第十一話 肉の囮
第十一話 肉の囮
ソウル江東区、Cランク(に偽装したSランク)亀裂内部。世界は一面、紫色に侵されていた。
ドン! ドガアン!
ビル三階建ての高さの巨大な影の塊——深淵前兆体(Abyss Precursor)——が腕を振り回した。その単純な一動作で、四車線道路がひっくり返り、街路樹が爪楊枝のように引き抜かれた。
「効かない! ダメージが全然通らないよ!」
チャ・ルナ(狂戦士)が血を吐きながら叫んだ。彼の大剣はすでに刃がすべて欠けて、鋸の歯のようになっていた。カン・ガヨン(カウンター)の刀身もやつの皮膚を貫けず弾き返された。圧倒的な質量の差。技術や戦術が通じる相手ではなかった。
このままでは三分以内に全滅。そしてソウル東部が地図から消える。
ハン・ソリン(リーダー)はその短い瞬間に計算を終えた。
『外皮が厚すぎる』 『内部から爆破しないと』 『そのためには……』
誰かがやつの口の中に入らなければならない。しかしやつの顎の力は鋼鉄をも噛み砕く。口を開けさせ、閉じないように耐える「楔」が必要だった。
最も頑丈で、最も無骨な楔が。
「チョン・ノア!」
ハン・ソリンが裂けるような声で叫んだ。
「盾を捨てて!」
「な、何だって?」
「盾を捨てて体で受けるの! やつが私を飲み込む時に口を開けさせて!」
狂気の沙汰だった。盾なしであの巨体の握力に耐えろとは。腕が砕けるどころか、上半身が潰れるかもしれなかった。
「無理だ! 死ぬって!」
「死なない! 私がその前に殺すから!」
ハン・ソリンは返事を待たなかった。彼女は鉄芯を逆手に握り、モンスターの正面へ飛び込んだ。
「こっちだよ、化け物野郎!」
彼女は自分の左腕を虚空へ差し出した。明確な囮。最も美味そうな部位。深淵前兆体の空洞の眼窩がハン・ソリンに向いた。やつは本能的に大きく口を開けた。
ドガアアン!
巨大な顎がハン・ソリンに覆い被さる瞬間。
「うわあああああ!」
チョン・ノアが叫びながら割り込んだ。盾はすでに投げ捨てていた。彼は素手で、自分の両腕と肩をモンスターの上の歯と下の歯の間に押し込んだ。
メキッ。バキッ。
「ぐああああっ!」
骨が折れる音が戦場に響いた。チョン・ノアの肩が押し潰された。凄まじい痛み。しかし彼はやつの口が閉じないよう、人間の楔となって耐え続けた。
その〇・五秒の隙間。
ハン・ソリンは迷いなくその開いた隙間——チョン・ノアの頭のすぐ上——へ身を躍らせた。彼女の鉄芯がやつの喉の奥、柔らかい内核へと食い込んでいった。
ズブッ! バシャバシャッ!
一度ではなかった。彼女はやつの喉の中で狂ったように鉄芯をかき回した。内臓が破裂し、毒性の体液が溢れ出した。彼女の全身がモンスターの黒い血にまみれた。
〔キィィィィィ――!〕
断末魔。巨大な影が崩れ落ちた。
ドン――!
振動が止まった。砂埃が沈んだ跡。
チャ・ルナと他の子どもたちは呆然とその光景を見つめた。勝利だった。確かに勝った。しかしその姿は、英雄の勝利ではなかった。
怪物の死骸の口の外に、チョン・ノアのぶらぶらと垂れた腕が覗いていた。彼は気を失ったまま泡を吹いていた。そしてその中から這い出てきたハン・ソリンは、人間ではなく血まみれの悪鬼の形をしていた。
「……はあ、はあ」
ハン・ソリンはモンスターの毒に侵されて片目が開かなかった。彼女はよろめく足取りで倒れたチョン・ノアに近づいた。そしてまだ動く左手でチョン・ノアの頬を叩いた。
パシッ! パシッ!
「起きろ、しっかりしろ」
「……」
「死ぬなって言っただろ。目を開けろ」
チョン・ノアが呻きながら薄目を開けた。焦点が合っていなかった。しかし息はしていた。
「……生きてた」
ハン・ソリンはようやく床に座り込んだ。
「……正気じゃないな」
チャ・ルナがどさりと座り込みながら呟いた。勝ちはした。しかしこれは戦闘ではなく、自傷行為と脅しを組み合わせたものだった。
〔作戦終了。深淵前兆体消滅を確認〕 〔Sランク判定。クリアタイム四分三十秒。新記録達成〕
インイヤーから祝福のような機械音が流れてきた。ハン・ソリンは血まみれの手でインイヤーを引き抜き、床に叩きつけた。
これが彼らの初めての「まともな」勝利だった。最も痛く、最も凄惨な形で完成した成功の方程式。
仲間の骨を折って作った隙間に、リーダーが飛び込む。それが「問題の六人」が生き延びる唯一の方法だった。




