオーラが辺りに漏れ出しているということだからだ。つまり、『リア充』の中でも一際強い愛で結ばれてしまう危険性があるのだ。

 ちなみに危険度レベルは「『リア充』が非『リア充』に与える悪影響」を数値化したものである。全一〇段階で評価され、判断は委員長が行う。委員長の過去の経験が判定材料となっており、「消しゴムを拾ったことから始まるラブストーリー:危険度レベル一」もあれば「幼い頃に引っ越したきり会わなかった人と高校に入ってから運命の再会:危険度レベル九」など、様々な難事件の経験が元となっているため、その評価の信頼度は高い。

 


今回の目標は、互いの家の近さと相まって小学生の頃から家族ぐるみでの付き合いがある男女の「幼馴染」。高校生になっても毎日一緒に登校してくることから『リア充殲滅委員会』にもマークはされていたが、同志達によるとここ最近動きが活発化しているという。

決定打となったのが、ある日の登校の際に手を繋いでいたのを目撃されたことだった。同志達の探りの結果、未だ付き合ってはいないらしいがその仲を鑑みるに、危険度レベルが高いと判断されたため、今回依頼を受諾する運びとなった。

 「これはぁ・・おそらく一人では不可能な任務だ。そこでぇイレギュラーではあるが、チームを組んで任務に当たるようにぃ・・・」

 委員全員が再び驚愕に包まれる。素性や手口を不用意に知られることは彼らの死活問題であるため、通常彼らの仕事は単独行動が常であるのだ。

 「では・・・委員全員での任務、ということですか?」

 《支配者メビウステイカー》が疑問点を口にする。

 「別に可能なら一人でも構わんよぉう。だが、チームを組まないにしろ、決して失敗は許されないということを忘れるなよう・・・」

 ローブに隠れて見えないはずの委員長の視線が鋭く突き刺さる。百戦錬磨の委員長が単独では不可能と判断したほどの強敵である。委員誰もが自分自身の力のみでは確かに任務遂行は不可能だと薄々感じていた。

 「その様子ではタイムリミットはかなり近いぃ・・・諸君らの健闘を祈る・・・では、解散だぁ・・・」

 言うや否や部屋が完全に真っ暗になる。だが、次の瞬間再び元の薄暗さに戻った。しかし、そこに委員長の姿は無かった。

 「・・・・チーム、か」

 こうして、彼ら『リア充殲滅委員会』のかつてないほどに危険な任務が幕を開けた。


 

 ― 三 ―



 一人の女子学生が家の前で呼び鈴を鳴らす。

 「おはようございます!透くん、いますか?」

 「あらあらぁ、おはよう恭子ちゃん。毎日迎えに来てもらってごめんなさいねぇ」

 「いえいえ、いいんですよ。学校行くついでですし」

 呼び鈴横のスピーカーと笑顔で話をするこの女子学生こそ、今回のターゲットの一人、「高崎恭子たかさききょうこ」である。首元辺りまでの短めの茶髪にくりくりとした可愛らしく丸い目付き、明るい性格で常に笑顔が絶えないことから、学内でも評判の女子である。

 「うぃーす・・・なんだ今日も来たのかよ」

 かったるそうに玄関を開けて出てくる一人の男子学生。もう一人のターゲットである「大宮透おおみやとおる」その人だ。金髪ではあるが決して遊び人ではなく、むしろ所属しているテニス部で精力的に練習する真面目な性格である。

 「もう、また寝てたんでしょ!このままじゃあ遅刻癖がついちゃうよ!」

 「分かってるって・・・お前が起こしに来てくれるから、ついつい安心して寝ちゃってるんだよなぁ」

 「そ、そう・・・なんだ・・・・」

 透が何気なく言った言葉に、頬を少し赤く染める恭子。

 「・・・ってほら、遅刻しちゃうよ!行こ行こっ!」

 「分かってるって・・・っておい!引っ張んなよ!」

 照れ隠しをするように恭子は透の手を掴んで前を走りだす。その顔が、この状況を嬉しく思っている笑顔を作っていることを、引っ張られている透は知る由もない。

 そんな状況を物陰から鋭い目つきで凝視する影が二つ。

 「ありゃあ・・・あれ半分以上『リア充』じゃねーか・・・」

 苦しそうな表情を見せながらデジカメで近辺の写真を撮る《調停者ピースメイカー:高橋雅人》。その後ろには、

 「晒しあげ決定だ・・・奴ら社会的に抹殺してやる・・・」

 地を這うような低い声で呪詛に近い言葉を吐きながら、屈んだ姿勢で膝に乗せたノートPCを操作する《知覚者ストリーマー森内昇もりうちのぼる》がいた。



 昨日、委員長がいなくなった後、委員会部屋では『リア充殲滅委員会』の委員四名による打ち合わせが行われていた。

 「さて・・・この資料にある危険度レベルが本当に九ならば、委員長のおっしゃる通り単独での任務遂行は不可能とみて良いだろう」

 重い空気を払拭するために話を切り出したのは《支配者メビウステイカー》だ。

 「となると、やはり協力して任務の遂行にあたると?」

 《知覚者ストリーマー》が苦々しげに尋ねる。

 「そうなるな・・・一応確認をとっておきたいんだが、君らの遂行した最高任務の危険度レベルはいくつだ?ちなみに私は『サッカー部のキャプテンと女子マネージャーの引退間際での告白:危険度レベル八だ。』」

 《支配者メビウステイカー》は四人の中で最も長く委員会に所属している。故にその力量も高く、他の三人と比べてもこなしてきた任務の危険度レベルと数が圧倒的なのだ。

 「拙者は、『中学時代から互いに両想いだったけれど、互いに告白を切り出せないでいた:危険度レベル六でござるな』」

 《破壊者タイタニア》が竹刀で肩を叩きながら答える。

 「ふぅん、ま、似たような危険度レベルだが、『告白を受けたけど好きな人がもう一人いたから返事を出せずにいた:危険度レベル六』だな」

 ノートPCの充電が切れたのか、《知覚者ストーリーマー》が鞄からケーブルを取り出す。

 《破壊者タイタニア》と《知覚者ストリーマー》は同期である。そのせいか、二人は一種のライバル関係に似た繋がりがあった。

 「で、《調停者ピースメイカー》、君は?」

 《支配者メビウステイカー》が雅人を見据える。だが、彼には他の三人とは違って誇れるような実績は皆無に等しい。委員会に入って日も浅いために、まだまだ駆け出しの身なのだ。

 「俺は、『奥手な子がコツコツとフラグを積み上げている:危険度レベル四』・・・だ」

 「だが実績だけで判断すると《支配者メビウステイカー》よ、お主なら単独でも可能なように思えるのでござるが?」

 《破壊者タイタニア》が竹刀の先端を《支配者メビウステイカー》に向ける。雅人は自身の実績を馬鹿にされなくて内心ホッとした。

 「いや、詳しく調査していないから何とも言えないけど・・・今回の相手、私のやり方では攻略は難しいと思う」

 「委員最強の《支配者メビウステイカー》が弱音とは、らしくないでござるな」

 「経験を積んでいるからこそ、やる前からだいたい分かるのさ。委員長もそれを分かっていたんだろう」

 《支配者メビウステイカー》が手に持ったレジュメをひらひらと顔の前で泳がせる。半ばお手上げといった具合だ。

 「そこでだ、一つ提案がある」

 《支配者メビウステイカー》は席を立つと委員長の座っていた席まで歩み寄る。

 「今回の任務は委員全員であたる必要がある。だが、私達は今まで単独行動を基本としてきた。だから、ここらで一つちゃんと自己紹介をしておこうじゃないか」

 言うや否や《支配者メビウステイカー》が、今まで顔を隠していたお面に手をかける。

 「お、おい・・・まさか・・・」

 制止する言葉が言い終わる前に、《支配者メビウステイカー》は勢いよくお面を宙に放り投げていた。

 途端に舞い上がる黒く美しい長髪。それと同時に部屋を甘酸っぱい匂いが包み込む。

 「一応、初めまして。《支配者メビウステイカー》こと、白石茜しらいしあかねだ。よろしく」

 首を可愛らしく傾げながら自己紹介をしたのは、凛々しい顔立ちをした美人な女子学生だった。



 「それで《調停者ピースメイカー》、使えそうな写真は撮れたのか?」

 「あぁ、どうよ、これ」

 雅人は昇にデジカメの画面を見せる。ターゲットが手を繋いで走っている姿がしっかりと写っていた。

 「がふぁ・・・・ふぅん、他には学校生活中での写真をいくつか入手したいところ、だな。よし、どうせ朝はこれ以上の進展はないだろう。学校に向かうぞ」

 「だが、昇・・・」

 「コードネームは《知覚者ストリーマー》だ!みだりに真名を口にするな!」

 「あ、あぁ、悪い・・・」

 激しい怒気に気圧され、雅人は一瞬身体が固まった。



 《支配者メビウステイカー》が正体を明かしたこと、そして女性だったこと。この二つの衝撃は三人の委員にとってはにわかに受け止めがたいものだった。

 「ほ、本当に・・・お主、《支配者メビウステイカー》なのか・・?」

 「そうだよ。今まで声色を変えたり、髪を隠したり、服も男子用の制服を着たりで大変だったけどこれでその必要はなくなったわけだ」

 そう言う声色は確かに女性特有の高いトーンだ。髪をかき上げながら《支配者メビウステイカー》、白石茜は話を続ける。

 「さぁ、私は自己紹介を済ませた。次は君達に自己紹介、してもらおうか」

 「う・・うぅ・・・」

 声にならない呻きをあげる《破壊者タイタニア》と《知覚者ストリーマー》。身体が小刻みに震えるだけで、思うように動けずにいる。

 知っての通り、『リア充殲滅委員会』に所属する人間はすべからく「厨二病」を患っている。そしてそれは「異性に対して免疫が存在しない」ことを表すも同義なのだ。

 今まで同性だと思って接していた相手が異性、しかも一目で美人だと分かる顔立ちをしているという事実は少なくとも他の三人の厨二病患者に良い影響を与えるものではなかった。

 「そ・・・そうか・・・。ま、まぁお主が女であっても、我々が行う任務に変わりはないしのう・・・、よし、ならば拙者も」

 嫌な沈黙が場を覆いかけていた時、《破壊者タイタニア》がやっとの思いで言葉を吐き出す。

 「《破壊者タイタニア》こと、六門雄ろくもんゆうだ。改めてよろしく頼む」

七分刈りの丸頭に眼力が強い無骨な顔つきの、筋肉質な男がお面をとりながら挨拶する。六門雄といえばこの高校の剣道部の主戦力であり、全国大会出場の経験もあるかなりの強者だ。言葉遣いは厨二病の産物であってもその竹刀を持つ腕前は伊達ではない。

 「ははっ、剣道部のエースが《破壊者タイタニア》だとはねぇ、二つ名に相応しいじゃないか!」

 茜が嬉しそうに手を打つ。その何気ない笑顔すら、男性厨二病患者にとってはある種の命取りである。

 「さ、さぁ、お主らも名乗ったらどうだ!」

 茜の顔を直視しないようにしながら雄が急かす。

 「ふぅん、では」

 雄が先陣を切ったおかげで後に続きやすくなったからか、《知覚者ストリーマー》がノートPCを閉じ、そのお面に手をかける。

 「《知覚者ストリーマー》、森内昇だ。だが、これからもコードネームで呼んで欲しい」

 そう言うと、黒眼鏡に目元まで髪を伸ばした長髪の男は席に着き、再びノートPCをいじり始める。

 「相変わらず素っ気ない奴でござるなぁ」

 「まぁまぁ、いいじゃないか。改めてよろしくな。《知覚者ストリーマー》」

 茜がPCを見つめる昇に手を振る。当然、これも直視できない。

 「じゃあ・・・俺も」

 雅人はおずおずとそう言うと、お面をとりながら三人に続く。

 「《調停者ピースメイカー》、高橋雅人。皆、よろしく」

 軽く一礼をすると、それぞれから「よろしく」と声があがる。

 「じゃあ、自己紹介も済んだところで、本題に入ろうか」

 部屋の端に置いてあったホワイトボードを引っ張り出しながら茜が話を始める。

「今回のターゲットは大宮透、以下Aと高崎恭子、以下B、この両名の交際への発展を阻止することが任務だ。委員長のレジュメにあるとおり、ABは幼馴染。この時点でも十分に危険度レベルは五に値するだろう」

 「小学生からの仲じゃしの。下手な友達よりも互いを知っておるじゃろうな」

 相槌を打つように雄が言葉を挟む。だが、変に茜を意識しているせいか、顔が何もない壁を向いている。

 「そう、そして厄介なのがABの家がかなり近いってこと。これが家族ぐるみの付き合いを生むことに繋がっているし、互いの家族もAB間の仲をある程度容認する原因となっている」

 茜がホワイトボードに重要な点を箇条書きしていく。女子特有の丸っこい可愛らしい文字だ。厨二病患者でも、これならなんとか直視できる。

 「これ以上の情報は無いからなんとも言えないけど・・・あの委員長が危険度レベル九としたんだ。まだ何かあるかもしれないね」

 「時間が無いとはいえ、情報が無くては作戦も立てられない・・・。二日程、情報収集する時間が欲しい」

 昇がPCを見たまま提案する。確かに、無策に正面から妨害にかかっても通用しないこともあるし、場合によっては両者の仲を更に強いものにしてしまう可能性があった。

 「それだけあれば《知覚者ストリーマー》、君には十分かな?」

 「ふぅん、当然だ。完璧なまでの情報を集めてみせよう」

 声に自信を漲らせてはいるが、話しかけてきた茜の方は見ない。

 「だが、何分急ぎなんでな、できれば協力者が欲しい」

 「なら我らの同志に協力を要請するべきでござるな」

 「いや、同志達の情報は根も葉もない噂なことが多い。より信憑性のある情報が必要だ」

 そう言うと昇は今まで説明を聞いているだけだった雅人の方に向き直る。

 「《調停者ピースメイカー》、力を貸してくれないか」

 突然の要請に驚く雅人。準備の段階でいきなりの共同任務である。

 「俺はいいけど・・・。一体何をするんだ?」

 「一緒に二日間かけてABを監視して直接情報を収集する。かなり危険だが、時間が無いことを考えると手段を選んでいる暇は無い。この中で一番高い『対リア充能力レジストスキル』を持つお前にしか頼めないんだ」

 「・・・!」

 場が騒然とする。無理もない。直接監視による情報収集とは即ち、一握りの有益な情報を入手するために、『リア充』一歩手前の彼らののろけっぷりをまざまざと見せつけられることになるからである。これだけでもその危険度レベルは実に四。「対リア充能力レジストスキル」の無い非『リア充』が見たら「おいやめろ」状態となって怒りと苦しみで悶絶すること必至である。そしてそんな状況が二日間に渡るとなると、体内に徐々に怒りや憎しみが蓄積されていくこととなり、それらはいつ爆発しても不思議ではないのだ。

 ちなみに、「対リア充能力レジストスキル」とは、具体的には「いかにのろけ場面に遭遇したり、のろけ話を聞かされても平常を保てるか」を数値化したものであり、これも委員長が判断する。彼ら『リア充殲滅委員会』のメンバーの中で最も高い数値を誇るのが高橋雅人であり、その能力値は九。これは直接本番行為でも目撃しない限りは平静でいられるほどの数値である。次いで高いのが《支配者メビウステイカー:白石茜》の七。《破壊者タイタニア:六門雄》の五。そして最も低いのが《知覚者ストリーマー:森内昇》の二である。

 「正気か!?『対リア充能力レジストスキル』が二しかない君が危険度レベル九の熱に直接、それも二日間も当てられたらどうなってしまうか!他の方法にするべきだ!」

 茜が両手で机を叩き、抗議する。相手は完成間近の『リア充』。万が一告白の場面に遭遇してしまえば、『対リア充能力レジストスキル:二』の昇はそれこそ「死」に近い苦しみに陥ってしまうだろう。

 「ふぅん、言っただろう、時間が無いと。心配するな。必ず、生きて帰ってくる」

 「《知覚者ストリーマー》・・・」

 茜に対して親指を立てる昇。だが顔は直視できない。

 「そこまでの覚悟ならば止めはすまい、なれば・・・・どうか、頼むぞ!我が強敵ともよ!」

 雄が漢泣きでもしそうに涙を浮かべて昇の肩を叩く。

 「分かった。俺も全力で任務にあたらせてもらう!」

 意を決し、雅人が手を差し出す。かなり危険だが、情報を入手できれば後の作戦が大いに有利となるのは間違いない。

 「・・・・感謝する」

 昇が手を握り返す。

こうして、「オペレーション・ユナイテッドブレイク」ファーストフェイズ「ABを対象とした直接監視による情報収集」が始まったのだった。



 「なぁ、《知覚者ストリーマー》、少し休んだ方が・・・」

 「ふぅん、なに、心配する・・・な・・・」

 昇は先程の手を繋いだ写真を見ただけでも、半ば錯乱しかけていた。

 学校の大きさに比例して巨大な校門の片隅で、雅人と昇は自転車で先回りしてターゲットが来るのを待っていた。朝の挨拶をするために立っている美化・緑化委員会の面々に紛れて立つ雅人の胸には、『リア充』の片鱗を見せつけられたことで早くも一抹の不安が顔を覗かせていた。

 「おっ、来たか・・・・」

 他の生徒達に紛れて遠くにターゲットの姿が見える。さすがに手を繋いではいないが、両者のやや近すぎな距離間にも『リア充』たるフィールドが見え隠れしている。

 「おはよー」「おーっす」「いやー、眠いわー」

 様々な朝の挨拶が飛び交う中、雅人達の少し横を通り過ぎていくターゲット。

その後ろで確かに二人は聞いた。短いながらも、圧倒的なまでの力を備えた会話を。

「じゃあ、また帰りは部活後に昇降口でねー」「はいはい。分かったよ」

 急いで後ろを振り返る雅人。その眼には部室に寄るためか、部室棟に歩いていく大宮透:Aを屈託のない笑顔で手を振りながら見送る高崎恭子:Bの姿があった。

 「こりゃあ・・・のっけから厳しいな・・・」

 朝なら登校時間が統一されているため、一緒に登校してくるのは理解できる。しかし、部活の影響で下校時間が違うだろうに「一緒に帰る」宣言が飛び出した。

 事は本当に重大かもしれない。不安が急速に膨らんでいくのを感じながら、雅人はいつの間にか流れていた汗を拭った。

 「あいつら・・・調子に乗りやがってくぁwせdrftgyふじこlp!」

 「おい、しっかりしろ!」

 横を見ると、昇が白目を剥きながら拳をわなわなと震わせていた。

 「お、おい!取り敢えず校舎に行こう!な?」

 雅人は片手で昇の背中を押して校舎へ向かう。『対リア充能力レジストスキル:二』にはやはり危険な任務である。



 放課後までの時間は雅人と昇は別行動をとり、それぞれが単独でターゲットを監視していた。AとBは同学年だが、クラスが異なる。故に、休み時間にどちらかが接触を試みることは無かった。しかし、昼休みにBが食堂へ向かう際に、友達と廊下で談笑するAとすれ違った時、AとBは互いにアイコンタクトを送っているのが確認された。もちろん、これを目撃した昇がどのような思いで平静を装ったのかは想像に難くない。



 「問題は、部活後だな・・・」

「ふぅん、奴らめ、調子こきやがって・・・!!」

 放課後の部活動時間中である現在、雅人と昇は誰もいなくなった教室でこれからの打ち合わせを行っていた。ノートPCを操作する昇の口元には血を拭った後。自分がいない間にまた何かあったんだろうな、と雅人は仲間を労わりの眼差しで見ていた。

 「それで、今のところは奴らの仲を確認するに留まっている、というわけだな・・・」

 「まぁ、な。だけど他の生徒に聞かれる可能性が高い登校中ならいざ知らず、帰り道なら人もいないし、何か良い情報を手に入れられるかもしれないぜ。そのためにわざわざあれも仕掛けてきたんだし」

 「ふぅん、その点は素直に礼を言おう」

 雅人は休み時間の間にターゲットAの靴底にシール型の盗聴器を仕込んでいた。昇が開発した非常に集音性に優れたもので、対象のわずかな動きから電力を自家発電するために長時間の盗聴も可能なのだ。

 「だけど《知覚者ストリーマー》、今日一日でこの有様じゃあお前、かなり危険なんじゃ?」

 「確かに、既に憎しみが抑えきれんほどだ。だがな、その分の報いを二人には受けてもらう。憎しみはその時まで残さずとっておくさ」

 ククク、と邪悪な笑みを浮かべる昇。そのオーラは味方である雅人の背筋を震えさせるほどだ。

 と、その時、

 「―おーい、こっちこっちー!―」

 先程から雑音しか流れてこなかった、片手に収まる程の小ささの傍受用スピーカーから女の声が流れてくる。

 「・・・!来たか!」

 雅人と昇は席を立つと、スピーカーとノートPCを手に教室を飛び出した。声の主はおそらくターゲットB:高崎恭子。AとBが接触したとみて間違いなかった。

 「―今日も大変だった?―」

「―まぁまぁかな、大会も近いし、できることはやらねえと―」

 「―大丈夫だよ!去年も全国大会まで行ってるんだから―」

 等間隔に聞こえる足音に紛れて会話が続く。聞き逃さない様にスピーカーに耳を傾けながら二人は階段を駆け下りる。

 「―でもさぁ、俺は部活があるから帰りはいつも遅いけどさ、お前までそれに付き合う必要はないんだぜ?―」

 「―いいの、どうせ暇だし。それとも、迷惑・・・かな?―」

 「―いや、迷惑じゃねーけどさ―」

 「―ふふっ、良かった―」

 後ろで昇が吐血する勢いで叫びをあげる。相変わらず、『リア充』は些細な会話にも攻撃力があって容赦がない。

 「ここからが本番だ。油断するなよ」

 「がふっ・・ふぅん。お互いにな」

 雅人の言葉に対し、苦痛と憎悪に顔を歪ませながらも昇は返事をする。

二人が昇降口で靴を履き替え、校舎の外に出た時、既にターゲット両名は校門を出ようとしていた。

 「いいか。見つからないようにな」

 「あぁ」

 雅人と昇は互いに顔を見合わせると、下校する一般生徒を装ってターゲットの二〇メートルほど後ろを歩きだした。

 通常、情報収集の一番の山場とされるのが、一つの例外を除いて「休み時間」及び「昼休み」である。しかし、その例外に相当するのが、ある条件が整った場合の「下校中」だ。ターゲットがそれぞれ下校するタイミングが異なる場合、別々に帰ることが殆どなので通常ならば「下校中」は重要視されない。だが「一緒に」が確定している場合の「下校中」となると、それは情報の源泉といっても過言ではない程の重要な場面になる。

 その理由として、朝の通学中より遥かに知り合いの人目につきにくいことと、家に帰るまでの自由度の高さが挙げられる。特に自由度の高さ、つまり公園やゲームセンターに寄り道したりなどの、帰路を容易に変更できる点が情報入手の成功度を大幅に上げることに繋がっている。

 しかし、それはチャンスでありながら大きな危険を孕んだ点でもある。自由度の高さが呼び起こす場面は同時にのろけ場面が全開になる場面なのだ。その中で想定される最も攻撃力の高い場面は告白の場面。故に「一緒に」帰る際の「下校中」に限っていえば、危険度レベルは七に迫る。まさに「虎穴に入らずんば虎児を得ず」なのだ。

 「ここからは万全を期してイヤホンで会話を傍受しろ」

 「あぁ」

 雅人と昇はポケットからイヤホンを取り出すとスピーカーにプラグを差し込み、音楽を聞いている体を取り繕う。

 「―ねぇ、私アイス食べたいな。ちょっとコンビニ寄って行こうよ―」

 「―しょうがねえなぁ―」

 恭子が透の腕を掴み走り出す。朝の場面の再現に、昇もノートPCを血眼でいじることで再現返しをする。

 「許さねぇ・・・あいつら、人目が無くなるとあれかよ・・・」

 「怒りは最後までとっておくんだろ?追いかけるぞ」

 PCを睨みつける昇の腕をそっと引っ張り、雅人は後を追いかける。ターゲット達と同じ構図でも、その差は天と地ほどもあった。


 

 「―やっぱりガリ○リ君って良い味してるよねー―」

 「―お前、ほんとにそれ好きだな。まぁ俺も人のこといえんけどな―」

 ターゲット両名が帰路から少し外れたコンビニ前でアイスを食べているのを、雅人と昇は電信柱の影からじっと見つめていた。相変わらずイヤホンから流れてくるのは『リア充』特有のピンク色のほんわかとした会話。しかし、二人にとっては全て棘のある、脳内を焼き尽くさんとする会話である。

 「もうこっちは住所特定してるんだ・・・次ふざけやがったら拡散してやらぁ・・・!!」

 「おいおい、頼むから早まったことすんなよ」

 額に青筋立てながら錯乱一歩手前まで追いつめられている昇。後もうひと押しされたら理性の糸が切れるのは明白だ。

 「しかし、何か気になるな・・・」

 雅人は会話を傍受しながら、時折デジカメでターゲットの姿を写真に収めていた。そうしている内に胸の中に湧き上がった一つの違和感、歪み。しかし、それが本物であるという確信を持つには些か決定力不足だった。

 「―ねぇ、ちょっとあそこで休んでいかない?―」

 アイスを食べ終えた恭子がそう言いながら指差すのは小さな丘の上に作られた公園。そして、遠目では良く見えないが、その表情はどこか恥ずかしさと覚悟を秘めたものに見える。

 「・・・まさか!」

 雅人の胸の不安が全身を覆い尽くす。彼の本能、浅いながらも密度の濃い経験が告げている。

 このままいったら告白する流れなんじゃね?これ、と。

 


 ― 四 ―


 

 二日間に渡って実施された情報収集期間が終わり、委員長を除く『リア充殲滅委員会』の面々は打ち合わせのために再び会議の際に使う部屋に集合していた。

 「じゃあ、お二方、集めた情報を見せてもらおうか」

 ホワイトボードの前に立つ《支配者メビウステイカー:白石茜》が、微笑みながら手を突き出す。互いに正体を明かしたため、茜は女子の制服、白を基調とした赤色のスカーフをつけたセーラー服を着ている。男子用の制服では認識しづらかったが、そのプロポーションはモデルにも引けを取らないもので、セーラー服の上からでも分かる豊満な胸に、すらりと伸びた手足、紺色のニーソックスによる完璧な絶対領域が見る者に圧倒的な存在感を植え付ける。

 当然、異性に対する免疫がない三人は更に動揺するはめになった。

 「・・・これが、ターゲット両名の写真。これが、彼らの身辺情報」

 一つずつ、確かめるように《調停者ピースメイカー:高橋雅人》は人数分のレジュメを順に回していく。

 「ふーん、かなり分厚いね。さすがは《知覚者ストリーマー》と《調停者ピースメイカー》だ」

 束になったレジュメをパラパラとめくりながら茜は雅人と《知覚者ストリーマー:森内昇》の方に笑顔を向ける。その屈託の無い笑顔と官能的なまでのプロポーションは、彼らにとっては身を滅ぼすほどに危険な凶器だ。

 「ふ、ふぅん。約束は、た、違えん、主義な、なんでな」

 「ま、苦労はしたけどね」

 『対リア充能力レジストスキル』の高さはここでも活きてくる。九という高い数値を誇る雅人は、茜のその姿を見た最初の方こそ激しい動揺に包まれていたが、時間が立つに従ってなんとか面と向かって話すまでは可能になっていた。

 だがそれが二しかない昇はもはや直視不可にとどまらず、まともに言葉を紡ぎだすことすら困難な状態に陥っていた。しかし、昨日までに蓄積した怒り、憎しみ(ダメージ)が癒えていないままのため、むしろ女子と会話できる事自体十分頑張っている方なのだ。

 「一通り必要だと思われる情報は書いておいたけど、確認のために俺が説明させてもらおう」

 会話困難な昇の代わりに雅人が席を立って話を始める。

 「まずは基本的な情報。今回のターゲットA:大宮透と、B:高崎恭子の両名は小学生からの幼馴染。家族同士の付き合いもあったため、彼らの仲は他の友達よりも良いもので、『親友』に近いものだったらしい。」

 これら基本情報はターゲットと親しい人物達から雅人が得た情報である。彼らの仲の成り立ちが過去のものであればある程、検証・考察する際もそこまで遡って情報を得る必要があるので、当然その量は膨大なものになる。雅人は学校時間中のわずかな時間を見つけて単身でそれら情報を集めていたのだ。

 「しかし小学校後半から中学校にかけて、彼らの仲は疎遠になる。一般的な思春期だな」

 「ふぅん、ま、そんなものだろうよ。昔から変わらない関係なんてあるもんか。ましてや、それが小学生の頃からとなるとな」

 雅人に対しての発言だからか、流暢に口を動かす昇。思春期の行動だから当然のことなのに、それすらも馬鹿にしているように聞こえるのは彼らに受けた心の痛みのせいだろうか。

 「・・・・」

 少し落ち込んだような、暗い表情を浮かべる雅人。だがその気持ちを胸の奥に閉まってすぐに話を続ける。

 「ま、普通ならそこで関係がギクシャクしたり、最悪赤の他人のふりをしたりすることもあるだろうよ。だけど、ABの仲はそこで終わりにはならなかった」

 「その気まずい関係を元に戻すなど、簡単でないだろうにのう・・・」

 《破壊者タイタニア:六門雄》がうんうん、と頷いてこれから殲滅する予定の相手に賛辞を贈る。

 「その関係を修復するにあたってはBから接近したらしい。中学二年の中頃には現在のような関係になっていたっていうから、昔みたいに戻るのにはそう時間はかからなかったんだろうな」

 先程まで関心していた雄を含めて、雅人を除く三人が嫌悪感を露わに舌打ちする。やはり彼らにとって『リア充』へ着々と進んでいくのを見るのは不愉快なのだ。これからの話の展開としてはもっと嫌な雰囲気になるんだろうなと思いつつも雅人は話を続ける。

 「ま、まぁ・・・そんな形で元の『親友』の関係に戻ったABだが、そこからは、その・・・なんだ、一緒に行動することが多くなっていくみたいなんだよな」

 雅人は気まずそうに一旦話を切って様子を伺う。そこには眉間に皺を寄せ、思っていた以上に強い怒りの表情を浮かべた三人の姿が。

 「・・・で?」

 苛立った口調で茜が催促する。

 「えーと、具体的には二人きりで休日に遊びに行ったりとか」

 ばしぃっ!と机に竹刀を思いっきりぶつける音が響く。

 「片方の部活の大会の応援に行ったりだとか」

 ノートPCのキーボードを乱暴に叩く音が雅人の横で鳴り始める。

 「受験期になると一緒に勉強したりだとか」

 蹴られたホワイトボードが猛スピードで部屋の端まで飛んでいく。

 「・・・この高校に進学したのも、二人で一緒に合格しようねっていう流れだったらしい」

 そこで三人の堪忍袋の緒が切れた。

 「っざけんじゃねええええええええぞおおおおおおおお!!」

 「コロス・・・いや、彼らには死よりも残酷な最後を用意してあげなくちゃね・・・」

 「もう限界だ。晒しスレ立てるからなああ!!」

 思い思いの言葉で怒りをぶちまける三人。実際、この情報を得た時雅人の胸にも憎しみは渦を巻いていた。そして、彼らの怒りに触発されて遂に雅人の怒りも爆発した。

 「だよなぁ!あいつらマジ調子に乗ってるわぁ!『一緒の学校、行けたらいいね』とか普通に言ってたらしいからな!スイーツ(笑)ってレベルじゃねえよ!」

 「うわぁー、アウトでござるなあ、それ。ちょっと理解できない。したくないでござる」

 「ふぅん、早速晒しスレに変化あり、だ。同志達も怒りに満ち満ちているぞ」

 「なら、私達の意地と誇りにかけて是が非でも彼らを殲滅しようか」

 彼らの内側から、堰を切ったように次々と怒りに染まった言葉があふれてくる。もはや、冷静にこれからの作戦を考える余裕など今の彼らには無いに等しい。そして、全ての怒りを出しつくす頃には、日の光は完全に地に吸い込まれていた。


 

 「・・・で、取り敢えずどこまで話したっけ?」

 肩で息をしながら雅人が皆に問う。全員が髪や服装を振り乱した格好でぜーぜーと荒い呼吸をしている。

 「あの・・・、あれさ・・・。高校入る前から存分に『リア充』してたってとこまで」

 髪を直しながら茜が答える。乱れた格好はますます「厨二病」患者の視界に入れてはいけないものと化している。さすが『リア充殲滅委員会』の紅一点。

 「あぁ、そうそう。それでだ、その後、二人はこの高校に入学。部活はお互い違うけど、その頃から一緒に学校行くようになったらしい」

 「・・・まさか、確認するって意味合いの基本情報だけでここまで不快になる存在だとは、思わなんだ」

 落ち着いたのか、少しへこんだ机をさすりながら雄が呟く。

 「ふぅん、そうだな。だが、これで気持ちも新たに奴らを殲滅できるってものさ」

 昇は晒しスレが順調に伸びているのがよほど嬉しいらしく、笑みを浮かべながらのその口調には余裕すら感じられる。

 「じゃあ、基本的な情報はこのくらいにして、次はこの二日間での彼らの大まかな行動を。まず、一日目。両者一緒に登校。その際、放課後にも一緒に下校する約束を取り付ける」

 「なんじゃと!?」

 雄が目を丸くする。自由度の高い下校時間の恐ろしさを知っていれば当然の反応だ。

 「っ!・・・それで?」

 怒りにも驚きにも似た表情を軽く浮かべて、茜が続きを促す。

 「学校時間中に目立った接触は無し。その後、約束通り両者は共に下校する。この点については別にレジュメをまとめたので、それは後で説明する」

 「へぇ・・・その様子じゃよっぽどの情報を手に入れたみたいだね」

 期待に薄ら笑いする茜。可愛いというよりは美人というべき茜のその顔は、どんな表情であっても刺激が強かった。

 「あぁ。ちょっと長くなるから今は全体的な説明をするわ」

 かろうじてその顔を見ながら返答する雅人。

 「二日目。この日は別々に登校。学校時間中にも接触は無く、一緒に帰ることも無かった」

 「二日目は両者とも全く接触していないということでござるか?」

 「そうなるな、そしてその理由は、別にまとめた一日目の下校時間の際の出来事だ」

 そう、この二日間で得た最大の情報はまさに一日目の下校時間に集約される。昇の心の深い爪痕は決して無駄ではなかったのだ。

 「では、別紙のレジュメを見てもらえるか」

 


 時は監視一日目、大宮透と高崎恭子が丘の上の公園に着いた場面まで遡る。

 「―あ、ブランコだぁ。久しぶりに乗ってみよっ―」

 「―おぉー、普段行こうと思わないから、全部が懐かしく感じるな―」

 季節も秋に変わりつつあり、時折肌寒さを感じるような風が吹く中、彼らが楽しそうに公園の遊具で遊んでいるのを高橋雅人と森内昇は遠くの電信柱から監視していた。

 「くっそぉ、もうちょっと近づきたいけどこれ以上は隠れる場所が無いしな・・・」

 「ふぅん、声が聞こえるだけありがたいと思うしかないだろうな」

 双眼鏡すらないため雅人達はターゲットの大まかな身体の動きと、耳元で聞こえる声を頼りに状況を判断するしかなかった。

 「《知覚者ストリーマー》、このまま、もし告白の場面になるようなことがあれば、俺は止めにいくからな」

 「頼む。もしそんな場面になればこの身体は限界を迎えるだろうからな」

 昇はこの一日でずいぶんとやつれたように見える。現に昇の眼は充血して、今にも血涙を流す勢いだ。しかし、それは同時に負の感情が胸中で渦巻いていることも示している。そしてこの場面で更なる追い打ちがあれば、もはや昇に何が起こるか想像できない域にまで達していた。できれば、昇のためにも告白の場面を迎えることなくこの状況が過ぎ去ってくれるのが一番ありがたかった。

 「―ねえねえ。後ろから押してよ―」

 「―ったく、しょーがねえな。それっ!―」

 「―あはっ、すごーい!ここまで揺れるんだね!―」

 「―おらっ!もっと強く押すぞ!―」

 「―きゃあっ!高い高い!もういいよ!―」

 「―いやいや、まだまだ!―」

 「―いいっていいって!もう、怖いよぉ―」

 「―ははっ、悪い悪い―」

 「―もうっ!・・・ねぇ、透さ、覚えてる?―」

 「―ん、何を?―」

 「―昔もこんな風に良く遊んだよね―」

 「―そうだっけか?よく覚えてないなぁ―」

 「―そうだよ!いっつも日が暮れるまで引っ張り回してさ。大変だったよ―」

 「―だっけか。でも、そんなことしてたような気もするな―」

 「―でも―」

 そこで一旦言葉が切れる。公園には二人しかいないこともあり、両者間の空気は確実に良い雰囲気になっている。このままいけば思い出話の中から有益な情報を聞き出せるかもしれないと雅人が思った矢先だった。

 「―私も楽しかったよ―」

 「いつまでのろける気だあああああああああああああ!!」

 昇は限界を迎えた。倒れるのではなく、怒りを言葉にするという形で。

 「おい!?」

 「!?」

 その突然の大声に驚いたのは雅人だけではなかった。十分に距離をとっていたはずのターゲット両名も驚いて辺りを見回し、声の出所を探している。

 「馬鹿野郎!いくらなんでもよお!」

 「はっ!しまった、つい今までの怒りが声に・・・!」

 無意識に叫んだのだろう、この状況に呆然とする昇の腕を掴み、雅人は見つからないように一定の歩き速度でターゲットから遠ざかる。

 「―何か、大声がした・・ど―」

 「―どこかの小学生がふざけてたんじゃな・・のか?―」

 盗聴器がいくら高性能とはいえ、さすがに万能ではなかった。雅人達がターゲットから遠ざかるにつれ、次第に耳に聞こえる会話に雑音が入り始める。

 「―まぁ、いいや。それでね、今日は透に伝え・・いことが・・ってね―」

 「―なんだよ。改まって―」

 「―いやぁ、なんだか言葉にする・・・結構恥ずかしいけ・・・―」

 離れる毎にどんどん会話は雑音に浸食されていく。

 「これ以上ターゲットから離れたら駄目だな・・・」

 「《調停者ピースメイカー》よ、お前は一人で戻って様子を見てきてくれ・・・」

 コンクリートの塀にもたれかかりながら、昇が苦しそうに息をする。

 「正直、これ以上あいつらの気に当てられたら、もう頭がおかしくなりそうなんだ・・・!一日中あんなものを見せられて・・・今すぐにでもまた叫び出したくなるほどに・・・!」

 そう言うと昇は頭を抱えてずるずるとしゃがみ込む。いつの間に流れたのか、怖いものを見たような怯えた顔つきの頬にはやや赤みのかかった涙の流れた跡。

無意識の怒りの放出。今まで任務成功を絶対としてきたある種の誇りを、なによりも自分自身で傷つけてしまったことが原因で、怒りが転じて恐怖に変わってしまったのだ。

 「《知覚者ストリーマー》・・・」

 雅人はうずくまる昇にはそれ以上声をかけず、再びターゲットの元へと歩き出した。



 「―私達、知り合ってから結構長いよね―」

 「―そうだな。だいたい十年にはなるかもな。中学の時とかはあまりしゃべんなかったけど―」

 「―でも、今はこうしてまた遊んでるよね―」

 「―そうだな―」

 「―ねぇ、もう気づいてるでしょ?―」

 雅人が再び元いた電信柱の影に隠れた矢先に、会話は山場を迎えた。

 「―この際、私、はっきりさせたいんだけど・・・、私、透のこと・・・―」

 「・・・!!まずい!」

 昇の予期せぬ行動に不意を突かれた後にこの展開である。万が一告白の場面に出くわした場合は、一時しのぎであっても阻止する必要があったが、急展開が立て続けに起こってしまったことが雅人の判断を鈍らせた。

 「くっ、間に合うか!?」

 直接妨害に出るために変装用のマスクと眼鏡を装着している間にも、ターゲットの会話は続く。

 「―待ってくれ。恭子、確かにお前の気持ちは、分かってる―」

 「!?」

 しかし、透の口から出たのは告白の流れを止めるかのような言葉。雅人も思わず飛び出そうとした足が止まる。

 「―・・!じゃあ、透・・・!―」

 「―だけどな。いきなり言われても俺には正直どうしたら良いか分からないんだ。―」

 「―え・・・―」

 「―俺は今までお前のことを幼馴染とか、友達、とか、そういう風にしか見てこなかった。だって、あんなにも一緒に近くにいたんだからな。その・・・恋愛感情とか、逆に起こらなかったんだよ―」

 「―・・・・・―」

 「―でも、今、俺の勘違いじゃなく、お前がそう思ってくれてるんだったら・・・―」

 「―・・・うん、言わせてもらうけど、私、透のことが好き。ずっと前から―」

 「―・・・ありがとう。正直、嬉しいよ。でも、ちょっとだけ時間をくれないか―」

 「―うん・・・―」

 ターゲットはそこで会話をやめると、暗黙の了解のように公園を出ていった。

 「・・・・これは、いけるかもだな」

 恥じらいと気まずさが混じり合った雰囲気のまま帰っていくターゲットの背中を、突破口をみつけたりと満足そうに雅人は見送った。



 「つまり、大宮透:Aは未だに高崎恭子:Bへの気持ちの整理がついていない、ということかい?」

 雅人から一通りの説明を受けた後、茜が納得したように笑みを浮かべて確認する。

 「そうなるな。だからこそ次の日、彼らは別々に登校した」

 「だが、彼奴等がメールで連絡を取っているという可能性は無いのでござるか?」

未だ納得いかないような憮然とした面持ちで雄が尋ねる。

 「憶測でしかないけどな、そんな大事なことをメールではしないだろう」

 「・・・それもそうでござるな。いや、失敬」

 愚問でござった、と軽く頭を下げる。

 これでターゲットに関しての情報は一通り出揃ったことになる。ここで彼らが一番重要と感じたのはターゲットが「相思相愛」ではないという点だった。幼馴染という強固な守りに囲まれた関係でも、その綻びを穿つことができれば突破は不可能ではない。真っ先にそう考えた委員の四人はさっそく実行動に移すべく、会議を始めた。

 「・・・ここからはお互いの手の内をも晒しての共同行動になる・・・それでもいいね?」

 神妙な面持ちで茜が確認をとる。

 聞くまでもない。既にターゲットは殲滅対象として、彼らの心に刻まれている。その気持ちに変わりはない。

 「ふぅん、絶対に、あ、あいつらを・・・・!!」

 昇が怒りのこもった低いトーンの口調で叫ぶ。ターゲットの熱に当てられ、一際強い憎しみを放つその目はやりすぎといえる程の成果を発揮してくれそうに暗い光を湛えている。

 「じゃあ、具体的な作戦を立てていこうか」

 次の日より、彼ら『リア充殲滅委員会』はセカンドフェイズ「殲滅舞台の作成」に移る。静かに、しかし確実に、殲滅の時は近づいていた。



  ― 五 ―



 「あ、すいません」

 学校のとある廊下で、大宮透:Aと一人の女子学生の肩がぶつかった。

 「あ、いえ、こちらこそ」

透のぶつかった相手の女子学生は、清楚な微笑みを浮かべる。つやつやした黒い長髪が特徴的なその顔は可愛らしいというよりは美人というべきである。

「あら、もしかして・・・大宮透さん、ですか?」

    透の顔を見た女子学生がその途端、ずっと探し求めていたものを見つけたかのように目を見開いて驚く。

 「は、はい・・・そうですが」

 「やっぱり!私、ずっと前からあなたのファンだったんです!今度のテニスの大会頑張って下さいね!」

 そう言うと女子学生は、透の手を握って自身の胸元に持ってくる。その豊満な胸に目を奪われながらも、透はあくまでも紳士的に受け答えする。

 「あ、ありがとう。頑張るよ」

 「はい!・・・あ、そうだ。もし良かったら、アドレス教えてくれませんか?」

 「え、あ、良いよ」

 女子学生の顔は、透にとってはかなり好みだった。勿論、その頼みを断る理由はない。

 「ふふっ、ありがとうございます」

 女子学生は心底嬉しそうに満面の笑みでお礼を言うと、跳ねるようにスキップしながら去っていく。その後ろ姿を透は呆けたような顔で見送る。

 「・・・いやぁ、いいなぁ」

 今日は良いことありそうだ、と透は意気揚々と歩き出した。



 「・・・まずは、接触成功っと」

 廊下の角を曲がった辺りで女子学生、《支配者メビウステイカー:白石茜》は携帯を開き、先程交換したアドレスを確認する。

 「しっかし、あの嬉しそうな顔・・・。いつでも男は愚直で扱いやすいねぇ」

 その顔は先程の清楚な笑いとは打って変わって、邪悪さすら秘めた負の笑いを湛えている。

 「幼馴染だから割って入ることは難しいかなって思ってたけど、相思相愛じゃないなら私の付け入る隙もあるってもんだよね」

 誰に言う訳でもなく、周りに聞こえないように独り言を呟きながら茜はメールを打ち始める。

 『接触成功。各々油断なきよう』

 簡潔に文章を打ち、送信すると茜は廊下にごった返す人ごみの中に消えていった。



 「ふぅん、《支配者メビウステイカー》、行動が早いな」

 教室でノートPCを操作しながら《知覚者ストリーマー:森内昇》は不敵な笑みを浮かべる。デスクトップに映し出されているのは学校のBBS。このサイト内には『リア充殲滅委員会』と志を共にする同志達のみが見ることができるページが存在する。そのページ内で昇が立ちあげたスレッド「協力求ム」には既にざっと三〇人程の協力者が集結していた。

 「ターゲットは大宮透:以下Aと、高崎恭子:以下Bだ。まずは二人の不仲を噂として広めてほしい」

 「了解」「任せてくれ」「とりあえず片っ端から広めていくぜ」

 昇のレスにすぐさま大量の返事が返ってくる。これほどの人海戦術が展開できれば噂が広まるのは一日とかからないだろう。

 「ふぅん、奴等め、全ての非『リア充』の怒り、思い知るがいい!」

 怒りより転じた恐怖を克服したのだろう、昇の目は既に遠くターゲットの末路を見透かしたように勝利を確信していた。


 

 「えー、それでは定期部活集会を始めたいと思います」

 放課後、広い教室全体に響き渡る大きな声をあげる一人の男。彼の前には学校内の体育会系の部長及び主戦力が席につき、一堂に会している。

 「そろそろ高総体の時期が迫っています。皆さんも知っての通り、我が学校では大会に際して士気を高めるために様々なイベントを行うことになっています。基本的には生徒会で準備をしていくことになっていますが、激励会の際に各部から部長以外にもう一人代表を決めてもらい、合計二名が登壇してもらうことになります。そこで、今回はその代表を決定したいと思います」

 淡々と説明が行われる中、テニス部の面子には大宮透が、そして剣道部には《破壊者タイタニア:六門雄》の姿があった。話をつまらなそうに聞き流し机に突っ伏している透の姿を、雄は色々と思考を巡らしながらじっと見つめていた。

 「・・・ということですので、二日後までには代表者を記した書類を提出して下さい。では、今日の集会はここまでとします」

 解散の合図と共に教室内に雑談の声が広がり始める。部活に行くために人々が席を立ち始め、やや混雑しだしたのを見計らって、雄は自前の竹刀を床にそっと置く。それは雄が狙っていた場所、透が周りを見ずに歩き出せば一歩目に足を踏み出すことになる地点であり―

 ギュムッ!バキッ!

 何かが割れる乾いた音が甲高く辺りに響き渡る。果たして雄の思惑通り、透は床の竹刀を思いっきり踏んで割ってしまった。

 「へっ?なんだ!?」

 突然のことに状況が理解できず、間の抜けた声をあげる透。そこにすかさず大げさなまでに声をあげる雄。

 「ああああっ!竹刀が・・・!!よくもやってくれたなあぁあ!?」

 「えっ?あっ、ごめん・・」

 「ごめんで済むわけないだろうがっ!どうしてくれんだよ!」

 一触即発の空気に、周りの人達がなんだなんだと集まり始める。

 「いや、でもあんなとこに竹刀があるのも・・・」

 「だからって自分は悪くないってのかよ!?」

 「いや、そういうわけじゃないけど・・・」

 まくしたてるような剣幕で迫る雄に圧され、透はほとほと困った顔で周りに助けを乞う。

 「ま、まぁ、抑えてさ。あそこに置いていたお前も悪いって。すいませんね、御迷惑をおかけして」

 剣道部の部長、平山隆ひらやまたかしが両者の間に割って入り、場を取り持つ。怒りのこもった眼光で睨みつける雄の肩を押さえつけ、隆は謝りながら雄を外へ連れ出した。

 「・・・いや、気にしないで下さい。この竹刀、かなりボロボロでもう捨てる直前みたいなもんですから」

 剣道部の一人が、当惑した顔で立ちつくす透に弁明する。

 「・・・いや、こちらも悪かったです。また後で謝罪させて下さい」

 「分かりました。取り敢えず、今日はお互い部活に行きましょう。また明日、時間がある時にでもお願いします」

 礼儀正しく透は頭を下げると静かな足取りで教室から出ていく。騒ぎが収まったのを見届けると、周りの人達も安堵したように散り散りとなった。

 「なんだか、後味悪いな・・・」

 先程激しい怒りを露わにしていた男が廊下にいないのに気付くと、透は力無くかぶりを振り、朝とは打って変わってとぼとぼと歩き出した。



 「初めまして。今日から一緒に働かせてもらう高橋雅人です。どうぞ、よろしくお願いします」

 緑と白のストライプに模様付けされたファミリーレストランの制服に身を包んだ雅人が、お辞儀する。

 「よろしく」「よろしくねー」「こちらこそ」

 同じ服を着た同年代の男女もお辞儀する。その中にはターゲットの一人、高崎恭子の姿が。

 今、雅人はファミリーレストランのバイトの初日を迎えようとしていた。半ば緊張して口調が固くなった自己紹介をする雅人に対して、店長を始め、皆が愛想の良い笑顔で仲間入りを歓迎する。

 「じゃあ、今日は大まかな仕事を覚えてもらうだけでいいから。そうだな・・・恭子さん、雅人君に色々と教えてあげてね」

 店長に教育係を任され、一瞬恭子は驚く。しかし、すぐに自信あふれる笑顔で気持ちの良い返事をする。

 「はい!任せてください!雅人君、よろしくね!」

 「はい。頑張ります。よろしくお願いします」

 同じく気持ち良い笑顔を向ける雅人。しかしその笑顔の口角は、事がうまく運んでいることに感謝するかのような、邪気を含んだものにも見えた。



 「あ、じゃあ雅人君は私と同年代なんだぁ」

 「はい、だから『君』とか付けなくていいんで。普通にタメ口でいいですよ」

 「それなら、雅人・・・も敬語やめなよ。気楽に行こう、ね?」

 「お、おう・・!」

 仕事の合間に交わす他愛のない会話。多くを話すことはできなかったが、それは恭子の性格を垣間見るには十分なものだった。

 |(・・・この人は、『世話好き』な性格なんだな・・・)

 事実、恭子は右も左も分からない雅人に対し、丁寧に仕事の内容を教えていった。それこそ、専門知識から一般常識的なものに至るまで。嬉々として道具の名前の由来まで教えてくるその笑顔は、彼女の根幹に根付く性格を何よりも素直に表しているのだろう。

 だが、雅人が抱いたのはある種、嫉妬に近い感情だった。こんな良い人の告白を受けておいて、それを快諾しないで保留にしている透への怒り。贅沢だ。傲慢だ。あいつは何も分かっていない。そんな奴を好きになったこの人が可哀そうだ。ならば・・・・、

 「・・・、ねぇ、聞いてる?」

深く没入していた雅人の意識が、不意に恭子の言葉によって現実に引き戻される。

 「え?」

 「いや、この機械はね、ここをピッて押すとねって言ってたんだけど・・・」

 「あ、ごめん。もっかい言ってくれる?」

 「んもう、しょうがないなあ」

 ふう、と溜息をつきながらも恭子は嬉しそうに再び説明を始める。

 (・・・・)

 そう、ならば、この人の思いが間違いだったことをその身をもって教えてあげよう。他ならぬ俺達『リア充殲滅委員会』の手で。

 雅人がそう心に誓い、無表情を装いながらも含み笑いしていることを、恭子は知る由も無かった。


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