第3ー11話 うつわ、さがす きおの あさおと
約束の二ヶ月が瞬く間に過ぎ、朝音が真清ホームを去る最後の日が訪れた。
彼女が現場に編み残した個別の仕組みが、本当に夢人の心に届いていたのか。
彼がこれから先、あの亡き妻の墓標でもある聖域をどう変えていくのかは、最後まで分からなかった。
けれど、朝音は知っていた。
優しさという名の善意だけでは、大切な命も、現場で働く人間の人生も、何一つ守り切れないということを。
そして同時に、冷たい構造や強固な枠組みで縛るだけでも、人の脆く繊細な心は決して救えないということを。
夢人の抱く無限の優しさは決して間違いではない。
ただ、その優しさを現実のものにするためには、それを支える強固な土台が必要なのだ。
だからこそ、人は、泥を捏ねるようにして、何度も失敗を繰り返しながら、ひたむきに作り続けるのだ。
いつか、溢れるほどの切ない願いを、歪ませることなくそのまま受け止められる、本物の器を。
誰もが息を詰まらせず、窒息することのない、決して壊れない確かな居場所を。
自分が去った後も、未来へ、次の世代へと残せる頑丈な仕組みを。
朝音の最終日、榊原恒一が言った。
「佐野さん、きっかけをくれて、ありがとうな」
あれは、夢人オーナーのことを言っていたのだろうか。
「創業時代からこのホームを見てきた榊原さんに礼を言われるなんてね」
何かが変わるといいな、と朝音は思った。
*
自宅への帰路、住み慣れた街並みを歩きながら、朝音は自らの両手を見つめた。
夫・充寛の待つ新しいフィールドが、これから彼女を待っている。
4棟同時開設される新たなホーム。
「れかんの家」
そこで、一から自分の手で、夢人のような優しさと、自らの信じる構造が融け合う、誰も傷つかない理想の器を形にする。
どうか、焦らなくていい。
どうか、胸を張っていい。
あの日、あの場所で、誰かを守ろうとして必死に手を伸ばし、泥を捏ね続けたその願いは、きっと、何一つ間違いではなかったのだから。
さあ、未来を受け止める器を作ろう。
器を探す、まだ見ぬ誰かの希望を支えるために。
そっと、どこまでも、ただそっと。
静かに響いていく。
— — うつわ、さがす きおの あさおと




