第十七話 賞味期限
第十七話 賞味期限
雨が土砂降りになる夜だった。ユン・セリンが示した座標、城東区の古びた廃病院の前には「解体予定」という黄色い札だけが寒々しく貼り付けられていた。
「……ここなの?」
チャ・ルナ(狂戦士)が雨水を拭いながら顔をしかめた。モンスターが教えた場所にしては、あまりにも平凡な、都市の廃墟のような建物だった。
「黙って。音が聞こえる」
ペク・イソル(暗殺)が人差し指を唇に当てた。彼女は閉じた鉄の扉に耳を押し当てて目を閉じた。
「地下だ。機械の音がする。すごく微かなんだけど……病院のボイラーの音じゃない。もっとずっと規則的で、冷たい音」
ハン・ソリン(リーダー)は迷わなかった。彼女は鉄芯を扉の隙間に差し込んでねじった。ギィィ――。錆びたヒンジが悲鳴を上げながら扉が開いた。
「入るよ」
闇の中、懐中電灯の光が六つ、踊るように廊下を照らした。埃の積もった受付台、割れた点滴瓶、散乱したカルテたち。典型的な廃墟の様相だった。しかし地下へ降りる階段だけは違った。埃がなかった。誰かが定期的に出入りしていた痕跡だった。
地下二階。霊安室。冷たい冷気がぶわっと押し寄せた。その奥、遺体安置用の冷凍庫が並ぶ壁の向こう側から、ウィンウィンという騒音が漏れ出ていた。
「……これ、ドアじゃない?」
カン・ガヨン(カウンター)が冷凍庫の取っ手を引いた。すると冷凍庫の扉が開く代わりに、壁全体が回転扉のようにするりと回った。
「……!」
子どもたちは息を呑んだ。壁の裏に現れた光景は、カビの生えた廃病院ではなかった。白いLED照明が眩しく灯る、最先端の研究施設だった。
「何、ここ……」
チョン・ノア(防御型)が口を閉じられなかった。数十個の培養カプセルが円筒形の柱のように並んでいた。緑色の保存液が満たされており、その中には正体不明の肉の塊が浮かんでいた。モンスターの組織なのか、人間の臓器なのか区別できない、奇怪な標本たち。
ハン・ソリンは憑かれたように奥へと歩いて入った。心臓が狂ったように跳ね上がった。恐怖ではなかった。本能的な拒絶感、あるいは引力だった。
一番奥。他のカプセルより二倍は大きい巨大な水槽があった。その前には複雑な制御装置とモニターたちが点灯していた。
「……ソリン」
後ろからついてきたユン・セリンが悲鳴を飲み込んで口を塞いだ。彼女の視線が水槽の中へと向いていた。
ハン・ソリンはゆっくりと顔を上げた。水槽の中、青い液体の中に一人の女が沈んでいた。酸素マスクを付け、無数のチューブを体に繋いだまま眠っている女。
長いストレートの髪。青白い肌。目を閉じていても分かった。それはハン・ソリンだった。しかし今のハン・ソリン(十九歳)ではなかった。
目尻に刻まれた薄い皺。少し成熟した骨格。おそらく二十代後半、あるいは三十代前半と思われる女の顔。
「……誰ですか」
ハン・ソリンはガラスの壁に手を触れた。鏡を見ているようだった。十年後の自分を先に見るような、鳥肌の立つ感覚。
水槽の下部に貼られた金属の銘板が目に入った。
〔Project: The Six〕 〔Subject No.1 - Original Source〕 〔Name: ハン・ソリン(Han Seo-rin)〕 〔Age: 29〕 〔Status: Coma / DNA Extraction Active〕
オリジナルソース。原本。
「……原本って何だよ?」
チャ・ルナがぶるぶる震えながら後ずさった。彼の視線が隣の別のカプセルへと向いた。そこには二十代後半の女(チャ・ルナの原本)、三十代の体格の大きな女(チョン・ノアの原本)たちが並んで眠っていた。
みな今の子どもたちと同じ顔をしているのに、年を取った姿たちだった。
「これ全部何なの……あの人たちは誰で、私たちは何なの?」
沈黙を破ったのはユン・セリンだった。彼女が制御パネルのモニターを操作した。データが溢れ出てきた。
〔複製体(Clone)生産記録〕
個体名:ハン・ソリン-C19(現在活動中)
製造日:2024. 03. 12.
成長加速:適用済み(身体年齢十九歳に固定)
記憶注入:原本の十七歳時点の記憶データ移植完了。
予想寿命:三年(廃棄予定日:2027. 03. 12.)
「……嘘だろ」
ユン・セリンが床に座り込んだ。
「私たち……人間じゃない」
「……」
「あの人たちの細胞を取って作った……複製品だよ。培養肉みたいなもんだよ!」
子どもたちは何も言えなかった。孤児だと思っていた。国家が引き取ってくれた可哀想な子どもたちだと思っていた。記憶が曖昧なのは事故のせいだと、トラウマのせいだと信じていた。
しかし違った。そもそも「過去」なんてものがなかったのだ。彼らは一年前、この実験室で目を覚ました肉の塊に過ぎなかった。
「嘘……」
チョン・ノアが自分の腕を抱えた。骨が折れても再生液一本で治っていたあの驚異的な回復力。それはSランク覚醒者だからではなかった。最初から使い捨てやすいように、再生力だけを極限まで高めて設計された「生体兵器」だったからだ。
ハン・ソリンは水槽の中の「本物のハン・ソリン」を見上げた。眠っている彼女は穏やかに見えた。苦しむのは、血を流すのは、借金を返すのは、複製品である私の役目だ。
『私が……偽物だって?』
今感じているこの怒りも、恐怖も、生きたいという渇望も。全部プログラムされたものなのか? チェ・ジニョクが言っていた「熱が入る」と「データ」という言葉が脳裏をよぎった。
ウウン――。
その時、水槽の隣の赤い警告灯が点いた。侵入感知センサーが作動したのだ。
〔セキュリティレベル1発令〕 〔廃棄物処理班が出動します〕
スピーカーから機械音が鳴り響いた。しかしハン・ソリンは逃げなかった。彼女は茫然とガラスに映った自分の顔を撫でた。
「賞味期限三年……」
彼女がふっと笑った。涙が頬を伝って落ちたが、表情は笑っていた。
「たった三年使うために……こんな仕打ちをしたの?」
彼女の手に握られた鉄芯がぷるぷると震えた。アイデンティティの崩壊。しかしその崩れ落ちた自我の隙間から、人間としての尊厳ではなく、怪物の怒りが噴き上がってきていた。
「全部ぶち壊してやる」
ハン・ソリンが水槽に向かって鉄芯を構えた。原本を殺したら、偽物の私はどうなるんだろう。消えるのか? それとも本物になるのか?
鉄の扉が開き、武装した警備ロボットたちが雪崩れ込んできた。しかし子どもたちは武器を手にしなかった。戦う理由を失った人形のように、その場に縫い付けられたまま立ち尽くすだけだった。
真実はモンスターよりも遥かに深く、彼らの心臓を突き刺していた。




