第四話 廃棄基準
B区域は、駐車場ビルが崩れ落ちた瓦礫の山だった。鉄筋とコンクリートが絡み合う迷路。その狭い通路で、二度目の戦闘が始まった。
ドン! ガジジッ!
「うわあっ!」
悲鳴は短く、鋭かった。巨大なコンクリートの塊がチョン・ノア(防御型)の右脚を直撃した。モンスターの直接攻撃ではなかった。やつが振り回した尾に当たって崩れた建物の柱だった。
「ふ、うぐ……あ、脚が……」
チョン・ノアは顔を真っ青にして、床を引っ掻いた。彼の右のふくらはぎが、ありえない角度で折れ曲がっていた。骨が皮膚を突き破った開放性骨折。赤い血が灰色のコンクリートの床をみるみる染め上げた。
いかにSランク防御型の覚醒者といえど、物理的な質量の前には無力だった。
「おい! でかいの! 立て!」
チャ・ルナがモンスターの前脚を弾きながら叫んだ。しかしチョン・ノアは立ち上がれなかった。痛みのせいではなく、構造的に脚が言うことを聞かなかった。
「む、無理だ。感覚がない……助けてくれ、引っ張ってくれ!」
チョン・ノアが震える手を伸ばした。最も近くにいたユン・セリン(計算型)がびくりとして後ずさりした。
「ば、馬鹿なの? あれをどうやって引きずっていくの? やつがすぐそこまで来てるのに!」
「セリン! 頼む!」
モンスターがシャアァァと音を立てながら向きを変えた。血の匂いを嗅ぎつけたのだ。獲物が壊れたことを本能的に察知したやつは、他の子どもたちを無視してチョン・ノアに狙いを定めた。
絶体絶命の瞬間。子どもたちの耳のインイヤーから、機械的な音声が流れた。
〔コードブラック発令〕
〔四番要員チョン・ノア。右下肢破損。行動不能〕
救助ヘリを寄越すということだろうか。それとも支援射撃? チョン・ノアの目にかすかな期待が宿った。
しかし続いた言葉は、死刑宣告だった。
〔戦闘効率二十パーセント未満。回収価値なし〕
〔命令を下達する。四番要員を遺棄(Abandon)し、直ちにC区域へ移動せよ〕
時間が止まったようだった。チョン・ノアの口がぽかんと開いた。
「……ゆ、遺棄?」
捨てろと? まだ生きているのに? まだ息があるのに?
「聞き間違いじゃないよな? 捨てて行けって言ったか?」
カン・ガヨンが信じられないという顔でインイヤーを叩いた。
「おい! 管制室! こいつまだ生きてる! 治療さえすれば……!」
〔繰り返す。直ちに移動せよ。遅滞した場合、全員命令不服従と見なす〕
管制室の答えは冷徹だった。彼らにとってチョン・ノアは、傷ついた子どもではなかった。壊れた車輪のついた荷車だった。荷物になるくらいなら捨てて、残ったパーツだけでも無事に持ち帰る方が得だという計算。
「くそ、マジでどいつもこいつも……」
チャ・ルナが悪態をついたが、彼もまたチョン・ノアに近づけなかった。モンスターが目の前にいた。脚の折れたやつを背負って逃げたら? 二人とも死ぬ。二十歳の頭でも、その程度の計算はできた。
子どもたちの目が揺れた。恐怖、罪悪感、そして「自分だけでも生き残らなければ」という卑しい安堵が混ざり合った沈黙。
その沈黙の中で、チョン・ノアだけが絶叫した。
「行かないで……行かないでくれ、みんな。俺、俺まだ死んでない。行ける。這ってでも行く。お願い……」
床を這うチョン・ノアの爪が、ユン・セリンの足首を掠めた。ユン・セリンは悲鳴を上げて足を引っ込めた。
「ご、ごめん! でもお前を連れて行ったら、私たちみんな死ぬって言ったじゃない!」
ユン・セリンは逃げるように身を翻した。チャ・ルナとカン・ガヨンも視線を逸らしながらためらっていた。国家の命令という大義名分は完璧だった。『捨てるんじゃない、命令に従うだけだ』。
その時だった。
チャン!
鋭い金属音がチョン・ノアの耳元を掠めた。モンスターの牙がチョン・ノアの喉に食い込む寸前、無骨な鉄芯の一撃がその顎を弾き上げた。
ハン・ソリンだった。
彼女は逃げる代わりに、チョン・ノアの前に立ち塞がっていた。
〔一番要員ハン・ソリン。命令不服従か?〕
インイヤーから警告音が鳴った。ハン・ソリンはモンスターを睨みながら、血の滲んだ唇を開いた。
「勘違いしないで」
その声は、救助を求める人間の温度ではなかった。
「助けてるんじゃない。まだ使えるから確保してるだけ」
彼女はちらりと後ろを振り返り、付け加えた。
「こいつが死んだら、次は誰が壁になるの? あんたたちがやるの?」
その言葉に、逃げようとしていたユン・セリンとチャ・ルナの足が止まった。倫理でも道徳でもなかった。徹底した「損得」と「確率」の話だった。
「肉の盾が要るでしょ。脚が一本なくても盾は持てる」
ハン・ソリンがモンスターの攻撃を受け止めながら叫んだ。鉄芯を握る彼女の手が微かに震えていたが、その目だけは鋭く光っていた。
「聞こえてる?! くたばりたくなければ、こいつを引きずって逃げなさいよ!」




